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カテゴリー「できごと」の検索結果は以下のとおりです。

秋は文化祭の季節

 文化祭の季節です。

 遙か昔,私のいた中学校には文化祭がなく,またそれに類する文化的な催し物もない上,そもそも文化系がマイノリティの扱いを受けていたこともあり,特に文化祭の激しさに定評のある高校に入学した私は,3年間その盛り上がり方に心地よさを感じていました。

 第二次ベビーブームの頃の話ですので,13クラスが3学年,しかも一クラスで48人もいましたので,ざっと2000人近い人間が通う大きな公立高校でした。創立が100年を越えるような古い学校ということもあり,私が通っていた頃は某女子高生バンドのアニメに出てくるような,天井が高く床が木で出来た校舎に,この上ない愛着を感じていました。

 みんなそこそこ賢く,しかし勉強のプライオリティは低く,入る時に賢くないとだめだが,入ったらアホになると有名な学校だっただけに,文化祭は3日間行われ,校内の施設だけでは足りずに,近くの公会堂まで借りるような,大きなイベントだったように思います。

 3年生はほとんどのクラスが演劇をクラスの出し物として企画し,うまい脚本を書くこと,お芝居がうまいこと,上手に縫い物をし衣装を仕立てること,木工や塗装のプロ級であること,立て看板やポスターに描く絵が素晴らしいこと,などなど,各々の意外な一面を垣間見る,そんなことも面白さの一端だったように思います。

 そんなわけで,私は文化祭が大好きなわけですが,この春引っ越したところがちょうど高校の真そばということもあってか,学校から案内の手紙を頂戴しました。

 そうなんだよな,高校の文化祭は一般の人間も行ってよいんだよな。

 ということで,先日嫁さんと一緒に,歩いて2分で到着する高校に,文化祭に行ってきました。

 9月になったとはいえまだまだ蒸し暑く,校舎内は特に暑いのですが,最近の高校はあれですね,エアコン完備の部屋も結構あるんですね。美術部などは喧噪とは全く無縁,我関せずと言う文字通り涼しげ様子で,見学者の我々を完全に無視して,くつろいでおられました。

 我々が行った学校は歴史ある学校のようですが,校舎は新しく,しばらく方向感覚が分からずウロウロすることになりましたが,なにぜ1学年で6,7クラスで,私の頃の半分です。そんなに多くの展示があるわけではありません。

 残念だったのは,写真部も科学関係の部もなく,展示系に案外見る物がなかったことでしょうか。今の高校生は写真を楽しむ人も多いと思っていたので,写真部がないというのはちょっと意外だったのですが,まあそんなものかも知れないですね。

 私が文化祭に出かけた最大の目的は,高校生バンドを見ようと思ったことです。高校生バンドは流行廃れのサイクルを繰り返しながらなんとかその脈名を保っている文化系クラブの代表ですが,現在はそれなりに人気のあるクラブのようで,会場となっていた視聴覚室前の出演バンドの数は,2日間でこれだけやんのか,と思うほど充実しています。

 高校生のバンドですから,ジャズやファンクがあるとは思えず,そんなものを期待することはないのですが,キーボーディストとしては高校生がどんな楽器をどんな風に使いこなしているのか,大変興味もあるわけです。

 それと,高校生とはいえ,爆音を鳴らすことには違いなく,上手下手関係なく,爆音に身をゆだねることを久々にしてみたかったことも,大きいです。

 果たして,潜り込んだ結果はどうかというと,これがとても面白かったのですよ。

 何かのコピーだと思いますが,私には分かりません。ですが,ボーカルの男の子はギターもなかなかうまくて,声も良く通っていました。ステージの前には,1年のTシャツを着た学生が陣取っていたので,1年生なのでしょう。大した腕前です。

 ドラムは女の子ですが,なかなかタイトな音を出しています。ちょっとタムの連打でばたつきますが,もっと下手なのがいっぱいいますのでね。男の子のベースもしっかりその役目を果たし,バンドを支えています。

