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オームの法則を導出し電気抵抗の本質を暴く

 「なぜ」「なに」が今も昔も口癖な私は,出来るだけものの原理や経緯,歴史を知るようにしてきました。

 一見すると無関係なものであっても背景には時間的な連続性がある,という発見があったことは,自然科学のような厳密な世界であっても,人間という生物が生まれて死んで次に伝えてという,生物としての基本的な行動によって積み上げられたものであることを改めて感じるきっかけになりました。

 私は子供の頃から電池に豆電球を繋いで光らせたりして,電流が流れると熱くなることを経験的に知っていましたので,オームの法則については一切疑うこともなく,ごく当たり前のこととして受け入れてきました。

 受け入れるも何も,実験すれば一発ですし,ドイツのオームという人が自然現象として発生していることに実は規則性があったことを「発見」したと学んだ以上,それ以上の疑問はわかなかったのです。

 ですが,オームの法則はその重要性が最高レベルである割には,電圧 = 抵抗 x 電流という式の導出は避けて通れないはずです。

 先日,『高校数学でわかる半導体の原理』という本を読み終えて,我ながらすっかり過去になった高校時代の数学をえっちらおっちら掘り起こしたのですが,その過程で「抵抗の原理」について触れたくだりがありました。

 常識なのかも知れませんが,私は電気抵抗の原理を真面目に考えたことがあまりなく,なるほどーと膝をうちました。今回は,私自身の知識の整理をするために,オームの法則を導出します。

 電流というのは簡単に言うと電子の流れです。単位時間あたりに流れる電子の数と考えると直感的でしょうか。(正確には電子だけではありませんが,導体中の電流について考えるということで,電子とします。)

 導体は,自由に動くことの出来る自由電子が加えられた電圧によって引っ張られて動き,これが電流という概念として,我々が理解しているものになります。

 電子はかかっている電圧で引っ張られるので加速され,本来なら速度が上がり続けることになりますが,主に原子にボコボコぶつかってしまうので,ある速度でバランスします。

 しょっちゅうぶつかれば速度は落ちてしまうので,低い速度でバランスします。そうすると単位時間あたりにながれる電子の数は減るわけで,これが電気抵抗の原理です。

 さて,電子が持っている電気の量(これを電荷と言います)をQとし,電圧がかかることによって出来る電場をEとすると,この電子が引っ張られる力Fは,

  F = QE

 です。また,電子は質量を持っていますが,これをmとし,力がかかったことで生まれる加速度をaをすると,

  F = ma

 です。まだ大丈夫ですね?

 左辺が同じFですので,2つをくっつけてしまって,

  QE = ma

 せっかくですから変形して,加速度aを左辺に持って,

  a = QE / m

 としておきましょう。Qもmも一定ですので,要するに電場が強いと加速度も大きい,というくらいに考えておきましょう。あたりまえの話です。

 それで,この電子が時間tで動く距離を考えてみます。加速度を積分して速度にし,これに時間をかけると,距離yが出てきます。

  y = 1/2 a(t^2)
   = 1/2 (QE / m) (t^2)
   = (QEt / 2m) t

 移動距離は速度に時間をかけたものですから,3行目でいう(QEt / 2m)がずばり速度ということになります。

 つまり,速度をvとすると,

  v = (QEt / 2m)
   = (Qt / 2m)E

 となります。お,速度vは電場Eに比例するといってますね。

 さて,一方電流というのを改めて考えてみます。電流は単位時間あたりに流れてくる電子の数だったわけですが,さらに単位面積あたりの電流を電流密度と呼ぶことにします。電流密度をJ,流れてくる電子の数をnとすると,

  J = Qnv

 です。流れてくる数が多いほど,流れてくる速度が大きいほど,電流密度は大きいということです。さあ,先程のvを代入してみましょう。

  J = Qn(Qt / 2m)E

 我々が目指しているのは,電圧と電流の関係ですので,電流密度は電流に,電場は電圧に置き換えていきましょう。

 まず電流Iは,電流密度に導体の断面積をかけたものです。断面積をSとすると,I=JSです。ですから,

  I = Qn(Qt / 2m)ES

 です。次に,電場は,かかる電圧に比例し,距離に反比例しますので,導体の長さをL,その両端にかかる電圧をVとすると,E=V/Lです。ですから,

  I = Qn(Qt / 2m)(V / L)S

 となります。狙い通り,左辺には電流I,右辺には電圧Vが入りました。これをさらに変形します。

  I = {(SntQ^2) / (2mL)}V

 さらに,Vを左辺に持ってきます。そうするとほら,

  V = {(2mL) / (SntQ^2)}I

 となって,電圧は電流に比例する式が出てきました。ということは,この式の{(2mL) / (SntQ^2)}は比例定数,すなわち電気抵抗ということになります。

 この比例定数,つまり電気抵抗を示しているはずの,

  (2mL) / (SntQ^2)

 をちょっと眺めてみましょう。まず分子ですが,mは電子の質量で決まった値ですから,導体の長さが長くなればなるほど,電気抵抗は大きくなります。

 次に分母ですが,導体の断面積が含まれています。つまり,導体の断面積が大きいほど電気抵抗は小さくなることを示しています。

 現実はどうでしょうか。導線の長さが長いと電気抵抗は増えますし,導線が太くなればなるほど,電気抵抗は小さくなりますね。よかった,あってます。

 ということで,今回やったことと言うのは,電流は電子の流れであるということから電子の振る舞いを式にして,これが最終的に電圧と電流にどう関係するかを記述してみた,ということになります。

 ややこしいことをやっていますが,結局の所電気抵抗というのは電気の流れやすさの逆数であり,電流の定義から断面積が増えれば電流が大きくなる,つまり電気抵抗が下がるというのは,実に当たり前の話です。

