エントリー

カテゴリー「できごと」の検索結果は以下のとおりです。

ジョン・ロードが亡くなりました

 ジョン・ロードが亡くなりました。享年71歳。膵臓癌と闘っていましたが,直接の死因は肺そく栓症とのことです。

 私にとっては本当に大きなニュースなのに,ほとんどメジャーなニュースでは取り扱われることなく,私も嫁さんの「ディープパープルの誰かなくなった」という,それこそぞんざいな,日常的な夫婦の会話のなかで知ったという,この残念さ。

 私ごときがあれこれ語ることはおこがましいのですが,ハードロックに嫌悪感があり,一生わかり合えない音楽だなと思っていた中学生の時でさえ,私はDeep Purpleというバンドを知っていました。

 ハードロック&ヘヴィーメタルというジャンルは,バカでかいギターアンプ,ボーカルを含むすべての楽器が爆音を出して,上半身裸かピチピチの格好をした長髪の兄ちゃんがやたら速い音楽をやっている,というそのものズバリなイメージしかなく(今でもそうなんですが),10代前半のナイーブな私には,とても縁遠いものだったのです。

 Deep Purpleは,そんなHR&HMでも古参のバンドであり,起源(ここはオリジンと読もう)でもあることを知識として知っていたのですが,他のバンドと違ってキーボード,特にハモンドオルガンという楽器の存在感が圧倒的であり,通常のHR&HMのスターがボーカルとギターであるところ,Deep Purpleはキーボードも主役であったことが,非常に個性的で特異に見えていて,当時の私の記憶によく残ったのだと思います。

 そして,覚えた名前が,ジョン・ロード。

 リッチー・ブラックモアではなく,デヴィッド・カバーデルでもなく,ジョン・ロード。ロジャー・グローバーでもなく,イアン・ギランでもなく,イアン・ペイスでもなく,ジョン・ロード。

 そして時は流れ,20歳の私は,あれほど嫌いで理解出来ずにいたハードロックのバンドにキーボーディストとして音を出すことを許され,遠くに霞んで全く見る事の出来なかったジョン・ロードの背中に憧れ続けていました。

 その背中は,とうとう見る事なく,私の前から消えてしまいました。

 いろいろ意見はあると思いますが,ジョン・ロードのすごさは,ロックやブルースを起源に持つハードロックが,大きな音を出すことの出来るエレクトリックギターを中心に発展してきた中で,ハモンドオルガンという古典的な電気楽器をギターと渡り合える主役に引き上げたことでしょう。

 ハモンドオルガンはなにかと不利な楽器です。大きい,重い,壊れやすい,高価,固定されているのでステージ上で動き回れない,真正面からは楽器の影に隠れてしまうと,特にアマチュアには簡単に扱えないものです。

 そのハモンドオルガンを,ギターと共にバンドの二枚看板にしたその功績は非常に大きく,ハードロックにはハモンドオルガン,と言う観念を定着させたことは,ハードロックというジャンルに,大きな自由度をもたらしました。

 それまで,正弦波に近い音を特徴としたハモンドオルガンは,ハードロックが歪んだギターによって爆音化する過程で,ジョン・ロードによって同様に歪まされ爆音化されていきます。

 Highway Starなどは左にギター,右にオルガンですが,3度を抜いた歪んだ音は,知らない人ならどちらもギターと思うかも知れません。

 思えば,ハードロックの黎明期,ジョン・ロードとリッチー・ブラックモアは,それぞれが相手を意識して音を作っていました。

 後に生まれるギターのライトハンド奏法も,キーボードの特権だった速いフレーズに対抗するために考え出されたものです。キーボードとギターは,互いに切磋琢磨して,新しい音楽を作って来たのだなあと,ちょっとこじつけですが思います。

 Deep Purpleのあと,ギターにハモンドオルガンという形態は70年代から80年代のブリティッシュハードロックのフォーマットとなり,キーボードは常に正式メンバーにいました。

 その原点が,Deep Purpleとジョン・ロードにあるということを,改めて考えさせられました。
 

さらばクレバリー

 アキバに,クレバリーというPCパーツショップがありました。ありました,と過去形を使うのは,さる5月30日に破産を申請,いわゆる倒産してしまったから,です。

 それでも,アキバにはまだまだ多くのPCパーツショップがあります。年に数件の割合で廃業や撤退がある厳しい業界ですが,1995年に東京に生活の基盤を移し,以降身近に感じている場所だけに,常に変化する秋葉原らしいと思う一方で,やっぱり寂しいものです。

