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PC雑感

 PCはいつから,こんな「面倒な存在」になってしまったのでしょうか。

 そんなことをつくづく考えさせられる事が続いています。PCという事業からの撤退や売却です。

 1980年代を駆け抜けたメーカーは,その出自も含めて強い個性を放ち,製品と共に我々ユーザーに強力なアピールを続けてくれていました。これらメーカーの動向をウォッチすることは,それ自身がとても楽しい行為でした。

 思えば,作り手も使い手も,共に模索し,成長をしていた時代だったということなのでしょう。

 しかし,気が付けば,縮小,撤退,売却と,暗いニュースばかりがウォッチされ,変化が進歩と同義である時代は,終わってしまっていました。

 TK-80を経てPC-8001,そして我が世の春を謳歌したPC-9801を生み出したNECと,PCの本家本元でありDOS/Vで日本のパソコンを根底から覆した日本IBMは宿敵のライバル同士であり,それこそ汎用機から個人用のPCまで,まさにあらゆる分野で競い合った間柄でしたが,PC事業は共に中国発祥のレノボに売却されています。この両者がボロボロになった末に同じ傘の元にいることなど,誰が想像出来たでしょう。

 日本のパソコンの先駆けであるMZ-80を世に問うたシャープもPCからは撤退,世界最高水準の半導体と汎用機をバックに持ち,日本で最初のパソコンであるベーシックマスターを作り上げた日立も法人向けをOEMで扱うだけで事実上の撤退,かつて御三家と呼ばれたパソコンメーカーのうち,今でも頑張っているのはFM-7の富士通くらいのもので,そこはさすがにコンピュータ専業メーカーの意地なんだなと思わせるものがあります。でもきっと苦しいでしょうね。

 日本初の16ビットマシンであるMulti16を投入した三菱電機は随分昔にPCからは撤退,ビジネス機からホビー機まで節操なく作っていた三洋電機は会社自体がなくなりました。

 強力な半導体開発力を持つ東芝も早くからパソコンに参入したメーカーです。でも富士通とは違ってコンピュータを作るきっかけは,その部品,演算素子である真空管のトップメーカーであったことが大きいと思うのですが,ふと見渡すと,1980年代から業態を変えずに総合電機メーカーとして生きているのは,東芝だけになってしまったことに気が付きます。

 Dynabookという固有名詞は,アラン・ケイによって創造された言葉ですが,これに(アラン・ケイの理想とは少々違ってはいても)実態を与えた東芝は,もっと評価されてしかるべきではないかと思います。

 あとはエプソンです。時計メーカーとして誕生し,プリンタで独り立ちしたこのメーカーは,時計で培った低消費電力の半導体技術を生かして,世界で最初のモバイルパソコンHC-20を生み出しましたが,PC-9801の互換機でパソコンメーカーとして強い印象を我々に与えて,今もちゃんとPC事業を営んでいます。

 そして1980年代にSMC-70という独自マシンを発売し,その後MSXでリベンジ,一方でUNIXワークステーションであるNEWSを手がけ,QuarterLという業務用パソコンから満を持してVAIOで個人用PCに再参入を果たしたソニーが,とうとうPC事業を切り離します。

 パイオニア,キヤノン,セガ,ソード,松下電器,日本ビクター,リコー,カシオなど,会社自身がなくなったり,パソコンをやっていたことすら知られていないメーカーもたくさんあるわけですが,新しい製品が市場を作り,その成長期には様々な分野からの参入が相次いで激しい闘いが繰り広げられた後,敗れた多くが静かに消えゆくという図は,別に珍しいことではありません。

 日本国内の工業製品に限った場合でも,バイクがそうでしたし,自動車もそうでした。カメラもそうですね,かつてはメーカー名の頭文字がAからZまで全部揃うと言われたほどあったのですが,今は数えるほどしかありません。

 しかし,これらとパソコンとの大きな違いがあります。メーカーは減っても製品そのものは進化を続け,その製品が十分に魅力的で,技術的にも経済的にも文化的にも先頭を走っているのか,そうでないのか,ということです。

 一言で言うと,その製品への周囲の期待度の差というのでしょうか。注目度の差というのでしょうか。突き詰めればその製品が放つ輝きの差とでもいうのでしょうか。

 PCはコモディティ化が進み,道具になったと言う人がいます。だから魅力を失ったという人もいます。しかし,本当に素晴らしい道具には,それ自身の魅力があり,大きな期待がかかるものです。果たして今のPCにそんな魅力があるでしょうか。

 似たような製品があるとすれば,電卓がそれでしょう。非常の高価なものがどんどん安く,小さくなり進化を続けて多くのメーカーが一気に参入,その後価格が下がって撤退が相次ぎ,今は数社しか残っていません。進化そのものも止まり,どこでも買えるものではありますが,どれを買ってもそんなに違いはありません。

 電卓とPCに共通するものは,それがビジネスツールであったことです。ビジネスツールに求められるのは,個人用のものとは根本的に違い,効率が優先されます。横並びで安く,必要最小限の機能があればよく,個性はむしろ疎まれます。

 しかし,業務用と個人用は,元来お互いに食い合うものではありません。例えば自動車のように業務用のトラック,ワンボックスカーやライトバンが,SUVやミニバン,ツーリングワゴンと名を変えて売られることに違和感を持つ人はいないでしょう。

 ではなぜ,PCではそうならなかったのかというと,業務用のPCをそのまま個人用に持ち込んでしまったからです。これは電卓もしかりです。

 先程の自動車の例では,トラックやワンボックスカーがそのままSUVになったりミニバンになったりしているわけではありません。初期にはそうであったかも知れませんが,進化と共に乗用車をもとにした製品に生まれ変わり,個人が所有するにふさわしいものになっています。

 PCはどうでしょうか。CPUやメモリー,HDDなどは別に共通でも構いません。自動車のエンジンやタイヤが,業務用と個人用で多少の差はあっても基本的な違いがないことと同じです。

 人に触れる部分,キーボードやマウス,ディスプレイはどうでしょうか。これは自動車で言えば,ハンドルやレバー,ペダルに相当しますが,これも多少の差はあっても根本的には違いません。むしろ違っていると同じ操作ができなくなってしまいます。