 でも,オームの法則というごく当たり前な話でさえも,発表当時は全く顧みられることがなかったわけで,我々がここまでたどり着くのに,やはりそれなりの壁を乗り越えてきているということを感じます。

iPadに思うこと

 噂が先行し,おそらくApple自身の計画的なリークによる情報操作に踊らされてきた人たちが多いなか,実際に発表されたiPadには,比較的冷ややかな反応を示す人が多かったようです。

 私自身も,概ね予想通りという印象で,特別にすごいとか思うことはありませんでした。価格についても$499というのは16GBモデルの話であり,IPS液晶という高品位なディスプレイと720pまでの動画が扱える機器として考えた場合,メモリカードスロットを持たず増設が出来ないことから考えても,16GBでは心許ないというのが実際の所ではないでしょうか。

 Appleにいつも感心させられるのは,ある製品を出すという時に,その理由を明確に説明し,そこから与えた商品の役割(大げさに言うと社会的使命)が,どんな問題を解決するのか,と言うロジカルなストーリをきちんと説明する点です。

 他のメーカーでは,簡単にターゲットユーザーと,今回の製品の特徴を箇条書きに述べたくらいが関の山ではないでしょうか。そこから先のストーリは,受け手が考えることになっているわけです。

 そういう状況だからこそ,雑誌やWEB媒体のライターやアナリスト,あるいは評論家という職業が成り立つのだろうと思いますが,Appleの場合にはストーリはすでに公になっていますから,そこから先の話を膨らませて「創作する」うまさが求められるわけで,これはなかなか難易度が高いなあと思います。読む側もAppleの信者だったりするので,中途半端な内容では怒られますしね。

 それはいいのですが,発表直後という事もあり,誰の記事を見ても似たようなことを書いてあり,入ってくる情報(あるいは出しても良い情報)が立場によらず公平に少なく,よって内容の差別化がいかに難しいかがわかります。

 なので私が詳細なスペックを述べても仕方がないのですが,ちょっと気になることをさっと書いておこうと思います。

(1)USBホスト

 あまり触れている人がいないのですが,iPadはメモリカードスロットがない代わりに,30ピンのDockコネクタに直接差し込むタイプの,カードリーダがオプションで用意されます。同時に,デジカメを直接接続できるように,USBのAコネクタをDockコネクタから取り出すオプションも登場します。

 大きさなどから考えると,素直にDockコネクタにUSBホストが出ていると考えるのが普通で,ということはiPadはUSBのホストの機能を持っていることになります。これはiPhoneやiPodTouchとは異なるもので,大きな可能性を秘めています。

 もっとも,物理的にインターフェースが用意されても,デバイスドライバがなければ意味がなく,現在,そして今後どういうデバイスがサポートされるのか気になりますが,少なくともマスストレージクラスはサポートされたという事でしょうから,大容量のHDDなどは接続できる可能性が高いでしょう。

 もし,マウスやキーボードが繋がると幅が広がりますし,GPSモジュールやプリンタやWEBカメラ,USB接続の各種通信ユニット(PHSとかWiMAXとか)などが繋がると,iPadの弱点が克服できることになるでしょう。これはなかなか楽しいことになりそうです。

 大事な事は,iPhoneが完全に受け身なデバイスなのに,iPadはそれでもマスターになる可能性を秘めたデバイスだという事です。あのくらいのリッチなハードウェアであれば当然ついてくるだろうと思えることではありますが,そこを思想や戦略からあえて「否定」してきたのが,これまでのAppleです。


(2)電子書籍

 これについてはいろいろな意見が出ているので私もその程度の話しか出来ませんが,やはりどんなフォーマットに対応するのかということが最大の問題です。Appleのこれまでの考え方として,コンテンツをきちんと押さえるという事を至上命題としてやってきましたから,DRMもオリジナルで,しかもゆるめのものが用意されるのではないかと思います。

 そうするとKindleはもちろん,他の端末で購入したコンテンツが読めなくなりますが,これはiPodでもそうだったので,不思議ではありません。

 ただ,iPadは「高品位なオールラウンド受け身マシン」ですので,音楽専用マシンだったiPodの時とはちょっと事情が違うと思っていて,電子書籍という分野を本気でAppleが押さえ込もうとしているようには,まだ見えません。

 テレビや動画の販売にしても,まだ日本では定着しているわけではありませんから,日本国内でiPadが日本語の書籍を扱えるようになるのはまだまだずっと先の話になるでしょうし,もしかすると実現しないのではないかと思えるほどです。

 思い出すと,iPodはMP3で登場し,後にAACに移行して音楽配信が始まりました。コンテンツ作成という視点から考えると,あるフォーマットへのエンコードという作業が負担になってしまうと,やっぱりそのフォーマットではコンテンツは揃わなくなります。

 音楽の時にはATRAC3にこだわったソニーが失敗したように,電子書籍の分野でもおかしなこだわりを持つことは,命取りになると思います。だから,Appleが本気になるのはもう少し後じゃないのかなあと,思ったりするのです。もっとも,ePubにAdobeのDRMが事実上の標準となる可能性が高いと思いますが,Appleはこれにのらず,iTunesStoreと同じ,ePubに独自DRMという線で来るだろうなと,思っています。


(3)ゲームマシンとして

 これもあまり話に上がっていませんが,iPhoneの成功には,AppStoreの役割が大きいです。あとから機能を拡張できる携帯電話として考え出された仕組みでしょうが,これだけの規模と内容になると,もう機能をコンテンツ扱いしているといってもいいくらいです。

 当然ゲームのプラットフォームとしても注目されているのですが,iPhoneがPSPやNintendoDSなどと同じ程度の能力だとすると,iPadは据え置きのゲーム機,つまりコンソールの能力に近いところに迫ってきます。

 iPadを,1GHzのCPU,64GBのストレージ,1024x768という高精細なグラフィック,そして通信機能を備えた携帯ゲーム機だと考えて,しかもソフトはダウンロード販売だと考えると,いきなりPSPやNintendoDSを追い抜いてはるか先に行ってしまった感じがしませんか。