 サイドギターはピンク色の派手なギターを抱えた小柄な女の子ですが,この子が実は下手でした。音作りもしておらず,リズムを無視してガシガシ弾いている感じがします。本人も分かっているのか,音も小さめになっていて,控えめなプレイをしていました。

 しかし,コーラスを始めるとこれがすかーんと良く通るいい声をしているんですね。ギターもいいけど,ボーカルをやった方がいいんじゃないかと思いました。

 残念ながら,締め切った視聴覚室の蒸し暑さと匂いに2曲ほど聴いて退散したのですが,私としてはもう十分。久々にザクザクとしたギターを聴いて満足でした。え,キーボーディストですか?いなかったですね。残念ですが,高校生でキーボードというのは,なかなかいないものです。今時はベース以上に地味で,格好の悪い(はっきりいえばヲタクですな)存在ですから,形から入る高校生が「やってみよう」と思う楽器の対極にあるといっていいでしょう。

 私たちのころは,ピアノを習っていたとか,そういう理由で部の備品のしょぼいキーボードを演奏する女の子というのが,キーボードの形だったのですが,どこにでもマニアはいるもので,私の1年先輩にぶっといアナログシンセを弾きこなしていた人がいました。

 ということで,わずか30分ほどで帰ることになったのですが,帰りの階段で買い込んだチョコレートを処分しようと,売り歩いている女の子に声をかけられ,嫁さんの分と2つ買って帰りました。

 嫁さんいわく,

「よかったー,我々不審者にみないんだねー」

 ・・・まあ,本当によかったと思います。

東京Jazz2010の生放送

 まだ昼の暑さが去りきらぬ9月は,東京Jazzの季節です。今年は9回目,世界でも珍しいJazzへの理解のある国・日本で,一番大きなJazzイベントとして,東京・有楽町で行われました。

 せっかく東京に住んでいるのに足を運ばない私は実にもったいない人だと思う訳ですが,休日は家でゆっくりしたい(引き籠もりたい),わざわざ人混みに出かけたくはない(人嫌い),という根源的な理由をさらに肯定するのが,毎年のFM放送による生中継です。

 生中継というのは本当に独特の魅力があります。同じ時間を過ごしているという奇妙な一体感もそうですし,プレイヤーの音だけではなくオーディエンスの出す音までも一緒に届く臨場感も素晴らしいと思います。今時珍しくなったアナログ放送であるFM放送は,高音質であること以上にレイテンシが短く,本当の意味で「リアルタイム」に一番近いメディアではないかと思います。ん,まあ気分的なもんですけど。

 アナログ放送であるFMは受信が極めて難しい放送でもあります。なんとなくでよければ,首都圏なら間違いなく受信可能ですし,Walkmanなどの携帯プレイヤーに内蔵されたFMラジオを使えば,外でも歩きながらでもFMを楽しむ事が出来ます。

 しかし,録音してオーディオソースとして使おうと考えると,途端に難しくなります。元来,ターンテーブル,テープデッキと列ぶ三大ソースであったFMチューナーは,その潜在的な音質の良さで知られていますが,その音の良さを満喫するには,かなり真剣に電波の受信状態を良くしなければなりません。

 FM放送が始まったのは今から50年ほども前の話ですが,その頃と違い,高いビルがあちこちに建ち,至る所に電磁波を出す機器が存在する現在,綺麗な電波を簡単に受ける方法など,もはや絶望的といえる状況でしょう。

 引っ越してきてから,FMのアンテナについていろいろ試行錯誤をしていたのですが,どうしてもマルチパスを回避できません。マルチパスはステレオ放送の時にギュルギュルという音の原因になると考えていましたが,むしろ音が歪むことが深刻になっています。

 最初チューナーが悪いのかと思いましたが,他のラジオでも同じような歪み方をするので,これは受信状態が悪いとあきらめました。

 結局,T型の安いアンテナを買ってきて,これで受信するのがもっとも良い結果になったのですが,それでもノイズは多いですし,大阪の実家にいたときに使っていた5エレ八木には全然かないません。

