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ダイソンDC45修理の顛末

 ダイソンのDC45というコードレスクリーナーを使うようになってから,掃除機がけが劇的に楽になったと言う話は,ここでも何度か書いています。

 日本メーカーの掃除機は強い吸引力で「吸い込む」事を掃除機に期待していますが,ダイソンもそうだしルンバもそうですが,あちらの掃除機は「かき集める」ことを軽く考えず,これと「吸い込む」の合わせ技で,最終的な性能を考えているようです。

 DC45も,ブラシを使っているときは,ちょっと強めのハンディクリーナー程度のパワーしかないように思います。しかしにモーターヘッドという回転ブラシのついたヘッドを取り付けて床を掃除すると,ウソのようにゴミが取れるのです。

 そりゃ,日本のメーカーが異口同音に言うように,吸い込み仕事率500W以上をバッテリーで実現するのは無理でしょう。しかし,それよりはるかに小さいパワーで十分掃除が可能ということを,DC45は示していると思います。

 で,そのDC45ですが,先日修理に出ていました。症状は,モーターヘッドのブラシが掃除中に止まる,と言うものです。

 最初から動かないというなら話は簡単なのですが,最初はブラシが回転しているのに,掃除中に気が付いたら止まっているという状態です。止まっていると気が付いたところで,もう一度その部分の掃除をやりなおす羽目になるのですが,だからといってしょっちゅうブラシの回転を確認するのも効率が悪いですし,なにせどうしたら止まるのか,という規則性も見いだせないので,とにかくストレスになります。

 原因はいろいろ考えられるでしょうから,簡単に解決しないだろうなと思ってはいましたが,サポートに電話をしてみると,モーターヘッドの故障かも知れないという事で,新しいモーターヘッドを送ってもらうことになりました。

 届いた新品のモーターヘッドをパイプに取り付け,早速試しに掃除をしますが,残念な事に2,3回前後させるだけで,ブラシの回転が止まってしまいました。問題は全く解決していません。

 再度電話をしたところ,どうも先方はブラシが最初から全然回らないということと勘違いをしているように思うので,そうではないと説明したところ,丸ごと送る事になったという次第です。

 私の見立てでは,電池->クリアビン->パイプ->モーターヘッドという順番で電流が流れるわけですけども,どうも電池->クリアビン->パイプの2箇所の接続が悪くなっているような感じです。

 ならば,クリアビンだけ交換すればよいようにも思いますが,この際だから悪いところは全部見てもらうのがよいと,前向きに考えました。

 日曜日の夕方にピックアップをお願いしたところ,ヤマト運輸のお兄さんが段ボール箱を持ってやってきました。

 ここに私のDC45を一式いれて,送り返します。ただ,この段ボール箱は,パイプを入れる必要があるのでそれなりに大きいため,小さいものは箱の中でゴロゴロと転がってしまいます。

 モーターヘッドや本体が箱の中で動かないようにする梱包材があるかと期待しましたが,そういうものはないようなので,心配でしたがそのままごろごろと入れて封をしました。

 一応これは私の所有物で,ダイソンに預けるんですけどね。お客の持ち物が輸送中に壊れないように,手配することが必要じゃないかなと思います。

 結果ですが,クリアビンが交換されて戻ってきました。試して見ると,今のところ問題は解決しています。確かに電池とクリアビンの接点はもうボロボロでしたし,クリアビンとパイプの接続もあやしいものでしたから,良かったんじゃないかと思います。

 あと,ぱっと見ですが,フィルターも新品に,そして痛みがひどかったブラシも新品になっていたようです。本体やパイプ,電池はそのままです。

 ただ,本体も新品のようにピカピカに清掃されていました。パイプもそうです。こういうのは細かい事ですが,ありがたいですしうれしいです。

 さて,これでつくづく思ったのは,2年保証はとてもありがたいという事です。

 ダイソンは海外製なので壊れやすいとか,そういう意見も時々目にしますが,私はそんな風には思いません。壊れやすさ,丈夫さという観点で言えば,日本のメーカーと同じか,あるいはそれ以上によく考えられていると思います。

 その上で,日本のメーカーは1年保証です。しかも,サービスセンターなり販売店なりに,持ち込まないといけません。電話は平日だけです。しかも最近の日本のメーカーは,フリーダイヤルをやめています。

 ダイソンの場合,電話はフリーダイヤルで,携帯からでも,土日でも繋がります。部品の交換で済むような場合は新しい部品をすぐに送ってくれます。修理が必要な場合でも,すぐに引き取りに来てくれます。そして72時間以内に修理を終えて返送してくれることになっています。これを2年間面倒見てくれるのです。

 ね,とても気軽に相談が出来ます。日本のメーカーだと,とても億劫になってしまいます。

 確かにダイソンはちょっと高価かも知れません。しかしこの2年間のサポートがあるなら,十分納得が出来ると思います。

 最悪なのは,並行輸入ですね。並行輸入品はこうしたサポートを受けられません。少しばかり安いとはいえ,このサポートを受けられないというのは掃除機の場合は損だと思います。
 
 怖いのは,この2年間が終わってしまった時ですね。このサポートの気軽さを失うのは,厳しいというか寂しいものがあります。もちろん修理や部品の交換は有償で行われるでしょうが,ざっと値段を見てみるとかなり高価です。買い換えた方が安くなるのが,この2年というタイミングなのかも知れません。(だとするとちょっともったいない気がします)