 SCEもNintendoも,ソフトの配信を軸にしたいという気持ちは強い一方,旧来の流通との兼ね合いがあって,慎重にならざるを得ないところがあるはずですが,Appleにはそんな縛りはありません。これだけでもすごいことだと私は思います。

 そして,USBホスト機能とBluetoothです。これらで専用のゲームコントローラを用意することだって出来ます。AppStoreの,コンテンツを作る側の魅力というのは今さら説明の必要がありませんが,そうやって優良なゲームを集め,それを目当てにiPadを買う人が増える,ということが起き始めると,もうその流れは止まらないのではないでしょうか。

 え,iPadだと大きすぎてPSPやNintendoDSと直接競合しないよ,ですか?いやいや,もし,iPhoneのサイズで,iPadと同じ事が出来てしまったらどうですか。手のひらサイズで720p,手のひらサイズで1024x768ドット,手のひらサイズで1GHzです。そしてそれは明日にでも出来るくらい,現実的な話です。


(4)マルチタスク

 がっかりした人のなかには,マルチタスク(これは携帯電話の文化でのみ通用する表現ですね)でないことを,その理由に挙げる人も少なくないのですが,これは早い時期に実現すると私は見ています。

 iPadのホーム画面には,iPhoneと違ってきれいな壁紙を貼り付けてあります。Apple自身も画面の大きさを意識している証拠だと私は考えていて,それはマルチタスク,あるいは複数のウィンドウを重ねるなど,広さの恩恵を実感できる仕様やユーザーインターフェースを今まさに仕込んでいる,と言うことではないかと思っています。

 どう考えても,iPhoneはHalfVGAという狭い画面を有効に使うに適した,ユーザーインターフェース設計がなされています。これをそのまま9.5インチのXGAに適用してもいいはずがありません。だからiPad用のインターフェースを用意してくると私は思っていました。

 そうするとiPhoneとの共通性が問題になるのですが,ここでiPhoneOS4が大幅に操作体系を変えてくる可能性が浮上してきます。iPadは今は大きなiPhoneですが,iPhoneOS4ではiPadとiPhoneの両方が使いやすいOSになるということです。

 自ずとiPhone4GのCPUはiPadと共通化され,従来機種に比べて画素数も処理能力も上がり,違いは通話機能の有無と手のひらサイズかどうか,だけになります。これまでのiPhoneとの互換性は失われる面が出ますが,時期的にそろそろ世代交代が起きてもいいころでしょう。


(5)CPU

 Apple A4というSoCが使われていることが発表されていますが,詳細は不明です。しかし,連続駆動時間が10時間,スタンバイでは1ヶ月というスペックと1GHzという処理能力から考えると,これは低消費電力にかなり腐心した個性的なCPUであることがわかります。

 iPhoneとの互換性からコアはARMであることは間違いないでしょうし,1GHzで動作するプロセッサコアとして普通はCortex-A9あたりだと思います。

 Cortex-A9は,単純にスーパースカラだとか1GHzだとか,そういう所での性能の高さよりもむしろ,バスの能力の高さに注目すべきと私は思っています。一例を述べると,CPUコアとペリフェラルを繋ぐ内部バスは,データの流れる順番を入れ替えて効率を上げるアウトオブオーダを行う能力があります。高性能なプロセッサの最大の足かせであるバスの高速化を,各社のIPの組み合わせで気軽に利用可能なっているという環境は,なかなか得難いものがあります。

 そしてなにより,PAsemiconductorの買収の成果がこれだった,と言う点です。PAsemiconductorが,DECでAplhaを手がけた人たちが立ち上げたCPUメーカーであったことを知る人は多いと思いますが,かつてのDECはAlphaも,そしてStrongARMも,世界最高のタイトルを取るような,非常に個性的な高性能プロセッサを設計できる強力なメーカーでした。

 最終的にその遺伝子は,AplhaはAMDに,StrongARMはインテルに受け継がれますが,実のところ多くのエンジニアが反発し,会社を興した人もいます。

 かつて,StrongARMを設計した人々のうち,インテルには行かずにMIPS系の低消費電力プロセッサを設計したAlchemySemiconductorもそうです。ここは結局AMDに買収されるのですが,PAsemiconductorも,そんなベンチャーの1つでした。

 これがAppleに買収されたとき,多くの人が「なにをするつもりだ」と思ったようです。なかには「人が欲しいだけだ」という人もいたくらいです。なぜなら,AppleはCPUを内製しないと。

 しかし,結果は違いました。製造は他の会社がやってるでしょうが,設計はおそらく,Appleがやってます。1GHzのコアにXGAをサクサク動かすグラフィックパワー,DDR2やDDR3のメモリコントローラも搭載しているSoCで,あの低消費電力っぷりですから,これは当分の間,Appleの強力な武器になります。

 消費電力が下がるといいことずくめです。電池寿命が延びる,同じ電池寿命なら電池が小さくても済む,すると小さく作る事が出来る上,安く作る事もできます。内部の回路,特に電源回路も小さく安く作る事ができますし,熱設計も簡単になります。消費電力が下がることで,悪い話は本当に1つもありません。

 おそらく,このSoCの設計者は,いい仕事をしたという満足感に浸っているでしょうが,世間の評価がそれほど自分達に向かないことに,がっかりしているんじゃないかと思います。まあ,元DECのサムライが,そんなことを気にするとも思えませんが。


