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カテゴリー「できごと」の検索結果は以下のとおりです。

スカパーから離脱

 スカパーを解約しました。惰性とはいうのは怖いもので,ろくに見てもいないのに10年近くもお世話になっていました。

 最盛期は複数のチャネルを見ていましたが,最近は解約するのがもったいないという理由で一番安い300円のチャネルを1つだけ残し,基本料金とあわせて毎月800円程度で「維持」していました。

 毎月800円ですから,もったいないと思いつつもそのままになっていましたが,この300円のチャネルも近々値上げされ,毎月1000円を超えてしまうことが分かりました。

 大した増額ではないのですが,やはり1000円を超えると見過ごせません。かといってこのチャネルを解約すると,基本料金を支払う意味も全くなくなってしまいます。それならこの際解約です。すでにアンテナの向きも曲がっていて,どのみち満足に受信できない状態ですし・・

 1回目,1分10円かかる電話で長々と説明を受けたのですが,結局2週間の無料お試しで全チャネルを見られるようにする+情報誌を送るということで,解約を思いとどまりました。

 で,結局スカパーを見たのはゼロ回。情報誌もぱらぱらと目を通して捨ててしまいました。なんというか,本当にテレビって見るものがない時代になったんですね。有料放送でもこの有様なんですから,もうテレビはだめでしょう。

 それで,2週間後にもう一度1分10円の電話をかけ,解約の手続きをすることにしました。理由としてはもうテレビを見なくなりました,ということに尽きるわけですが,今さら通信衛星から飛んでくる微弱な電波をパラボラでつかまえてブロックノイズだらけの低ビットレートSD映像を見るのもどうかと,内心思っていました。(光接続でHD映像の配信も行われていますが,私のような旧世代のユーザーに対してのロードマップが今ひとつ周知されていない気がするわけですよ)

 解約の理由はすでに研究されているようで,機材の故障なのか,アンテナの整備不良なのか,見る物がなくなったのか,他のサービスへの鞍替えなのか,とにかくいろいろ聞かれました。私の場合は純粋なテレビ離れが理由の大半ですから,さすがに相手も打つ手がなかったようです。

 しかしスカパーあなどりがたし,解約後1年は契約手数料無しで再開できるとのことです。つまり,実質1年間は「休止」という状態になっているんですね。これで「やっぱりもういちどみたいなあ」と思った場合の敷居が下がります。

 こういう商売は実にうまく,一度つかまえた客を簡単に逃がさないという姿勢は実に正しい方法です。再開の敷居が低いということは,休止にされる敷居も低いという諸刃の剣ですので,あまり大々的に宣伝できませんが,解約したいという人にこそっと知らせると効果があるのは間違いないでしょう。

 大多数の顧客の中の一人ですが,こうした一人一人を粗末にせずきちんとフォローすることが,大きなビジネスに繋がります。去った顧客を「他にもお客はいるさ」と切り捨てることは,安易に誰でもやってしまう間違いですが,お客さんと向き合う姿勢は他のちょっとしたことにも出てきてしまうものなので,最終的に多くのお客さんから見放されてしまいます。

 ということで,6月いっぱいで解約です。

 そもそも,弟が当時のDirecTVを見ようと機材を揃えたところ,アンテナの設置の関係で受信できず,もったいないからと譲ってもらったことが始まりだったわけですが,DirecTVが会社を清算し,スカパーに吸収される際に無償で機材が提供され,契約料も無料だったことなど,いろいろあったことを思い出しました。

秋葉原の雄は大阪で根付くのか

 千石電商といえば,秋葉原に電子部品を買いに行ったことがある人なら知らない人はいない大手の電子部品屋さんです。秋葉原ではラジオデパートやラジオ会館など,小さなお店の集合体が「らしい」とされますが,実のところ千石電商やマルツ電波など一箇所で全部揃うパーツ屋さんの方が便利ですし,価格も安いのです。

 なかでも千石電商は結構マニアックな部品もきちんと持っていますし,価格もこなれていますから,私も「そこそこ」利用します。そこそこ,というのは,あまりに普通の部品が多いことと,店員さんのナニがアレで・・・ね,まあその,行かないで済むならそれに超したことはない・・・んですわ。