 PCパーツと縁遠い嫁さんをして,クレバリー?ああ,不幸箱のお店ね,アンパンマンのお店ね,という反応を示し,倒産のニュースもすでに知っていたというほどの知名度を誇るお店で,アキバの中では一定の評価を得た有名店でした。

 T-ZONEが倒産したときに比べて扱いが小さいなあ,なにか大人の事情があるのqあwせdrftgyふじこ

 ・・・

 PCパーツショップの面白さというのは,人それぞれだと思いますが,私の場合,量販店では見る事の出来ないメーカーやブランドの商品があること,同じ商品でもそれなりに「訳あり」で安いものが出ていること,なにより消耗品と言い切っても良いHDDやメモリ,CPUなどのパーツがバルクで安価に売られていることです。

 バルクという販売形態はまさにアキバのPCパーツショップならではです。メーカーが商品の品質を担保する通常の商品に対し,バルクはお店がその商品の品質を担保すると,簡単に言えばそうなります。

 その品質の担保にもいろいろなレベルを設定出来る自由度があり,それに伴い価格もある程度調整出来るところがバルクの面白いところです。買う側も勉強しておかないと,いけないのはそのためです。

 バルクの仕入れは大量に行うものですから,数を売ることの出来ないお店には扱う事ができません。だから,アキバのように目的を持った人がたくさん集まる街に,PCパーツのお店が集まるということです。

 ちょっと脇道にそれますが,最近バルクのHDDなんてあんまりみないと思いませんか?昔はHDDを買えば必ずと言っていいほどバルクで,お店の初期不良対応だけしか期待出来なかったものです。

 銀色の帯電防止袋に入ったHDDがカウンター奥の段ボール箱から出てくるのが普通だったと思うのですが,ここ数年,1TB以上のHDDを買えば,それは化粧箱に入っていて,代理店の保証が付いてきます。

 安定した品質と保証という点ではいいことなのかも知れませんが,一方でお店独自の「目利き」が生かせない商品になってしまうわけで,どこで買っても同じものならと,結局価格だけの競争になっちゃうよなあと,心配になります。

 話を戻します。

 私はどういうわけだか,クレバリーのロゴが緑色だったころから,よく買い物をしていました。最初は,数あるパーツショップのうち1つに偶然立ち寄ったことから始めるのですが,電子部品のお店が集まるエリアに比較的近いところにあったこと,価格もそれなりに安かったこと,品物も揃っていたことで,よく使うようになりました。

 キーボードの専門店が出来たときには,私も良く立ち寄りました。展示が多く出ていたことは言うまでもありませんが,様々な種類のキーボードをちゃんと在庫していたことが私にはありがたいことで,今でも使っている東プレのRealForce89Uは,ここで買ったものです。

 HDDやメモリもここでよく買いました。値段はもっと安いお店があったとは思いますが,他の店で買った時には初期不良があたっても,なぜかクレバリーで買えば初期不良に当たらないというジンクスがあって,容認できないほど高値でない限り,クレバリーで買っていました。

 なんといっても,クレバリーと言えば不幸箱,です。

 私が購入した不幸箱は,本当に「ゴミ箱」だったのですが,その年の不幸箱はとりわけ不評だったようで,本気で怒っている人がたくさんいました。内容はここでも取り上げたことがあるので書きませんが,「これはやりすぎだな」と心配になりました。

 私は,クレバリーの実店舗を知っていて,店員さんの様子も分かっていましたから,不幸箱がどれほどひどいものであっても実店舗に対する信頼を変えることはなかったのですが,もし不幸箱がクレバリーとのファーストコンタクトであったなら,これはクレバリーを敵視したに違いありません。(まあそんな人は不幸箱を買うことはないでしょうけど)

 それに,不幸箱はいわばパーツショップの洒落ですから,程度によっては笑って済まされるべきものでした。内容がひどすぎたので笑って済ませるのは難しいと,この不幸箱については思います。