(6)立ち位置と価格

 IPS液晶という高価なLCDを用い,MacBookとiPhoneの間をねらうというのはわかりやすいですが,実はMacBookが$899になっているので,お買い得感はありません。たぶん,次の世代のiPadになって値段も下がり,それでようやく売れるのではないかと思います。つまり,iPhoneのように,ヒットが約束された商品ではないということです。

 iPodではWalkmanの,iPhoneには携帯電話の,それぞれの市場を奪うということが成功の方法でした。しかしiPadには奪うべき市場はなく,売れるためには市場を作らねばなりません。これはとても大変なことです。そして一貫したビジョンと着実にそれを進めるコンセプトが形になるというのも,そうそう出来ることではありません。

 電子書籍の分野1つとっても,おそらく端末の価格が下がり,最終的に会員には無料で提供されるようになるでしょう。そうなったとき,iPadは電子書籍端末として急激にその存在感を失うことでしょう。そこをどうやってカバーするのか,気になります。


 ということで,iPadについて思いつくことをつらつらと書いてみました。1年経ったとき,このiPadがどちらに向いているのか,結果の如何にかかわらず,とても楽しみです。

速さは力

 なにやら,事業仕分けとやらが,毎日盛況のようです。

 ここ最近,毎晩のニュースを見ていても,この話が取り上げられない日はありません。

 確かに,無駄な予算にズブズブだった役人達が,上から目線の仕分け人の前で一刀両断にされる姿がテレビで放送されているのは実にわかりやすく,高圧的な突っ込みにあたふたしてファイルをめくる役人の姿は,政権が変わったことを強く印象づける「演出」としても,強烈な効果があります。

 まるで,大岡裁きとでもいうんでしょうか,いつの時代もお上や役人というのは民衆から遠いところにいて,なにかあるとやり玉にあがるものです。大岡裁きだって,厳格な法の適用という原則に反して弾力的運用を行ったことは,本当はあまりよいことではないはずですが,庶民感覚を重視した彼の判断が,多くの脚色の末,後世に名を残すほど下々の者に強いインパクトを与えたということだけは事実でしょう。

 今回の仕分け作業を非公開で行ったりすると,我々大衆は「やはり政治は密室で」と思う訳で,民主党は半ばあきらめかけていた庶民の政治への参加意識を復活させた点で,確かに素晴らしいものがあると思います。

 ただ,事業仕分けの内容を見ていると,ちょっとどうかなと思うものも散見します

 例えば,次世代スーパーコンピュータの開発予算です。廃止に近い縮減となったことが先日報道されています。どうも私はしっくり来ないのです。

 金額が減ったことが問題なのではありません。金額を減らしたその理由が,あまりに幼稚だと思うからです。

 いわく,

  世界一を目指す理由は何か

  2位ではだめなのか。一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか

  一番だから良いわけではない

  ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う

 ということで,廃止に近いところまできたというのを耳にして,私はまあなんと幼稚な議論であることかと,ちょっと情けなくなりました。

 おそらく,スーパーコンピュータがどういうものか,スーパーコンピュータがなにを計算しているのか,スーパーコンピュータがある場合とない場合の違いがどんな所に出るのか,というあたりが,リアルに見えていないんだろうなあと思います。

 居並ぶ先生方がどの分野のご専門で,どういうバックボーンをお持ちなのか,私にはわかりません。わかりませんから批判は避けたいと思いますが,もしスーパーコンピュータが庶民レベルで「そりゃ絶対必要だ」と言われるような国は,それはそれでかなりやばい国ではないでしょうか。

 スーパーコンピュータは道具に過ぎず,裏方です。しかもお金も人も時間もかかります。結果は一般の人には体験しづらく,あった場合となかった場合の効能の差が,使っている人以外には想像も出来ない分野で使われています。

 繰り返しますが,スーパーコンピュータは道具です。本当に欲しいのは,強力な計算力です。そのためのお金であることを,なぜ分かってもらえないのかなあと思う訳です。

 だから,

  世界一を目指す理由は何か
    -> そんな理由はありません。欲しいのは世界一ではなく,計算力です。

  2位ではだめなのか。一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか
    -> 2位でも3位でも全然構いません。自分達が成し遂げたい
      目的のために必要な計算力があれば順位は無関係です。

  一番だから良いわけではない
    -> その通りです。しかし自分達の欲しい計算力は
      結果として世界最高水準になります。

  ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う
    -> 当たり前です。世界一などどうでもよくて,とにかく
      今後も継続的に世界最高水準の計算力が欲しいのです。
      そのために,この事業を中断してはいけません。

 と,私なら反論するのですが・・・

 例えば,ある動画のエンコードに90分かかるとしましょう。10倍高速なマシンを導入すると,わずか9分で同じ結果が得られます。残りの81分は他の作業にまわせます。これはすごいことです。時間をお金で買う,と言うことそのものです。

 この事実があるからこそ,我々はお金と時間を天秤にかけ,どこまでならお金を出せるか,検討する事が出来るようになります。90分待てる人は安いコンピュータで待てばいいし,短縮した時間で稼いだお金が,かけた費用を超えるなら,それは迷わず10倍高速なコンピュータをすぐに買うべきです。とても単純な話です。

 以前は,いくらお金を用意しても5倍までしか買うことが出来なかったものが,今は10倍のものが買えるようになったとすると,技術的な限界ではなく,お金をいくら出せるかという経済的な限界に支配されるようになりますが,まさにこれが今起きていることだと言えます。

 もし,計算能力の需要がないなら,計算能力の供給に余力があっても(つまり技術的にその計算能力の供給が可能な状態にあったとしても),誰もその計算能力を供給しようとしないでしょう。

 しかし,これだけ頻繁に世界一が入れ替わり,ランキングに登場する顔ぶれも毎度コロコロ変わる状況は,計算能力の需要が旺盛である証拠であり,その需要に応える形で供給側がどんどん計算能力を高めるからです。

 先進国である日本だって例外ではなく,膨大な計算能力が必要とされています。世界一のスーパーコンピュータが必要かどうかを理由にするのではなく,それだけの計算能力がなぜ必要で,どこに使われ,どういう成果が期待できるのかということにこそ,議論を集中させねばならないのではないでしょうか。

