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カテゴリー「カメラに関する濃いはなし」の検索結果は以下のとおりです。

AT-X 16-28 F2.8 後ピン発覚

 先週手に入れて,すっかり気に入って常用レンズになっている,トキナーのAT-X16-28 F2.8 PRO FX。飛び出した前玉の扱いにも慣れ,狭い部屋を広い画角でまるごと写し取る面白さや,目一杯に寄って背景をぼかしつつ取り込む楽しさを味わいながら,広角レンズを練習しているところです。

 で,購入時からなんとなく思っていたのですが,娘の写真を撮っていると,まつげがちっとも解像しません。これはブレかもしれないし,測距点がずれているのかもしれないとあまり気に留めなかったのですが,座っていたソファーの背もたれの部分にバチッとピントが来ていることに気付いて,これはおかしいと気が付きました。

 どうも後ピンのようです。それもかなりズレています。16mmのワイド端でも28mmのテレ端でも同じ傾向です。

 気になり始めるともう落ち着きません。なんでこんなにひどいズレに今まで気が付かなかっただろうと思いましたが,気のせいかもしれない(そんなわけはない)ので,幸い12月9日にトキナーで開催される「レンズクリニック」にいって見てもらおうと思っていました。

 まあ,その前に状況を確認しておこう,うまくすればD850本体の「AF微調整」を使って穏便に済ませることが出来るかもしれないと,昨夜試してみたのです。

 娘のまつげが解像しないことで気が付いた後ピンは,被写体との距離が1.5m程度です。三脚に固定したD850で1.5mほど先に置いたチャートをライブビューでAFで合わせて,AFモード切替ボタンとRECボタンの同時長押しをして,自動調整を行います。

 調整結果を見てみると,-19。調整範囲が±20ですので,調整範囲ギリギリです。やはりこれくらいズレると目で見て分かるものです。

 これでうまくいくかもと撮影すると,確かにジャスピンです。16mmでも同じようにうまくいっています。

 これでもう調整を依頼しなくていいかなあと思って,今度は10cmの距離でクリスマスツリーの枝を撮影しますが,ちゃんと人工の葉っぱの筋まで写っています。

 ならばと今度は5mほど先の壁掛け時計を撮影します。

 ・・・なんだかぼやーっと眠いのです。あれ,これはおかしいと,調整値を-19から0にして同じように撮影です。

 するとまあなんと,シャープな壁掛け時計が写っているではありませんか。三脚を使わなかったのであくまで参考値ですが,ライブビューからの自答調整で得られた調整値は-4でした。

 何度か-19と0を繰り返して撮影しますが,どうもピントのずれ量が被写体との距離で一定ではないようです。もう一度近距離の撮影をやってみると,葉っぱの筋が見えているのは事実ですが,これも後ピンでした。

 というわけで,どうも後ピンの傾向があるのは確かなのですが,一番ひどいのは被写体との距離が1.5mくらいの時で,10cmでも後ピンが出ていて,5mも離れるとほぼ解消するという事がわかりました。16mmのワイド端でも同じような傾向です。

 こうなるともう素人の私には手が出せません。D850のAF調整はレンズごとに行うことが出来ますが,ズーム域で切り替えできるほど親切ではありませんから,やはりもう白旗です。

 遠景を撮影した時も気が付かず,近距離を撮影した時にも気が付かないのは,ここでのズレ量が小さかったからでしょう。しかし,1.5mというおいしい距離でこれだけズレてしまうことを放置できませんし,ここでズレ量を調整すると,他でピントが合わなくなります。

 そこで私は考えました。、レンズクリニックで見てもらっても,調整は結局預かり修理になります。それならば,もうズレていることが分かっているのですから,さっさと修理に出してしまった方が解決までの時間が短くて済むでしょう。

 平日の午前中にサービスセンターに電話をしたところ,保証期間内なら無償で調整する,往復の送料も無料だというありがたいお返事を頂きました。

 そもそも「こんなもん」だと時間の無駄だと思うのでそのあたりも電話で話をしたいんだけどというと,とりあえず見てみないとなんとも,という誠実なお返事を頂き,週末に送る事にしました。

