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ルンバの充電不良

 うちは年末年始に家電が壊れることが多く,年末の休みに掃除機の修理をしたり,年明けの初売りで電子レンジを買ったりと,面倒な事が起こります。

 今年はなにが来るのかなと思っていたら,ルンバでした。

 うちのルンバ770は2013年5月にやってきて,2017年3月に大修理を行っています。この時780の基板と入れ換えているのですが,ブラシの劣化でゴミ取り能力が低下しているとはいえ,それなりに使えていました。

 ところが2週間ほど前から,充電が終わらずエラー5が出るようになりました。なるほど,充電も出来ていません。

 エラー5を調べてみると,充電が出来ないエラーとあり,電池の端子の汚れか電池の劣化が原因のようです。前回の電池交換から3年ほど経過しているので,さもありなんと,新しい電池の手配をしました。

 そのうち,充電そのものが始まらなくなって,スタンドに自分で乗っかることも出来なくなりました。なんだか悲しいですね,まるで飼っていた猫が歳を取って自分で水を飲めなくなっているような感じです。

 ただ,本体にあるDCジャックに直接アダプタを差し込むと充電します。問題なく動作するので,最悪この形で使い続けることは出来そうです。

 で,まず最初に疑ったのは電池ですが,届いた新しい電池に交換しても同じで,充電が始まりませんでした。ACアダプタの故障は,本体に差し込めば充電するのですから,これも違うでしょう。

 そうすると充電スタンドの可能性が高いのですが,回路図もないのでよく分かりません。とりあえず本体と接触する電極間の電圧は約3Vで,充電出来るほどの電圧は出ていません。

 なら,ここをONするFETが壊れたのかもと,似たような品種に交換しますが全く変化なし。冷静に考えて見ると,ここに金属のもの(例えばはさみとか)が乗っかってショートしたら事故になりますから,低い電圧で高いインピーダンスにしておいて,ショートしても安全なように作りますわね。

 本体がつながったことを検出する方法は,本体に高めの抵抗を仕込んでおいて,これが電極に繋がった時の電圧がある範囲に入っていたら,スタンド側の電圧を一気に上げ,本体側もその電圧を検出して充電回路をONすれば,危険はなくなります。

 ということで,壊れている可能性はスタンドと本体にあるのですが,どっちも回路図がありません。仕方がないのでまずは本体の基板を交換することにします。

 で,交換してみましたが,全然変わらず。充電出来ません。充電出来ないので,本体がスタンドに到達しても止まってくれません。

 そうなるともうスタンドだろうなと思うのですが,こちらは基板もないし,修理のしようもありません。仕方がないので,中古品を手配します。2500円ほどでした。ちょっと高いかなあ・・・

 注文した直後に,もう一度試してみようとスタンドに置いて見ると,あれ,充電を始めました。何度やっても充電します。以前のように長時間の充電でエラーが出ることもありません。スタンドに戻ると充電を開始し止まってくれます。

 あれ,なおった?

 翌日タイマーで掃除してもらいましたが,帰宅するとおすまし顔で充電スタンドに座り,充電していました。

 うーん,少なくとも充電が出来ているので,今はスタンドは悪くないでしょう。アナログ的な要因が大きな本体側の問題のように思いますが,すでにルンバ700シリーズは使い古された機種で,TipsもHackも世界中に散らばっているはずです。同じような問題が出ていないか調べてみます。

 すると,ありましたありました。充電出来ないという問題が。

 なになに・・・本体側のDCジャックの接触不良とな?

 ルンバのDCジャックは,差し込まれればACアダプタがと充電回路が繋がりますが,抜かれればスタンドからの電源と充電回路が繋がるように,切り替わります。

 この切り替えは,DCジャックが差し込まれることで機械的に行われるのですが,このスイッチ機構の接点が腐食して,接触しているのに導通しないと言うことがおこるのだそうです。

 接触抵抗が高いと電流が十分に流れません。それで充電不良となりエラー5が頻発するようになり,やがて充電も出来なくなってしまいます。

 さらに,DCジャックを何度か抜き差しすると接触面の酸化膜が剥がれ落ちて,導通が復活します。

 で,この部品は基板ではなく,本体のシャシーに取り付けられているので,基板の交換では入れ替わりません。ずっと不良のジャックが使われ続けていたわけです。

 なるほど,今起こっている現象が全部説明できました。

 つまり,基板の交換は無意味,2500円出して用意した充電スタンドは無駄,電池も新しいものを買う必要はなく,分解することもしなくてよいことだった,という事になります。

 ああ,なんと無駄な事を・・・

 それでも,最近はあって当然のルンバが復活したことはうれしいことで,また我々家族の視線が彼に向かうきっかけになったのは事実です。電池は3年も持てば大したもので,そろそろ交換してもよいと思っていましたし,スタンドも万が一の為の予備だと思えばいいことにしましょう。

 

TIのICが秋月で買えない

 何を今さら,という感じのニュースらしいのですが,たった今知った事なので私はとても驚いています。

 ついさっき,秋月電子のサイトでTIのオペアンプを見ていました。いつもは見る事のないQ&Aを眺めていると,9月と10月に追記されたものが目に付きました。

 ディスコンでもないのに在庫限りなのはなんで?