 大阪では日本橋が電気街ですが,ここも最近元気がない。家電の街としての機能はほぼ梅田と難波に取られましたし,PC関連機器は通販の方が楽ですし。そんななかでわざわざ秋葉原なり日本橋に出向く必要が,今も昔も不可欠なものが電子パーツです。

 現物を見ないと失敗するし,出物が出ている可能性もある。それに部品の単価が安く送料がペイ出来ませんし,そもそも1店で完結する可能性が低いので,実は電子パーツを商売にするのは(売り上げの低さと在庫の重さに耐え切れれば)結構いい商売なんじゃないのか,と思ったりします。

 それにしても,阪神タイガースを除き大阪そのものが元気のない昨今,日本橋に新しい部品屋さんが出来るなど,誰が想像したでしょうか。そう,5月2日に,秋葉原の千石電商が日本橋にオープンしたのです。

 いやー,嘘かと思いました。千石電商が大阪にゆかりのあるお店なら分かりますが,実のところ縁もゆかりもないようですし,大阪に関連があればあの店員どものナニのアレ具合など許されるはずがありませんし,なにゆえ千石なのだ,と不思議で不思議で仕方がありません。

 理由を尋ねられてもそこは大人の対応で「大阪の皆さんに部品を買って頂きたい」とのこと。シリコンハウス共立にケンカを売ってますが,私個人は不思議と思うと同時に,結構いいことだなあと思いました。

 千石電商とシリコンハウス共立は,扱っている品目は似ていますが,そこはさすがに大阪と東京で,微妙に種類が違っていたりします。半導体の品揃えもそうですが,特にコネクタなどの機構部品,ケースとか工具などにちょっとした違いがあります。

 昔むかし,初歩のラジオを片手に部品集めをした頃の話ですが,秋葉原で手に入る部品に合わせて製作記事がのっていました。特にケースやジャック類は,秋葉原で手に入る物でプリント基板が作られていましたので,出来れば同じ物を手に入れたいわけです。

 しかし大阪にいた私は,同じ物が手に入らず,似たような物を工夫して使うことしか出来ませんでした。しかしやっぱり子供のすることですから,どうも不格好だったり性能が出なかったり高くついたりするわけです。

 当時千石電商が大阪にあればこういうことはなかっただろうなあと思うわけです。

 ちょうど帰省中にオープンという事で,5月2日の昼過ぎに行ってきました。場所は確かめずに行ったのですが,デジットの近くで角地ですので,すぐに見つかりました。5月2日はいい天気だったのですが,そのせいもあって,少し日本橋に人と活気が戻ってきていたように感じました。

 今時この広さでパーツ屋を本当にするんかいな,と思うほど広いスペースに,背の高い什器が入っています。秋葉原の千石電商ほど狭苦しい雰囲気はありませんが,それでもオープン初日から殺風景にならないあたり,さすがといえばさすがでしょう。

 しかし,半導体の棚はまだ空きが目立ちますし,機構部品や工具類もまだまだ揃っていません。先日徹夜で頑張ったんだろうなあと思わせるような間違いがあったりして,ほほえましいです。

 問題の店員さんのナニのアレ具合ですが,秋葉原とは雲泥の差です。しかしここは大阪。近所のデジットの店員さんに,商売のなんたるかをたたき込んでもらったらどうかと思います。

 まあそれは言い過ぎとしても,もうちょっとお客さんの動きを読むというか,愛想良くするというか,そういうことがないと,大阪の人は厳しいと思いますよ。

 で,オープンセールです。ディジタルテスタが300円,単3アルカリ電池4本が50円。その他不良在庫の処分品と思われるヘッドフォンやケーブルなどが段ボールに突っ込まれていました。

 私はとりあえず,話の種にとテスタと電池,そして前から買おうと思っていたVGA用のDsubコネクタを買いました。レジで「500円以上お買い下の方にはマウスパッドか結束バンドをプレゼントしています」とうれしいお話を頂きました。