 当時も書きましたが,IT系のメディアで紹介されて予定数を一気に完売,追加を用意するという盛り上がりを見せたことは,本来なら「話の種になればいいか」と寛容な人達に向けて少数だけ売りたかった当人達を,本当にゴミ箱を用意したというその罪の深さで,猛省を促したことは想像に難くありません。

 そんなクレバリーですが,再開発の関係でお店を閉めると言いつつ,そこに別のお店がすぐに入ったりして「なんだったんだ」という印象を与えましたし,高値で仕入れたと思われるHDDを赤字(かそれに近い値段)でばらまいたりと,失速寸前の機体を必至に引き上げようと,地面すれすれでもがいていたように感じていました。

 それでも,きっと頑張ってくれるだろうと思っていましたから,こんなに早くにだめになってしまうとは思いもよりません。とても残念な事です。

 あくまで噂レベルの話ですが,あの界隈では,クレバリーが危ないというのは半ば常識だったらしく,すでに現金のみの取引だった代理店もあったりと,時間の問題とみられていた節があります。

 先の閉店騒ぎの時も,すぐに別のお店が入った時の反応が結構淡泊だったわけですが,このあたりからも再開発なんてのはウソだと,関係者には分かっていたのでしょう。それをわざわざメディアに書き連ねるのは,大人げないことだというんでしょうね。

 いずれにせよ,クレバリーで買い物をして,失敗したなと思うことはありません。ものは確かだし,店員さんの知識もあるし,オリジナル商品は安い上にものも悪くなく,よく利用していましたし。

 PCパーツを買うことがあったらまずクレバリーに,と思っていた私は,次からどこへ行こうかなとちょっと困っているわけですが,これも時代の流れでしょう。クレバリーに親しい店員さんがいたわけではありませんので,元スタッフで新しいお店を立ち上げるなどをされても,私にはよくわからないでしょうけども,それでもある種の親近感や感慨深いものがこみ上げてくると思います。

 出来る事なら,どんな形でもいいので,そのDNAを受け継いだお店が出てくるといいなあと思います。あ,不幸箱はもうやめましょうね。

NW-Z1060が交換に

 なんとなく買ってみた結果,予想に反してすっかりお気に入りのアイテムとなったWalkman,NW-Z1060ですが,届いてから3週間にもならないうちに,新品への交換となりました。

 事の成り行きはこうです。

 画面の左下にきらりと光る小さな点があるのに気が付いたのが4月下旬頃,傷かと思ったのですが,どうもそんな感じではないようです。

 そうこうしているうちに,画面の中央より少し下と,画面の左上の部分に,白い筋状の曇りのようなものが出てきた事に気が付きました。5月7日のことです。

 曇りというか,傷というか,ちょっと表現が難しいのですが,ほら,液晶保護フィルムが浮いた感じというか,そんな感じです。見る角度によってはかなり目立ちます。

 タッチパネルの表面に付いた傷かなあと思ったのですが,表面はツルツルしていて,傷らしい引っかかりもありません。最初に出てきた点はもしかしたらゴミかも知れませんが,後に出てきた曇りはタッチパネルの裏側に出てきたような感じがしますが,詳しいことはわかりません。少なくとも液晶パネルの表面に出たものではないと思います。

 購入して3週間も経っていませんし,外に持ち出したことも一度もなく,それほどラフに扱った記憶もありません。やや強く押さえつけるようなことは,タッチパネルの清掃時にやってしまった可能性はありますが,長年使っているIDEOSやiPadTouchの方が余程雑に扱われているわけで,それでもこんな風に目障りなものが出てきたことはありません。

 なんでも,硝子の表面に飛散防止フィルムがタッチパネルに貼られているそうなのですが,おそらくそれとガラスの間に隙間が出来てしまったんじゃないかと思います。それにしても,そんなに強く押していないですし,やっぱりこれくらいで浮いてしまわれると,ちょっと気を遣いますよね。

 それでも私がつけた傷なら仕方がないのですが,まずは電話で相談です。

 上記のような話を電話でしたところ,購入から時間も経っていないということで,その場で交換となりました。出来ればどういうものだったかを知りたいので,修理対応にして欲しかったところではありますが,時間も手間もかかるので,交換品を先に持ってきてもらい,宅配業者にその足で持って返ってもらうという対応は,非常に助かります。