 いずれにせよ,これでまたしばらく正常な状態で使えそうです。

交通事故

 先日,痛恨の事故が起きてしまいました。交通事故に巻き込まれて,被害者となってしまったのです。

 普通,こうした話はここに書かないのですが,事故そのものという事実よりも,私がそこで感じた事を記しておきたいので,書くことにしました。

 昨年12月16日の17時55分頃,事故は発生しました。

 場所は自宅近くの交差点で,信号はありません。そのわりには交通量も多く,近くの保育園があることなど,小さい子供の通行も多い場所です。

 当時,東京は冷たい雨が土砂降りで,風も強く,天候は最悪でした。

 私はいつものように,3歳の娘を近くの保育園に迎えに行き,娘をのせたベビーカーを押しながら,その交差点の前で停止しました。

 私はベビーカーを押すときは,必ず両手で操作するために,雨が降っていても傘を差すなど片手になるようなことは行いません。

 安全確保のため,ベビーカーには自転車用のヘッドライトを前方に,反射板を後方の取り付けていましたし,ベビーカーのシートの周囲には反射テープが貼り付けられていました。

 左右を何度も確認し,車輌が遠方にもいないことを確かめました。同時に前方から進入する車輌も停止していることを何度も確認してから,横断歩道を横断しはじめました。

 横断歩道の真ん中にさしかかったとき,突然前方の車両が右折し,そのまま止まらず我々をなぎ倒したのです。

 とっさのことで回避することが出来ず,娘はベビーカーごと転倒,うつぶせの状態で転がっていました。私も転倒し,左側の肘や腕,背中を打ち付けました。

 すぐにベビーカーのところまでいき,起こして娘の状態を確かめたいのですが,暗くてよく分かりません。泣きじゃくっていることはわかります。車輌は横断歩道から少し離れた場所で停車し,加害者本人はは我々に駆け寄ることもなく,その場で「大丈夫ですか」と声を上げるだけです。

 このままでは,娘のけがの状態も確認出来ず,ひどい雨に打たれてしまうので,私は預けていた保育園にベビーカーごと急いで戻り,緊急事態の発生を告げて,娘を預かってもらうことにしました。

 加害者には保育園に連れて行くと告げたので,すぐに保育園に来るかと思いましたが現れず,仕方がなく私だけ雨に濡れながら加害者のいる車輌まで戻りましたが,加害者の姿は見えません。車の中にいます。

 どういう状況かと確認をしたら,保険屋に電話をしていると言って,車から降りてきません。私はしばらく雨に濡れながら,外で待っています。

 しかし,警察も救急車も来ないので,もう一度どうなっていると聞いたところ,相変わらず保険やに電話していると,今度はにらみつけられ,えらい剣幕で逆ギレされました。

 仕方がないので,外で濡れて待っていると,少し離れたスーパーの前に救急車がやってきましたが,そこまで出向くのは現実的に不可能なので,加害者に保育園にまわしてもらうよう言って,私は保育園で待つことにしました。

 泣きじゃくって興奮していた娘は,いつもの保育園といつもの先生方に介抱されて,泣き止んで落ち着きを取り戻しているようでした。けがも確認してもらったのですが,左のおでこの上あたりに大きなたんこぶを作っている以外は,どこにも目立ったけがはないということでした。

 救急車に乗るのが先だと思っていたら,警察が事故の状況を教えろとか,加害者が保険屋と話をするのに私の連絡先を教えろとか,大人の事情ばかりです。

 幸い,保育園の機転で,搬送先の病院に話をしてくれてあったのですが,そこは小児科なので私は見てもらえず,別の総合病院に搬送されたのでした。

 救急車が出発するまで随分待たされたのですが,娘はすっかり落ち着いており,おそらくひどい表情をしていた私を慰めるように,私に愛嬌を振りまいて,笑顔を返してくれます。

 救急隊の指示にもきちんと答え,いつものように賑やかにおしゃべりを始めるようにさえなりました。その間に駆けつけた妻とも合流し,一緒に救急車で病院に到着したのが約1時間後です。

 そこから娘は頭部を強打しているので脳神経外科でCTとレントゲンによる検査,私は打撲という事で形成外科でレントゲンによる検査です。

 救急の窓口というのは,外と繋がっているためとても寒いのですが,我々はそこで,濡れた体を震わせながら,長い間待っていました。

 娘はCTもレントゲンも,一人で撮影出来たようです。私もレントゲンを撮影してからは,あまり待つことなく診察室に呼び出されました。呼び出される前に,警察から電話があったので,その話が終わってから診察室に入ります。

 保険屋の担当者からも何度か電話がありましたが,レントゲンの撮影中だったりしたので,出ることが出来ません。

 診察では,ちょっと横柄な若い先生が私の体をあちこち触って,痛い場所を探してくれますが,左の背中がかなり痛いことに気が付き,もう一度この場所のレントゲンを撮ることになりました。

 娘はまだ呼ばれません。

 追加の撮影が終わって,先生の診断を聞きますが,骨には異常はなく,打撲,捻挫,擦過傷ということでした。全治2週間。大人の私なら,まあこんな程度のけがでしょう。首に石灰化した白い塊があることも分かったのですが,これはまあこの件とは関係ありません。

 診断書をもらうようにと警察から指示があったのでその旨伝えると,その場で作成してくれました。そのうち,娘も診察室に呼ばれたようなので,私もそこに向かいます。

 CTもレントゲンも問題なく,今のところこぶだけだという診断で,全治3日でした。これは,私は本当にそうなのかと,信じられない気持ちになりました。

 その後,加害者の保険屋とも話をし,病院での支払いが私にかからないようにするという話だったのですが,実際に窓口に行ってみると,交通事故の場合には必ず現金でもらうことになっているという事で,私が病院内のATMで12万円を引き出し,建て替えて支払うことになりました。

 タクシーも呼び出す必要があって,10分ほど待ってからようやく帰路につきました。自宅に戻ると21時30分をまわっていました。

 それでも,あれだけの大事故だったのに,これくらいで帰宅し,その後は日常と変わらない状態であったことは,信じがたいことでした。私の体の痛みはともかく,3人とも遅い夕食を摂り,娘は22時過ぎに,我々夫婦は0時を回った頃に,寝ました。

 翌日,私自身と娘の具合が心配で,会社を休んだのですが,加害者の保険屋の担当者が決まったようで,彼から私に電話がありました。また,警察とも話を進め,調書はこの日ではなく次の土曜日に私が警察署に出向いて作成することになりました。