 さて,気を取り直して,録音の用意です。当日の9月5日は,朝11時から放送開始で,夜の11時まで12時間ぶっ通しのマラソン放送です。現代音楽ファンたちの怒りを買うのではないかとビクビクつつ,変に注目されていないメディア故に出来ることなのかなあと思ったりします。

 レコーダはこの日のために購入した,ZoomのH1です。12時間のあいだ切れ目無しに録音するために,ファイルサイズを2GB以下にせねばなりません。悩みましたが,録音フォーマットは連続録音を重視し,320kbpsのMP3を選びました。これなら13時間近く切れ目なく録音が可能なはずです。

 11時の時報と共に録音開始。以後,めくるめくJazzの世界が私の家まで届きます。毎年毎年思うのですが,世界屈指のJazzが,自宅まで届くこの幸せ。

 特に今年は内容が濃かったと思います。オマー・ハキムは朝から晩までドラムを叩きまくっていましたし,マーカス・ミラーのベースも歌いっぱなしでした。私はJazzヴォーカルにはあまり興味がありませんが,綾戸智恵もよかったと思うし,誰とはいわず,やっぱりピアノという楽器の奥深さを改めて感じました。

 特に夜の部,渡辺香津美の演奏には気分が高揚しましたし,なんといっても30年ぶりのメンバーがそれぞれ超一流になって集い,再開を楽しんでいるようなゆとりのあるなめらかな音に,圧倒されました。

 Jazz Crusadersも強烈でしたね。一緒に聞いていた嫁さんとも話をしていたのですが,やはり管楽器というのは,年齢がそのまま出る楽器だなあと思う訳です。身体能力が表現力に直結する原始的な楽器といえばその通りなのですが,本来なら狭まるはずの年齢であっても,今度は音に深みやツヤが増すというのは,ますますもって「原始的」と言わざるを得ません。そんな管楽器の素晴らしさを味わいながら,今年も無事,TokyoJazzが幕を下ろします。

 ところで気になったのは,今年,かのラリー・カールトンとB'zの松本孝弘が一緒に出したアルバムが契機になったか,この二人がTokyoJazzに出演していました。放送では,生放送の合間に前日と前々日の一部を放送していて,特にこの二人は注目株であったことで,まず間違いなく放送されるだろうと思っていました。

 ところが全然なし。出演していたと言う事実さえ語られませんでした。

 もしや出演しなかったのではと思いましたが,いい演奏だったという感想もチラホラ見かけ,どうやら意図して放送されなかった様子です。

 邪推すると,やっぱり権利関係なんではないかなあと,大人の事情ってやつじゃないかなあと思います。

 以前,ラリー・カールトンが出演したときには放送されましたから,例えば日本サイドがごちゃごちゃ言い出したとか,彼らの演奏だけDVDになるとかCDになるとか,そういう事情でFM放送が出来なくなったとか,なんとなくそんな気もするわけです。

 ひょっとしたら,演奏の内容や観客の対応にご立腹のラリー・カールトンが放送を許可しなかったとか,そういう可能性もあるかも知れませんが,彼がそんなつまらんことで冷や水を浴びせるとは考えにくいものがありますので,少しでも聴ければいいなと思っていた私にとっては,少々残念な結果になりました。

 いや,それでも,今年のTokyoJazzは,歴代で最も素晴らしいものになったと,これは間違いなくいえると思います。来年は10回目。来年くらいは足を運ばねばならないかも知れません。

 ところで録音の結果ですが,ACアダプタを使っていたこともあり,事故もなく完璧に12時間の録音に成功しました。19時にニュースのために放送が中断したら,ここで一度録音を停止してファイルを分けようと思ったのですが,なんと今年はニュースもなく,本当にぶっ通しでした。それでも12時間完璧でした。

 320kbpsならMP3でもかなり音質の劣化は少なく,FM放送ならもうこれで十分でしょう。ノイズレベルが受信状態の悪さ故に大きく,音がやんだときには耳障りですし,歪みも多く,大きな音が出ると「ボン」と音が割れてしまうこともあって,到底良い録音が出来たとは思えません。確かに名演だけに惜しいことをしたと思うのですが,十分に会場の雰囲気は録音できていると思います。

