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22世紀にも持続可能な世界

 先日読んだ,ある技術雑誌に面白いコラムがありましたので,紹介します。

 雑誌は「電源回路設計2009」で,P.77からの「太陽光発電を活かして22世紀を迎えるために」という記事です。著者の松本吉彦さんはずっと昔からトランジスタ技術誌などを舞台に高い専門性と的確な内容で活躍された大ベテランで,私も学生の頃から,この方の記事にお世話になった記憶があります。


 要点をかいつまんでいくと,

・数億年かけてストックされた化石燃料を燃やして成り立つ生活は,使い始めて200年,大量に使い始めて50年という短さの,異常行動である。

・化石燃料は増えない。従って省エネで10%使用量を減らしても,30年の寿命が33年になるだけである。省エネへの努力は間違いではないのか。

・そんなことより,無限のエネルギーである太陽光を利用するべきだ。

・太陽電池は,それを作るのに必要だったエネルギーが,それが寿命を迎えるまでに生み出すエネルギーを上回っていたが,現在,生み出すエネルギーが必要なエネルギーの10倍にまでなっている。

・コストも下がっていて,油田を掘り,原油をくみ上げ精製するコストを下回る可能性が遠からずある。

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 さて,この段階で非常に大事なことがわかります。1つは太陽電池は,すでに投じたエネルギーよりも大きなエネルギーを得られる「打ち出の小槌」になっているということです。これは人類史上初めてのことです。

 もう1つ,それが技術的にも経済的にも現実的であるということです。打ち出の小槌には高速増殖炉も期待されていましたが,太陽電池の根本的な違いは,まさにこの点にあるわけです。

 この数字は私は未検証です。正しいと仮定すると知らぬ間にえらいことが起こっていたのだと驚きます。


 著者は続けます。

・火力発電所など,機械的エネルギーを電気エネルギーに変換する装置を含むシステムは,大きいほど効率がよい。従ってエネルギーの発生箇所には局所性がある。

・局所性のあるエネルギーを消費地に回すには,電力の場合送電が必要で,「グリッド」と呼ばれるこの技術によって,現在のエネルギー供給は成り立っている。

・しかし太陽電池による発電は,規模と効率は無関係であり,太陽の光さえあればどこでも同じように発電が可能。よってエネルギーの局所性はない。

・もし現在の送電システムに,局所性のない太陽電池による発電を組み込もうとすると,非効率的,高コストで,合理的ではない。

・そこで,これに変わる新システムを構築する必要がある。その柱は太陽電池,電力貯蔵,そして電力制御を行うパワーエレクトロニクスである。

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 なるほどなるほど,なぜ発電所はあんなに大きいのか,なぜわざわざ遠方から高圧で送電しなくてはならないのか,太陽電池となにが根本的に違うのか,が明らかにされました。


 そして,

・技術の革新は,その時々の当事者以外から行われることが多い。トランジスタの発明は真空管屋ではなく,コンピュータは電子屋ではなく,マイクロプロセッサはコンピュータ屋ではなく,インターネットは通信屋ではなかった。

・電力についても,電力屋以外から革新される時代が来た。電子屋,IT屋は,電力分野に進出してでっかい仕事をぜひやろう!

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 と結びます。


 電子工学や情報工学のエンジニアに,電力やエネルギーの仕事をやろうと呼びかけていますが,もう1つ裏側に主張があるように思います。

 それは,エネルギーとか電力とか,そういうインフラを抱き込む巨大な産業には,どうしても既得権があって,自らが今やっているビジネスを根底から変えるような変革を,最終的にするはずがないということでしょう。

 昨日だったか,太陽光発電の割合を国の目標レベルに引き上げると,天候によって総発電量が大きく変動して停電するんじゃないか,という意見に対し,国が実証実験を行うことにしたというニュースが出ていました。

 こういう懸念はもっともでしょうが,先のコラムを読んだ我々は,すでにこの懸念の根源が,エネルギーの局所性と19世紀の偉大な発明「グリッド」を引きずった故に出てきたものであることに気が付きます。

 そこで,これら前提の否定から入ろう,それには彼らのようなしがらみのない,電子分野,情報分野のエンジニアが挑戦しないといけない,と鼓舞しているわけです。

 こういう,指数関数的に拡大する理論というのは,胸のすくよな爽快感がありますね。先日もシェルが「これはペイ出来ない」と風力発電への投資を中止しましたが,これなどもやはり既得権を持つ者の性でしょう。

 しかして,電子屋,IT屋がこれらに進出するのは時間の問題だと思われます。すでにこれらの技術者は,電気自動車の分野に進出し,パワーエレクトロニクスを自分の庭として認識し,その世界観を共有しつつあります。