 そのそして土曜日に警察に出向き,調書を作成しました。警察は我々には非はない,だけど車は突っ込んでくるものと思って近寄らないで欲しいと,言われました。これは,別に我々を諭したということではなく,自動車がいるところには危険が伴っているということを言っているだけのことだと思います。

 対応にあたってくれた警察官はとても良い人で,昨今の危険ドラッグでの暴走などのように,こちらが悪くなくても向こうから危険が飛び込んでくることが避けられない現状,とにかく車には近寄らないのが賢明だと言っていました。

 私もその通りだと思います。

 警察は,私が感じた加害者の印象として,加害者の事故当事者としての自覚の薄さを話したのですが,同じような印象を持っていたとのことで,そこも踏まえて厳重に対処すると言われていました。警察官が言うには,加害者が泣くほど,叱責したそうです。

 さて,この土曜日から,ぶつけていないはずの右の方の具合が急激に悪くなり,一時は痛くて動かせないほどの状態になりました。これは折れているのかもしれないと想い,週明けの22日にあわてて近所の整形外科に駆け込んでレントゲンと摂ったところ,鎖骨と肩の骨を繋ぐ部分が脱臼しているという事でした。

 もっとも,脱臼と言っても捻挫のようなもので,完全に外れているわけではないということで,とにかく様子を見ようという事になりました。整形外科なんてのは,積極的な治療をするには限界のあるものですしね。

 ところがこの痛みがくせ者で,家事は出来ないわ子供はだっこできないわ,寝返りを打つこともままならないわで,日常生活に支障が出ました。

 しかもなかなか痛みが引かず,腕を後ろに回してエプロンの紐を背中で結べるようになったのは,つい一昨日のことです。まだ痛みはあります。1Lくらいの水を入れた片手鍋を右手で持つと,痛みが出ます。

 次にベビーカーの物損についてです。

 ベビーカーは右側からぶつけられたために,右側のフレームに大きな擦り傷があることは分かっていました。しかしぱっと見て大きな破損はないように見えていたので,このまま利用することは可能かもしれないと思っていたのです。

 ところが,娘を乗せて動かしてみると,どうもまっすぐに進んでくれません。よくよく見てみると,フレームが歪んでしまっており,反時計回りにねじれています。

 こういう状態だと,もう恐ろしくて娘を乗せることは出来ません。


 と,ここまでは事実を羅列しました。


 この件で私が非常に悔いているのが,私が事故を防ぐことが出来なかったことと,起きてしまった事故から娘を守ることが出来なかったという事実です。

 私は右折車が止まらない可能性を考えてベビーカーを止めるなりして,衝突を避けるべきだったと思いますし,いよいよ回避不可能という状態に陥ってからも,私がベビーカーをかばうなどの行動を,することが出来なかったのです。

 事故後ベビーカーをよく見てみると,右の前輪の上部のパイプに大きな傷がありますし,シートの右端にもひどい傷があります。また,娘を固定していたシートベルトも,右側の胸あたりにあるパッドにぶつかった跡がありますし,上部のハンドルにも擦った傷が残っています。

 私の記憶とこの傷の状態から,私は咄嗟にベビーカーを左側に向けて,直撃を避けることが精一杯だったようです。もし,娘が足をもう10センチ外側に向けていたら,あるいは腕をもう10センチ外に出していたら,娘の足や腕は車輌に押しつぶされていたでしょう。

 ベビーカーはシートベルトで固定された娘ごと転倒し,うつぶせの状態で止まりましたが,これを車輌が轢いてしまったり,あるいは対向車がやってきてしまったりすれば,もう娘は今頃死んでしまっていたでしょう。したくない想像です。

 私は,娘をいざという時に守ることを誓っていました。今もその気持ちは揺らぎません。しかし,現実は厳しく,その誓いは果たされることがありませんでした。私は親として,娘を危険な目に遭わせ,その上自分の身を挺して守ることをしなかったのです。

 この日はとても寒く,娘には分厚いジャンパーを着せていました。きちんとボタンをし,フードも被せて,さらにその上から毛糸の帽子をしました。手袋もしてあります。

 これは寒さ対策と言うだけではなく,何かあった際の衝撃吸収という目的もあったのですが,悪いことが重ならなかったこともあり,うまくその目的を果たしてくれたということだと思います。

 この点で言えば,もしかすると加害者はけがが軽くて助かった,ラッキーだったと考えているかも知れません。しかし私はそうは考えず,私たち親子が知恵と工夫と努力で,軽い怪我で済むように出来たのだと思っています。

 しかし,自分の視線の上から覆い被さるように,迫り来る大きな塊が自分をなぎ倒し,シートベルトで拘束されて動く事も出来ずに,訳も分からず転がり,頭を強打しても自分で起き上がることも出来ないという絶望的な状態を,どれほど恐ろしく感じたことか,想像を絶するものがあります。

 もう1つ,保育園の存在の大きさです。

 今回は,普段預かってもらっている保育園に,緊急で駆け込む事が出来ました。いつもの場所で,いつもの先生方が介抱し,娘はしばらくすると泣き止んでいましたし,同時にけがの状態を確認してくれていました。

 本来,これは加害者と被害者が行わねばならなことだったのですが,暗い夜の強い雨の中では現実的には困難であり,その道の専門家が娘を安心させてくれた事で,私がどれほど早く冷静になれたか,計り知れません。

 しかし,一方で保育園の前に救急車がとまり,救急隊も警察も,さらに加害者まで保育園に押し寄せてしまい,お迎え時間帯だった保育園はちょっとしたパニックになりました。

 感謝は当然ですが,これだけの迷惑をかけてしまったことが,緊急事態であるからと言って簡単に許されていいものかどうか,私には自信がありません。

 娘は,私の落ち込み用を吹き飛ばすかのように,明るく振る舞ってくれています。痛いところはないかと聞いても,ない,なおったと言います。ベビーカーも「大丈夫」といって乗ってくれますが,それでもこわいかと聞けば顔を曇らせて「怖い」といいます。