 迷わず結束バンドと答えると,たくさん結束バンドの入った透明な筒を頂きました。実はテスタより電池より,これが一番うれしかったりします。いやー,ありがとう。

 でそのテスタですが,なぜか懐中電灯がついており,しかも今時豆電球です。スイッチが堅くて片手で回せず,電池ブタもぴしっと締まりません。手で削った追加工の跡があったりして,やっぱ安いだけあるなあと。

 しかも,外側には「LR44x2」と書いてあるのに,中をあけると23Aとかいう変な電池が入っています。なんと12V・・・電池の方が高いんとちゃうんかい,そもそもどこで売ってるねん。(後日秋月に新商品として入荷していました。50円・・・)

 しかも,説明書きに書かれているレンジがなかったりして,本当にこれで商品として成立しているのかと,中国生まれのこのテスタが不憫でなりませんでした。

 ま,300円ですからね,よしとしましょう。

 つまり,こういう面白さがパーツ屋さんなのです。通販でできますか,梅田や難波で見つかりますか,と私は言いたいわけです。

 こちらに戻ってきてから,会社の用事で千石電商に行きました。相変わらずの店員のナニのアレっぷりに閉口しつつ,500kmという物理的距離が勝るか,それとも千石電商という企業文化が勝利するのか,願わくは日本橋に溶け込んで,地域に根を下ろしてくれればいいなあと,そんな風に思って帰りました。

薬師寺展をみる

 先日の土曜日,上野の国立博物館で行われている「薬師寺展」を見てきました。

 前代未聞の,日光菩薩立像と月光菩薩立像の背中を見ることが出来るというのが最大の触れ込みですが,普段見られないからただ珍しいという話なのではなく,そのお姿が写実的で素晴らしいという,このことに尽きます。

 薬師寺に限らず,仏像の背後に回って背中を見る,などというのは普通は考えにくいことですし,私などそんな罰当たりなことは恐れ多いのですが,背中までが「ありがたい」と考えれば,少しは許されるかも知れません。

 土曜日は昼過ぎは良いお天気で,我々が到着した時刻では入場制限を行っていました。10分ほど待ったでしょうか,その間日傘を貸し出すサービスなどがあったりして,興味深いなと思いながら列んでいると,割とあっさりと入場できました。

 しかし予想通り,館内は随分と混んでいます。音声ガイドがいかんですね,あれを使われると,じっとその場にとどまってしまう人が出てきてしまいます。あと,平成館というところは,ハイビジョンテレビがあちこちにあって,ここで必ずといっていいほど人の足が止まります。私は博物館にテレビという生活臭漂う庶民のアイテムが大きな顔をしているのが興ざめな人でして,文字や図表にくらべて動画のわかりやすさと,ハイビジョンによる情報量の多さがどれほど見学に有効であったとしても,ちょっと見学者に親切すぎるんじゃないのかなあと,そんな風に思ったりしました。外国の方の見学者もいるので,ハイテク日本をアピールする趣向が見え見えなのもちょっと鼻につきます。

 なんだかんだで,日光菩薩立像と月光菩薩立像にたどり着きます。仏像の周りに群がる人,人,人。

 押すな押すなの盛況にも関わらず,当たり前ではありますが皆マナーもよく,そして面白いことに一箇所にとどまらず360度動き回る人が多いので,真そばでじっくりと見ることは,案外簡単でした。

 銅で出来ている大きな仏像ですが,途中に継ぎ目などはなく,一気に鋳造されたものなのだそうですが,近寄って見ても,遠くから見ても,この角度で見るといいとか,ここから見るとちょっとダメだとか,そういうのがなく,つまりどこから見ても,どうやってみても,それぞれにため息の出る美しさなのです。

 2つの仏像の表情は,日光菩薩側から見たときと,月光菩薩側から見たときで,微妙に表情が違うのです。足下から(そう,随分近くに寄ることが出来るのです)見上げる時も,少し高いところから見下ろす時も,やはり見え方が違います。