 では,残った部分,OSと,OSが提供するユーザーインターフェースやユーザー体験はどうでしょう。

 ここではっとするのは,会社のPCと自宅のPCが,いかに外観が違っていても,動き出してしまえば「全く同じもの」であることです。

 会社で表計算ソフトを使う,あるいはワープロを使う,一方家ではゲームをする,音楽を聴く,という風に違う目的で使うのに,画面も操作感も全く同じ。あのいつものWindowsです。

 PCは,その筐体を眺めることが目的ではありません。もっと言えば,操作を始めてしまえば,誰も外観など気にしません。注目するのは画面の中です。

 その画面の中は,会社でも家でも,全く同じなのです。

 果たして,それで楽しいでしょうか。面白いでしょうか,操作することそのものに,興味を持てるでしょうか。

 自動車には,目的地に人や物を移動させるという,業務用と個人用とに共通した本来の目的があることに加えて,個人用に特有である「運転することの楽しさ」と「所有することの楽しさ」があります。

 逆を言えば,運転することと所有することが楽しくないなら,個人用の自動車ではないということです。だから,どの自動車メーカーも,個人用の自動車には運転することの楽しさと持つ事の楽しさを,非常に大切な要素として貪欲に取り込んでいます。そしてそれが,自動車が単なる道具に成り下がることなく進化を続けていることにつながるのです。

 PCは,情報処理という業務用と個人用に共通の目的があります。もしPCに単なる道具以上のものを付加して進化を自動車と同じように望むのであれば,個人用のPCにはこれ以外の目的がなければなりません。

 個人用の自動車が備える目的である,運転という行為に相当するのはPCを操作することです。PCにも所有する楽しさが見いだせればいいのですが,これはかなり高度で難しいことですから,そこまでは望めなくとも,「操作することが楽しい」状況がない,それどころか,会社のPCと全く「同じ」という状況に疑問を持たず,それをずっと個人に押しつけてきた怠惰を,PCを提供する立場にある人々は,猛省すべきです。

 ここで私がメーカーと言わずに,「提供すべき立場」と書いたのは,そこにOSのメーカーであるマイクロソフトの責任が大きいとみるからです。

 マイクロソフトの大きな勘違いは,自分達がOSを独占できたことを,Windowsが万人に広く支持されたと解釈したことです。PCは生産性を向上させる道具ですから,自ずと業務用が大きな数を占めます。そこで支持されたことが,すべての人々に支持されたと勘違いしたことに,罪深さがあるのです。

 商用車のジャンルにライトバンがあります。乗用車の扱いやすさとたくさん荷物が積めるという利便性は個人用途にも魅力的で,1990年代には個人用にもツーリングワゴンとしてブームとなりましたが,この時自動車メーカーはライトバンをそのまま個人用に売るのではなく,ちゃんと乗用車として作って個人用に販売し,その期待に応えてきました。

 PCだって同じです。仕事の道具をそのまま個人に売るのではなく,個人にふさわしいものをちゃんと丁寧に作り込んで,提供することをなぜしなかったのでしょうか。

 私は,PCにおける唯一の勝者といっていいマイクロソフトの奢りがすべてであったと思います。専門家にとってWindowsを操作することは,業務用のマシンを操作することと同じ楽しさを味わえるかも知れません。しかし世の中の大半の人々は,バスやトラックを運転して楽しいとは思わないのです。

 繰り返しになりますがマイクロソフトは,業務用と個人用を分けるべきでした。同じ物をほとんど同じ状態で売ったことは,厳しい言い方をすれば個人のユーザーの感性を低く見積もった結果だと言えるでしょう。

 その意味では,PCメーカーは実質的なOSの選択肢がなかったことで,業務用と個人用を根本的に作り替えることが出来ず,限られた方法で窮屈な試行錯誤を余儀なくされたわけで,すなわち彼らもまたマイクロソフトの犠牲者だったと,言えるかもしれません。

 すでに個人は,そうした状況を意識するかしないかは別にしても,すでにPCを見限り,高性能化したスマートフォンやタブレットに移行しています。いずれもアップルが道を開いたものですが,アップルが個人に問うたのは,自らも製品を持っているPCを進化させて個人用に提供することではなく,全く別のデバイスを作り上げたことが非常に興味深いところです。

 ここで,アップルは,PCが個人にそもそも適したものではないと考えていたことに気が付きます。マイクロソフトが大きくて運転が楽しくないトラックをそのまま個人に買わせようとしたのに対し,アップルはトラックではなく,もっと小さな自動車を自ら作り,運転そのものも楽しくしました。

 PCは大きな節目を迎えています。

 かつては人間よりも快適な環境に鎮座し,専任のオペレータにお願いすることでしか利用出来なかったコンピュータはまさに神であり,オペレータは神に仕える巫女でした。

 やがて神は新しく生まれた技術によって,気付かないうちに我々の身近なところにいる存在となりますが,それでも我々とは直接会話をすることも見る事もない,特別な神のままでした。

 そんな状況の変化に気付いた一部の人々は,ただ神と直接話がしたいという知的好奇心だけを理由に,巫女を介在しない直接の対話を目指し,寝食を忘れてその作業に没頭しました。

 結果,我々一人一人が直接神と対話し,神を独占できるようになったのです。ここに至って神は,そうした熱意ある人々の,とても親しい友人になりました。

 この友人は,最初は本当になにも出来ず,ただ知的好奇心を満たすだけの話し相手に過ぎませんでした。それでも,それまで直接話をすることさえ許されていなかった互いが友情を育むのに,そんなに時間はかかりませんでした。

 この友人は,我々の想像を超える速度で成長を遂げ,少しずつ我々の可能性を拡大し,生活を豊かにしていきました。そして遂に,この小さな神が互いに繋がって世界中を覆うようになり,爆発的な速度でその能力を高めていったのです。

 そんな小さな神は,一番の理解者である親友と共に,とても幸せな時間を過ごしていましたが,そんな緩やかな時間は長くは続きませんでした。

 あるとき,驚異的な能力を持つ小さな神をみた商人が,「これはもしかするとお金儲けに使えるんじゃないか」と思いついたのです。

 神は,お金儲けを考えた人達の,その潤沢な資金と組織力によって,一気にお金儲けをするための道具に作り替えられていきました。

 そして,良き友人は,ただのお金儲けの道具になってしまいました。あらゆる商人が群がっては,その力をむしり取っていきました。

 時は流れ,その道具は特別なものではなくなり,もはやお金が稼げなくなっていました。お金を儲ける事が出来なくなった小さな神は,役立たず,穀潰し,いくらお金をかけたと思ってるんだと商人に罵られながら,あるものは潰され,あるものは外に売られていきました。