 かくして,昨日交換されたのですが,なにが面倒ってアプリのインストールと再設定です。特に通信系のアプリ(SSHやらメールやら)は,やっと動くようになっただけに,ここで一から再設定というのは気が滅入るところです。

 JSバックアップという,なかなか優秀なバックアップ/移行ツールがあるので使って見たのですが,確かに問題なく動作する一方で,本当に大丈夫なのかと不安があります。
 
 必ずしも現状の設定がベストだと思っていたわけではないですし,もう少しシンプルな形で再設定を行った方が良い結果になりそうですので,焦らずぼちぼちやっていこうと思いますが,androidというのは設定項目が多いですから,どうしたものかなあと,新しくなった端末を眺めては,途方に暮れています。せかっくうまく動いているのになあ・・・

3世代が揃う連休

 この5月の連休は,私の気分が晴れず,随分と周囲に迷惑をかけました。連休に入る前からあまり良い状況とは言えなかったのですが,不機嫌になり,周囲におかしな理屈をこねくり回しては相手を責めるようなことは,もはや常軌を逸しているとしか言えません。

 私がいることで楽しく過ごせるか,はたまた苦痛になるかは,つまるところ私次第という非常に悪い状態が長く続き,一緒にいた人間はさぞや辛かったろうと思います。

 そんなこんなで,連休後半には大阪の実家の母が,わざわざ東京にまで,我々の娘に会いに来てくれました。ちょうど連休中に生後半年を迎えた娘は,体はやや小さいものの,色白で整った顔立ちをしていて,誰を見ても朗らかにニコニコと笑い,ぐずって周囲を困惑させることが少ない,我々にとって誠に都合の良い「いい子」です。

 我が子のことが良く見えるというのは誰でも同じことですが,私たち夫婦のように友人も少なく,人との関わりを積極的に望まない種類の人間にとって,娘がいることで話しかけられることを何度も経験すると,赤ちゃんの持つ潜在的な力を感じざるを得ません。

 例えば,娘が少し前に病院に行った際,待合室にいた老夫婦が私に話しかけてきました。当然まだ子供は話が出来ません。老夫婦は子供と話をしたかったわけではないのですが,さりとて私と話をしたいと思ったわけではありません。

 私でも,あるいは嫁さんでも,一人なら声をかけられることなどほとんどありません。もし娘がいなければ,老夫婦は私に話しかけるなど絶対にしなかったことでしょう。

 またある時,娘をだっこしてドラッグストアに頭痛薬を買いに立ち寄りました。個人経営の薬局と違い,コンビニのようなシステム化されたチェーン店で不必要な会話などをしないものですが,娘を見て思わず若い女性の店員が顔をほころばせ,かわいいですね,と口をついて出てしまうのは,娘の「人徳」がなせる技かと思いました。

 その女性店員は,「かわいいですね」と言った後,はっと我に返ったように「しまった」という表情をしながら,上目遣いで私の顔をそーっと見上げたことでもわかるように,つい不意を突いて口にしてしまったようです。

 最近は希薄になっているかも知れませんが,それでも子供というのは社会が育てている一面があります。文字通りの積極的な意味でもあるし,あるいは社会によるその存在の許容,と言ってもいいかもしれません。

 私の母は,それまでの忙しい毎日の続きで,早朝から新幹線に飛び乗って,昼過ぎに東京にやってきました。出迎えた母は疲れた顔をしていましたが,自宅に戻って来て娘を抱くと,もしかすると嫌がられてしまうのでは,という心配も吹き飛び,ニコニコしている娘とのコミュニケーションを堪能していた様子でした。

 おそらく,母も孫の顔を見ることをあきらめていたのではないかと思います。私たち夫婦が子供をあきらめていたのですから,当然のことだと言えます。ですから,我々夫婦が驚くのと同じくらい,母も驚いたはずです。

 幸いにして,娘は健康に育っています。朗らかで人見知りせず,とても綺麗な顔でニコニコして手足を動かしては,見る人の表情を緩ませます。私たち夫婦は,この素晴らしい存在の親として日常的に接することを許される特権階級なわけですが,母も祖母として,孫を抱きかかえる特権を有しています。