 いや,私が知らないだけで,すでにやってるのかも知れません。そういう地味なところはカットして放送しているのかも知れないです。

 でも,そうだとしても,世界一とか,そんな無駄な話をする必要は全くありません。世界一が目的です,なんていうから,「それがどうした」っていわれちゃうのです。

 「ただ高速な計算機が欲しかったから」という理由で,ENIACは作られたでしょうか。弾道計算に使うから,という理由で予算が付いたわけです。

 Cray1はどうでしょうか。クレイ本人の動機は技術者として「世界最高の演算スピードを実現する」でしたが,同時に強力な計算能力が必要な人々に提供され,きちんとビジネスとして成立していました。つまり理由は需要があったから,です。

 で,次世代スーパーコンピュータです。理由は何ですか?で,世界一です,なんて,今時脳みそが筋肉で出来ているやつしか言いませんよ。こういうことに使います,だからこれだけお金がかかっても十分価値があるのです,と言わないと,お金なんて出てくるはずがないじゃないですか。小学生が親から小遣いをせびるときだって,同じでしょう。

 冒頭,「おそらく,スーパーコンピュータがどういうものか,スーパーコンピュータがなにを計算しているのか,スーパーコンピュータがあった場合とない場合の違いがどんな所に出るのか,というあたりが,リアルに見えていないんだろうなあと思います。」と書きましたが,これは仕分け人に対してというより,役人に対して強く言いたいことなのです。

 世界一などどうでもいい,しかし今必要な計算需要は結果として世界最高レベルである,今後継続してこの計算需要を満たすためには継続的な開発が必要で,中断すると海外にその計算能力を求めねばならなくなる,計算能力の低下と海外への依存は国家として大問題だが,その問題意識はあるのか?

 なぜ,こういえないのかなあと,本当に不思議です。

 幸いなことに,現時点でも富士通だけはこのプロジェクトに残ってくれています。しかも富士通は世界最高性能に匹敵するマイクロプロセッサの開発に成功しています。こうした基礎的な技術を持っていることで,荒唐無稽な夢物語に予算を求めることもなく,現実的な数字で予算の獲得が可能だったはずです。

 悪い癖で,神戸に次世代スーパーコンピュータ用の建物の建設が始まっているそうです。またしても役人は箱物から,なんですね。そこが重要なんじゃないでしょう。

 宇宙開発しかり,Spring8しかり,どんなことでもそうです。民主党の言う費用対効果というのは,こういうことでしょう。長い目で見ないといけないとか,短時間の費用対効果を求められても困るとか,そういうのは科学技術の性質を悪用した最悪の言い訳です。科学技術に無知な人ほど,こういう言い訳を考えるものです。元宇宙飛行士やノーベル賞受賞者の落胆が世の中を変えるわけではないのです。

 税金は無駄に使って欲しくありません。それは我々国民から集めたみんなのお金であり,有意義に使われることを望むからです。無駄に使うのではなく,有意義に使ってほしいから,私は科学技術に対する投資をやめて欲しくはありません。次世代スーパーコンピュータの役割をもう一度定義し直し,その計算能力は時間を買うことに繋がるという,投資を国から受ける形で,再検討されるといいなと思います。その結果,やっぱり必要ないな,という事になれば,それはやっぱり無駄だったということになるわけですし。

 まあ,こういう建前ででも,スーパーコンピュータに熱意をもつ若いエンジニアが育つ土壌できれば,いいですね。所詮人間は競争せずにはいられません。コンピュータが時間を買う道具である以上,同じ金額でどれだけの時間を買えるのかが常に競われるもので,それはつまり,あくなき計算能力の向上を意味します。

 計算能力が向上するという事は,同じ計算能力なら安く買えるということを意味しています。コンピュータの計算能力の向上があったから,我々の身の回りにコンピュータがあふれているのです。

 少しでも高速な計算機を・・・クレイが唯一目的にしたこのロマンを,次の世代にも引き継いで欲しいなと思います。NECが90年代に使っていたコピーを引用します。

 「速さは力」

映画と技術と体験

 PS3導入後,映画をBlu-rayで見る事が出来るようになり,私の映画体験も少しずつ変わって来たような気がします。

 オーディオにおけるLPレコードからCDへの移行や,カセットテープからMDを経てiPodに至る過程も進化だったと思いますが,映像,とりわけ映画というものを収める器としての物理メディアの変遷には,消費者のマインドを大きく変化させるものがあったなあとつくづく思います。

 それまで,能動的に足を運んでしか見る事が出来ず,かつ記憶の中に生きるもの,だった映画は,テレビの登場で自宅にいながら受動的に見る事が可能になりました。

 1980年代のVHSの普及により,1本15000円と非常に高価ではありましたが,欲しい映画をきちんと手元に残す事が許されるようになり,いつでも好きなときに見る事が出来るという全く新しい世界が実現しました。ただこの頃は,レンタルビデオが主流ですから,その点では映画を所有することは一部のマニアの趣味であったわけです。

 DVDの登場は,映画がレンタルされるものから購入され所有されるものへの変化を遂げる,本当に大きなきっかけでした。欲しい映画をいつでも見ることが出来るという夢が一部のマニアから解放されたことは,技術的視点から見た時の高密度光ディスクとMPEG2というディジタル圧縮技術の登場以上のインパクトがあったと思います。

 DVDを作って推進した人々も,映画のディスクが1枚1000円とか2000円になることまで想像できなかったと思うのです。ディスクの製造コストが下がることは分かっていても,それが下がれば下がるほどコンテンツそのものの価格が売価を支配するようになりますから,最終的な売価がそれほど下がるとは考えなかったと思うのです。