 さすがに12時間は長いので,いくつかに分割して残しておこうと思います。

 しかしH1は,手軽なくせに,なかなか音もいいです。例えばレコードの録音などにも十分使えそうな気がします。

おかえりなさい

 2010年6月13日23時過ぎ,オーストラリアの砂漠に,宇宙から届いたカプセルが届きました。送り主は「はやぶさ」。中身は「イトカワ」のサンプルです。

 先日よりニュースでも報道されている「はやぶさ」の帰還劇は,宇宙大好きな人から科学技術に疎い人まで,多くの人の注目を集めています。相次ぐ故障や予期せぬトラブル,何度も絶望と見られていた地球への帰還が,数年遅れてようやく実現したことは,我々にあきらめないことが何より大事なことを,久々に見せてくれた気がします。

 とはいえ,やっぱり手がなければあきらめざるを得ないわけで,はやぶさにはあきらめずに済むだけの「仕込み」がなされていました。あきらめないことは大事な事ですが,あきらめずに挑戦できるだけの用意がなければならないことも,一緒に教えてくれたように思う訳です。

 考えて見ると,宇宙開発は根性論で出来るようなものではありませんし,冷静でかつ論理的な判断を常に求められる世界のはずです。また,個人でやってることならあきらめないという判断も簡単でしょうが,JAXAは組織で,予算も時間も限られています。本来,ミッションは失敗だったとプロジェクトを放棄されることは当たり前のはずであり,それがこうして何年も延長し,予算も時間も割り当てられるというのは,やはりそれなりの根拠があってのことでしょう。私はここを見逃すべきではないと思っています。

 それはそうと,私は別のblogで,2005年11月29日と同年12月1日に,以下のような書き込みをしていました。

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(´・ω・)「ふぅ…なんとかサンプル取れたかなあ?あとは帰るだけだお」
(´・ω・)「体のあちこちが痛いお…でもコレ持っていかないと。みんな待ってるお」(`・ω・´)「ガンガル!!」
(´・ω・)「宇宙は寒いよ…寂しいよ…ち、地球だ!見えてきたお!」
(`・ ω・´)「カプセル、投下!受け取って…」
(´・ω・)「ふうっ…終わったお…疲れたなぁ…ああ、地球がどんどん離れていくお…綺麗だなあ…」
(´・ω;)「地球か、なにもかも懐かしいぉ、これで本当のお別れだぉ
       石入ってたかなあ…無かったら、みんなゴメンだぉ…」

機械を擬人化するという習慣は,おそらく機械が我々の手によって生まれてから,ずっと繰り返されてきたものだと思います。
先日のblogは,スラッシュドットからの転載なわけですが,これは言うまでもなく,小惑星イトカワに着陸し,その破片を採取した「ハヤブサ」を擬人化したものです。
動くものは生き物である,故に機械も生き物である,という観念は,かつてどこかで読んだ事があるのですが,「ハヤブサ」はこれほどの手間と予算をかけ,最終的に放棄されるものであるということが,モノづくりを生業とする私にとって,まるで我が子を放棄するような行為に見えていました。
そんな,心のどこかに引っかかった想いが漠然とある中で,その気持ちが一気に具現化したとも言えるのが,この書き込みだったわけです。
残念なことに,「ハヤブサ」は,姿勢制御に問題があり,2系統ある噴射装置のいずれもが動作しない状況に陥っており,地球への帰還が難しいのだそうです。
彼は,与えられた足を2つ完全に失いながら,暗く寒い宇宙空間を漂い,愛すべき人が待ちこがれる,生まれ故郷を再び見ることなく,無限とも言える彼方へ消えてしまうのでしょうか。
可能であるなら,彼を回収し,その労をねぎらい,称え,次の世代に夢を与えるという,そんな舞台を用意できないかと,擬人化している私は,思うのです。

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 もう4年半も前のものなので驚いているのですが,これ以降もハヤブサは満身創痍にむち打って,何度も何度も絶望視されながら,とうとう昨日地球までやってきて,カプセルを届けるという自分自身の仕事を完遂し,そして大気圏で燃え尽きその一生を終えました。