 無理がたたっているのでしょう,風邪でもないのに,38度を超える熱を出して寝込んでしまいました。

 ですが,そういう娘の頑張りに対し,私がくよくよしていてもいけません。なにより大事な事は,早く日常を取り戻すことです。

 最後に,保険屋の対応について書いておきます。

 加害者は任意保険に入っており,すべてこの保険会社の担当者が代理人として私との話をしています。事故の翌日の朝に連絡があった方は出来ない事は出来ない,というルールを曲げるわけではありませんが,彼自身の業務の範囲ではない,私への気遣いとか,私から加害者にお願いしたいことを伝えてくれていました。

 例えば,保育園への謝罪とお礼についてです。

 我々は翌日に,お菓子を持って謝罪に行っています。加害者も当然それくらうのことはするだろうとおもっていたのですが,あえて「謝罪とお礼に言って下さい」と話をしました。

 しばらくすると電話があって,電話で謝罪の意向を伝えたら,来なくていいと言われたというのです。それならそれで仕方がないと私も納得しましたが,本来なら他から言われる前にやるべき事ではないかと,苦言を呈したのです。

 担当者は,加害者が気が付かない部分は我々が気付くべきだったと,私に謝罪した上で,今後も至らない部分,気付いた部分は遠慮なく言って欲しい,それが加害者のためにもなるのだと言われていました。

 事故直後のナーバスな状態の私は,彼のそういう誠実な対応に,随分と救われました。つまり,弱者である被害者に,不利になるような話を持ちかけることはしなかったからです。

 ところが数日後,別の人間から電話があり,話を聞けば,担当者が加害者の意向で変更になったと言うのですね。私はこれまでの方を信用していたので変えて欲しくない,と言ったのですが,もう決まった事だととりつく島もありません。

 理由を問いただすと,なにやら被害者の逆鱗に触れたようです。私からあれこれを注文を付けたわけですが,そういうことも含めて,きっと「お前はどっちの味方なんだ」という話になったのでしょう。

 保険会社としては,加害者に「雇われている」わけですから,私の意向は考慮されません。雇い主が「お前はクビだ」と言えば,そこまでなのはわかります。

 ただ,我々の立場を理解してくれて,私が信用していた彼が加害者の気にくわないものだったということは,すなわちそれは加害者が我々に向けた敵意と同義です。

 私は特別不当な要求をしていません。直接金品を要求したことはありませんし,他に迷惑をかけた人に対して,あるいは本来自分がせねばならなかった救護を代わってしてくれた人達に対して,謝罪と感謝をして下さいと,当たり前のことを言っただけです。私も被害者とはいえ,事故の当事者です。当事者としてやるべき事をやらないといけません。

 こうしたことを,加害者が謙虚に「なるほどそうだ」と思ってくれることに,私は疑問を持ちませんでした。しかし現実はおそらくそうではなく,加害者は我々に対知る敵意という形を示したのです。

 このことは,私をとても落胆させました。しかし,私に出来る事はなにもありません。これまで対応をしてくれていた人に,後日お礼の電話をして,この件は終わりになりました。

 決して,新しい担当の方が悪い方だとは言いません。良いも悪いもまだ全然不明です。ただ,ドライな方だという印象は持ちました。そりゃそうです,そういう人に交代しなければ,交代の意味がありません。

 娘はあれからたんこぶも消えて,事故などどこ吹く風という元気さです。しかしふと,自動車が突っ込んできて怖かったとか,そういうことをつぶやくことがあります。

 私も,心のどこかで娘と一緒に外に出るのが怖いという気持ちがあるようで,この年末年始は外に出るのが嫌で仕方がありませんでした。

 娘が大きくなったら,この事故のことをきちんと話して説明をするつもりでいます。娘の傷がこのまま消え,私のけがも治まってくれれば,あとはもう何もいりません。静かなもとの生活に戻りたいということを強く願うと共に,どんなに制度や仕組みがあっても,結局被害者が一番損をして,一番つらい思いをする物だということを,つくづく感じた,年末年始でした。

ダイソンDC45のトラブル

 ダイソンのハンディクリーナーDC45を買ってから,私が担当している掃除機がけという家事は,激変しました。

 それまで大きな掃除機をぶんぶん振り回しながら掃除をしていたわけですが,なにせ電源ケーブルが邪魔で邪魔で仕方がありません。もうちょっとで届くところが何かに引っかかって届かない,無理に引っ張って抜けてしまって,離れたところまでプラグを差しに行く,階段で引っ張られて転がっていった,などなど,もうイライラしてたまりません。

 はっきりいって,戦争でした。

 DC45は,壊れたハンディクリーナーの後釜に買ったものでしたが,実際にこれだけで家中の掃除が可能である事がわかると,掃除機をかけるという行為そのものが根底から変わってしまいました。

 連続稼働時間20分は絶妙で,休日の掃除の時間としてはこのくらいあればなんとかなります。というか,20分以上掃除することそのものが,もはや不毛と言えるでしょう。

 ところが,購入して半年ほど経つようになると,時々動作が止まるようになってきました。最初はスイッチを押す手が緩んだのかな,あるいは電池が切れたのかな,と思ったのですが,最近は頻繁に止まるようになり,掃除に支障を来すようになってきました。

 せっかく調子よく掃除していたのに,止まってしまえばまたスイッチを押し直しです。それでもまた止まりますから,なかなか片付きません。

 そんなこんなで,イライラした私はDC45に平手打ちを食らわせたり,膝蹴りをお見舞いするなど,様々な意思表示を行うわけですが,やつもタダでは殴られてくれません。おもむろにダストボックスのフタを開けて,ゴミをまき散らして反撃します。