 数日で診断結果が出て,そこで電話をもらうことになっています。調整だけで済むのであればそこからまた数日という事で,うまくすると10日ほどで戻ってきそうです。

 レンズクリニックに行くのも悪くないと思っていましたし,仮に発送するにしても電車賃代わりに元払いでいいやと思っていた私としては,保証期間内だから送料も無料ですという話にちょっとびっくりしました。

 本当かどうかは分かりませんが,純正のレンズと非純正のレンズとでは,バラツキの違いをどのくらい許容するかが最終価格の差になると聞いたことがあります。手間暇かけて調整をし,どうしても調整出来ないものを廃棄するとなると,そりゃお金はかかるでしょう。

 安いレンズはそこまでやらないというのは確かに真実ですが,だからといってバラツキを容認するということではないと私は思っています。調整をしなくても性能が維持できるような設計を最初にしておけば,調整は入らないし,廃棄するものも出てきません。

 安いことを目指す場合にまず設計者が行うことは,こういう製造時のコストを下げることです。もちろん部品を減らす事,部品の値段を下げることもやりますが,それらはコツコツとした小さい積み上げによるものなので,品質に関わるコストが発生すると,一発で吹き飛んでしまうものです。

 だから,安いレンズを作る事は生産技術に長けていることが必要なわけで,日本のレンズメーカーはいずれもその実力を知られています。

 ただ,誤解を招くといけないので書くのですが,プロのように失敗が許されないケースや,会社の備品のように簡単に修理や調整に出せないケースでは,お金はかかってもいいので最初から高品質であることに強いニーズがあります。

 純正のレンズはまさにこうした期待に応えるものとして,おそらく過剰とも言える品質管理を行っていて,その結果高価なものになっているのだと思います。

 一方で,数を売るレンズメーカーのレンズは,純正よりも安くなければ買ってもらえませんし,また数が揃わなければ数が出ません。だから品質基準もリーズナブルになっているのだと思いますが,それは決して悪いことではありません。

 そこまでの品質を必要としない人に取っては安く買えてラッキーですし,こだわる人には個別の対応をした方がトータルで安くなるという計算もあるでしょう。買った人は手間がかかりますが,そのおかげで安く買えたのだとしたら,それは公平な話です。

 トキナーについては,こうした項別対応の結果で良くなった,と言う話がネットにゴロゴロしています。

 実は,私は20年前にトキナーの100-300mmF4のマニュアルの望遠ズームを買った時,絞り羽根が閉じないという初期不良にあたりました。アウトレット品だったので交換にはならず修理扱いになったのですが,修理後の動作は完璧だったとしても,やはりつまらない思いをしたことが記憶に残り,トキナーに対してあまりいい印象を持っていませんでした。

 先入観は良くないと,今回はトキナーのレンズを買いましたが,最初はキズの初期不良で交換になり,交換品も後ピンで修理となり,純正の信頼感とは違うなあと思いつつも,値段の安さと良い意味で個性の強いレンズで,そんなにマイナスに感じません。

 うまく調整が出来て,常用レンズになることを期待したいと思います。

 

D850の画像をLightroomで眺めてみる

 昨日もD850の画像をLightroomから眺めていました。

 今回は高感度の特性とノイズについて注目してみました。D850は裏面照射型のCMOSセンサを採用し,高画素数と高感度を高い次元でバランスしたものではありますが,この高感度というのが案外くせ者で,画像処理エンジンで積極的にノイズを潰して高感度を謳うものも多く,そうしたものはJPEGでは有効でもRAWでは意味がありません。

 もっとも画像処理エンジンにとってはJPEGにすることなど仕事の一部に過ぎません。一番大事な仕事はCMOSセンサからのアナログ信号を取り込んで様々な加工を施し,それらしいものに整えて,ようやくRAWにするという仕事です。

 CMOSセンサから出てきた本当のデータなど,もう見るに堪えないものであるわけで,これをNEFファイルにするところまで考えても,膨大な画像処理が入っていることは,我々も普段あまり意識しません。

 ということで,感度を上げた写真を見てみました。D800ではISO3200が個人的な限界で,これはノイズが問題というよりも,コントラストや発色が問題となっていじりようがなくなるから,という理由からでした。