 ・・・え,どういうこと?

 秋月電子からの回答は,なんでも,TIがエンドユーザーを特定出来ないお店には販売させないという方針を取ったとのことで,これにより秋月では販売出来なくなったそうです。

 ちょっと待って下さい。

 TIはICの発明者を擁していたほどの半導体の老舗にして名門で,古くはシリコントランジスタで存在感を高め,74シリーズのロジックで世界を制覇,1990年代からDSPに軸足を移したかと思えば近年はアナログICに舵を切り,名だたるアナログICメーカーをことごとく傘下に収めた,超巨大半導体メーカーです。

 正直にいえば,私にとってのTIは廉価版オペアンプとセカンドソースのメーカーであって,安く安定して手に入る製品を用意してくれていることが最大の価値でした。

 個性が強い,超高性能なICは,TIには結びつきません。

 様々な機能を持つ面白いICが揃っていて,データシートを眺めているだけで楽しかったナショナルセミコンダクタ,オーディオ用のAD/DAコンバータで先頭を走り,強烈な性能のオペアンプに憧れたバーブラウンも,すでにTIに買収されてしまいました。

 TIの資金力と人材をもってすれば,ナショナルセミコンダクタもバーブラウンも主要製品は安定供給されるだろう,特にアマチュアにも優しかったナショナルセミコンダクタが安定的に存続することは大歓迎だと思っていたのですが,まさか市中の部品屋さんで買えなくなってしまうなんて,想像もしていませんでした。

 調べてみると,この方針が出始めたのは今年の3月頃。すでにこの頃から一次代理店以外の流通が止まりつつあることがわかります。特に我々アマチュアが親しんでいた秋月電子やマルツ電波からは,買えないものが出始めていました。

 根拠のない噂話ですが,事の発端はある中国の代理店が,最終製品に搭載すると見せかけて安く購入した部品を高い値段で流してボロ儲けしていたことにTIの幹部が激怒,その部品が誰の手にあるのかを完全に把握出来ないところには売らないと決めたらしいです。

 まあ,こういう面白い話には嘘も混じるものですが,特に中国の「偽物」にはどの半導体メーカーも顧客も頭を痛めているのが現状で,TIが手間暇かけてきちんと流通を管理するという今回の決定によって,偽物が一掃される可能性があります。

 少なくとも,市場に流通している部品はすべて正規品と言うことになるので,顧客は安心してTIの製品を買うことが出来るようになります。これは大きなメリットです。

 でも,電子工作を楽しむ子供たちにとっては,そんなことは理解出来ません。

 TIの製品は,高価で超高性能なものばかりでなく,また特殊なものばかりでもなく,昔から汎用品として長く使われてきたものも多くあります。入手しやすい,安く買える,性能が間違いないということでTIを使ってきた製作記事の執筆者も多く,この方針変更はそうした信頼を根底から覆すものです。

 もっとも,そうした汎用品はTI以外からも販売されるので実害はないのかも知れませんが,他社を買収し市場を独占した会社は,その決定が与える影響を熟慮して欲しいのです。

 その上で,中小企業やアマチュアなどの弱者を救うのも,お金のある大きな会社の仕事の1つにして欲しいなあと思うのです。

 TIのケースでは,TI自身が直販サイトを立ち上げています。誰でも買うことが出来ますが,さすがに1個からというわけにはいきません。送料もそれなりにかかりますし,単価もあまり安いわけではなく,問題のは納期です。店頭でその場で買えるほどの迅速さは当然なく,1週間も程もかかってしまうようです。

 ならdigikeyなどのTIが認めたディストリビュータ経由で買えばいいんじゃないか,と思う訳ですが,クレジットカードと海外発送が前提になっていることを考えると,中学生くらいの子供が秋葉原でTIのオペアンプを2つ買って帰るということが出来なくなってしまうことはまず間違いありません。

 こうして,私にとっては子供の頃から馴染みのあったTIが,とても遠い存在になってしまうのです。残念でなりません。

 思えば,1980年代までの日本のメーカーの半導体がこんな感じでした。小さい部品屋さんはNECや東芝,日立といった巨大企業と直接取引できるわけはなく,代理店の商社が間に入って,小さな部品屋さんに卸していました。