 しかし,今や音楽CDより安いDVDはごく普通です。こうして購入されることが前提となった映画は,全く新しい市場を創造され,映画制作の資金集めの手法さえも変えられてしまったわけです。

 こうした,映画と映画に対する対価との関係が大きく変化した次のステージとしてBlu-rayが登場するのですが,技術的にはDVDの延長上にありながらも,高画質化・高音質化によって与えられた仕事はDVDの時とはまた違って,制作者サイドの意図をDVDとは比べものにならないほど細かくかつ大量にユーザーに伝える「メッセンジャー」としての役割が大きくなったように感じます。
 
 一般に映像は扱うデータ量が大きいので,どうしても音楽よりも一歩後ろを進むことになりがちなのですが,技術が体験を変革していく可能性を残した最後の市場ではないかと,若干複雑な気持ちもあります。

 このように映画ソフトをめぐるユーザー体験は,まさに不連続です。テレビ放送が映画を一人でも楽しめるものに変え,VHSが映画をいつでも見られるものへ変化させ,DVDが借りるものから買うものへの革命を行い,BDが映像から意図を感じる本来の映画のあるべき姿に生まれ変わらせた,という具合に,ただ単に綺麗になった,便利になった,安くなったを越えたところで,我々の体験は不連続に劇的に変わりました。

 もちろん,BD自身はただの入れ物に過ぎませんから,それに見合うだけの再生環境がなければせっかく入っている制作者の意図をきちんと引き出すことは出来ません。ただ,昨今のディスプレイ技術は非常に高度なものがあり,買ってきてすぐに高画質が楽しめるように作られていると思います。マニアにはお金をかけて深掘りする楽しみが,一般の人には電源スイッチを入れるだけでそこそこ楽しめる環境が用意されているというのは,実に素晴らしいことだと思います。

 液晶のテレビも安くなりました。どんどん高画質化しています。大きな画面はBlu-rayをもっと楽しく見ることが出来ます。PS3も安くなりました。ぜひHDMIケーブルでPS3とテレビを繋ぎ,好きな映画をもう一度見直して欲しいなと思います。

やるべきこと

 このところ活動が鈍ってしまい,張りのない生活に甘んじているわけですが,D-70の修理とリモコンの修理(どちらもフレキの破損)に区切りを付けて以降,これといって仕掛かりの案件もなく,暑さも手伝ってだらけている毎日です。

 とはいえ,いろいろ頭の中では「やらねばならぬ事」が浮かんでいるわけで,まとまった時間が取れたらぜひやろうと画策しています。

(1)カセットデッキの不安

 私はA&D(というかAKAI)のGX-Z9100EVというカセットデッキを新品で買って以来,ずっと手元に置いてきました。さすがに最近は年に一度か二度かという程度の通電ですが,ピーク時には毎日のように使っていた記憶があります。その割には故障もなく,現在まで(感覚的には)初期の性能を維持できているように思われます。

 しかし購入後18年も経過すれば,さすがにおかしくなっていないわけがなく,とりあえず音がちゃんと出てくるというだけでも大したものだと自画自賛したくなります。裏を返すと,いつ壊れてもおかしくないわけで,その時の準備をしておく必要があると考えています。

 1つには,いわゆる持病と呼ばれる壊れやすい場所の把握です。GX-F91以降のカセットデッキのメカの場合,どうやら左側のピンチローラーの固着が持病らしく,これが起こるとピンチローラーとテープガイドを外さないといけないらしいのです。

 テープガイドを外してしまうと,テープパスの調整が必須となるわけで,そのためにはテストテープが必要になる・・・てなわけですが,このテストテープというのが現在宝物級の貴重品です。素人には入手不可能,しかもこれらは消耗品です。現在でも製造と販売は行われていますが,国内では実質1社だけがやっているような感じです。需要がなくなれば作られなくなるのは明白ですから,あと何年テストテープが市場に出されるのかと,不安になります。

 いずれにせよ,素人には販売されていませんので,オークションや海外からの輸入を行って手に入れるしかないようですが,もし信頼できるよいカセットデッキがあるなら,これで信号を録音してテストテープとしてもなんとかなります。

 幸いなことに,現在はPCをオーディオ用のオシレータとして使い,十分使い物になる信号を用意できるようになったので,これを録音すればなかなかよさそうです。

 問題は信頼できるカセットデッキですが,結局私の場合,現状を1つの基準としてテストテープを作るしかありません。ただ,仮に故障して調整を今作ったテストテープで行った場合でも,少なくとも現在と同じ水準までは戻せるということになります。これは大きいです。

 GX-Z9100EVはクオーツロックによるキャプスタンモータの回転制御を行っているので,ベルトの劣化がない限りテープ速度は狂いません。ヘッドの摩耗や劣化は基本的にフェライト製であるスーパーGXヘッドですから心配なし。バイアスが狂ってしまうことも問題ですが,そこは3ヘッドでバイアス調整機能があるので,これも問題なし。

 アジマスやヘッドの位置,テープパスはさすがに初期位置のままというわけにはいかないでしょうが,10年前に録音したカセットテープの音が,CDと聞き比べて大きく変化していないということなら,十分実用レベルにあると考えて良いでしょう。

 テストテープにふさわしい新品のテープを選ぶ作業が悩ましいですが,サービスマニュアルを見て考えたところ,とりあえずヘッドの高さ調整に1kHz,アジマスとイコライザの調整に10kHz,再生出力レベル調整に315Hzを用意し,ついでにテープ速度調整の3150Hzを作っておこうと思います。

 2ヘッド機だと録音レベルと再生レベルの一致が面倒な訳ですが,3ヘッドの場合には出力レベルが狙ったところに来るように,録音レベルを合わせれば良いわけですから,現在のカセットデッキのコンディションを「記録」するには,ぴったりのシステムだと思います。