 かつて,今よりもずっと力がなかった小さな神様と,親友として過ごした楽しい時間を覚えている人々は思います。多くの人が見捨てても,我々はずっとそばにいようじゃないか。だって,我々は親友なんだから。

20年前の日本橋の食事事情

 ふと,大阪に住んでいた頃を思い出すことがあります。もう20年も前の話ですが,学生だった当時,私は毎日バイト先の日本橋に通っており,小学生の頃からの夢であった「日本橋で売る側になる事」をかなえて,毎日を楽しく愉快に暮らしておりました。

 今にして思うと,なにがそんなに面白かったのかと思いますが,当時はまだまだバブルの残り香が町を賑やかに彩っていて,人も物も多く,最先端の電子機器と古い町並みが同居するといった,妙に猥雑なところを職場としていたことが,浮き足だっていた理由かも知れません。

 当時の日本橋は「ものを買う町」であり,そこにあるのは販売店です。ここを訪れる人もそれは分かっているからか,食事をしようという話になりにくいようで,飲食店は非常に少ない地域でした。

 しかし,販売店で働く店員さんも人間である以上,ご飯は食べないといけません。そういうプロのお腹を満たすお店だけがあったのが,当時の日本橋という所です。

 ちなみに店員さんは,交代で昼ご飯を食べに行きます。早い人は11時頃から,遅い人はもう夕方になる頃,昼ご飯を食べに行くわけです。ですから,オフィス街の定食屋さんと違って,12時に集中して極端に混雑することもなければ,日替わり定食に時間制限があったりするわけでもありません。

 私も店員として,この街の関係者に成り立ての頃は,数の少ない飲食店を探し回っていて,新世界や難波あたりまで足を伸ばすこともありましたが,次第にお気に入りの店が出来て,そこで済ませることが多くなりました。

 今でこそ日本橋は食べるに困らないだけの飲食店を抱える町になりました。しかし,当時私が通った店は,買い物に訪れる人ではなく,店員さんを相手にしたお店であって,そのへんがちょっと違うんだろうなと,思ったりします。

 そんなわけで,もう20年も前の話ですが,当時よく通ったお店を思い出しながら書いてみたいと思います。

 先に書いておきますが,そんなにあちこちいっていません。毎日のことですから,同じ店に通うようになるからです。


・やまちゃん

 デジットの隣にあった定食屋さんです。小さいお店でしたが,安くて美味しい,いかにも大阪な感じの定食屋さんでした。なにが助かったって,ここは日替わり定食が美味しくて,確か550円だったと思うのですが,旬の食材を使って値段以上の食べ物を毎日食べる事が出来ました。

 毎日「何を食べるか」で悩むことなく様々な食事にありつけて,値段も決まっており,しかも美味しいという事で,飲食店は日替わり定食がどれくらい美味しいかで評価するという,私の基本ルールが確立したお店でもあります。

 また,好き嫌いがそれなりにあった私でしたが,選ぶのが面倒という理由で余程の事がない限りは頼み続けた日替わり定食のおかげで,今まであまり好きではなかったものが本当はすごく美味しく,好物になったこともありました。

 それでも,牡蠣フライとか出てしまうとさすがに駄目で,こういう時はカツ丼です。やまちゃんのカツ丼はかなり味が濃いのですが,これぞ大阪のカツ丼という味で,これも振り返ってみると,今の私の丼物の味の基準になっています。

 はじめてやまちゃんに行きだしたのは高校生の時ですが,当時デジットでバイトをしていた私が,1週間ほどしてから毎日の昼ご飯にいよいよ困って,近くのお店で済ませようと思ったのがきっかけでした。以後,大学生で別の店で働くようになっても,ここに毎日通っていたのです。

 ところで,やまちゃんの大将はとんかつの有名店「こけし」の大将の弟さんだと聞いたことがあります。そのこけしも今や二代目だそうですし,やまちゃんも2005年に閉店したとのことです。さみしいです。大将とメガネの若いおにいちゃんとおばちゃんの3人で切り盛りしていたお店でした。懐かしいなあ。

 そういえば,私の父親がふらっと日本橋にやってきて,一緒に昼飯でも食べようというので,日替わり定食がうまい店にいこうとやまちゃんに来たところ,その日の定食はなんと「カツ丼」で,ちょっとバツが悪かったことを思い出しました。

 そのやまちゃんには,1つだけ難点がありました。それは,日曜日は定休日だったのです。だから,日曜日はどうしても別のお店に行かねばならないのです。


・こけし

 やまちゃんの近くですが,ここは有名なお店で,今さら説明のないほどです。私が生まれるずっと前の昭和40年に開店したと言いますから,高度成長期の電気街を支えたお店だと言えるでしょう。

 ここはとんかつ丼ととんかつカレーしかない店ですが,卵の数ととんかつの枚数,そしてご飯の量を選ぶというシステムで注文をします。

 味は割に薄味で,素材の良さを前面に打ち出すお店でした。そのかわりお値段は当時としてもやや高くて,毎日通うわけにはいきません。800円も出せば,もう食べられないものはないと言うくらいに選択肢があったのが,当時の大阪の昼ご飯なのです。

 とんかつしかないこと,お高いことで,私の同僚の間でここで昼ご飯を食べる人はまれでした。だから,有名で知らない人はいないお店でしたが,案外思い出がありません。

 滅多に日本橋に来ない友人を案内するときなんかに,ここで食べる事がありました。確かに美味しく,当時の私には「ご馳走」という印象が強いお昼ご飯でした。

 こけしは,先程書いたように先代が既になくなっており,その味をシステムを引き継いだ二代目が今も営業を続けています。ただ,町に活気がなくなってきたこともあるのでしょうが,これまでの大きさのお店では厳しくなったということで,お隣の少し小さいお店に移転したとのことです。