 基本的に自社の最終製品のために半導体を作っていた日本のメーカーは,汎用品よりも特定用途向けの半導体に面白いものが多かったのですが,それゆえに代理店が扱わないものも多くあって,結局部品屋さんの店頭に日本のメーカーの半導体が並ぶことは少なかったのでした。

 だから,興味を持った製作記事に日本のメーカーのICが使われていると(そしてそれらの多くはキーデバイスだったりする),絶望的な気分になったものです。

 日本の半導体メーカーの力が落ちて,面白いものも安いものも海外のメーカーのものになって,ことアマチュアの半導体の入手は随分と楽になったと思っていたのですが,今回のように最大手のTIが部品屋さんに部品を売らせなくするという話になると,時代が逆戻りしてしまったように感じます。

 TIのように高性能アナログICをいわば寡占しているメーカーが,他に変わるもののないナショナルセミコンダクタやバーブラウンを買ったのですから,買った側にも一定の責任が発生すると私は考えています。

 資金力に任せて市場を独占した上で,市場をコントロールすることに問題があるという考え方は,各国の独占禁止法の根拠となっているわけで,今回のケースでは,TIという会社が中小企業を顧客と見なさないことに,企業の責任が問われるんじゃないかと思うわけです。

 データシートの配布については,著作物であるデータシートを勝手に配布していることに私は問題を感じていたし,公式のホームページに行けば手に入るものであればその方が安心だし確実なので歓迎すべきことだと思います。

 しかし,TIもそうなのですが,かつては日本語のデータシートを用意していても,今は日本語を用意しないことも多く,最新版をダウンロードしたら英語のみだったという事は頻繁に起こります。

 加えて,ディスコンになったもののデータシートもダウンロード出来ない場合が多いです。部品屋さんにしてみれば,自分達が今売っている商品のデータシートを提供出来ないことは確かに問題でもあります。

 ということで,TIのような最大手が流通に縛りを入れて来たことに私は警戒心を解くことが出来ません。他の会社が追随しないことを願うばかりです。

 

MC20mkIIをならしてみる

 V15typeIII用の互換針が1つ余っていて(V15typeIVの動作確認用にとにかく安い使えそうな針を探したところ,動作確認後に不要になってしまった),せっかくの楕円針ですし,使わないとなあと思っていました。

 V15typeIIIの動作品を何度か手に入れようと思っていたのですが,V15typeIIIの価格が私の想像を遙かに超えるような高価格である事を知り,入手はあきらめてしまいました。

 ふと思いついたのは,楕円のダイヤモンドチップを他のカートリッジに移植しようという話です。この方法で一部の好事家はカンチレバーが折れたカートリッジや,針交換できないMCカートリッジを修理しては現役に復帰させていいるわけですが,私はこれまで自信がなくて,行って来ませんでした。

 そもそも,カンチレバーを折ってしまうと心の傷が大きくて,物理的に修理出来ても立ち直れないという私自身の狭量さに問題があります。これを癒やすには,お金をかけて針交換をし,「なかったこと」にするしかありません。

 この,お金で解決という,日本人が誠に嫌う札束で頬を叩くような行為に対する背徳感が,また自分のやらかしたことの大きさを増幅するわけで,若かりし頃の私は,そもそも折らなければいいんだと気が付いて,以来無事故無違反を続けています。

 そんなこともあり,カンチレバーの移植という技は全く磨いてこなかったばかりか,経験したこともないという状況ですが,もし針が折れて安く売られているカートリッジがあれば,このV15typeIIIの互換針で修理しても面白いんじゃないかと,そんな風に思ったわけです。

 早速某オークションを見てみると,結構あるものです。ただ,価格は全般的に高め。半年くらい前まではこの半分くらいの価格で落札できていたようですが,昨今のアナログブームで価格が上がっています。って私もその片棒を担いでいるわけですが・・・

 せっかく手間暇と新品の交換針を突っ込んで修理を行うわけですから,修理後に実は方chが断線してましたとか,もっと安く交換針が売ってましたとか,そもそも不人気で誰もありがたがりませんとか,オリジナル以外の音は認めないという原理主義者が跋扈しているとか,そういう話は避けたいところです。

 探していると,オルトフォンのMC20シリーズが目に付きました。チップを飛ばしたというMC20mkIIとMC20superがあり,どちらも動作品だったという個人からの出品のようです。

 MC20といえば,1970年代に登場したオルトフォンの柱の1つです。MCの原器とも言えるSPUを持つオルトフォンが,さすがに20年前の設計ではなあと,何度かSPUの次世代機を作るわけですが,中でもMC20は今もその後継機が登場する,代表的なモデルです。