 ゴミにまみれて「キーっ」となっている私を,周囲はどんな目で見ているのでしょう。

 これはまずい,と修理を依頼しようと思うのですが,使えない期間が出てしまうとそれはそれで困ってしまいます。それくらいDC45に依存しているわけですが,もはや限界というところで,ダイソンに電話しました。

 すると,どうも電池の接点が緩んでしまい,電圧が下がって止まってしまうようになるんだとか。はっきりとは言わなかったのですが,この機種にはよくある持病のようです。

 「これでおそらくなおると思うのですが」と自信たっぷりに,新しい電池を送ってくれることになりました。古い電池は勝手に処分して下さいとのこと。

 果たして届いた電池は,これまでの電池となんら変わったところがありません。改良されたわけでも,違う型番になっているわけでもなく,本当に同じ物のようです。

 これに交換して掃除をしてみると,なんとまあ,全然動作が止まりません。本当に治りました。いやはや,快適です。邪魔されずに掃除が出来る。なんと気持ちの良いことでしょうか。

 それで,彼らの言う電池の接点の問題がどんなものなのか,観察してみました,

 確かに,新しい電池は,電池側の接点が広がっておらず,しっかり本体側の接点をくわえ込むようになっています。これまでの電池は広がっていますから,ここで接触不良が起きているという事なんでしょうね。

 DC45は,どうも,以前は電池が簡単に交換出来るようになっていたらしいのです。しかし,電池接点のトラブルがあって,途中から前後2本のネジで電池を本体にがっちり固定するような構造の変更が行われたようです。

 もちろん私のDC45は電池交換が出来ないタイプですが,それでもこういう問題が起きるんですから,やっぱこのあたり,詰めが甘いんでしょうね。

 さて,古い電池のトラブルの原因がわかってしまえば,これを直して見たくなるのも,また人情でしょう。細いピンセットで電池の接点を変形させて,新しい電池のようにしっかり本体側の接点に食いつくようにしてみました。

 そして試したところ,ウソのように動作が止まらなくなりました。動作時間も問題なしです。

 結局,電池が1つ増えたような感じになったのですが,コードレス掃除機にとって電池は生命線ですから,予備があれば安心です。

 とにかく,これでまた快適な掃除が出来そうです。

 そうそう,パイプもグラグラしているんですが,2年保証の間に修理なり交換なりをしないと,まずいような気がしてきました。掃除機というのはラフに扱われますから,長く使うならメンテナンスが欠かせません。


 

またまたURLの変更のお知らせ

 またまたURLの変更です。

 再びno-ipのお世話になることにしました。今後は

http://gshoes.no-ip.biz

 でアクセスをお願い致します。

 先日,no-ipがマイクロソフトによって使用不能に陥った際に,代替DDNSを探したのですが,切り替えるつもりだったdhsが実は有料だったという話と,no-ipがとても迅速に事態の収拾に取り組んでくれて,現在は元のサービスを復活させてくれていることで,もう一度使わせて頂くことにした次第です。

 dyndnsが有料になってからと言うもの,なかなか落ち着かないのが実情なのですが,今は過渡期だから仕方がないなあと思います。独自でドメインを取る事も考えましたが,私はこのURLで一銭のお金も得ていませんし,今はgoogle先生のおかげで覚えやすいURLである必要もなかったりするんですね。

 実のところ,このサイトも以前は日誌が私の周囲の方々にも読まれる機会があると耳にしていて,そのためにも維持しないといけなかったのですが,今はそうでもなさそうで,日誌は自分の為という性格が強くなってきましたし,加えて日誌以外の自分の為に用意した他のサービスのために維持している側面もあります。

 ちょっと脱線しますが,日誌とか日記とか,そういうのは長く続けると良いものだなあとつくづく思います。過去にやっていたこと,興味を持ったこと,自分に怒った環境の変化などを思い出すきっかけになりますが,そういえばあの家電はいつ買ったかなとか,この回路を設計したのはいつだっけ,とか,この時はどういう改造をしたんだっけとか,そういう記録が残っていることは,結構便利なのです。

小ネタ集

 2月から3月にかけて,忙しかったり体調を崩したりと,なかなか日誌を更新できなかったのですが,それなりに書くべきこと,書きたいことは毎日起きています。


・実家にいる猫

 実家には猫がいます。とはいえ,私が実家を出てから随分後に,念願叶って母が飼い始めた猫ですので,猫にとって私は全くの他人です。

 その猫の名前はチョボといいます。全くの雑種で,白と黒のぶちのある猫ですが,顔の模様もなにやら不思議で,鼻のあたりに「ちょぼ」があるように見えるので,チョボと命名されたそうです。

 チョボはなかなか不幸な猫で,母の友人に乗馬を趣味にする人がいて,その牧場に捨てられていた子猫のうちの1匹だったとの話ですが,チョボだけがあまりになつかないという理由で,里親から戻されてきたそうなのです。

 なつかないといっても,とにかく攻撃してくるらしく,手に負えないということでモッドされるのもやむなしなところがあるわけですが,ほとほと困り果てて母親に相談したところ,じゃうちで飼おうかという話になったようです。

 それでもなつかなければ駄目なわけですが,果たして母親にだけは,甘えて甘えて,ずっとくっついているという話です。母親以外には絶対に甘えなかったこの猫は,めでたく相思相愛で母との共同生活を始めることになったのでした。

 おそらく,ですが,その牧場できっと人間に怖い目に遭わされたんじゃないでしょうか。それこそ命に危険が及ぶほどの体験があって,警戒すべき特徴を持つ人間に怯えることを,小さい子猫のうちにすり込まれたんじゃないかと思います。

 母は,長く猫を飼ってきましたし,体も小さく,動作も大きくありません。声も小さく高いですから,少なくとも警戒すべきタイプの人間と認知されることはありません。このことは,後日,弟や私,あるいは父に対してチョボが取った行動でも,裏付けられると思っています。