・ポミエ

 旧丸善無線,のちのOAシステムプラザの向かい側に,無線機屋さんがありますが,そこからさらに難波の方にいくと,ポミエという喫茶店があります。

 やまちゃんが休みの日曜日に,どうしたものかと彷徨ってたどり着いたのがこのポミエで,私が入った時は開店してまだ数日でした。手持ち無沙汰なおばちゃんが数人いて,大丈夫なんかいな,と思ったものです。

 当時は今ほど人気店ではなくて,いつもすいていました。あったメニューは鶏の唐揚げ定食や豚生姜焼き定食といった当たり前のものだけで,値段は500円程度とリーズナブル。味はなかなかよかったので,日曜日にはよく来た覚えがあります。

 私は食べたことがないのですが,ここは焼きそばとお好み焼きも美味しかったらしく,同僚には頻繁に行く人もいました。

 そのポミエは今でも同じ場所で営業中ですが,角煮定食といったヒットメニューの開発に成功したらしく,いつも満席の有名店になっているようです。

 いかにも慣れていないおばちゃんが,たどたどしい手つきで,不細工に盛りつけられた唐揚げをテーブルまで持ってきたことを,今も思い出します。


・サンブリッジ

 先程の無線機屋さんの隣にあるカレーショップです。私が大学生の時に開店しました。案外カレーの専門店というのは当時はなくて,珍しさもあって開店当日に行った覚えがあります。その時もらった記念品の時計付きボールペンを,当時仕事で使っていたなあ。

 黄色のライスにかかったカレーはしっかり辛く,美味しかったことを覚えていますが,さすがに毎日というわけにはいかず,結局数回しか行かなかったと思います。

 実は,当時一緒に働いていた先輩の友人が始めたお店という事で,後日私もそこで同じ店で働いているという話をした記憶があります。仲間内ではサンブリッジとはいわず,「吉田カレー」とよんでいました。

 今思うのは,当時の日本橋には,そこで働く人向けの飲食店はあっても,ここを訪れるお客さん向けの飲食店は非常に少なく,カレーという無難な食べ物を,入りやすい雰囲気のお店で用意してくれるサンブリッジは,なかなか貴重だったと思います。

 聞けばこのサンブリッジ,今でも同じ場所で営業しているそうですが,当時のメンバーは新世界で別のお店をやっているらしく,別の人が続けているそうです。


・餃子の王将

 今でこそ餃子の王将は大人気のお店ですが,1990年代の初頭はそんなに人気のある店ではなく,うまいし安いが店は汚く,客も垢抜けず,とても家族で来るような所ではないし,どちらかというと低く見られたお店でした。

 ちょうど通天閣の下あたりにあったので,気が向いたらここで天津飯を食べていました。私は今でもそうですが,王将に行けば必ず天津飯です。当時はスープ付きで確か370円でした。餃子を付けても500円程度です。安いです。

 東京に来てから知るのですが,大阪の天津飯というのは東京では食べられないんですね。初めて食べたときに「おいしいなあ」と思ったことが忘れられず,今は自宅で大阪の天津飯を作って食べています。


 こんなところです。他にも,こけしの向かい側にある喫茶店で食べたり,ほっかほか亭が出来たときにはここで弁当を買って帰ったり,昔OAシステムプラザがあった山田ビルの1階にあったスーパーダイコクで弁当を買ったりと,いろいろ試していましたが,結局上記のお店に収れんしました。

 やまちゃんは閉店しましたが,大阪で飲食店が長く続くというのはとても大変なことで,早くて安くて何よりおいしくないと,あっという間に潰れてしまいます。つくづく思うのは,高級なお店ではなくとも,こうして長く親しまれるお店で毎日ご飯を食べたことで,大阪の庶民の味を覚えるきっかけになったんだろうなと思います。

 これはなかなか貴重な経験だったかも知れません。普通の学生をやっていたら,毎日使える定食屋さんに出会うこともなかっただろうし,そういうところで食べる必要性もなかったでしょう。どの世界でもそうですが,プロが支えるものというのは,確実なものが多いんだなあと思います。

 早くて安くてうまい,これが生き残る飲食店の条件です。

 

パーツランド,よく頑張ったよ

 日本橋のパーツ店は,どういう訳だかここ数年で数も増え,充実したものになっています。シリコンハウス共立は大きなビルに移転,関東からは千石電商がなぜか進出,福井に本拠を置くマルツ電波が日本橋にも店を設けています。

 小さな部品屋が閉店し,ジョーシンがパーツ販売から手を引いて,ニノミヤが廃業して,すっかり寂しくなった日本橋の自作環境が,なぜこんなに盛り上がってきたのか,アキバと遜色ないレベルになってきたんじゃないかと,そんな風にさえ思います。

 そして,そのノニミヤから独立した部品屋が,パーツランドでした。

 過去形なのは,パーツランドが10月14日の営業を持って,破産したからです。

 パーツランドは私にも,思い入れのあるお店でした。ニノミヤのパーツ売り場は,大昔は郊外のお店にもあったそうですが,私が部品を買うようになってからは,日本橋のお店になっていました。それでも,本店,エレホビー店,そしてパーツ店と3つで扱いがあったほどです。

 パーツ店は規模も小さく,私も1度行ったくらいで閉店しましたが,本店とエレホビー店は長く残っていました。バブルがやってきて,本店からはパーツ売り場が消えてしまいましたが,エレランドと名前を変えた日本橋の北の端にあったお店は,価格も安く,非常に充実した品揃えで,私は部品を買うときには必ず立ち寄っていました。

 そのうち,ノニミヤ自身が怪しくなりました。買収,破綻と続いてニノミヤは消えてなくなりましたが,法人需要がしっかりあったパーツ部門の業績は良く,いわば巻き添えを食ったような感じになったようです。

 しかし,凄いのはここからです。パーツ売り場の有志が,その資産を譲り受け,パーツランドを立ち上げました。ニノミヤ時代から顔をよく知っている人が,パーツランドにいた時には,ほっとしたような気分になりました。

 2007年に日本橋にオープンしたパーツランドですが,当初は什器も在庫もニノミヤ時代のままでした。随分落ちぶれたとはいえ,大阪のど真ん中の賃貸料は安くないはずで,とてもたいへんだったろうなと,思います。