 ハヤブサはただの機械ですし,人間がいないとそれ単体ではなにも出来ないものです。それはよく分かっていますが,それならなぜこれほど人の心を打つのか。

 2005年にも書いていますが,機械が人間の代わりを一部代替する(あるいは凌駕する)ことを期待されて登場して以来,擬人化されることは続いています。

 今はどうか知りませんがかつて自動車工場で動いていた溶接用アームロボットには,女性の名前(というか当時のアイドルの名前)が付けられていたそうで,これはロボット1つ1つを区別し特定して接していることを意味しているように思います。

 今回のハヤブサ,フィギュアまで登場しているそうですが,まあこれはやり過ぎとしても,単なる機械として見るよりは,褒めて上げたい気持ちゆえに,やっぱり擬人化したくなる気持ちがあるのは自然な事だと思います。

 2005年には,私の無理解もあり,記述にウソがあります。ハヤブサはカプセル放出後に宇宙空間を彷徨うのではなく,大気圏突入後に燃え尽きましたし,サンプルの採取は失敗しており,巻き上げられた砂粒が偶然カプセルに入っていることを期待しているに過ぎません。

 それにしても,最後の1機のイオンエンジンが故障して万事休すのところを,故障した他のエンジンと繋いで動くようにしたという話は,ちょっと考えさせられます。感動的な話ではありますが,密かに仕込んだ2つを繋ぐ回路は,普通なら使われるはずのないものだったわけで,そこに重要やお金を使うことが正しいのかどうか。あるいはその回路を使うことで安価に冗長度を上げることが出来て信頼性向上に役立つとか,もう少し詳しい話が知りたい所ではあります。

 ハヤブサは,最後の最後に生まれ故郷の地球の写真を撮影し,伝送して燃え尽きました。もう二度と見ることはないと何度も何度も思ったであろうその懐かしい姿を,彼はどんな気持ちで写真に収めたのでしょうか。写真も人間が操作したのはわかっています。しかし,撮影したのはハヤブサです。あり得ないことではありますが,ほんのわずか,彼の意志が含まれていたのではないかと,そんな風に思っています。

 カプセルの中身は,基本的には空っぽのはずですが,砂粒1つでも分析は可能とのこと。ハヤブサの想いを無駄にしないためにも,なにか有益な情報が手に入ることを祈っています。

MZK-MF150の回収騒ぎ

 先日,テレビを無線LANに繋ぐために購入したプラネックスのMZK-MF150ですが,4月の末にリコールがかかっていました。知りませんでした。

 小型のモバイルルータとしても人気の機種ですが,実のところ単純なメディアコンバータとしてもとても安い製品であり,私は4月中頃にamazonで約3000円で買いました。

 もう1つ無線LANに繋ぎたいものがあったので2つ目を買おうと本日探してみると,amazonにはなぜか在庫がありません。おかしいなあ,終息品で処分価格が出てたのかなあと思ってさらに調べてみると,なんとまあ回収騒ぎになっているではありませんか。

 ユーザー登録もしてあるので,こういうのは連絡が欲しいところですが,偶然とはいえ回収しているというのですから,これはもう聞き捨てなりません。もう少し調べて見ると,あるユーザーが分解して,電源ラインに入っている電解コンデンサの極性が逆になっていることを発見し,メーカーに報告していたようです。

 電解コンデンサの逆接続ですので,最悪の場合電解コンデンサが破裂します。アルミ電解コンデンサで良かったですね,これがもしタンタルコンデンサだったら,発煙発火間違いなしでした。

 とはいえ,もしもアルミ電解コンデンサが破裂すると,パン,と言う派手な音と煙,そして得も言われぬ悪臭が襲いかかります。また,破壊に至らずとも逆接続された電解コンデンサは,電解コンデンサとしては正しく機能せず,所定の静電容量を持つ部品として動いてくれません。電源ラインに入っているということですから,電源のインピーダンスを下げる役割は期待できず,結果として電源の質が低下して,安定した動作をしなくなるでしょう。