 いつも怯えて,やせて小さかったチョボは,絶対的な安全を保証される母との共同生活において,徐々に心身ともに正常な猫に戻っていきました。体も大きくなり,トイレ等の生活習慣も素早く覚え,家中を散策することを楽しむようになり,厳しかった表情に豊かさが戻り,なにより母親に甘えて暮らすようになりました。

 母もそんなチョボとの生活がとても楽しいようで,両者はまさにベストパートナーとなりました。

 しかし,母以外の人間には相変わらず隙を見せず,鋭い眼光を見せるのです。最初は弟に対してそうでした。数日間押し入れから出てこなかったそうです。既製の機会が多い弟には,そのうち慣れて,今では母同様にすり寄ってくるそうです。

 父には絶対近寄らないそうです。詳しいことは知りません。

 私はと言うと,これまで1度だけチョボに会いましたが,この時は一度も姿を見せてくれませんでした。やっぱり体が大きく,声も太い男の人には警戒心を解かないのかもなあと思っていましたが,あれから3年,なんとチョボは私にお腹を見せて,ごろんと転がって甘えてくれたのでした。

 私がこの3年で変化した訳ではありませんから,これはもうチョボが変わったとしか思えません。母がチョボの傷を癒やしたのだろう,チョボももう怖がる必要はない,母と一緒にいる人間なら大丈夫と,そんな風に思ってくれるようになったのかも知れません。

 D800に24-70を持ち帰っていたので,これでチョボを撮影してきました。次に会えるのがいつになるか分からないですから,貴重な機会になりました。

 チョボの尻尾は,L時に曲がっていて,遠くから見ると尻尾の先端がハート型になっているようにみえるのです。そんな尻尾を触られることを,チョボはとにかく嫌がるのですが,以前と違って柔らかい表情になったチョボは,私から見てもとにかくかわいらしい猫だと,思いました。


・なくした本が出てきた話

 先日,大阪で私の持ち物を整理してきたことをここに書きましたが,後日談を1つ。「最盛期の国鉄車輌」というシリーズがネコパブリッシングから出ているのですが,かさばるのである時期までは実家に保存してありました。

 引っ越してからはこちらにのこしてあるのですが,今回実家の分を持ち込むことで,全館自宅に揃えられると喜んでいたのです。届いた荷物をほどき,実家にあった分を本棚に並べてみると,1冊足りません。あれ,第7巻がぬけています。

 自宅にあったのは第8巻からですので,本来なら実家に第1巻から第7巻までなければなりません。第7巻の発売時期を調べてみると,ちょうど引っ越しの前後です。実家に送った可能性もあるし,引っ越しの荷物に紛れている可能性もあります。最悪なのは引っ越しのどさくさで紛失したことでしょう。

 引っ越しというのは細かい事に気が遣えませんので,何が起きても不思議ではないだけに,本が1冊なくなるなんてことは十分に考えられることです。

 そして,決め手になったのは,私の蔵書管理データベースです。これによると,第7巻は自宅にあるということになっています。つまり,実家には送っていません。

 そこで,未開梱の荷物や嫁さんの持ち物など,私がまだ見ていないものをざっと調べてみたのですが,やっぱり見つかりません。これはもう,なくしたと考えるほかなさそうです。

 なくしたなら買えばいいじゃない,とどこかの王妃がいいそうですが,amazonで調べると注文できないと出てきます。他の本屋さんを見てみると品切れ絶版と出てきて,どこも注文できません。第6巻までは増刷がかかっているのか注文できますし,第8巻はまだ在庫があるようなのですが,第7巻だけはちょうど手に入らない状況です。

 かの王妃も,自分ではどうにもならない時代の渦に飲み込まれましたが,私も自分ではどうにもならない事態に遭遇してしまいました。

 まず,絶版の本がなぜか注文できて,どうせ駄目だろうと思っていたら届いてしまったという経験を何度かしているブックサービスを見ます。すると,なんと注文できるじゃありませんか。納期も明確に書かれているので脈はありそうですが,なんといっても版元が「ない」といっている本ですから,望み薄です。しかし,他に手はないので注文をします。

 その後,ジュンク堂を調べてみると地方のお店に在庫があることが判明。もしブックサービスが駄目だった場合には,ここに直接電話して,送ってもらうことにしましょう。

 さらに,鉄道の本なら模型屋にもあるはず,と調べた結果,いくつかの模型店にも在庫があると判明。ダブってもいいから,ブックサービスの状況が判明する前に買ってしまってもいいかもしれないと,その時は思いました。

 その数時間後,ブックサービスから「発送しました」とメールが届きました。あれ,本当に手に入ってしまった・・・恐るべしブックサービスです。

 翌日受け取ることが出来なかったので,週末に再配達をお願いしたのですが,金曜日の夜別件で母親と電話で話をしていると,母親が最後に「そうそう」と切り出しました。

 いわく,「あんた,本が数冊残ってるで」

 もしやと思って,残っている本のタイトルを読み上げてもらうと,やはり「最盛期の国鉄車輌」でした。そう,実家にあったのです。

 母親が言うには,この本が入っていた箱は屋根裏にはなく,別の部屋の隅っこに置いてあったそうです。これはどうも私が引っ越しの直前に実家に送った本らしく,最後の荷物だっただけに実家でも,そして自宅でも管理されない,宙に浮いたものになったようでした。

 ブックサービスの本が翌日の朝に届くという時に,実家にあると判明する・・・なんと残酷なことでしょう。

 母親も悔しがっていましたが,私はどういうわけだかさっぱりしていて,自分のミスをお金で解決してなかったことにしようとした罪が,なんだか濯げたような気がして,うれしくなりました。

 果たして,届いた「最盛期の国鉄車輌第7巻」は,背表紙は日焼けしていますが,本そのものはとても綺麗で,これもなにかの縁だなと,私はこいつを本棚に収め,全巻揃ったことに,満足しました。


・消費増税前のささやかな抵抗

 あと数日で消費税があがります。3%の増税ですので,1万円につき300円の値上げに相当します。どうぜ値上げするなら,その300円は有効に活用されるであろうメーカーに入って欲しいと思うわけですが,不本意とはいえ選挙で決まった結果ですので,仕方がありません。

 なら,抵抗できるのは買いだめくらいです。安いものを買いだめても面倒なだけなので,高価で長持ちするものを買っておくのが賢い買い方です。

 そして,その代表はなんといっても,お酒です。私は500mlの缶ビールを4ケース(そのうち2ケースはエビスですよふふ),紹興酒を12本,そしてスコッチウイスキーを12本買いだめました。しばらくはこれで安心です・・・って,これにいったいいくらかかったのか!