 すると,ジャンク専門店が2つ目の店としてオープン,儲かっているんかい,と思っていたら,このお店を統合して大きな店舗に移転,2010年から営業を続けていました。

 店のカラーは相変わらずニノミヤ時代の赤。品揃えは相変わらず,ナショナルブランドのケースや測定器,機構部品に強く,キットも豊富にありました。

 日本橋という地域の凋落が進む中で,もともと専門性が高く需要が限られている電子部品販売において,新規のお店がいくつも開店したり,より大きなお店に改装があったりと,競争は厳しくなっていったように思います。

 パーツランドは,堺筋に面した良い場所に店がありましたが,それでも厳しいものがあったのではないでしょうか。

 ネット通販がここまで進化し,部品の値段に比べて送料が高くて割が合わないと,最後までリアル店舗での買い物が主流になっていた電子部品も,最近は通販が普通になってきました。

 こうなると,もう全国区のお店が圧倒的に強く,知っている人だけ知っているというお店は,淘汰されていまいます。パーツランドのように,リアル店舗が日本橋のど真ん中にあって,そこそこの規模を誇っていても,通販を利用する人がここを使うかどうかは,純粋に知名度の問題だと言えるからです

 かくして,パーツランドは資金繰りに行き詰まり,破産しました。

 9月頃からセールをやってたそうですので,そのころからすでにやばかったのでしょう。最後まで店舗移転のためのセールと言っていたので,最初は小さいお店に移転するか,通販に特化するかの対応を考えていたように思いますが,10月に入ってからはセールの割引率が大きくなり,最終日には7割引とか,そんな状態だったそうです。

 そして今はシャッターに破産したと張り紙が貼られていますので,途中から破産することが決まっていたんじゃないかと思います。

 私は内部事情を全く知りませんが,パーツランドはもっと堅実にやっていく方法があったんじゃないかと思います。せっかく立ち上げ時には資産を継承することでうまく離陸できたのに,その後調子に乗ってお店を増やしたり,大きな所に移転したりしたのは,無駄遣いだったように思います。ここは,存続を第一に考えて,最初の狭いお店から動かず,通販と法人を開拓すべきだったのではないでしょうか。

 少なくとも,私はパーツランドに特有に個性をちゃんと感じていました。そこをアピールすることは,マニアックな顧客を惹きつける力になったように思えてなりません。


 自作PCのパーツ店がアキバでも閉店することが珍しくなくなりましたし,電子部品についてもアキバの原風景たる,ガード下のラジオストアが閉店します。それぞれ理由は異なりますが,自作のための部品を売る店がなかなか成り立たなくなっているということは,事実でしょう。

 シリコンハウス共立が大きくなり,マルツが全国にパーツ店を展開するという,私にはちょっと首をかしげるような動きがあったこの10年ですが,日本橋の名門ニノミヤを源流に持つ貴重なパーツ店が,奮闘むなしく終焉を迎えたことが,寂しく,残念でなりません。

 大阪を離れて,私も日本橋で買い物をする機会は激減しました。帰省すれば必ず立ち寄った日本橋ですが,どんどん枯れていってしまうような気がしてなりません。

K-3は実は一昔前のプロ機レベル

 K-3はペンタックスのフラッグシップ機ですが,価格はボディのみで15万円程度と,明らかにプロフェッショナルを対象としたモデルではありません。ペンタックス自身もハイアマチュア用と位置づけていますし,「プロ機じゃないのね」という第一印象から,ちょっと軽く見られがちです。

 一言で言えば,現段階でAPS-C世界最強のカメラです。ペンタックスはそういうことは言わないけれども,一番後で出てきた機種で,しかも2大メーカーがAPS-Cから少し力を抜いている今,当然と言えばそうかも知れません。

 スペックをぱっと見ると,これって私が長く愛用したD2Hを軽く越えているんです。意味のない比較のように思うかも知れませんが,個人的にD2Hは,手に入れてみて,さすがプロ機と感激したモデルですので,これを越えるかどうかが気になるのです。

 APS-Cで2400万画素はD2Hの400万画素をはるかに超えていますが,連写速度はなんと8.3コマ/秒で,連写数はRAWでも23コマ,JPEGでは60コマです。

 私は常々,連写速度というのは単なる速度ではなく,システム全体のバランスを示すものだと考えていますが,K-3があのボディに,どうやって8コマ/秒を越える速度で連写出来るだけのエネルギーを囲い込むことが出来るのか,不思議なくらいです。

 そのくせ,シャッター耐久は20万回です。D2Hが15万回ですから,もうプロが使っても構わないレベルに来たと言えるのではないでしょうか。

 大事な事は,8.3コマ/秒で1/8000秒,シンクロ速度1/180秒で耐久20万回,最低動作温度-10℃というシャッターは,そう簡単に作る事の出来ないもので,中級機レベルのシャッターとはもう別次元だということです。ペンタックスもとうとうここまで来たか,と私は非常に感慨深いものを感じています。

 画素数や感度は,純粋に搭載するセンサの性能で決まる世界ですので,低価格機でもD2Hを越えるものはざらにあります。しかし,メカの性能や信頼性,あるいはお金をかけないと達成出来ないスペックなどで,低価格機とプロ機は別物になります。K-3が凄いのは,この価格でプロ用に匹敵してると,感じることです。

 唯一公開されていない数字が,レリーズタイムラグです。D2Hは0.037秒でしたが,K-3はどうなっているでしょうか。この時代の数値と現在の数値は,計測方法が変わっているの直接の比較は出来ないのですが,今のところD2HやD800が最高レベルであることは変わりなく,これくらいの速度を実現してくれていれば,ほとんど感覚的な遅れは感じずに済むでしょう。

 AFポイントは27点,AEセンサは8.6万画素のRGBセンサです。D2Hがそれぞれ11点,1005画素のRGBセンサだったので,その差は歴然です。

 そしてK-3はマグネシウム合金を使ったボディを,防塵防滴にしてあります。D2Hも同じような強靱な骨格を持っていて,そこはプロ機ならではの堅牢性を誇っていますが,残念ながら防塵防滴まではありません。

 そして,D2Hは約1kg。K-3は800gと2割も軽いのです。プロ機は重いのが当たり前になっていますが,これはプロ機にふさわしい装備を入れれば重くなると言う話であり,プロだってそりゃ軽い方がいいに決まってます。冷静に考えてみて下さい。スピグラからライカに変わった事実は重いです。