 同じような気持ちでD850をみてみると,コントラストや発色はISO12800までは大きく悪化しません。むしろノイズがISO3200くらいから増えてしまい,ISO12800ではかなり厳しいため,ISO6400を一応の限界にしないといけないなと思ったくらいです。

 ですから,ISO8000くらいの画像に対しても,輝度ノイズを強めに除去するだけで十分に使える画像が出てきます。すごいですね,これ4500万画素なんですよ。

 それ以上に私が驚いたのが,JPEGの綺麗さでした。JPEGにする時にノイズの除去などが行われますが,これがまた巧みで破綻がなく,私が見たところISO256000までは十分に扱えそうなくらいの画像でした。多少輪郭がデコボコしますし,ノイズの塗りつぶしに不自然なムラが出てきますが,そこは高画素機ですので縮小すれば気になりません。高画素機のメリットはこういう所にも出てくるんですね。

 正直に言うと,Lightroomで手間をかけて現像するよりも,JPEG撮って出しの方が綺麗に仕上がるんじゃないかと思いました。古いD2HはRAWをLightroomで処理すれば今でも使えるカメラになりますが,D850くらいになるともうそういう話は通用しないのかも知れません。

 いずれにせよ,ISO128000くらいまでは発色もコントラストも実用範囲,ノイズの除去で十分使える画像になります。さすが裏面照射です。

 それから,やはりハイライトで飛んでしまったと思われる情報がちゃんと残っているのもすごいです。

 先日のオーディオの修理の話で,XC-HM86がキズだらけになって帰ってきた話を書きました。実は,D850を購入したその日に,あれこれと部屋の中を試し撮りした際,偶然XC-HM86が写っていたのです。

 ただし,黒い被写体に合わせた露出のためシルバーのXC-HM86は完全なオーバーで,その上光が反射して真っ白に飛んだ状態で写っていました。

 これじゃどうにもならんなと思ってはみたものの,遊び半分で画面の隅にちょこっと写ったXC-HM86を等倍で拡大,そこから露出補正を-2.5ほどかけると,なんとまあ正面パネルのヘアラインが綺麗に浮かび上がってくるではありませんか。

 少なくとも,今回指摘した1cmの大きなキズもなければ,ボリュームツマミのキズも皆無です。9月初旬の画像で,修理に出したのが10月初旬ですからこの1ヶ月を指摘されれば弱いですが,この間ラックから出すこともせず,なにかをぶつけた記憶もないことを考えると,やっぱり私が付けた傷である可能性は低いなあと,思った次第です。

 あと,10月の満月をD850で撮影した画像もちょっと感動しました。満月って結構明るいので高感度云々はそれ程重要ではないのですが,それでもコントラストの大きな被写体になるので,月面の模様がきっちり出てくるというのは,なかなか大したものです。

 AF-S70-210/F2.8VRにテレコンで280mm相当,F8まで絞り込んで撮影したものは,手ぶれもきちんと補正されていますし,画面の真ん中に小さく移ったお月様も,高画素機で拡大すればその模様もしっかり確認出来ます。

 汚れた窓ガラスによってぼやっとしてしまった事は残念ではありますが,肉眼では見られない月の姿をとらえたこの写真を見て,D850はこんなことまで出来るんだなあと感心しました。

 一通り写真を印刷してみて思ったのは,まだまだD850を使いこなせていないという事です。特に色の傾向をまだつかめていない感じで,D800の頃には何の苦労もせずに出せていた深みのある緑や茶色が出ていないこともあり,特にホワイトバランスに気をつけないといけないと思いました。

 インタビュー記事でも出ていましたが,D850には自然光AUTOというホワイトバランスの設定があります。人工光と自然光は全然傾向が違うので思い切って分けたという話ですが,私が今回子供の撮影を行ったのは野外,それも晴天の午前中でしたから,もともと青みがかった色だったはずです。

 背景には常緑樹の濃い緑が頻繁に入るのですが,どうもこの緑の記憶色との間にずれが生じているんじゃないかと思います。これから屋外では,AUTOではなく自然光AUTOにして撮影しようと思います。