 技術に永遠はなく,常にスクラップ&ビルドです。19世紀の送電システムは偉大な発明でしたが,これとて同じです。永遠はありません。

 ただし,このコラムには1つ視点が欠けています。太陽光発電は,太陽電池以外の方法や太陽電池の黎明期にかかった膨大なコストによって現在があります。

 化石エネルギーは,初期の開発投資がそれほど大きくなかったと想像できるわけですから,そもそもそこが前提として違います。太陽光発電が地球と人類の負担にならないといえるのは,それら初期のコストをきちんと精算してからになるでしょう。しかし,私はその精算は,どんなに頑張っても当分終わりそうにないと思います。

 つまり,人類は,やはり「打ち出の小槌」を手に出来なかった,ということです。

 もっとも,このまま化石燃料に頼ることは不可能です。生き残るために現時点の収支を見て,何に投資するのが得策かを考えねばなりません。

 化石燃料は,燃やしてエネルギーにする以外に,プラスチックや化学薬品の原料にもなります。こうした「化石燃料でしかできないこと」のために大事に使うのが本来の姿であり,考えて見るとこれをただ単に燃やして使うなどと言うのは,100年後200年後の子孫たちにとって,卒倒するようなことではないでしょうか。

G-SHOESのさっと一品(魚料理)

 お気に入りの圧力鍋が新しいうちは,ちょっと抵抗があって出来なかった料理が「サバの味噌煮」です。

 しかし,購入から4ヶ月近くになり,鍋も傷がいっぱい付きましたし,恐ろしいことに取っ手の部分を落下させて壊してしまい,それをばらして組み立てて修理して使うようになって,そろそろやってみるか,と思い立ちました。


・サバの味噌煮(二人分)

[用意するもの]
 サバ・・・小4切
 味噌・・・大さじ2
 ショウガ・・・1かけ
 酒・・・大さじ4
 みりん・・・大さじ3
 砂糖・・・大さじ4
 水・・・180cc
 仕上げに味噌大さじ1,醤油小さじ1

[作り方]
 1.サバの皮の上から熱湯をさっとかけて臭みを取る
 2.サバの表面に十字の切れ目を入れておく。
 3.ショウガはをスライスする。
 4.圧力鍋に材料を全部投入。フタをして強火で圧が上がるまで待つ。
 5.圧力が「強」になったら弱火にして圧力を維持,35分煮込む。
 6.35分経ったら火を止めて自然冷却。
 7.圧が下がったらフタを開け,仕上げの味噌と醤油を投入。
 8.弱火で煮詰める。

[注意]
 味噌の種類によっては塩分が強かったり弱かったりするので味噌の量には注意。

アナログの大家に愚問

 アメリカの半導体会社にNationalSemiconductorという会社があります。

 日本ではナショセミと略す人も多かったのですが,日本では「ナショナル」は松下電器(現在のパナソニック)を指すことが普通であったというのが理由のようです。ですから最近はナショナル,と言う人も増えてきたように思います。

 このNationalSemiconductorに,この業界で知らない人はいないと思われるほど著名なエンジニア,Bob Pease氏がいます。

 NationalSemiconductorは,80年代には様々な半導体を手がけていた総合メーカーでしたが,90年代にアナログICに特化する戦略をかかげ,それでも個性的だったCPUやデジタル系のICから撤退しました。

 昔からアナログの名門だったNationalSemiconductorは,名実共にアナログICの専門メーカーになったわけです。

 NationalSemiconductorが名門たるゆえんは,かのBob Widlerが在籍し,ここでLM101などのアナログICを産み出し,その後も続々と優れた製品をリリース,多数のデファクトになった品種を擁することにあります。

 WidlerはFairchildで世界初のモノリシックOP-AMPを開発し,その後NationalSemiconductorに移籍します。ここでも彼は多くの製品を手がけることになります。

 今のOP-AMP,もっというとアナログICは,このWidlerによって設計されたものがベースになっています。つまり,WidlerはアナログICのお父さんですが,Bob PeaseはNationlalSemiconductor時代のWidlerをとてもよく知るかつての同僚で,自らも傑出したエンジニアです。

 残念ながらWidlerはジョギング中の心臓発作で若くしてなくなりますが,NationalSemiconductorのWebサイトにBob Peaseが持つページでは,彼の写真が掲載されています。

 Bob Peaseは中世の魔法使いといった風貌で,長い髪,伸びたヒゲのおじいさんです。そして非常にユーモアにあふれ,NationalSemiconductorがユーザーサポートの一環で放送していたアナログ回路講座のストリーミング放送では講師を務め,目の前でホワイトボードを仲間と共に真っ黒にしながら,難解な話を笑いながら説明して私などはすっかり煙に巻かれてしまいました。