・ローパスレス

 最近のカメラは,ローパスレスが流行しています。これは,高画素化が進んでいて,もはやローパスフィルタが必要ないくらいになってきたことに加えて,ローパスフィルタが高価であり出来れば削除した方がメーカーもうれしいし,レンズ性能が上がってきた昨今では,ローパスフィルタが足を引っ張っているという現状もあります。それに,ローパスレスといえば,市場の評判も良いですしね。

 しかし,本来モアレというのは,アンチエイリアシングノイズですから,一度発生すればもう取り除く術はありません。モアレ除去が画像処理で出来ると言っている方もいますけど,モアレ以外の画像に影響を与えないように除去することは,どんな画像処理を行っても不可能です。

 モアレは入ってしまえば除去不可能,しかしローパスフィルタは解像度を落とす原因になるので外したい,ということで,メーカーもユーザーもジレンマを抱えていました。

 ここでペンタックスはK-3で目からウロコの仕組みを搭載します。光学的なローパスフィルタは搭載しないのですが,センサをサブピクセル単位で振動させて,ローパスフィルタを作るのです。

 1画素より小さい振動の手ぶれを作るわけですね。

 なるほど,これをやれば,1画素以下で解像した画像は,全部ぼけてしまいます。モアレというのは,この1画素以下の周波数で起こりますから,それをなくせばモアレは発生しないですね。

 これは,もともとペンタックスが昔から搭載していた,センサ駆動式の手ぶれ補正を応用したものです。この発想も素晴らしいと思いますが,このアイデアを実現出来るほどセンサをリニアモーターで動かすことが出来るようになっていたことも,驚きです。これはもう他社にはない,ペンタックス独自の技術です。

 もともと,手ぶれの補正はせいぜい数Hzの振動を打ち消すもので,APS-Cという大きく,質量もあるものをリニアモーターで正確に打ち消すことが出来ているのは,周波数が遅いからだったのです。

 しかし,今度のローパスフィルタは,1画素の半分の大きさで振動をさせ続ける必要があります。しかも手ぶれ補正をしつつ,です。

 ペンタックスの資料をみると,1/1000秒のシャッター速度以下で効果が出ると言っています。ということは,最低でも振動周波数は2kHzと言うことになるのでしょう。ただ,これでは1/8000秒では問題を起こすと思うので,実際には16kHz以上でしょうか。

 APS-Cで2400万画素という事は,単純計算で画素ピッチが3.92μmとなります。この半分を振動させるわけですから,約2μmですね。これを1秒間に16000回以上振動させることになるわけです。あれだけの質量を16kHzで,しかも正確に振動させるなんて,ちょっと大変そうに思うんですが,大丈夫なんでしょうか。

 まあ,最悪,振動を停止してローパスレスで使えば問題ないんですが,長く使う高価なカメラですし,ここが壊れる可能性がどれくらいあるのか,気になります。消費電力も大きいでしょうし,万が一壊れた場合には致命傷になります。そもそも実績がなくて,本当にこれでモアレが消えるのか,副作用はないのか,調整ズレや故障で撮影した画像がことごとく使い物にならないものになってしまうことはないのか,など,やっぱり私はこれを積極的に歓迎できません。プロも同じ気持ちかも知れませんね。

 
・処理速度

 連写速度と同じ事なのですが,2400万画素のデータを8.3コマ/秒で記録出来るというのは,これはなかなか凄い画像処理能力を持っていると思います。画像処理エンジンが新しくなったということですが,噂では富士通のMilbeautの最新型を採用しているそうです。

 この新しいMilbeautは9月に富士通から発表になっているのですが,CPUコアにはARMのCortex-A5,2400万画素で最大12fpsの処理能力,光学補正を含む各種画像処理のに新アルゴリズムを搭載,従来に比べて2倍の処理能力を実現とあります。

 特に,この2400万画素で12fpsというスペックは注目すべきで,これが出来たから8.3コマ/秒が可能になったのでしょう。そして時期的に,最新のMilbeautを使ったのはK-3が最初と考えられますから,他の一眼レフよりも頭1つ飛び抜けた性能を持っていることも,納得です。

 
 ということで,ペンタックスは,2大メーカーがフルサイズに軸足を置いてしまって手薄になったAPS-Cを重点的に責めてきました。2大メーカーにAPS-Cのフラッグシップモデルを望む声は相変わらずあるのですが,特にニコンはそんな気配も見せず,キヤノンはニコンの様子を見て,と言う感じで,一定の需要があると思われるAPS-Cのハイエンドモデルは,EOS7Dからでもすでに2年以上の時間が経過しているのです。

 D400やEOS7DMarkIIなどを期待する声を放置し,フルサイズ競争に入ったことは間違いではありませんが,知らないうちにまさのペンタックスが,APS-Cで覇者になったことを,きっと2大メーカーにはどう見えたのでしょうね。

 案外,APS-Cで存在感を示し,生き残るという戦略は,ペンタックスにはちょうどいいのかも知れないなと思います。ペンタックスのフルサイズを求める声も大きく,私もそうだったのですが,レンズラインナップがあまりに貧弱ですし,これをてこ入れするのはあまりに果てしない作業なので,私は非現実と思うようになっています。

 古いレンズを使いたいという話もわかりますが,D800を使ってわかったのは,古いレンズはやはり3600万画素ではあまりに悪いところばかりが見えてしまうと言う現実です。

 だから,もしペンタックスがフルサイズモデルを作るなら,長く放置されていたフルサイズのレンズラインナップを,最初から作り直すくらいの覚悟で拡充しないと行けないのです。これは,とてもお金も時間もかかります。

 それなら,優秀なレンズをすでに持っているAPS-Cに絞るというのは,悪くないでしょう。幸い,ペンタックスには,645DやQという,他のフォーマットのカメラもあるわけですし。

 そう考えると,もうフルサイズを待つことはないし,待っても出ないんじゃないかと思えます。K-3が良く出来たカメラであるなら,これで5年戦うことは,十分意味があるんじゃないでしょうか。

2012年の散財を振り返る

 今年は冷静に考えると,毎年年初にやっている「昨年の散財」をまとめてませんでした。

 遅ればせながら,自戒の念を込めて,昨年の散財を振り返っておこうと思います。


(1)ネットワークオーディオプレイヤーN-30

 まずは,ネットワークオーディオプレイヤーです。パイオニアのN-30です。

 購入してから11ヶ月経過していますが,すっかり我々の生活に定着しています。DLNAによるFLAC再生,AirPlayによるiPadからの再生,そしてインターネットラジオと,大変便利に使っています。