 こうしてみると,D850というのは実に高い次元で性能がバランスした,優れたオールラウンダーだと思います。

 4500万画素はトリミングを躊躇なく行える画素数ですし,センサは高感度でも処理の難しいコントラストが低下せず,ソフトでどうにかなるノイズが増えるくらいで済むのがうれしいですし,それがISO12800くらいまでは対応可能というのですから,明らかに撮影領域が拡大しています。

 それでいて最大9コマ/秒の連写に高速高精度なAFシステムが被写体に食いつきますし,D800に比べてほとんど気を遣うことがなくなった露出の正確さも地味に素晴らしい改善点です。ホワイトバランスも難しい条件でなければ,特に室内の人工光では,AUTOにしておくだけで大変に好ましい結果を出してくれます。

 XQDを使ったメモリシステムは高画素と高速をスポイルしない足腰を持っていますし,軽快なシャッター音に上品な振動は,撮影者をその気にさせます。

 つまり,撮影時にあれこれと考えないといけないことが,圧倒的に少ないのです。


 今もって品薄が続くD850ですが,40万円もするカメラがなぜそんなに馬鹿売れなのかという素朴な疑問は,このカメラを手に取って撮影すれば,おそらく大半の人が即座に理解出来るのではないでしょうか。

 

LightroomでD850のRAWを現像できた

 Lightroom6がようやくD850に対応しました。バージョンは6.13です。一応年末にもう一度くらいのマイナーアップデートがあるそうですが,今のところそれが最後になるという話です。

 まあ,D850が対応してくれさえすれば,しばらく使い続けられますので安心です。

 DNGコンバータは一足先にD850に対応しているので,NEFをDNGに変換して古いLightroomで処理する方法もあったのですが,それだとプリセットが対応しませんので,正式な対応まで現像するのを待っていました。

 果たして,D850のプリセットがちゃんと用意されていました。同じ画像を本体でJPEGに書き出したものとNEFを現像したものを比べてみたところ,完全に同じとは言えないまでも,一応それぞれのプリセットの方向性は同じであると分かりましたし,私はLightroomでこれまで通り,現像をすることにしました。

 4500万画素という事で,どんなに重たいものかと覚悟していましたがストレスはほとんど感じなく,D800のころと同じか,むしろ軽いくらいじゃないかと思ったほどです。

 SanDiskの外付けのドライブも素晴らしく,全く速度の低下を感じません。

 てなわけで,改めてRAWデータから現像を氏,等倍でD850の画像を見てみた印象です。

 第一印象ですが,正直に言うと,D800の時ほどの感動はありませんでした。もっというと,D800との違いが思った以上に少なくて,ちょっと拍子抜けしたというのが本音の所です。

 確かに発色はD800に比べてこってりと記憶色を軸に置くようになりましたし,ホワイトバランスもほとんど外しておらず,フォーカスもしっかり食いついているので歩留まりは圧倒的に上がっています。

 しかし,画像園ものを見てみても,D850にしてよかったなあと思うような写真が,案外少ないことに気が付きます。私のレベルではD800もD850も変わらんものなのかとちょっとがっかりしました。

 むしろ,D800では気にならなかったレンズの粗がD850では目に付くようになりました。特に色収差が目立ちます。AF-S 24-70/F2.8ですからね,最新のレンズではありませんが,それでも大三元ですしね,神レンズとはいわれないまでも,高性能で知られた標準ズームを使って,これだけひどい色ズレを見てしまうと,厳しいなあといわざるを得ません。

 高画素になると,より高い性能のレンズが必要になるというのは本当のことで,同じ土俵に上げてはいけないとは思いつつも,同じ35mmの画角を得るのに,安い18-35を使った場合も,24-70を使った場合も,何回かシャッターを切っただけで結局シグマの35mm/F1.4に戻ってきてしまいました。

 その高画質を,レンズの性能にがっかりすることで体感したわけですが,そうなってくるともはやレンズは資産などといってられないことに気が付きます。ボディが消耗品といわれて久しいデジタルカメラの時代にも,レンズだけは資産として残るものと考えていただけに,純正のレンズでさえこんな状況になっていることに,私は腕を組んで考え込んでしまいました。

 それにしてもD850はさすがです。構図の失敗はトリミングでどんどんカバー出来るし,露出の失敗は広いダイナミックレンジで救えます。白く飛んだところや黒く潰れたところから画像が浮かび上がってくるのをみると,ちょっとしか感動さえあります。