 高温多湿の季節のまっただ中で,春頃にやっておけば良かったと反省しきりですが,近いうちにとにかく現状におけるテストテープを4本作ろうと思います。


(2)ゴムベルトの不安

 カセットデッキ繋がりでもあるのですが,なにせディスクとかテープとか,回転ものというのはゴムベルトの世話になるものです。このゴムベルトというやつ,経年変化で伸びるは溶けるわで,必ず劣化するものです。

 個人的に思うのは,プラスチックとゴムによって作られた部品が多く使われた製品は,安くて初期性能も良いのですが,5年もすれば必ず壊れます。金属部品の多かった昔の製品は,10年くらいは壊れずにいたし,壊れてもなんとか修理が出来たものです。こうした有機物に頼る製品というのは,必ず壊れる運命にあります。

 私が長く使っている旧式のDVDレコーダもそうですが,ドライブのトレイが出てこなくなり,分解するとやはりゴムベルトが伸びてスリップしていました。その時は偶然交換出来るゴムベルトが手元にあったので修理が出来たわけですが,太さ,長さが一致するベルトが手元にある可能性など,ほとんどありません。

 しかし,真っ先にダメになるのはゴムベルトです。

 手軽に交換が出来れば別によいのですが,実のところ入手が案外難しいのです。秋葉原で数件取り扱いのある店がありますが,ここもいつもあるというわけではなく,欲しいサイズが必ずあるとは限りません。

 それに,交換してもまた数年でダメになるわけですから,なんだか馬鹿馬鹿しくなってきます。

 根本的には,もう回転ものは買わない,と言うことになるのですが,今あるものでお気に入りのものは,なんとか維持しなければなりませんが,生命線であるゴムベルトの確保に,数年前から決定打と思われる素材が手に入るようになりました。

 バンドー化学(そう,かの有名なBANDOです)の,バンコードというものです。

 私は日本橋のお店で買いましたが,問い合わせが多いのか,今は東急ハンズでも買えるようです。

 これは熱可塑性ポリウレタンで出来たオレンジ色の紐で,直径は一番細い品種が1.5mmです。

 結局の所,ゴムベルトというのは,ベルトとして機能するために輪っかになっていないといけないわけですが,そのサイズが様々なので,入手も難しい訳です。代用が利きませんからね。

 なら,必要な大きさのベルトを作れるようにすればいい,という話になるわけで,この夢のような作戦を実現するのが,バンコードなのです。

 バンコードを必要な長さに切り,両端をハンダゴテなどで溶かします。素早く両端をくっつけ,1分ほど固定します。

 冷えるとちゃんとくっついているのですが,まだ完全にくっついているわけではないので,焦らず一晩放置すると,引っ張っても簡単には取れないくらいの強度になります。

 溶着部の盛り上がったところを削ってなめらかにすると完成,ということですが,実は私は数年前に購入し,一度もうまくいったことがありません。

 基本的に鈍くさい私は,失敗ばかりです。

 熱し方が下手なのかうまくくっつかない,くっついてもまっすぐ繋がっていない,今度こそ出来たと思ったら少しねじれていた,もう一度頑張ってみたらぽろっと溶着部が外れてしまった,今度こそ完璧だ!と喜んでいたらちょっとサイズが小さかった・・・等々,なかなかうまくいかないのです。

 そんなこんなであきらめて,とにかく機会があるごとに様々な太さや大きさのゴムベルトを集めるようにしてここまで乗り切ってきましたが,それもさすがに不安になってきました。これからどんどんベルトが劣化してくる機材が列をなしています。

 目下の問題は,Walkmanです。テープ式のWalkmanなどもう使う事はありませんが,やはり完動品として手元に置いておきたいものです。WM-EX60という当時もWalkmanのなkでは廉価版だったモデルですが,これがもう惨めなくらいゴムベルトが伸びていて,どうにもならないまま放置してあるのです。

 交換したいのですが,非常に細いゴムなので,簡単に手に入る1.0mm程度のベルトではちょっと無理があるようです。

 0.8mm位のベルトを自作出来ればいいんですが,いろいろなアイデアを考え中です。糸ドライブなんてのはどうですかね,高トルクにはスリップして耐えられないだろうし,そもそも糸をどうやって結ぶのか・・・いやー,難しいものです。

 0.8mmの厚さのゴムシートを切り抜いて作るというのもいいアイデアだと思ったのですが,残念な事に内周と外周の間が1.0mm以下に出来るほど,私は器用ではありません・・・

 アルミの板にコンパスでV字の溝を彫り込み,ここにゴムを流し込んで作ってみると良いかもしれません。問題はどんなゴムを使うか,ですね。

 どっちにしても,一筋縄ではいきそうにありません。


(3)フィルム現像の不安

 カメラやレンズの修理からちょっと遠ざかっていたことと,すっかり引きこもりになってしまったことで,フィルムの消費量が激減したため,ようやく半年以上経過した現在,10本ほどの未現像フィルムがたまりました。

 カラー現像キットは薬品を作ると2週間ほどで使い切らないといけないわけで,出来るだけ現像液の寿命に達するだけのフィルムをためないと,もったいないです。

 そうこうしているうちに半年近くも経過してしまえば,撮影済みフィルムが劣化してしまいますよね,困ったものです。しかも,修理や調整の最終テストに使ったフィルムが大半なわけで,現在に至るまでそれらの結果をみていないというのは,非常に問題があると自分でも思います。

 特に,先日のオリンパスPENです。どれくらい映っているのかまったく分からないまま,現在防湿庫に鎮座しているわけですから,もし現像後の結果が芳しくないならどうしようかと,不安になるものです。