 価格も安く,比較的大きなカラーディスプレイも装備されていて,基本性能も十分な物があります。ちょうど先日アップデートがあり,さらに完成度が上がったわけですが,音質云々ではなく仕様については,個人的にこの機種を越える物はないんじゃないかと思うほど,そつなくまとまっています。

 価格を考えると大変良く出来た製品だと思います。買って良かったです。人が集まる部屋には1台欲しいので,もう1台買おうかと思うくらいです。


(2)食洗機

 これも大変よい買い物をしたと思います。ただし,プチ食洗機は小さすぎて,使いこなしはなかなか苦労します。

 プチ食洗機は2人から3人くらいの家族を対象にした小型モデルなわけですが,通常サイズの食洗機との差分が対象とする人数,つまり格納できる食器の数だけだと思ったら大間違いで,特に奥行きが狭いことによる影響は大きなお皿が入らないという,数以上の形で表面化します。

 カゴの形状や食器の入れ方は大変工夫されていて,よくこのサイズにこれだけ入る物だと感心しますが,余裕のないギリギリの設計になっているので,ちょっと変わった形の食器や,少し深いお皿をいれると,途端に数が入らなくなります。

 ですから,経験的に格納しやすい食器ばかりを使うようになってしまいます。あれこれとお皿を使い分けるという楽しみが食洗機の導入以後なくなってしまい,食事が殺風景になったことは否めません。

 
(3)HP15cLE

 復刻版のHP15cLEも昨年の買い物です。買った時は全然使うこともなく,なんだか使いにくい電卓だなあくらいの感じだったのですが,HP20bを改造して作ったWS34Pのあまりの使い心地の良さに,HP15cLEも難なく使えるようになってしまい,単なるコレクターズアイテムから,実用マシンへの昇格を果たしました。

 とはいえ,もったいないので普段は箱にしまってあります。それでも目立つ傷がついているのはなんでだろうと,ちょっと凹みます。


(4)D800とレンズ

 なんといっても昨年の散財の筆頭は,D800とレンズでしょう。D800が27万円,AF-S24-70mmF2.8が15万円,AF-S300mmF4Dが10万円,そのほかなんだかんだで・・・いやー,すごい買い物ですね。いくら下取りを使ったとはいえ・・・

 しかし,D800は価格以上の価値がありました。36Mピクセルという超弩級の画素数を誇るフルサイズ機ですが,ボディの作りも高レベルで,今のところこれ以外に欲しいカメラが見当たりません。間違いなく一眼レフの頂点の1つです。

 高画素,高画質であることは,それ自身も重要なことですが,失敗の多くが救われるようになったことも思わぬ収穫でした。当初,高画素機ゆえの手ぶれによる失敗が多発することを覚悟していましたが,葉書サイズくらいに印刷するのであればそんなに神経質になることはありません。

 それより,フルサイズで高画素なのでトリミングの自由度が高いこと,高感度なので露出の失敗を救えることが多く,大変助かっているのです。

 そもそも失敗しないことが一番大切なのはわかります。

 しかし,失敗を意識してシャッターを切るのをためらうようなことがあると,貴重な瞬間を逃します。私はアマチュアですので,あまりストイックなことを言っていても始まりません。下手なんですから意地を張っていてもプラスにならず,そんなことよりむしろ,シャッターチャンスを逃さないことの方が大事です。

 ですから,トリミングも露出の調整も出来なかったD2Hに比べて,撮影が随分ラフになりました。本気のD2HとラフなD800を比べても,D800の方がはるかに良い写真が撮れるという現実は,受け入れなければなりません。

 これは私だけの話かも知れませんが,D800の唯一気にくわない点であるAFの性能が今ひとつなことでシャッターチャンスを逃しがちです。失敗写真の大半はピンぼけである現状で,1枚でも多くの写真を救えることはとても大きな意味があります。

 D800の被写体は,1歳ちょっとの娘です。生まれてから現在に至るまでの成長の早さ,変化の大きさには目を丸くするばかりですが,それを現時点における最高性能のカメラでたくさん残せたことは,本当に有意義だったと思います。

 とはいえ,レンズは試行錯誤ですね。AF-S24-70mmF2.8はなるほど良いレンズですが,大きくて重くて寄れないので案外出番は少なく,AF-S300mmF4Dなどは円高を理由に海外から買いましたが,本格的な出番は一度もありません。いずれ必要になると思われるレンズですから,大幅な価格上昇が予想されるリニューアルの前に,しかも超円高のうちに買っておこうと思ったのですが,ちょっともったいなかったかなと思います。

 結局のところ,一番稼働率の高いレンズは,AiAF35mmF2Dです。おそらく私だけでしょうね,D800のオーナーの中でこんなもったいない使い方をしているのは。


(5)ベビーカー

 マイクラライトのベビーカーは,5万円を越えるのが普通になったベビーカーの現状から考えると,性能に対して安価だと思います。

 ただ,必ずしも使い勝手がよいとは言えず,やはり重量の問題と取り回しの問題,そして前輪からの振動が多くて案外乗り心地が良くないのではないかと,そんな懸念もあります。

 今年の冬は寒く,インフルエンザも流行っているので,晩秋からずっと,積極的な外出はしていません。夏は夏であまり外に出ることはしませんでしたから,案外ベビーカーって活躍しないものです。

 これは親が出不精だからという理由が一番大きいのでしょうが,毎日ベビーカーで出かけるようになると,もっと軽くてコンパクトなベビーカーがありがたくなり,マイクラライトという選択肢が必ずしも正解とは言えなくなるかも知れません。


'(6)NAS

 不安定で遅いPogoplugにぶち切れてQNAPのNASを導入しましたが,これもなかなか良い買い物でした。NASという本来の機能に加えて,WEBサーバーもこれに統合し,Linuxであげていたサーバーを1台廃止(のち廃棄)することが出来たのですから,大したものです。

 DLNAによるオーディオ再生,複数台のMacをTimeMachineでバックアップなど,日常的に便利に使っている機能だけではなく,写真や動画の共有なども出来るQNAPのNASは,個人用のNASとしてはとてもよい製品だと思います。