 救えないのは手ぶれやフォーカスのズレくらいで,それもVRと校正のAFで失敗が少なくなっている昨今,もう人間が撮影する時に注意しないといけない事など,なくなってしまったんじゃないかと思うほどです。

 画素数が少ない頃はトリミングなどできませんから,しっかり構図を決めて撮影することが求められました。D800くらいになると,構図に失敗した時にも救えるというくらいの認識になったのですが,いろいろ話を聞いていると,D850はもはやトリミング前提で,とにかくシャッターを切り,あとで構図を考えるというのが当たり前になってきているような感じです。

 画面のどこかに被写体が入ってさえいればそれでいいという状況は,もはやカメラマンは職人芸を持つ必要がなくなってきたといっていいかもしれません。高画素機は,シャッターチャンスと写真芸術の世界に,少なからず影響を与えてしまいそうです。


 さて,そんなこんなでサクサクと写真を選び,トリミングをし,ちょっとだけ露出を調整して印刷を行おうと思ったのですが,なにやらうまくいきません。

 OSアップデートしたせいなのか,リストアを行ったせいなのか,Lightroomをインストールし直したせいなのか,それとも他の原因かわかりませんが,CanonのツールであるPrint Studio Proが起動しません。再インストールで起動まではするようになりましたが,今度は環境の保存と呼び出しが動かなくなっています。

 試行錯誤をしましたが,なかなか解決しません。なにが問題って,PRO-100やPRO-100Sのドライバのダウンロード先に,Print Studio Proが登録されていないことです。仕方がないので,Googleで探して最新版を落としてきました。

 海外のCanonのサイトには登録されていますから,単なる抜けではないかと思うのですが,それにしてもOSがアップデートしたこの時期に,最新版をダウンロード出来ないというのはちょっと問題ですよね。

 

Lightroomのスタンドアロン版が終息に

 先日のAdobe Maxで,今後のLightroomに関する発表がありました。

 Lightroomは本格的なクライドベースに移行し,LightroomCCとなります。
また,これまでのLightroomCCは,Lightroom Classic CCと名称が変わります。サブスクリプションサービスであるCreative Cloudのメンバーになると,常に最新版を入手出来るわけです。

 そして,CCのメンバーにならずとも永久にライセンスを保有できる,スタンドアロン番のLightroomですが・・・とうとう現在のLightroom6で廃止されることになりました。Lightroom Classic CCに相当するスタンドアロンバージョンは,出ないと明言されました。

 数年前の話ですが,アドビの売り上げが落ちていて,根本的な対策を取らないとまずいという状態になりました。ソフトの商売というのはなかなか難しいものがあり,膨大な開発費をまかなうにはソフトを売るしかないわけですが,一度行き渡ってしまうとなかなか安定した売り上げにならず,新バージョンの提供で一気に稼ぎたくとも,多くの場合アップグレード価格が適用されてしまいます。

 見方を変えると,新規に購入した人が,過去に購入した人の代金を一部肩代わりしているような感じにもなるわけで,この極端な例が,無償のアップグレードだったりします。

 無償のアップグレードでは,まさに新規顧客が過去の顧客にかかった費用を負担しているようなもので,こうした不公平感はむしろソフト開発の側に強いように思います。

 Adobeも,ソフトが売れるほど次のバージョンで入ってくる収入が減るという構図になるわけで,私にいわせればそれも作戦のうちだろうと思う訳ですが,フリーのソフトやクラウドベースで十分な機能を果たす現状や,PCの衰退という将来性の問題から,サブスクリプションという安定した収入を確実に手にできる方法に舵を切ることは,無理もないと思います。

 ただ,使わなくても毎月必ず出費があるサブスクリプションには,ユーザー側の抵抗もあるにはあって,この抵抗感を越えて納得してもらえるだけのサービスかどうかが,問題です。

 果たしてアドビは,見事にサブスクリプションを根付かせることに成功しました。

 そうなると,スタンドアロンをやめる話は当然ですし,一方でよりサブスクリプションのユーザーにメリットを感じてもらうことは必要不可欠です。ですから,サーバー側で処理を行って,端末側は表示と操作だけにするという,新しいLightroomCCには,あらゆる端末とあらゆる環境で,文字通りどこででも同じ作業が遂行できるメリットこそが,次に進む道だと考えたのでしょう。