 しかも,収納場所も問題です。嫁さんにだまって,使っていない部屋の押し入れにこっそり入れてありますが,もしばれてしまって,嫁さんが飲んだり誰かに売り飛ばしたりしても,もともとなかったものなだけに,私も嫁さんを問い詰めることはできません。なら,自分でさっさと飲んでしまうべきかと思いましたが,それなら何のための買いだめでしょう。

 消費税のアップが,こんなジレンマを生むとは,想像だにしませんでした。

 一方で,買うのをやめたものもあります。

 増税前にレンズを1つ買おうと思っていましたが,年末からずっと現行のニコン純正の60mmマクロレンズ(Micro-Nikkorですね)の値段が下がるのを待っていました。

 このレンズ,実売で5万円そこそこにも関わらず登場時からその卓越した性能で評判になっていたレンズで,D800が登場した時にニコンが推奨したレンズ一覧の中で,最も安価なものでした。ナノクリスタルコートを採用したこともあって,この価格でこの画質が買えるのは大サービスですね。今もって大人気の高画質レンズです。

 4万円中頃だった時期もありましたが,年末の段階で5万円程度,そこから徐々にあがり,今は6万円弱というところです。

 年末に買っても良かったのですが,いや,年度末には下がるはずと我慢したところ大ハズレで,今もって値段は高止まりです。このまま待っても値段は下がらないだろうから,この際買っちゃうかと思ったのですが,冷静に考えると増税分は6万円弱で3%ですから,ざっと1800円。先々1800円以上値下がりするなら,今買わない方がよいですよね。

 私にまだこうした冷静さが残っていることに感謝しつつ,とりあえず購入を保留しました。そういえば,2歳半になる娘が,最近カメラを意識するようになり,カメラを向けると逃げるんです。新しいレンズを買う理由が,また1つ減ってしまいました。


・電気工事士の資格が役に立つ

 2月に免状を手に入れた第二種電気工事士ですが,以前より問題として上がっていたコンセントの増設を行う事にしました。

 作戦は3つで,まず2口のコンセントを3口のものに交換することで,1列なら1つ,2列なら2つコンセントが増やせます。

 次に,LANやテレビアンテナと一緒になっているコンセントの場合,2列でも1マスだけあいている場合があって,ここに1口のコンセントをあてがうことで,きっちり2列が埋まり,コンセントがさらに1つもしくは2つ増やせたりします。ここまではとても簡単な作業です。

 最後に完全な新設で,壁に穴を開けてコンセントを作り込みます。これはリスクが大きいですよ。なんといっても,壁の向こうは見えませんから,穴を開けようとのこぎりを入れて切ってみたはいいけど,実は柱があったとか,電線を切ってしまったとか,後戻りの出来ないトラブルが懸念されます。

 仮に穴が開いても,そこに電線を引っ張ってこないと行けないわけで,どこから引っ張ってくるのか,よく考えないといけません。間に柱があれば,柱に穴を開けないといけませんし,もし間にある柱が3本あったら,真ん中の柱にはどうやっても穴を開けられませんので,ここで手詰まりです。

 余程の自信がない限り,手を出せない世界なのですが,その代わり圧倒的な利便性を誇ります。

 うちは,電気に依存する家ですので,とにかくコンセントが足りません。おかげでテーブルタップがそこら中に転がっているのですが,それがおよそ新築の家に見えない,見苦しさを醸し出すわけです。

 意を決して,新設に挑みました。

 まず,リビングにある,作り付けのテレビラックです。ここはラックの下の棚の部分にコンセントがあるのですが,ラックが横方向に三分割されていて,しかも奥で繋がっていません。コンセントがない区画は,電源を確保出来ない仕組みになっています。

 これはさすがに不便という事で,コンセントをその区画に新設しました。交換によって多数出てきた部材の再利用をしたいということで,2口を2列作りました。

 細かい作業過程は省きますが,穴を開けると,ギリギリの所に柱が通っていて,とても危ないところだったということをここで白状しておきます。ちなみに電線は上方のコンセントから取ってきましたので,柱に穴を開けることもなく,実にスムーズに解決しました。

 次に階段の向かいにある,カウンターです。このカウンターは書き物をしたり,ノートPCを広げてちょっとした作業をしたりする場として作りましたが,なにせ電源が必要なものが多く置かれる(携帯電話のACアダプタとか)ので,とにかく見た目に不格好でした。

 そこで一気に増設です。3口を2列作り,元々の2口2列を3口に変更します。また,1口も余った場所に用意して,9口も増やしました。それでも,大きなテーブルタップは1つで6口ですから,5口も増えるんですね。

 穴は綺麗にあいたのですが,柱に穴を開けないと電線を引っ張ってこれないようになっています。ところがこの柱が結構離れたところにあって,ドリルが斜めにしか入りません。もし角度が深くて,向こうの壁に穴を開けたらどうしようとか,いろいろ不安はありましたが,まあどうにかなるだろうと根拠のない自信で作業開始。

 しかし問題は,その穴に電線を通す作業でした。

 電源を取るもう1つのコンセントと,今回開けた柱の穴は,直線で結ばれているわけではありません。1m近く離れている場所に,柔らかい電線を渡す作業ですが,断熱材がぱんぱんに入っているし,柱の穴はわずか10mmです。これはやっちまったかなと冷や汗が出ます。