 伝聞で恥ずかしいですが,SPUのナローレンジで重たい音に対し,ワイドレンジで軽快な音がMC20の狙いだったそうで,当時の軽針圧化(ハイコンプライアンス)の流れに沿うような設計を行ったのでしょう。

 本家MCカートリッジの構造を踏襲し,ダンパに工夫を凝らして出来上がった軽針圧SPUはまさにファンの期待に応えて,こうして40年も続くシリーズになっています。

 これも伝聞で恐縮ですが,MC20から廉価版のMC10,そして主にダンパを一新したMC30を登場させたあと,その技術を中核モデルのMC20に転用しMC20mkIIとなります。当時から不評だったプラスチック製の外筐をアルミの押し出し材に変更した(もちろん変更はそれだけではないでしょうが)MC20superになって,CDに席巻され絶滅寸前のアナログオーディオの1990年代をしぶとく支え続ける事になるわけです。

 MCカートリッジはDJには使えませんから,その需要はHi-Fiオーディオだけです。だから,とっくの昔に消えてなくなってもいいくらいなのですが,MCカートリッジが手作り可能なくらいに少量の生産にも対応出来る構造であること,針交換は原則的に現行機種の同等品へ交換となるので本体への需要が一定数あることもあって,今もこうして我々は,MCカートリッジの新品を手に入れる事が出来るのです。ありがたい。

 で,もう本質的にMCが引き出せる情報量にMMは絶対にかなわないと確信した私は,個性の差ではなく優劣としてこの2つを比較するようになっています。

 いや,反論もあると思いますが,MMに10万円かけてもSPU#1から出てくる情報量に勝てないなあと思うので,それなら潔くSPU#1を買えばいいと思うのです。MMを選ぶのは,あのブーミーな低音が欲しい時,ジュークボックスから出てくる音などの当時の雰囲気を味わいたいときになると思っていて,DJ向けの需要も減っている今,MMは確かに生き残ることが難しいだろうと思います。

 閑話休題。

 紆余曲折がありましたが,結局MC20mkIIを,少し前なら完動品くらいの価格で手に入れました。チップが外れて飛んでしまっていますが,それまではきちんと動作していたものだということです。だからカンチレバーもほぼそのまま残っています。

 まあ,これに47000円足せば針交換対応として最新のMC Q20が手に入るのですから,MC Q20の新品を買うより合計で1万円ほど安くなるとは思います。ただ,MC Q20もなかなか微妙な評判のようで,ライバルたちも交換用の種としてではなく,修理用して復活させMC20mkIIの音を楽しもうと考えていたのではないでしょうか。

 9000円ほどで手に入れた不動品のMC20mkIIは,心配していた断線もなく,チップがない以外は正常です。30年以上も前のものですので汚れもサビも浮いていますが,それは綺麗に磨けば済む事です。(この後済まないことが起こるわけですが)

 ところで,届くのを待っている間に私はふと,V15typeIIIの互換針を潰してしまうのはもったいないかもしれないと思うようになりました。極論すると欲しいのはチップだけです。

 なら,V15typeIIIのようなメジャーな高級カートリッジではなく,国産の名もないカートリッジの互換針でいいんじゃないかと,そう思い至ったのです。ただ,名もないカートリッジのしかも互換針が出回っている時代ではすでになく,しかも最低楕円針で,V15の互換針の価格(約3000円)よりも安くないといけません。

 そんなのあるわけないなあと思っていたら,ありました。0.3mil x 0.7milの楕円針が付いた国産カートリッジ用互換針が2000円です。ムク針ではありませんが,私はそこにはあまりこだわらないので,早速手に入れます。

 届いてみると,どうも複数機種に使い回せるよう,共通化したカンチレバーの外側に少し太いアルミのスリーブを差し込み,反対側にマグネットを差し込むという構造になっているようです。サスペンションワイヤもなく,ゴムのダンパに差し込んであるだけの簡単な構造も,この値段の理由でしょう。

 さて,役者が揃ったところで作業開始です。まず,修理前に本体を磨きます。メタリック塗装ですので,指紋がくっきりついて艶もなくなっています。コンパウンドで磨きますが,あまいr磨きすぎると下地の銅めっきが出てきますので,注意して磨きます。

 写真ではくすんだ銀色だったものが,綺麗なシャンパンゴールドになってきました。

 不幸はこの時起こります。磨いている間に,手元が狂って残っていたカンチレバーに激突,「あっ」と思ったあとには,無残にも90度に曲がって横を向いたカンチレバーがありました。

 やってしまった・・・

 この時,どうやって修理をするか,まだ決めかねていました。カンチレバーをできるだけ残した方が,オリジナルの音に近づくはずです。カンチレバーがほと丸々残っているのですから,出来ればチップだけ移植したい所です。