 このBob Peaseが,とある日本の雑誌のインタビューで,ちょっと面白いことをいっているので,紹介します。

 アナログは人気がない,どうすればいいのか,という問いに対し,

  確かに人気がない。
  だけどそれがどうした。
  だからこそ価値があるんじゃないか。

 いやー,ほんとにまいりました。

グレイトな日本

 新宿のサービスセンターに行ったときの話ですが,ちょうどお昼時だったので食事でもするかと新宿西口をウロウロしていました。

 さすがに食べるところには困らないですね。ゆっくり食べられそうなところは少ないですが,その点を覗けば世界中の料理が食べられそうなところです。

 13時過ぎだったのでもうピークは済んだだろうと思っていたのが甘く,マクドナルドでさえも長蛇の列です。ハンバーガーなぞ列んで食べるようなものではありません。ファストフードなんですからね。

 で,ちょっと様子を見ていたら,どこも結構混雑しています。そんな中,比較的空いているうどん屋さんがありました。食券を先に買う立ち食いうどん屋スタイルですが,最近は立って食べないところが多くなっていますよね。ここも狭いながらも席があります。

 この店も,10分ほど前に通ったときには満席でしたから,ぱっと空いたのでしょう。さすがうどんは日本のファストフードです。

 なんとなくうどんを食べたいと思った私は,ふらふらとメニューを眺め,カツ丼セットを選んで店内に入りました。

 食券を買ってうどんを指定し,座席を確保して待つこと数分。お,なかなかおいしそうなうどんです。

 食べてみて,「あぁおいしい」と,思いました。

 ここのお店はうどんもどんぶりも関西風でした。だしの良い香りがしますし,少々歩き疲れた体には,強めの塩味がおいしいものです。

 ささっと食べて店を出ましたが,期待以上の満足度でした。

 食事をしながらつくづく思ったのは,日本という国はグレイトだな,です。

 食事を目当てにせずウロウロしていて,おなかが空きちょっと立ち寄ったうどん屋がおいしい,こんな話が当たり前に存在するというのは,やっぱ日本はすごい国です。

 確かに安価な食事を探すのは難しいかも知れません。しかし,世界中で共通化しているハンバーガーだって,ちょっと食べれば600円とか700円になるものです。手頃な値段でおいしい食事がさっと出てくるということは,超高級な料理と同じくらい価値あることだと思います。

 もし,私がミシュランの覆面調査員なら,日本版にだけ特別なページを設けて,こうした庶民的なお店にもハズレが少ないことを書き添えたことだろうと思います。

 なにかと日本に魅力がないと言われる昨今,日本を見直したお昼時でした。

痩せたトラ技

 先日,ふとしたことから20年以上前の「トランジスタ技術」を何冊か古本で購入しました。切り抜きもなく,多くの人が収納のために捨ててしまう「広告」も完璧に温存されている,今時珍しいものです。

 「トランジスタ技術」は1964年10月の創刊です。まだまだ真空管が全盛の時代で,電子回路もまだまだこれから新しい回路やデバイスが登場するという,とても面白い時代だったのではないかと思います。

 私は生まれていないので伝聞に過ぎませんが,当時の電子回路技術者は,原理も使い方も全然違い,不安定で壊れやすい固体素子「トランジスタ」に対して,相当の焦りがあったそうです。

 真空管ならお手の物だったベテランほど,トランジスタには手こずったと聞きますし,口の悪い人の中には,まだまだこれからというトランジスタにあった,あまたの欠点をあげつらい,「だからトランジスタはダメ」と結論したりしたそうです。

 デバイスを作る方もしかりで,当時の精鋭が終結した真空管の設計や製造部門が,半導体の部隊を非常に低く見ていたことはよく知られた話です。

 ただ,そういう逆風が殊更強かったのも,一方でトランジスタの可能性を認めざるを得なかったからだったのでしょう。ベテランほど危機感が強く,そんな人ほどトランジスタが使いこなせず,この時に一斉にエンジニアの世代が入れ替わったと聞きます。

 新しい時代のデバイスの使いこなしでふるいにかけられたエンジニアが,今の我々の大先輩に当たるわけですね。

 閑話休題。

 「トランジスタ技術」といえば,あの分厚い広告で知っている方も多いでしょう。当時広告が多いことで知られた「マイコン」や「I/O」をも寄せ付けない分厚さで,他を圧倒していました。

 それほど広告が効果的だったのでしょうし,また「トランジスタ技術」がプロのエンジニアが読む雑誌だったということでしょう。子供だった私も,トラ技の広告を眺めていると,なにか背伸びをしたような気分になったものです。

 正確に調査をしたわけではありませんが,1970年代のトラ技は15mm程度,これが20mmを越えるのは1980年代に入ってからで,最も分厚かったのはおそらく1985年くらいではないでしょうか。