 現像は時間がかかる作業です。カラー現像はそれでも短時間で出来るのですが,どんなに効率的に進めても,1時間に3本が限度です。

 ただ,タンクから引き上げ,リールからほどいて,おもりのついたクリップで吊した時に見える「コマ」を見ると,いつでも感激します。やっぱり現像直後に「おお」と感動するのは,我々からは姿を見ることの出来ない,光の届かない世界でずっと生きてきたフィルムが,現像という魔法によって明るい日の光を浴びる世界にその姿を見せるという,まさにその瞬間に立ち会えるからではないかと,思ったりします。

 そう考えると,自動現像機のなんとつまらないことよ。写真から神秘性を奪った張本人かもしれませんが,その自動現像機も絶滅の危機に瀕しているので,もう批判はよしましょう。

 オリンパスPENがどれくらいの状態であるのか,早く知りたいのは山々ですが,これもやっぱり,取りかかり始めるのに勇気が必要なだけに,どうしたものかと思っているわけです。


(4)音楽CDの不安

 若い頃,CDは20年は大丈夫と言われ,まさに永久の命と思えたものですが,あれからすでに20年が経過し,どんなものにも例外なく死はやってくると知ると,なんとかせねばならんと考えるようになります。

 一応,音楽業界としては,我々が支払った対価は音楽そのものではなく,音楽を入れた器に対する対価,と考えているそうで,つまり器にひびが入り,中身がこぼれそうになるから,新しい器に入れ替えよう,と言うごく普通の考えが通らないらしく,私はしっくりきません。

 一応,個人でのバックアップというのは認められているという考えもあるので,それに従い自らの所有物を,可能なうちに守っておこうと考えています。

 我々が知った事は,結局器はいつか壊れてしまう,しかし中身は永遠であるということです。

 従って,その時々の器に,中身を移し替えて維持することは,中身を所有する人間の義務とも言えるかもしれません。

 CDをCD-Rにコピーするのではなく,HDDにデータとして記録しておくこと,もっというと器にはもはや価値はない,というお話です。

 考えてみて欲しいのですが,CDでもレコードでも,「何枚」という単位で数えますよね。ビートルズのCDを3枚持っている,という言い方はごく普通です。

 しかし,これはCDという器にフォーカスした視点であり,その中身を的確に表現しているわけではありません。慣例として,アルバムの単位を「枚」といっているだけです。

 これをHDDにいれてしまうと,ビートルズのアルバムを3タイトル持っている,になるわけで,これこそとっても我々にとっても,またビートルズにとっても,正しい表現であると思えてきませんか。

 我々は工業製品としてのCDではなく,芸術作品としての音楽にお金を支払っているからこそ,同じ規格のCDであっても売れるものと売れないものが出てくるわけで,その対価はCDに対してのものであるという理屈に,どうもしっくり来ないのはこういう理由から,なのです。

 まあそんな理屈はともかく,私のBlizzard of Oz(輸入盤ですでにアルミの蒸着面にポツポツと穴が空いている)が読み取り不能になる前に,手を打たねばなりません。HDDは1GB位を買って来ると間に合います。しかしエンコードはどの形式で行うべきか,管理はどのソフトで行うべきか,悩むべき要素がまだまだ残っています。


(5)歪率計の心配

 歪率計が欲しいと思って数年が経ちました。オーディオ専用の測定器だけに,新製品が出ることも少なく,また高価ですし,ついでにいうとプロの現場でも主力測定器として扱われることが減りました。その証拠に,レンタル落ちの歪率計が出にくくなっているように思いませんか?

 買うと高価な割に出番が少なく,しかし他に代用が利かない測定器が,ずばり歪率計です。

 そこで,この際だから作ってしまうか,と考えたのが3年ほど前の話です。作るといっても歪率計を自分で設計するのはちょっと自信がないですから,雑誌の製作記事を探して見ますと,1987年のトランジスタ技術になかなか適当なものが掲載されているようです。

 0.001%が測定出来るようなものはさすがに自作出来ませんが,そもそもそういう測定器は個人で買うのも難しいくらい高価ですし,校正も必要です。まあ0.05%くらいが測定出来れば,素人の真空管アンプ製作には十分です。

 ということで,部品はすでに集めてあるので,作るだけなのですが,これがなかなか取りかかれません。作業にかかると2,3日はこればっかりになると思うのですが,それはそれで楽しそうな反面,相応の覚悟が必要です。


(6)スキャンの心配

 実家から1986年のトランジスタ技術を持ち帰ってあります。目的はもちろん,スキャンのためです。

 もともと,1980年代以前の雑誌はスキャンしないことにしていました。貴重だからと言う意味でですが,トラ技についてはすでに広告が失われていますし,内容も今読んでも面白いものが含まれているので,一応1986年以降をスキャンし廃棄することにしました。

 12冊に加えて他の本も数冊持ち帰ってありますが,これ全部をスキャンすると,実は半日以上かかります。スキャンそのものもより,スキャン後の確認作業に時間と忍耐が必要なのです。

 しかし,持ち帰っている以上ほっとくわけにはいきません。まずこれから処理していくしかないかなあと思っています。


(5)他の心配ごと

 本がたまっています。10巻セットの文庫,2巻セットのビジネス書,技術書が数冊に,毎月出る雑誌に毎週出る「鉄道データファイル」と,こなすべき本が多くて困ったものです。特に鉄道データファイルはいよいよグランドフィナーレに向かっており,残り20号を切りました。

 そのせいでしょうか,途中で随分と駄文を展開したツケがたまっており,1号あたりのページ数が増えています。また,1つ1つの説明も薄くなっており,正直にいって面白くありません。でも,読まないでおくとたまってしまうことはわかりきっているので,とりあえず読むようにするという,この苦しさです。

 そんなに苦しいならやめればよい,それもその通りです。しかし,あと少しで300号をコンプリートするという,その達成感のために,私は頑張っているのです。300号か・・・1冊560円として・・・


 そんなわけで,いろいろ考えているうちが楽しいのかもしれません。なにから片付けるのが幸せでしょうか。

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