 しかし,今回のチップは楕円です。向きを正確に出さないといけませんから,チップだけの移植はあきらめます。そうするとカンチレバーのどこまで残すか,大いに悩むわけです。

 厳密に言えば,共振の節の部分で繋ぐとか,そういうことも考えないといけないのでしょうが,そんなことより確実にまっすぐ繋いで,強度を持たせる事が優先です。

 でも,それぞれのカンチレバーの太さも内部構造もわからないなかで,最適解など出るはずもなく,運次第でうまくいくという現実に,なかなか踏ん切りが付かずにいました。

 実のところ,カンチレバーを派手に曲げてしまった瞬間,まずいと思うよりも,これで方針が決まったと言う安堵感の方が強くありました。だから,曲がったカンチレバーを反対側に曲げて折ってしまうことにも,何の躊躇もありません。

 しかし,あくまで方針が定まったというだけの話で,次の問題が私の前に横たわります。

 カンチレバーが,あまりに根元で折れてしまったのです。

 カートリッジの表面から飛び出ている部分がほぼすべてなくなってしまった状態で,折れた部分のすぐ先には,もうコイルが巻いてあります。

 幸い,移植する予定のカンチレバーは十分に長いことがわかり,移植出来なくなってしまうことは避けられたのですが,ほとんどゆとりはありません。

 それに,接合する場所は本体の中に潜り込んでしまうわけで,これで作業をするのはかなり難しいだろうと思いました。加えて進んだ老眼は,作業そのものを難しくします。

 どっちにしても,移植予定のカンチレバーの降誕にあるマグネットを外し,太くなっているパイプをMC20側に差し込んで接着するしかありません。マグネットを外し,長さを揃えるところまでは,やっておきましょう。

 ここで頭を冷やすため,寝ます。

 翌日,潰れた切断面をまち針で広げる作業でウォーミングアップ完了。

 そして,事前に考えた作戦をおさらいします。

 作業を確実に行う為に,本体を可能な限りばらします。まずは邪魔なケースは外してしまいます。場合によっては前側のポールピースも外してしまい,接合部分を露出させます。ただ,それだけコイルの断線を引き起こしやすくなりますから,細心の注意が必要です。


 早速,カバーを外します。上面にあるシールを剥がし,爪で引っかかっているプラスチックのカバーをゆっくり下げていきます。この時,背中側にある端子盤も一緒に動いてきますが,なんとここにコイルの細い線が直接繋がっているので,動かないように気を付けてカバーをずらしていきます。

 ここでポールピースを眺めてみると,接合部がちょうどポールピースの穴の中です。これでは作業できませんので,ポールピースも外します。マイナスネジを緩めると,マグネットと前後のポールピースが外れますが,強力な磁石で工具が持って行かれないようにすることと,コイルが宙ぶらりんになるので,断線に気を付けることがとにかく必要です。

 ポールピースを外したら,そのままネジを戻して仮留め,マスキングテープでベースに固定して接合作業を進めます。

 まず,そのまま移植するカンチレバーがささらないか確かめますが,さすがにそれは無理。そこで,もとのカンチレバーの残った部分を抜き取り,コイルのボビンからでている接合部を1mmほど露出させます。

 口で言うのは簡単ですが,なにせすぐそこにはコイルがいます。小さいニッパーで力加減を工夫して外側のアルミスリーブを切り取っていくわけですが,下手をするとコイルもダンパも壊してしまうわけで,そうなったらもうすべてがおしまいです。

 実体顕微鏡で様子を確認しながら,少しずつ剥いていきます。

 よし,ひとまわり細い棒が出てきた。これなら刺さるはず。

 先にまち針で広げた,少し太めのアルミパイプがとりあえず刺さることを確認出来たら,これを接着して固定するため,2液混合のエポキシ接着剤を練ります。ほんの少しだけ塗って,新しいカンチレバーを差し込んでみます。

 5分で硬化しますので,それまでに位置を出します。上下左右からみてまっすぐかどうか,針は傾いていないか,針の先端の場所は適切かなど,これも顕微鏡を見ながら確認して修正をしていきます。

 5分経過し,正しい位置で固着しました。指で触っても大丈夫です。

 本気で使うには24時間経過しないとだめですが,音出しくらいは出来るでしょう。慎重に元通り組み立ていきますが,ポールピースの取付には随分と遊びがありますので,固定する位置を慎重に出していきます。

 ケースも,外すときはカンチレバーが折れてなくなっているので気にしませんでしたが,組み付けるときは針が突き出ていますので,引っかけてしまわないように,信用に被せていきます。