 しかし,大穴を開けた以上は,やり遂げねばなりません。腕を突っ込み,ヒーヒー言いながらなんとか電線を通すことに成功しました。後の作業はとても簡単。当初の目論見通り,大幅にコンセントを増やすことが出来ました。

 作業には細心の注意をしましたが,それでもやっぱり不安があるものです。断熱材が直接触れないようにするカバーも注文していますが,納期が1ヶ月かかるという事で問題がすっきり解決するのは,ちょっと先になりそうです。

 ところで,この作業においてもですが,プラスチック製のコンセント取り付け枠を割ってしまったので,将来子供部屋にする予定の別の部屋のコンセントから部品を取ってきて急場をしのいだことを,白状しておきたいと思います。

 こうなってくると,不便なところは直したいとおもうわけで,次は検討部屋と呼ばれている,主に私が使わせてもらっている部屋です。今部品を注文していますが,ここはここでなかなか難易度が高く,計画をよく練ることと同時に,壁の向こうの柱や電線を探知する機械を買いました。これ,3000円ほどで買えるんですね。

 3000円をけちって,開けてはいけない場所に穴を開けて閉まったら,もう私は自分の腹に穴を開けてお詫びせねばなりません。まだ一度も役に立ってませんが,いずれ活躍してくれるでしょう。

・古いDVD-Rから映像を抜き出す

 ちょこっと書いていますが,アナログTV時代に導入したHDD/DVDレコーダ「DMR-HS2」で残してあったDVD-Rが,古いものだと10年を越えています。

 大して重要なものも残してありませんが,10年前のテレビがせっかく残っているのだから,DVD-Rが読めなくなる前に残しておこうと,H.264に圧縮した後,HDDに取っておくことにしました。

 暗号化されているわけではないし,あくまで個人的な使用ですので,いつ読めなくなってもおかしくないDVD-RからデータをPCにコピーし,エンコーダーでひたすら圧縮するという,気の遠くなるような作業をずっと続けていました。

 約2ヶ月経過し,かなりの数のDVD-Rを取り込んで廃棄したわけですが,96枚入りのケースに15箱ほどあったDVD-Rが,最終的には1.5TB程にまとまりそうな感じです。

 これだけの数のDVD-Rを読み出してみると,いろいろ傾向が見えてきます。

 まず,ほとんどのDVD-Rが劣化しておらず,まだまだ十分読み出せそうなこと。エラーが増えたり,RFレベルが下がってしまって回転速度が落ちることなく,ほとんどのDVD-Rが最高速で読み出せました。

 とはいえ,全く読み出せないひどいものもあります。特にマクセルのDVD-Rは,時期やロットを問わず,ほとんどのディスクでエラーが出るか,マウントが出来ない状態になっていました。

 不思議なことに,このディスクをプレイヤー専用機にかけるとちゃんと再生出来るんですね。PCでコピー出来ないということですので,劣化ではなくなにかフォーマットに関係する問題じゃないかと思いますが,寒い日の朝の一発目だけはエラーが出ないとか,ドライブを変えると読み出せたりとかしましたから,やっぱディスクに問題があるということでしょう。信じてたのに,二度とマクセルのメディアは買いません。

 手に取ると薄くて,こりゃだめだろうと思うようなノーブランド品や激安品は,予想に反してほとんど大丈夫でした。姿を見なくなって久しいradiusというブランドの特価品は,真っ先に駄目になるだろうと思っていたのですが,どれもエラーを起こしませんでした。

 エラーが起きるとそのファイルが読み出せませんが,わずか数キロバイトが読み出せないだけなら,実際の映像や音声の途切れは一瞬ですから,そこはスキップして続きを読み出して欲しいところです。でも,PCにとってはその数バイトが命取りになるかもしれず,これはもう両者のデータに対するスタンスの違いですから,仕方がありません。

 PCで,エラーを無視して読み出すソフトがないものかと思ったところ,いくつか見つけました。OSがリードエラーを返すには長い時間がかかりますから,丸一日かかったこともありましたが,それでも読み出せるだけましで,マウントしないことにはどうにもなりません。

 マウントしないディスクが出てきた時に少し調べてみると,ファイナライズを指定ないものが出てきました。もうDMR-HS2は捨ててしまいましたから,今さらファイナライズなんて出来ません。

 と困って調べてみたら,PCでファイナライズをするソフトがありました。不安がありましたが,ちゃんとファイナライズ出来て,マウントできました。世の中にはすごい人がいるものですね。

 このソフトがすごいのは,マウントしないエラーのディスクでも,ファイルをサルベージ出来ることです。これで何枚か救い出しました。

 いやはや,懐かしいテレビがわんさかでてきたのですよ。

 例えば,DVD化されることが絶望的なパペポTV。総集編が残っていたので,久々に見たのですが,まあ面白い事。

 スケバン刑事も出てきました。権利関係でDVD化されないダーマ&グレッグの第5シーズンも発掘されました。やっぱり猫が好きも出てきましたし,かつてNHKで放送されたサンダーバードもすべて出てきました。なんだかんだで伝説化した番組を,こまめに残してあったようです。

 つくづく思うのは,ここ数年テレビ番組を見なくなりましたし,録画することも,残す事もしなくなりました。ある時期以降のテレビ番組が,全く残っていないという状況になると予想できますが,例えば10年後,20年後に伝説となる番組がそもそもあるんだろうかと,そんな風にも思います。

 ん?ここ数年?

 まさに,地デジ移行後ですね。ダビング10でしたっけ?著作権関係がうるさくて,このままだと日本の「メディアに残して保存する」というテレビ文化が崩壊すると言われたのが,本当になったなあと思う訳です。まあ,壊れてしまったものは,もう元には戻りませんし,私も別に困っていません。残す価値のある番組もなくなったように思いますしね。

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