 しかし,500kmという物理的な距離は,その権利の行使を阻みます。仕事をしている母に連休を取るだけのゆとりはありませんが,今回無理を言ってわざわざ来てもらったのは,今の娘に今会うという,至極当たり前の事を,ぜひ味わって欲しかったからです。

 確かに,我々夫婦が娘を連れて大阪に行くというのも手でしょう。実際それは特別な事ではありません。ですが,慣れていなければ大人でもぐったりする長距離の移動,それも日本の2大都市を結んで,常に人混みにいることは,まだ自分の宇宙が家の中だけ,と言う娘にとって,あまりに強すぎる刺激であり,大きなストレスになる可能性が否定できません。

 心配しすぎかも知れませんが,もし移動でぐったりしたらどうしよう,風邪でもうつされたらどうしたものか,実家で高熱を出して戻ってこれなくなったらどうしよう,といった小さな事から,事故や災害に巻き込まれると取り返しが付かないという大きな事まで,いろいろ考えてしまうのは,無理もないと思います。

 どうしようか,と迷った結果でもしなにか起きてしまったら,やっぱりやめておけばよかった,と後悔するに違いありません。しなくて良いことをやって,取り返しの付かない事態に陥ることほど,悔しいものはないはずです。

 しかも,これだけ逡巡して決断した結果,当の娘は大阪に行ったことを全く覚えてはいないのです。大阪に行った経験が全く影響を与えないとまではいいませんが,娘には振り返ることの出来ない時間であり,一方で振り返る事の出来る我々夫婦の経験のために,娘に背負わせるリスクとしては,ちょっと大きいかなと私は思いました。

 難しいのは,母もすでに老人であり,私には子供と共に等しく保護される対象である対象になっていることです。ですから,まだ母が仕事を続けて,元気に動き回れるときに,ぜひこちらの様子を見て,孫とのコミュニケーションを楽しんで欲しいと思ったのです。

 2泊3日の母の滞在の間,娘はとてもいい子にしていて,喜んで大阪に帰っていきました。こんなことをいうのもどうかと思うのですが,母の年齢を考えると,我々の所にやってきて娘と会うことは,もう今後ないことかも知れないと,そんな覚悟もしています。

 母から私が,私から娘が生まれ,それらが一堂に会することは,みんな経験することで何も特別な事ではないかも知れません。しかし,それぞれにとってやはりそれは特別なことであり,感動的なことですらあります。

 そんな気持ちを新たにした,連休でした。

キュウリを育てた5ヶ月間

 今年の夏は原子力発電所が停止した関係で,全国的に電力不足が懸念され,節電が大きなテーマとなりました。

 直接の日差しを防ぐために,ゴーヤなどを植える家庭が多かったのですが,我が家はキュウリを作ってみたという話をここにも書きました。

 6月の末という遅い時期から,しかも種から栽培を始めるという初心者ならではの無茶をしたにもかかわらず,立派にキュウリがたくさんなり,夏から秋にかけておいしく頂く事が出来ました。

 そして先週の金曜日の夕方,伐採して片付けました。もっと早くに片付けたかったのですが,どういうわけだか,あまり元気のなかったひ弱な株ほど長生きし,しつこく雌花を咲かせては,かりんとうのような実を付けるのです。

 生きている植物は伐採しないという基本原則に従って,伐採せずにいたのですが,寒くなってしまってからの屋外作業は厳しいので,かわいそうですが生きている株も切らせてもらいました。

 約5ヶ月にわたる楽しみと収穫に,感謝です。


・収穫したキュウリの数

 結局最終的には39本のキュウリを収穫し,全てを食べました。このうち1本は蛾の幼虫に穴を掘られて食べられていたので捨てましたし,伐採時にも3本ほどぶら下がっていたので,実際は40本以上のキュウリがなっていたことになりますが,食べられるものは39本であったということです。

ファイル 532-1.jpg

 収穫したキュウリは全て収穫時に写真に残してあります。写真はその全ての写真をコンタクトシートにしたものですが,縮尺はバラバラですので大きさはよく分からないとおもいます。

 左上から右に,収穫順にならんでいます。大きさは分からないといいつつ,やはり後になるほど細くなったり小さくなったりしているのが,なんとなく分かって頂けるのではないでしょうか。