 手元にある1987年12月号の厚さを測ってみると,なんと26mm。

 ちなみに今月のトラ技(2009年1月号)は,13mm。実に半分になりました。

 1980年代中頃,日本の半導体産業は売り上げで世界の頂点に立ち,日本の電子工業界はまさに肩で風を切っていました。Japan as No.1などと言われ,自動車を含むあらゆる分野で日本の存在感が増した,そんな時代でした。

 LSIの集積度はどんどん上がり,新しいことがどんどん出来るようになりました。コンピュータがワンチップに収まり,後にマイコンブームと呼ばれる時代がやってきました。

 今回購入した1984年から1987年までの7冊のトラ技の広告を見ていると,そんな当時の空気を感じることが出来ます。

 300MHzを越える帯域とリードアウトカーソル付きのアナログオシロスコープは計測器メーカーなら登らねばならない山であり,菊水,リーダー,松下通工,日立,ケンウッド,岩通,YEWと,国産の計測器メーカーが果敢に挑戦していました。そのほとんどがオシロスコープから撤退した現在を,誰が想像できたでしょうか。

 LSIメーカーも,マイコンや周辺のチップで攻勢をかけていて,32bitのCPU,256MbitのDRAM,ISDNコントローラやLCDコントローラなどを積極的に展開,冷蔵庫くらいの大きさのコンピュータがいよいよデスクサイドにおけるくらいになる現実に,明るい未来を見ていました。

 今や押しも押されぬOrCADも,当時はまだまだキワモノソフトの時代です。パソコンでCAD?値段が168000円?そんなCADつかえるかよ,と当時の人はみんな思ったでしょう。

 やたら目に付くのはフロッピーディスクドライブです。秋葉原の部品屋さんの広告は例外なく自作マイコンの部品供給源となっていて,そこには必ずといっていいほどフロッピーディスクドライブが出ています。ほとんどが5inchですが,YD-274なんていうフルハイト(今で言う5インチベイ2つ分の高さです)の2Dドライブが84000円に斜線となっています。ううう。

 ヒューレットパッカードの広告も目立ちますね。電卓のHP-16Cの広告なんか初めてみました。それにミニコンの広告も出ています。HPPAですか・・・これはもしかすると,後にPA-RISCと呼ばれるものの源流,ですかね。でも冷蔵庫並みにでかいですよ。

 ラジオ会館の広告では,店主の似顔絵が描いてあります。なるほど,これが,あんな風になるというわけですね・・・でも,なくなった店もあるので,とても寂しいです。

 こういう雑誌ですから非常に少ないのですが,時におねいさんが出てくる事もあります。いやー,80年代ですねえ。逆にいいですね,ここまでくると。

 今はつぶれた会社,お店もたくさんありますね。藤商電子,Otec,コムスポット寝屋川,ニノミヤ,亜土電子,SNKなんかは求人広告が出てますね。日本テクサですか・・・そうですか,200人近い社員がいたんですね。あ,キーエンスが大証二部に上場したと広告が出ていますよ。

 秋月の広告は別格ですね,当時も。今も昔もぎっしり細かい文字で書いてあったように思うのですが,昔の方がはるかにスカスカです。しかし昔の方がはるかにマニアックで,今読んでいてもワクワクするのはなぜでしょうか。

 80年代に30mm近い分厚さを誇ったトランジスタ技術ですが,その後のバブルの崩壊と「失われた10年」と呼ばれた不況の中,広告はどんどん減って,トラ技は薄くなっていきました。

 トラ技は景気の変動をその分厚さに反映することが多く,薄くなってもまたしばらくすると分厚くなるものでした。分厚くなると「もうかってまんな」という気分になったものです。しかし,今回は違っていました。

 景気の低迷と海外半導体メーカーの台頭により,トラ技の広告が減っていく中,インターネットの普及という大きな流れが押し寄せます。広告媒体の変化,雑誌の売り上げの低迷という雑誌一般に見られる影響を受け,前半のメーカーによる広告に加え,後半の部品屋さんなど小売りの広告も軒並み削減。

 そして,景気の回復した(といわれている)ここ数年も厚さは回復せず,現在も薄くなり続けているようです。おそらく,ですが,30年前の水準になっているのではないかと思います。

 どおりで,2009年1月号の広告を読むのは簡単だったのに,1987年12月号の広告は,たっぷり1時間以上もかかってしまいました。面白かったからいいのですが,この読み応えは確かに往年の「トラ技」です。

 以前は一度目を通した広告はゴミとして処分していましたが,今にして思えば本文と同じくらい面白いだけに,もったいないことをしたと思います。前述の通り,トラ技は買ってすぐに「三枚に下ろす」のが流儀なので,広告の生存率も低いでしょうから,せめて今回の広告だけは,スキャンして残しておこうと思います。

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