 見所の1つ,背中の柔らかな質感ですが,当時の美的感覚に忠実と思われるふくよかで柔らかな曲線は無駄も破綻もなく,まるで女性の背中のような暖かさを見る者に与えます。これが銅で作られているのかと思うほどです。

 背中を見られることを前提に作ったとしか思えないのですが,しかしこれが人の目に触れることなど,長い歴史の中でおそらく初めてのこと。思うに,見えない部分でも手を抜かない,それが日本人の「仕事」なんでしょう。

 一通り歩いて約1時間30分。見終わって感じた事は,とにかく仏像の圧倒的な存在感です。他に出ていた展示物にも確かに珍しい物がありましたが,数としては全部で20数点と多くなく,私のような人間にはちょうど良い規模だったと思います。

 1つ感じた事があります。

 以前,ある美術館で仏像を「美術品」として鑑賞したことがありましたが,最初じーっと食い入るように眺めた人々は,思わず両手を合わせ,その場を後にしていました。

 この「思わず」が重要だと思うのですが,今回は大勢の人がいたにも関わらず,誰一人手を合わせる人はいませんでした。私は恥ずかしさから,ばれないように小さく手を合わせるにとどまりました。

 お寺で見る仏像には,問答無用の威圧感があり,これが宗教としての仏教に畏敬の念を抱かせる動機として機能することを狙っているのですが,お寺という独特の施設,入りだったり匂いだったり音だったり,つまり五感に飛び込む情報が仏像をより深く見せているのでしょう。

 とはいえ,思わず仏像に手を合わせる気持ちはいつしか一人歩きし,仏像がお寺になくても,そこから出る「何か」に思わず手を合わせることは,ごく自然な事だと思います。

 もちろん,美術品としての仏像をいちいち拝む必要はないのかも知れません。しかし,日本の仏像は,物理的な大きさや表情の猛々しさだけではなく,その美しさで人々を魅了してきたことは事実でしょう。作り手の意図を想像すると,美術品としての完成度の高さこそ,我々が手を合わせるためのエネルギーであるべきではないかと,素人の私は考え至るのでした。
 
 もう1つ,韓国語や中国語を話す方々が見学に多く訪れてらしたようです。韓国にも中国にもお寺があり,仏像があります。西から届いた仏教が東に伝来する過程で,中国と朝鮮,そして日本の3地域は,互いに影響しあい,そこから新しい物を醸造してきました。日本は最東端ゆえ,日本から出て行ったものは少ないかも知れませんが,元はインドで生まれた教えが,これほどたおやかな仏像に昇華した事実と,そこから日本という文化圏に興味を持ってくれればいいなあと,そんな風に思いました。

 いろいろな感じ方があるとは思いますが,私は今回の「薬師寺展」で,日本はアジア,特に東アジアの一員であることを,改めて誇りに感じました。

 

工作の時代

 「子供の科学」という雑誌,誠文堂新光社という長い歴史を持つ出版社が,戦前から高い志をもって作り続けてきた子供向けの科学雑誌です。残念なことに,最近は本屋さんでも見かけることが少なくなってきたように思います。

 1923年といいますからなんと大正12年の創刊,今年で実に85年もの間,子供達への科学への好奇心を満たし続けてきました。戦争中も,時局ゆえ戦争に偏った内容ではありましたが出版されていたようですし,科学に夢のあった戦後間もなくから高度経済成長期は言うに及ばず,1990年代のバブル崩壊後の科学雑誌廃刊の流れにも耐え,現在も昔と変わらぬテイストで列んでいます。

 考えてみると,「子供の科学」を読んで育った方の中には,すでになくなってくる方も少なくないはずで,その積み重ねられた時間の途方もなさに,ため息をついてしまいそうになります。

 個人的に思うのは,子供の頃に「子供の科学」に出会えたのか,それとも出会えなかったのか,そこが1つの分岐点であるように思います。それは今も昔も,きっと変わらないでしょう。