 ただ,初期に収穫したものはさすがに大きく,成長も早かったのですが,寒くなるに従い細く小さく,なかなか大きくなりません。キュウリの香りも後になるほど強くなり,皮も分厚く,水分も少なめになる傾向があります。
 
 水やりをサボったり,曇りや雨が続くと成長が止まりますし,直射日光が燦々と照りつけると日に日に大きくなるので,やっぱりキュウリは夏の野菜ですね。


・育て方

 2リットルのペットボトルの横に倒し,くりぬいて底面に穴を開け,成分調済みの土を入れてここに種を蒔きました。2週間ほどすると本葉がでて生えそろうので,元気なものをのこして間引きます。

 出来れば間引きたくないなあと思っていたので,ペットボトル1つに3本ほど残したのですが,まさかあんなに大きくなるとは思わず,途中で2本に減らしました。それでもすぐにペットボトルの中身は根っこだらけになり,明らかにまずいという状況になりました。

 事態が深刻になったのは,本格的な夏がやってきた7月中旬です。ペットボトルの保水能力はキュウリには低すぎて,毎朝と夜の水やりでは追いつかなくなりました。1程の成長したとき,帰宅すると全ての株がしおれてしまい,まるで漬け物の様になっていました。これはもう枯れてしまうだろうと,あきらめたほどです。

 あわてて水を大量にやりましたが,翌朝には復活。しかしこの日もまた帰宅後にはしおれています。

 よく見ると,成長に差があり,しおれる具合にも差があります。どうも,コンクリートのブロックの上に置いてあるペットボトルの株が良くしおれている様な感じです。

 コンクリートブロックが焼けているのかも知れないとペットボトルを持ち上げてみると,根っこがペットボトルの底面の穴から出ており,びっしりです。地面に置いてあるペットボトルについては,根っこがそのまま地面に潜り,水などを吸い上げることが出来ているし,温度も上がらずに済んでいるのでしょう。コンクリートの上にあるペットボトルは,すぐに水が足りなくなるのもなるほど道理です。

 そこで,コンクリートブロックを撤去し,すべてのペットボトルを地面に置くことにしました。この結果,株による生育の違いやしおれやすいなどの差が出にくくなりました。

 それでも,8月に入るとさすがに水やりが追いつきません。そこで,2m程のホースを買ってきてキュウリの横に這わせて,先端に栓をして,株の部分に小さな穴を開けて,ごくわずかな水が常に供給されるような仕組みを作りました。

 気温の差によってホースの穴の大きさが変化するので水の排出量が一定にならず,まずい部分もありましたが,とりあえず真夏の厳しさを無事にしのぐだけの機能はあったようです。

 なお,肥料は1ヶ月に一度やりましたが,結局2度ほどやっただけであとはやっていません。


・害虫の被害

 夏頃からアブラムシとテントウムシ,そして蟻が共生するようになりました。これらは全然実害を出さず,見ていても飽きない楽しいものだったのですが,ウリハムシという有名な葉を食べる虫が随分ついてしまいました。

 ウリハムシは身軽で,すぐに飛んでいってしまいます。だから駆除するというのはなかなか難しく,多少葉を食べられてももう仕方がないと,最終的にはあきらめました。

 それより,蛾の幼虫がすごかったです。油断していると手のひらほどある葉をすべて食べ尽くしてしまう勢いです。地面に大量のフンが落ちていると,大体その直上に大きな幼虫が潜んでいます。

 大きさは数ミリから数センチでしたが,とにかくまあよく食べること。秋頃には食べる葉っぱがなくなり,実の表面の皮を食べて,あげくに穴を掘って内部まで食べていました。あと少しで食べられそうと粘っていたら,先に虫にやられてしまったと言うわけです。

 これらの幼虫は,発生に山があるようで,一時落ち着いたと思ったら急に発生します。また,特定の株に発生する傾向があり,それは株そのものが原因なのか,水や日照時間などの差が問題なのか,それはよく分かりません。

 幼虫は見つけ次第,かわいそうですが殺すしかありません。見つけないと葉をどんどん食べられてしまいますし,見つけた限りは駆除することになりますので,心が痛みます。

 割り箸でつまむことは簡単ですが,問題はその後です。焼けた地面に放置とか,踏みつぶさずに済む方法を考えていたのですが,結局アルコールの中に落とすという方法で駆除しました。