 取り付け,針圧をとりあえず1.7gかけて,音を出します。心配なのは断線です。

 左から音が出ません。やってしまったーーーー。

 ・・・と思ったら,ラインケーブルの接触不良でした。ややこしい。これもどうにかしないと。

 とりあえず,音は出ているようです。そして私は,その伸びやかさとみずみずしさに,心を奪われました。

 もっときいていたい,と思いましたが,接着剤がきちんと固まっていないのに,2g近い針圧をかけていいはずもなく,早々に切り上げました。

 修理完了後の写真が,これです。

20190712113309.jpg

 どうです,接合部が奥に引っ込んでいるせいで,綺麗に修理が出来ているでしょう。

 本格的な視聴は後日やります。シェルはどうしよう,針圧はどれくらいかけよう,オーバーハングも調整しないとなあ,テストレコードで性能の確認も必要だと,いろいろやることがあります。

 でも,とにかく音を出してみて,その素性の良さは一発でわかります。SPUは濃密ですがきらびやかさはなく,DL-103は情報量は多いですが凡庸で,AT-F3/2は派手ですが希薄で重心が高く,うちのMCは各々のカバーレンジが小さい事が悩みでしたが,MC20mkIIは濃密さと情報量はSPUゆずりで,程ほどの重心の低さと華やかさが備わっています。これはどんなジャンルの音楽でも,華麗にならしてくれるのではないでしょうか。

 1つ気になる事があるとすれば,出力電圧が非常に低いことでしょうか。DL-103では0.3mV,SPU#1では0.18mVであるのに対し,MC20mkIIは,なんと0.09mVです。

 実際に音を出してみても,小さいなあという印象が強くありますし,レベルを上げればイコライザアンプやヘッドアンプのノイズが目立って来ます。トータルのS/Nの良さはMMにかなわないというのがMCの弱点ですが,MC20mkIIは特に厳しく,気にならない程度を越えてしまっています。

 MC20mkIIを本気で使うなら,このS/Nの悪さを解決しないといけないですね。

 

 

EL34シングルを三極管接続で味わう

 ある知り合いから,真空管アンプの修理の依頼を受けました。

 私はアマチュアなので,基本的に修理や製作代行などは受けないことにしているのですが,今回は音が小さくなって困っていて,誰か修理出来ないかという話をしていたということから,引き受ける事にしました。

 どうも,エレキットのTU-879Sというキットを改造したものを,譲ってもらったという話です。真空管をオリジナルの6L6GCからEL34に交換してあることは以前聞いていましたが,それ以外の改造があるかどうかは,全く聞いていませんでした。

 夏の暑い中で真空管アンプの修理をするのは,ほぼ罰ゲームなので,ちょっと急いでおくってもらったところ,確かに無茶苦茶小さい音です。

 どうせEL34の寿命だろうと思っていたのですが,手持ちの新品に交換しても状況は変わらないので,やっぱりどこかが壊れているんだろうと思います。

 あいにく回路図や説明書がなく,当然改造箇所も不明なので,5極管シングルアンプという前提条件で確認をしていきます。

 まず,底板を外すと,なにやら手が入った基板が見えてきます。そう,修理というのは経験上,目視で見つかったりヒントになることが実に多く,電圧を見たり波形を見るのは目視で目処を付けた場所にすると,効率よく進むのです。

 で,基板を外して裏返して見ると,真っ黒に焦げた抵抗と基板が・・・

 抵抗はスクリーングリッドに電圧を印加する抵抗で,3.3kΩです。5W品なので酸化金属被膜でしょう。これが真っ黒になっています。外して抵抗値を見ると無限大になっているので,完全に焼き切れています。

 5W品ですし,酸化金属被膜抵抗は熱に強いので,焼き切れるというのはかなりの電流が流れたからなのですが,スクリーングリッドに本当にそれだけの電流が流れると,かなり大変なことになっていたはずです。

 そしてさらに深刻なものを見つけました。左右両チャネルのカソード抵抗が一度焼損して,基板ごと燃やししまっているようなのです。もともとこのカソード抵抗は330Ωが基板の表面に付いているのですが,この個体では270Ωの赤茶色の酸化金属皮膜抵抗が基板の裏面についていました。

 改めて基板の表面を見ると,基板が真っ黒に焦げています。裏面を見返すとパターンも剥がれてしまっていて,ハンダ付けで修復しているようです。

 こりゃーいかん。

 真空管が内部でショートしたというなら,両方同時に燃えることはないでしょう。悪いケースで想像すると,高音質化を狙ってプレート電流を増やそうとして,カソード抵抗を小さくしたところ,副作用で真空管の暴走を押さえられず,プレート電流が増加して抵抗が燃えてしまった,ということでしょうか。

 この時スクリーン電流も増加して抵抗が焼損した可能性もなくないでしょうが,それだったら同時に交換されないといけませんので,スクリーン電圧を印加する抵抗の焼損は別の時に発生したのでしょう。