 うちは24時間繋ぎっぱなしにしているので,発煙発火が怖いです。賃貸ですから,ボヤなど出されてしまってはたまったものではありません。社会的に抹殺されます。

 もう1つ買えなかったことのがっかり感に加えて,リコールの手続きが面倒という事でなんだかとても嫌な気分なのですが,とりあえずプラネックスのサイトからフォームを使って連絡です。保証書をスキャンしたPDFからシリアルナンバーを調べて送ると,10分ほどしてメールに返事が来ました。早い対応におどろきましたが,内容はやはりリコール対象であるとのこと。

 手順としては,対策済みのMZK-MF150の本体のみが送られて来るので,交換対象の本体を添付されている着払い伝票で送り返す,のだそうです。こちらとしては使用できない時間がゼロになるという,ありがたい対応です。

 ただ,気になるのは,電源ラインに入った部品の極性の問題だというのに,現在問題がなければ使い続けても結構だ,と言う点です。規定よりも短い時間で壊れてしまうような設計が行われており,しかも壊れるときに事故が起こる可能性がある今回の場合,特に電源というエネルギーの大きな部分での事故は被害も大きくなる傾向があるだけに,即刻使用を中止するというアナウンスが適当ではなかったかと思います。

 幸い,実際の事故が起こっているわけではないようですが,逆接続した電解コンデンサの劣化が進んでいるのは疑いようがありませんし,煙が出たり動かなくなってしまうという問題の可能性をゼロに出来ない以上は,やはり慎重になるべきかなと思う訳です。

 とりあえず週末に受け取ることが出来れば早く片付いていいのですが,どんなもんでしょうね。

 プラネックスはあまり良い評判を聞かないメーカーではあるのですが,どういうわけだか私はここで失敗したことがなく,安い上に結構信用していたりします。私としては,3000円程度で買えるメディアコンバータの供給元として,早くMZK-MF150の販売が再開されることを願っています。

 うーん,でも,今回の回収騒ぎで,この製品で稼いだ利益など吹っ飛んだと思われるので,このまま対策して販売を再開するくらいなら,さっさとディスコンにして後継品を5000円くらいで売り始めた方が得ですわね。ということは,もう3000円でメディアコンバータが買えるチャンスは当分ない,ということになりますか・・・どうするかなあ,もう1つ買っておけば良かったかなあ。

Die Young

 書かずにはいられないので少しだけ書くことにしました。

 ヘビーメタルを代表するヴォーカリスト,ロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)さんが,現地時間の5月16日午前7時45分に亡くなりました。67歳でした。

 昨年11月には胃がんであることを公表していたわけですが,結局病魔には勝てなかったということでしょうか。

 昨日,Twitterで死亡説がだーっと流れ,これをマネージャーでもある奥さんが即座に否定,一度は沈静化した話が今日になって本当だったということになり,私もHeaven and Hellな気分です。

 67歳を若いというのも無理がありますが,彼の場合は衰えを知らず,小さな体から飛び出すハイトーンと声量は健在でした。

 そのヴォーカリストとしての能力はもちろんですが,中世をテーマにした世界観はその様式美でうるさいだけのヘビーメタルに一定の流れを作ったと感じます。

 過激な歌詞やステージ上のパフォーマンスに,なにやら暴力的,あるいは気味の悪さを感じることもあるわけですが,本人さんは至って普通の気のいいオッサンで,ファンを大切にし,メンバーを尊敬し,あれだけの大スターでありながら低い目線で常に生き続けた,人徳の人でもあります。

 特に,映画「メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー」でのインタビューは,およそヘビーメタル界の大御所という風格以上に,慈愛に満ちた一人の男として,彼の人となりをよく示していると思います。私は彼をこの映画のインタビューで2度好きになりました。

 私ごときがごちゃごちゃ書くのも憚られるのでこのくらいにしておきますが,ロッカーとしてだけではなく,虚勢を張らず,素直に優しく生きた人として,彼に憧れ,その死に哀悼の意を表すものです。R.I.P

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