 とまあ,ここまでは分かったとしますが,サブスクリプションの最大の問題は,契約解除後にそのソフトを使う権利が失われることにあります。毎月1000円なら1年で12000円ですが,12000円で購入したソフトは10年後も使用する権利を持っています。この差は大きいと私は思っています。

 もっとも,10年後に同じソフトを使いたいかといえばそんなことはほとんどないのも経験上知っていますし,常に最新のソフトを使い続けるための投資まで考えると,一概に損だとは言い切れません。

 しかし,私が懸念するのは,そのソフトの使用と不使用を,使う側である我々が決めるのではなく,メーカーが決めてしまえることにあります。ソフトのメーカーが,やっぱりやめたといえばそこでもう使えなくなります。

 お前が気に入らないといわれて退会させられれば,使いたくても使えなくなりますし,もっとありうる可能性として,メーカーが潰れてしまったり,買収されて業務内容が変わってしまった場合は,もうどうすることも出来ません。

 それを見越しておけばいいのかも知れませんが,それはつまり,そのソフトへの依存度を下げるという事に繋がるわけで,乱暴な言い方をすれば信用しないという事と同義になってしまいます。世の中,そういう厚い信頼をもって使いたい人だったいると思うのですよ。

 アドビは大きな会社ですので,それなりのゆとりを我々に与えてくれてはいます。Lightroomのスタンドアロンは廃止されますが,D850という特に要望の高いカメラへの対応は,Lightroom6.13というバージョンを10月26日にリリースすると発表しています。

 そして,Lightroomのスタンドアロンは,これが最後のバージョンになります。

 さて,私としては,とりあえずD850がLightroomのスタンドアロンで使えて良かったと,ほっとしています。Lightroom7が出たら買おうかなあと思っていたので,それがないのは残念ではありますが,正直なところLightroom6でも十分自分のイメージの沿った写真を作る事が出来るので,アップグレードがなくても今は構わないです。

 

 だから,バージョンアップするかどうかに悩むことも今後はなくなるし,常に最新版を使っているという割り切りに似た安心感も手に入るので,短期的にはこれでよかったとも思います。

 

 ただ,今後新しいカメラを買ったりした場合には対応しなくなってしまうので,CCへの以降を考えるか,そのカメラを買うのをやめるかという選択になるでしょう。

 あまり話題にならない小さな事件ではありますが,私にとってはカメラ趣味の新しい時代の到来と,後に思い出すことになるかも知れません。

 

カメラのカルテ~D800


 このテーマは,本来なら「カメラのカルテ」に書かないといけないのですが,最近放置していることもあり,艦長日誌に書くことにしました。

 2012年7月1日 友人の予約分を譲ってもらいフジヤカメラで購入
 2017年9月 売却

 
 D800は,その後の高画素デジタル一眼レフカメラの方向を決めた,歴史的名機です。3600万画素はフルサイズ一眼レフでは当時頭一つ飛び抜けた最高の画素数,そして登場時の実売価格が27万円前後という価格帯,これらに相応しい信頼性と性能と,このクラスのカメラを「定義」したカメラです。

 画素数が絶対ではないと言われ始めていた中で「それでもやっぱり画素数は正義だよなあ」と唸らせ,同時に画素数だけではダメで,カメラとしての性能や信頼性がバランスすることの大事さを知らしめたのも,D800でした。

 思い起こせば,D800がまだ噂レベルだった頃,リークした画素数などのスペックに「いくらなんでもそりゃウソだ」と鼻で笑ったものが,しばらくして現実になり,30万円のカメラが品薄で半年間も予約で待たされるとは,誰も思わなかったんですね。

 登場時,型番からD700の後継と思いきや,その成り立ちはD700とはかけ離れており,これがやがて全く別のカテゴリを作るカメラであると認知されるまで,そんなに時間はかからなかったように思います。