 私の場合,幸いなことに,小学生の時に出会うことが出来ました。大阪の交通科学館に行ったときのこと,公開されている図書室で偶然「子供の科学」を見たのです。普段本屋で見かけない科学雑誌でしたし,まるで手に取ることを拒むような地味な表紙に,なかば図書館専用の雑誌なんだろう,と思った(しかしそれはまったく的外れではないことも事実です)のですが,一緒にいた母親は,これが普通の本屋でも売っていること,非常に良い内容を持つ科学雑誌であることを私に話してくれました。

 私が驚いたのは,本格的な電子工作のページがあったことでした。電子ブロックがすべてだった私の電子工作の知識は,バラバラの部品を部品専門店で集め,ハンダ付けして組み立てるという新しい世界との接触によって,あっという間に旧世代のものとなったのです。

 母親は,私が「子供の科学」に触れたことに実に好意的で,その後毎月私の手元には「子供の科学」が届くようになりました。私も読み終えてから,あと1ヶ月も待たされるのかという,待ち遠しい気持ちでいっぱいになったことを覚えています。

 「子供の科学」は,総合的な自然科学の啓蒙書です。地学,生物学,化学,医学,物理学,電子工学とありとあらゆる分野を網羅しています。すべての漢字にはふりがながふってあり,読みやすい文章とわかりやすい図や写真で,子供の知識欲に応えます。

 工作のページは「子供の科学」の伝統ですが,子供がやってしまいがちな「そこらへんのものを適当に使って適当に作る」ということを極力排除し,「きちんとした道具を使ってきちんと作る」ということに,この雑誌で初めて触れた方も多いのではないかと思います。

 「子供の科学」は,それ自身が分岐点として機能します。科学としてくくられる,実に多くの分野を一度に(しかもどれも本格的に)見る事ができ,子供達はその中から自分の好きな物,得意なもの,面白そうなものを見つけて,その分野に自ら伸びようとするのです。その点で,「子供の科学」が扱う分野に偏りがあってはいけません。

 私の場合,電子工作に舵を切りましたから,その後「初歩のラジオ」を読むようになり,あげく現在の職業にたどり着くことになったわけですが,あらゆる可能性を内在したあの時に,他の分野に踏み出していたらどうなっていただろうか,とそんな風に思うことがあります。

 「子供の科学」はあくまで子供の雑誌であり,いずれ読者は離れ,そして次の読者がやってくることを短期間に繰り返します。同じ人が長く買い続ける雑誌とは違い,読んでいる時間は短くとも,世代を越えて読まれてきた雑誌です。それ故,「子供の科学」に郷愁のような物を覚える人は幅広い年齢層に存在していて,みな一様に自らの分岐点を遠い目をしながら振り返るのです。

 なんでこんな話をするかといえば,ちょうど東京・銀座のINAXギャラリーで,「工作の時代展」というのが開催されていて,先日の土曜日友人と一緒に見てきたからです。副題が「子供の科学で大人になった」とあるように,これまでに「子供の科学」に掲載された工作記事を今作り直し,創意工夫で工作を楽しめたあの時代を振り返ろう,というものです。

 「子供の科学」という雑誌の功績を直接的に賛美するものではなく,「子供の科学」にあった工作のページに限定し,しかもそれを今わざわざ作ってみせて,出来上がったものを展示するというちょっとつかみ所のない催し物ですが,これは間接的に,「子供の科学」という雑誌の役割をおさらいするものであると思います。

 その工作の緻密で工夫に満ちていること。本格的な材料を駆使した物から,身の回りにあるものを利用したものまで,工作と言う言葉が示す範囲の広さを感じます。

 展示されている品目は少ない上に,対象を少なくとも40歳代以上としているため,若い人には今ひとつ楽しめないと思います。さすがの私も,直接知っているものにお目にかかることは出来ませんでした。

 ただ,うれしいと思ったのは,工作というものが,科学の根本の1つであると感じた事です。科学には,観察することも考察することも,実験することも大事です。そして実験には工作が少なからず必要です。実験が出来るように作られた実験セットを使って,出るべくして出る結果に満足することも否定はしませんが,前人未踏の新しい発見には新しい実験が必須であるように,創意と工夫で工作することこそ,科学の醍醐味なんだと思います。