 調べてみると,あるメーカーがこのキットを改造したカスタムモデルを出していたようで,これがEL34への交換とプレート電流の増加をうたい文句にしていました。とりあえずこれを真似したんじゃないかと思います。

 もちろん,わかってやっているなら構わないんですが,抵抗の取り付け方を見ていると,基板に密着させていたりして,どうも高圧大電力を扱う事になれていないような感じがします。

 少し浮かせておくというのは,大電力を扱う人なら反射的にやることですし,そうでなくても組み立て説明書に書かれていることなので,説明書もちゃんと読まずに作るような,結構自信家だったんじゃないかと想像します。(でなければ,自分で作り,なおかつ改造し,あげく煙が出たものを修理までした真空管アンプを他人にあげるなど怖くてできないと思いますし)

 また,電源スイッチのスパークキラーもどっかのWEBサイトに書かれていた定番改造ですし,入力のカップリングコンデンサを外してしまうことも行われていました。

 その割にボリュームは元のまま交換されず,入力セレクタはLINE1とLINE2が逆に配線されていたりと,ちょっと首をかしげる箇所も多いです。

 さて,とりあえず持ち主に許可を取り,修理を進めます。あいにく酸化金属皮膜抵抗は在庫が多くないので,いくつか注文をします。数日後に届き,早速スクリングリッドの抵抗を新品に交換します。

 まずこの段階で,EL34は正常に動作をするようなったみたいです。音がちゃんと出て,各部の電圧もおそらく正常と思う値を示すようになりました。ここで一度オーディオ特性を見てみると,歪率はそこそこ,しかし低域が300Hzくらいまでしか出ていません。

 うーん,なにかある。

 続けて安全のため,カソード抵抗をオリジナルの330Ωに戻します。基板の表面に取り付け,パターンを修復しながら取り付けます。

 おや?テスターでパターンを追いかけていくと,どうもカソード抵抗に並列に入っているはずのコンデンサが,繋がっていないようです。なるほど,それで低域が出なかったんですね。

 そこで,330Ωに交換する時にちゃんとコンデンサを繋げてやります。

 ここでもう一度通電し測定をしますと,カソード電流は50mAちょっとになりました。EL34にしては少な目ですが,安全なのは事実です。

 さて,オーディオ特性を取ってみると,やはり低域がぐっと伸びて20Hzくらいまで出るようになりました。

 ね,300Hzくらいしか出ない修理になっていることに気が付かないのに,いっちょ前に入力のコンデンサを外してあるんですよ。おかしいですよね。

 さて,一通り電圧と電流を測定し,オーディオ特性も取ったところで,返却前提でヒアリングです。

 ・・・しかし,どうにも音が悪い。長時間聞き続けることが困難なほどです。自作の6V6シングルと交換しても一目瞭然。というか比較しなくても音が悪いとはっきりわかるレベルです。

 気のせいかと思って嫁さんにも聞いてもらいましたが,確かに悪いと。

 原因の1つは,ボリュームでした。音を小さくしたかったので絞って使っていましたが,そのせいで音質の劣化がひどく,加えて左右のギャングエラーも大きいため,これは交換しないといけません。

 それでも,どうも音が良くないのです。なんというか,平面的というか,ボーカルに艶がないというか,ただ音が出ているだけというか・・・ペラペラでどうにも聞いていられません。

 これを真空管アンプの音だといわれてしまうことは,さすがに私にも悲しいものがあります。

 そこで,一念発起です。他人の改造を批判しておいて,自分はさっさと改造するのかという後ろめたさもあるのですが,そこを差し引いてもこの音のアンプをこのまま返してしまうことは,もう罪です。

 改造すると決まったら,それはもう私が良いと思う音質へ向かう道です。私が目指す音になるように,回路の修整を入れていくことになります。

 スピード感よりも滑らかさ,切れ味よりもきめの細やかさ,広帯域より立体感,周波数より位相というのが私の目指すもので,真空管でいえば多極管より三極管です。

 多極管は電力効率はよいけど音質は今ひとつ,一方の三極管は電力効率は悪いのですが,音質は実に豊かで,真空管ならではの音を奏でます。

 多極管というのは,そもそも三極管の電力効率を改善した真空管で,出力が大きく取れる代わりに歪みも多く,音質の劣化があります。ゲインが取れるので大量の負帰還を使って歪率を改善すると,周波数特性などもぐっと改善されて,数字が大幅に良くなるのです。現在の半導体アンプと似たような考え方です。

 三極管は電力効率が悪く,突っ込んだ電力から取り出せる出力が少ないのですが,その代わり音は素直で無理をしていません。歪みも波形の上下が対象に崩れる2次高調波が多く,適度な歪みであればむしろいい音に聞こえるくらいです。