 D800にはもう1つ大きな役割を果たしていて,高画素になるとローパスフィルタがいらないのではないか,という疑念を,完全に払拭したモデルでした。

 ニコンは当初,ローパスフィルタ搭載のD800が中心に据えて,ローパスフィルタのないD800Eを派生機種として準備するにとどめました。しかし実際に売れたのはD800Eでした。

 高画素になるとローパスフィルタの必要性が薄れることは理論的にはわかっていましたが,それをフォトグラファーが受け入れるかどうかは別の話ですし,精神論ではなくローパスフィルタのメリットとデメリットをきちんと理解して,撮影に反映できるかどうかがとても大切なわけで,ニコンはD800Eが主流になったことを受け,後継機のD810ではローパスフィルタなしに一本化しましたし,他のメーカーもローパスフィルタを搭載しないものを普通にしました。

 また,高画素機の魅力を高めるものとして,レンズ資産がどれだけ豊富に揃うかが大事だと再認識させられました。もしD800がGレンズやAF-Sレンズしかサポートしない,あるいはAi連動をサポートしない割り切りをしていたら,レンズの良いも悪いもすべて取りこむ高画素機の魅力が半減していたことでしょう。

 レンズのすべてを取りこむことが出来る高画素機だからこそ,レンズに対する高い互換性が重要であるとみんな気が付いたのです。

 同時に,高画素機の登場によってレンズのトレンドが変わって来たなあとも思います。とにかくキレキレの画質,MTFが全域で高く,画面の隅々まで収差が補正され,高いコントラストがますます好まれ,市場に投入されるようになったと思います。

 高画素機が高解像度なレンズを渇望し,高解像度なレンズがますます高画素のカメラを求めるという循環が,D800によって生まれたと私は感じました。

 そうした高解像度なレンズのせいもあるのでしょうが,高画素機になると目立つ手ぶれやシャッターの振動にも注目が集まるようになり,とにかくD800以前と以後では,デジタルカメラの評価軸が変わってしまったとさえ,思います。

 私はそれまでD2Hを使っており,高画素にはあまり興味がなかったわけですが,いい加減強がっていても仕方がないなあと思っていたことに加え,画素以外の性能についても近代化の必要を感じていました。

 しかしD2Hを使う私としては,今さらエントリーレベルのカメラを使う気にはなりませんでしたし,D2Hの不満点の1つであったAPS-Cサイズからフルサイズへの移行がないと,とても気に入っていたD2Hから乗り換える意味がないとも思っていました。

 さりとてD3は高すぎますし,D700はそのころすでに絶版。悩んでいたところに登場したのがD800です。連写機能を除いて私の望みをすべて越えたこのカメラは,私が生まれて初めて手にした20万円を越えるカメラだったのでした。

 D800が私にもたらしたものは,一般のそれとは違い,ようやく普通のカメラ趣味の常識を手に入れるものであり,かつ私にとっては革命的でもありました。もう強がる必要がなくなったのです。

 1つは,多くの人が良いと言うものを素直に良いと受け入れる,常識を持ったことです。オールドレンズを楽しむのもよし,クセ玉に手を出すのもよしなのですが,それは「今,万人がよいと認める」レンズを常用し,使いこなした上での話で,私もそれは分かっていたのですが,なかなか実感を伴うものではなく,結局言い訳や強がりばかりをしていました。

 ひどいのは,雑誌やWEBで評価されるレンズを,確かめも体験もせずに鵜呑みにしてあれこれと語ることです。大三元がなぜ必要なのか,神レンズと言われる最新のズームレンズがなぜ評価されるのか,それを私に「知る必要があることだ」と強く認識させたのが,D800の3600万画素だったのです。

 個人差はあると思いますが,1000万画素くらいではレンズの差を「なんとなく違うな」くらいでしか認識出来ません。しかし3600万画素なら話は違います。どこが違うか分かるだけではなく,これはダメだ買い直そう,と思わせるだけの違いを,容易に突きつけてくるのです。

 低コントラストも精細感のなさも逆光耐性のなさも全部「レンズの個性」と肯定的に考える力しかなかった私が,3600万画素によってはじめてこれらの弱点を体感し,否定的意見も受け入れることが出来るようになったことは私にとっては革命であり,新しいものはいい,高いものはいい,と言うシンプルな理屈に,一定の理解が出来るようになりました。