 「子供の科学」は,実は大人が読んでも十分に面白い雑誌としても知られています。子供に買うから,といいつつ,親が楽しみにしているという話は昔から聞きますし,まして年々進歩の速度が上がっている科学の分野を,平易な文章で理解できる手段は,実のところそう多くはありません。

 手に入りにくくなっているのが残念で,私も展示会に行く前に予習しておこうと,今月号の「子供の科学」を探してみましたが,今月号は付録がちょっと贅沢だったこともあり,どこも売り切れてしまっていました。

 しかし展示会では予想通り,今月号の「子供の科学」が売られていましたので,気恥ずかしさを押さえて買ってみました。

 実に面白いです。確かに,読み終わるのに時間はかかりません。あれ,こんなに簡単に読み終えてしまうのか,と思うほどあっけないのですが,それも子供が楽に読めるようなボリュームに調整されているのだとしたら,仕方がありません。

 しかし,その内容は実に多彩で面白いです。

 まず特集があります。そしてグラビアのページで昆虫や動物が紹介され,続いて外国の動植物やその土地の人々の暮らしがあり,工作のページがあります。

 読者の傑作写真,発明のページ,科学マンガと催し物情報,読者のページがあって,そして今でも続いている「紙飛行機」。

 基本的な構成としては,少なくとも25年前からなにも変わっていません。残念だったのは,泉弘志先生の電子工作のページがなくなっていること,増永清一先生のメカトロ工作がなくなっていること,でしょうか。それでも二宮康明先生の紙飛行機が今でも続いているのは,感動でした。

 いやー,「子供の科学」を買ってきたら,まずこの飛行機を作るわけですよ。木工用ボンドで作るんですが,乾くのを待てずに庭に出て,弟と飛ばすわけです。紙飛行機と言えば,ノートをちぎって折って作る物と思い込んでいた我々兄弟にとって,ボール紙に木工ボンドで作る競技用機の存在は,まさに新しい世界です。

 調整がきちんと出来ずに何度も落下を続けて壊れてしまったり,たまにうまく飛んでも近所の家の屋根にのってしまったりで,爽快な記憶は全くないのですが,同じ経験と記憶を,今の子供達もするのでしょうか。

 相変わらず「そうなのか!」と思うような興味深い記事がたくさんあり,私も来月から毎月買おうかと本気で思っているほどです。私が知らないだけだったのかも知れませんが,グランドピアノとアップライトピアノで,演奏出来る曲と出来ない曲があるという,楽器として決定的な差があることを,私は今回初めて知りました。

 身の回りにあるものはどんどん豊かになり,創意工夫などしなくても,すでに創意工夫済みの商品があふれかえっています。その便利な世の中に浸りきっている私のような大人にとって,原点を見つめ直す良い機会となりました。そして,いつまでもこの雑誌が,これまでと同じく,科学の真面目な面白さを伝え,やがて彼らに訪れる人生の岐路を照らす道案内になることを,期待してやみません。

 最近の子供達は,というくだりで今日の艦長日誌を締めくくることはしませんし,私には出来ません。今の子供達も,世にあふれる「もの」の中で,しっかり科学と工作への好奇心を持ってくれているようです。ただ,すぐに満たされる物欲のせいで,そうした好奇心に自ら気づきにくくなっているだけだろうと思います。

 子供の科学は,そうした機会の中でも,最も大きな存在であり,かつ貴重な存在である,と思います。

さらに今朝の出来事

 今朝,通勤客を乗せた電車の中で,系単電話の呼び出し音が鳴りました。

 声からサラリーマン風の男がその電話に躊躇なく出ます。

 「今電車の中なんです・・・はい,はいはい,パスワードですか?」

 パスワードを電話で聞くか? 私はそう思いました。彼の電話は続きます。

 「えと,アドミニストレータのアカウントで,パスワードはpassword,ぴーえーえすえすだぶりゅおーあーるでぃー・・・」

 さらに続きます。

 「これでだめだったら,xxさんのアカウントとパスワードで入れるから」

 これで終了。

 果たして,彼は全部でどれだけの「非常識」をやらかしたでしょうか?

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