 また,これをきっかけに導入したギガビットEtherの恩恵も大きく,USBなどの外付けストレージのプライオリティは低くなったと思います。それでも,無線LANを使っているとギガビットEtherと高速NASの恩恵は受けられません。ここが今後の改善点になるだろう思います。

 ついでにいうと,近頃の円安でHDDも値上がりしていますが,WDのREDシリーズの3TBもよいです。そこそこ速いし,発熱も少なく,SMARTのレポートを見ても壊れる気がしません。通常の3TBよりも高価ですが,その分の安心感は大きな物があります。


(7)Lightroom4

 購入したソフトの中ではダントツの稼働率で,もはやこれがないと私の写真趣味は成り立たないと言っても言い過ぎではありません。

 D800のように画像データが大きいカメラを使うには,写真の管理から現像,調整,印刷というワークフローを効率よく行う必要があります。容量と速度で大きなデータにへこたれないストレージ,高速なCPUに大容量のメインメモリというハードウェアは当然としても,自分にあったソフトウェアを見つけて使いこなすことも同じくらい大切な事です。

 D2HやK10Dをメインに使っていた頃にLightroom4を使い始めましたが,D800のようにデータのレタッチ耐性が高く,前述のように多少の失敗が救えるようになってくると,ますます現像ソフトの役割は大きくなります。

 ここで,メーカー純正のソフトを使うのが一番良いは説明の必要もないわけですが,メーカーが違えば異なる操作体系や概念を学習し直さねばなりません。また,データ管理から印刷までを一気に行えるバランスの良いソフトは純正には少なく,現像は優れていてもノイズ除去が下手くそとか,印刷が苦手とか,得手不得手があるものです。

 それをカバーするために,データが小さかった時代なら複数のソフトを組み合わせる方法でなんとか出来たかも知れませんが,1枚あたり30MBになろうかというD800の巨大なRAWデータでそれはなかなか大変で,多少の欠点には目を瞑ってでも一連のワークフローを1つのソフトで完結させることが出来ないと,現実的に作業が難しくなると思います。

 Lightroom4は安価で高機能,優れたUIを持ち,現像の能力はプロも認めた安定性を誇り,印刷の機能も本気で実装されている,コストパフォーマンスに優れたソフトです。ファイル管理は私はOSに任せているのでLightroom4の機能を使ってはいませんが,それ以外の機能については大変手に馴染み,D800との組み合わせにおいて不自由を感じません。

 現像機能だけとっても,メーカーが違っても同じ手順で処理が出来,そのくせ仕上がりは撮って出しのJPEGに近い物がちゃんと出てきて,そこからの調整や修正も問題なし,ノイズ除去性能の高さも手伝って,カメラの性能を1段引き上げていることは間違いないと思います。

 そこに良く出来た印刷機能やファイルのフィルタリング機能があって,使いやすく統合されたLightroom4は,買って良かったソフトの1つであると思います。


(8)ブラックアンドデッカーmultievo

 ブラックアンドデッカーの電動ハンドツールで,アタッチメントを交換するとドリルになったり丸鋸になったりジグソーになる,便利ツールです。

 リチウムイオン電池で動作し,多機能で安価といいことずくめなわけですが,そこはやはり価格相応のクオリティであり,剛性感も5万円クラスの電動ツールと比べれば,みじめな気分になります。

 でもそこはDIYの本場アメリカです。無骨でアメリカンな外観通り,不思議と不安感はありません。よく考えられているようで結構大雑把,持ちやすそうに見えて実はそうでもないとか,無駄にゴツゴツしていてやたら存在感だけはあるとか,マキタやボッシュにはない,独特の押しの強さがあると思います。

 と言いつつ,実はこれ,まだ本格的に使っていません。ですから使った実感というのはまだ沸いていないのですが,十徳ナイフやアタッチメント式の道具にありがちな,結局中途半端でどれも使いにくいという話は,ないように思います。

 パワーもあるし,予備の電池もあるので,このツールが作業の足かせになるようなことはないでしょう。


(9)Kindle Paperwhite

 3台目のKindleです。最初に買ったKindleDXは良く出来た機器でしたが,昨年秋に249ドルに値下げされた後,今はディスコンになってしまいました。惜しいですね。

 2台目に買ったKindle Keyboardは安くて軽くて小さく,標準で日本語に対応した初めてのKindleでしたが,やはりSVGA相当の解像度の低さがネックでした。

 そしてKindleの日本でのサービス開始を受け昨年末に購入したのがしたのがKindle Paperwhiteです。

 実は,購入してからずっと,ほぼ毎日使っています。以前は寝る前にふとんの中で読むことが多かったのですが,最近は通勤中に電車で読むようになりました。小さいのにXGA相当の解像度を持ち,高いコントラストをフロントライト併用で実現したこのマシンは,手で持った感触もすばらしく,読むという行為へのストレスが随分小さくなったなあと思います。このあたり,さすがに一日の長ありです。

 欠点は,PDFでは綺麗に読めないのでmobiに変換が必要であること,変換に手間がかかるので一気にやって蓄えておきたいのに容量が小さく,油断していると内蔵ストレージがいっぱいになり,ファームのアップデートすら出来なくなっていることでしょうか。

 そうそう,私は3Gモデルを買ったのですが,WiFiモデルで十分だったと思います。3Gで出来る事は限られ,ファームのアップデートすら自動で行われません。WiFiにバグがあるので3Gがないと時計も狂うという状況でしたから,確かに3Gに意味がなかったとは言いませんが,WiFiとの価格差を考えると自炊の人はWiFiにすべきですね。


 ということで,昨年も随分散財しました。それぞれに価値のあるものであり,純粋な無駄遣いは減ってきていると思うのですが,D800とレンズがこれだけ高額であることを考慮すると,今年以降はかなり引き締めて行かねばならないと,そんな風に思った次第です。

 なにかの雑誌で読んだのですが,年収400万円の人も年収1000万円の人も,そんなに貯蓄額は変わらないそうです。理由は年収に応じたお金の使い方をしてしまうからなんだそうですが,私の場合年収が高くないのに欲望に抗わずに散財しますから,このままでは破滅します。そう,身の丈に応じた生活をしないといけないのです。

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