 だから,古い単焦点レンズや廉価な高倍率ズームでは戦えないと痛感し,それでもなんとななるんじゃないかと手を出したタムロンの28-75mmF2.8が結局値段相応で,やはり純正の大三元でないとダメだと心底思った上で,AF-S24-70mmF2.8の良さに感激したことは,私のカメラと写真の向き合い方を完全に変えたものだと,今でも思います。

 最近レンズの趣味が変わったなあと思うのはこういうがあったからで,澄み切った冷たい冬の朝の空気を吸い込んだような清涼感をレンズに求めるようになったのは,D800のおかげだと思っています。

 撮影スタイルが大きく変わったのもD800でした。親指AFが当たり前になったのもD800ですし,AFポイントをグリグリ動かして被写体を追いかけるのもD800からです。最新のAFシステムを受け入れて,そのシステムがなぜ高く評価されているかを身をもって体験した事で,人間が出来る事と機械に任せた方が良いことを,シビアに切り分けるようになりました。

 撮影スタイルでいえば,退化した部分もあります。高画素機はトリミングの自由度が大きいですから,思い切ったトリミングで失敗写真を救えます。これが結局緊張感のなさをうみ,トリミング前提のダルな撮影をしてしまうこともしばしばです。

 同じ事は露出にも言えて,少々のオーバーやアンダーもD800ならRAW現像で救える場合が多く,露出補正もAEロックもしなくなりました。高画素機はノイズの処理にも有利で,ノイズ除去を行ってもあまり荒れません。色とコントラストがおかしくなる方が先のように思います。

 ホワイトバランスもオートに任せてしまうので,グレイカードもどこにしまったか,忘れてしまいました。

 そしてその印刷までの流れですが,Lightroomを使うこともD800で本格化しました。D800だけではなくすべてのカメラをLightroomのワークフローにのせて処理する訳ですが,D800は高画素だけではなく,調整することが少ない,手のかからないカメラだったとつくづく思ったことを思い出します。

 最新の機材は,手間を省いてくれる。
 最新の機材は,失敗を減らしてくれる。
 最新の機材は,今流行している画像を作ってくれる。

 D800を使って思い知ったことは,つまりこの3つでした。

 そしてこの3つこそ,カメラの王道であり,メインストリームです。私はこれを理解することなく,カメラを趣味にしていたことを恥じました。

 もう1つ,ごく個人的な事情を話せば,D800が我が家で活躍した2012年夏から2017年夏までの間は,娘が0歳から5歳までを過ごした時間でもあります。カメラの役目が記録であり,被写体が娘である以上,その成長をその時最高の画質でとらえることはこの上ない喜びであり,D800はその期待に十分応えてくれました。

 幸いにして,D800は一度も故障することもなく,一度も不具合を感じる事なく,また一度も点検に出されることもなく,D850を購入するための資金作りのために,売却されました。

 いよいよ売却するというその前の夜,掃除をしていたD800はとても綺麗になり,我ながら大事に使っていたんだなあとつくづく思いました。娘も,人生の大半を共に過ごし,自分を記録し続けたD800との別れを,とてもさみしそうにしていました。

 27万円で購入したD800は5年後に9万円で売却されました。5年間という時間,2万枚という撮影枚数,そして差額の18万円によって私が得たものは,計り知れないものがありました。

 それは,ひょっとすると私のカメラ趣味が普通のものになっただけに過ぎないかも知れません。しかし,私にはその道はとても長く,D800を買う前の私には想像すらしていなかった,まさに楽園だと言えました。

 D850がどれだけ優れていようと,私にとってはD800の踏襲であり,変化ではなく前に進めるものです。D800で撮影した時に感じたあの驚きとがっかりが懐かしく,慣れるまでのイライラも慣れた後の心地よさも,私の手が覚えています。

 最後に,D800の画質と性能は,今でも十分通用します。3600万画素もD4ゆずりのAF性能も電池の持ち具合も最新レンズへの対応力も,まだまだそこら辺のカメラには負けていないと断言出来ます。

 だからこそ売却したわけで,性能に対して遥に安くなった中古のD800が,初めて一眼レフを触る学生さんを支えてくれたらいいなあと,そんな風に思います。

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