 なにがびっくりしたって,そうして駆除した大きな幼虫の死骸を地面に置いておくと,数時間後には跡形もなくなっているのです。蟻が持っていったんでしょうね。アルコール漬けになっているのに,蟻も大丈夫だったのでしょうか。


・食べ方

 真夏になった最初の頃のキュウリは,そのまま塩もみして食べたり,サラダにしたりしました。それも飽きてくると,ニンニクと塩や,豆板醤でさっと炒めて食べました。水分が多いみずみずしいキュウリは炒め物にはあまり適さず,やはり生で食べるのがよいようです。

 秋になってからは,浅漬けにして食べました。なんとなく生で食べる気分でなくなったこともあったからですが,固く水分も少なめのキュウリは,炒めてもなかなかおいしく頂けました。

 でもまあ,ちょっと引っかかるのは,自分の家の庭にぶら下がっているキュウリですから,水も空気も,都会のものなんですね。果たして生で食べていいものかどうか,ちょっと考えてしまいました。


・反省

 なにせ初めての事でしたから,反省点はいっぱいあります。もし次にするときはどうするか,どいう視点で考えてみると,まずは地植えをすることです。そして,株は20cmほどの間隔をあけて,1本ずつ植える必要があると思います。

 水はけはあまり気にしていませんが,水やりを自動で行う仕組みをもう少しまともなものにしないといけないでしょう。

 あと,案外大きくなってしまうので,2mそこそこの高さのネットではすぐに足りなくなってしまいます。さりとて,あまり高くしてしまうと収穫が大変ですし,キュウリは下の方から枯れてくるものなので,クネクネと曲げて這わせるとか,そういう工夫が必要かもなあと思います。

 それと,もう少し早くに種を蒔かないといけないですね。6月末では遅すぎました。出来ればもう2週間ほど早めにスタートしたい所です。

 で,来年やるかといえば,たぶんやらないと思います。毎日の出社前と帰宅後,そして休日の手入れと,楽しかった反面で忙しかったのも事実です。考えてみるとキュウリはお店でいつでも売っていますから,無理に作る事もないという話だってあります。

 ということは,別の作物を育ててみるのもいいかもしれません。でも,スイカとかメロンなんかは,ちょっと違いますしね。どうしたものでしょうか・・・


・総括

 この話をすると,決まって返ってくる反応は,立派に育ったねという言葉です。曰く,キュウリはなかなかちゃんと育てるのが難しく,簡単に枯れてしまう事があったり,キュウリも大きくなる前に茶色くなってしまったりと,思い通りにならないらしいのです。

 しかし,私の場合,5ヶ月にわたって茂っていたし,40本近いキュウリを食べさせてくれました。最初の1本が日に日に大きくなり,いよいよ収穫と言うときのうれしさは,格別でした。

 収穫したキュウリはまだとげとげもありますが,水で洗ってやると綺麗におちて,すべすべの表面になります。ワックスなど使わなくても,これだけ綺麗においしそうになるんだなあと思います。

 聞いた話では,日本の消費者は細く長いキュウリを好むらしく,農家は早めに収穫するんだそうです。だから,私が収穫したような太くて立派な,種が熟す直前のキュウリというのは,ちょっと貴重なのかも知れません。

 キュウリの生育とあわせて,嫁さんのお腹はどんどん大きくなり,収穫したキュウリを栄養にして育った子供は,まさにキュウリと入れ替わるように,生まれて来ました。

 なんでもそうでしょうが,手をかければ,かけただけの成果が得られるという点で,生き物を相手にするのはとてもシンプルだなあと思うのです。もちろん,運とか縁とか,そういうのも関係がないとは言えません。

 でも,おかしな駆け引きもなければ,運や縁の要素が支配的な世界でもありません。とても公平で,手間が結果に直結することが,ひょっとすると農業の醍醐味なのかも知れないですね。

 でもあれか,農業もプロとしてやってしまうと,駆け引きも運も縁も必要になっちゃいますかね。

ページ移動

ユーティリティ

2020年05月

- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

新着エントリー

過去ログ

Feed