 そして,ゲインが小さいから負帰還をあまりかける事が出来ず,結果として真空管そのものが持つ個性がそのまま出てきます。まさに大吟醸です。

 で,せっかく真空管なんだから,真空管アンプを三極管以外で作るなんてのは愚の骨頂。多極管を大量の負帰還で使うなら,半導体で作るのが一番です。

 てなわけで,改造の方針が出ました。三極管接続です。

 多極管のスクリーングリッドをプレートに直結すると,三極管と同じ特性を示すようになります。もちろん本来の使い方ではないので,その特性は好ましいものではない場合も多いのですが,幸いなことにEL34は昔から三極管接続の音が良いことで知られていますし,メーカーのデータシートにも動作例が出ているくらい,メジャーなものです。

 安全のため,スクリーングリッドを直結せず,100Ωでプレートと繋いでみます。

 結果,プレート電流は65mAに増加しました。かなり増えてしまいましたが,データシートの動作例にも出てくるくらいの値ですし,まあ良いとしましょう。もちろんプレート損失にはまだまだ余裕があります。

 各部の電圧を測定し,オーディオ特性を取ります。

 歪率は悪くなっています。三極管接続にすることでゲインが下がり,負帰還も小さくなったんでしょう。帯域も狭くなっていて,高域は18kHz止まりです。DFも3.5程度とちょっと小さいので,負帰還を増やしてみます。

 帰還率を3.5dBくらいにして再度測定すると,1Wの歪率が0.9%程度になってくれました。高域も20kHzを少し越えるくらいになり,DFも6を越えるようになりました。いい感じです。

 改造前と改造後で2次高調波と3次高調波をそれぞれ比べてみたのですが,改造前は3次高調波が歪みの主成分であったのに対し,改造後は2次高調波が主成分になり,奇数次の高調波がぐっと減りました。

 しかし,3%歪み時の出力にはそれほど変化がなく,4W弱です。これなら実用上三極管接続にしたことのデメリットは表面化しないでしょう。帰還量を変えたので発振していないか気になりましたが,波形を見る限りそれも大丈夫なようです。

 気をよくした私は,小躍りしながらヒアリングに挑みます。

 おー,これはいい,劇的に変わりました。自作の6V6シングルには圧勝,聴き疲れせず,まろやかで,とてもふくよかになりました。立体的で,人の声がとても生々しく聞こえますし,高調波の少ない楽器(オーボエとかフルートとか)も,きちんと奥行きを保って聞こえてきます。

 DFが良くなったことで低域も締まって聞こえますし,他の音を邪魔しません。

 音量を上げてもこの傾向は変わらず,聴き疲れしません。どんどん音量を上げてしまいます。さすがEL34,三極管接続がこれほど良い結果を生むとは。

 ボリュームを交換したおかげでギャングエラーもなくなりましたし,小音量時の音質劣化も減りました。入力のカップリングコンデンサも追加しましたが,これによる音質の劣化はほとんど気が付かないレベルです。

 よし,これでいこう。

 嫁さんにも満を持して聞いてもらいましたが,一発で良くなったことに気が付いてくれました。その後,どういう訳だか睡魔が襲ってきて目が半開きになっていましたが・・・

 これで少しテストを続け,10時間ほど動かして安全性を確認出来たら,返送しようと思います。

 ふと気が付くと,300Bのシングルと同じ傾向の音になっていました。

 やっぱり,製作者の好みに収れんしていくんですね。気に入ってくれるといいんですが。

SPUその後

 SPU#1Eを使うようになってから1ヶ月弱になりますが,当初の「それ程でもない」という消極的な印象から,今はもうこれしかないと言うほどの安心感と安定感を感じて使っています。

 大変素晴らしいです。

 SPUは基本構造と外観はほぼそのままにしながら,時代と共に改良を重ねてきた現役バリバリのカートリッジです。同じ物がただ長く生産されているわけではありません。

 このあたりがDL-103と違うのですが,個人的には素晴らしい音のするDL-103がいつ買っても同じ音を出してくれる安心感に好感を持っていて,このあたりがSPUとは考え方が違うのかなあと思う部分でもあります。

 SPUは1959年の生まれといいますし,1973年頃の雑誌を見ていると,当時の国内での価格は2万円ほど。これってV15やADCのカートリッジと同じ価格帯で,ついでにいうと国産のまともなカートリッジとも似たような価格です。

 今でこそSPUは高級なカートリッジで憧れの的ではありますが,当時はオーディオ用のカートリッジとしては割と普通のクラスのカートリッジだったんだなあと思います。

 そのSPUが世代を経るごとに価格が上がり,現行のモデルでは20万円を越えるものもあります。もっとも,1973年ごろの2万円は今の6万円くらいだそうですので,国産の高級品なら妥当な価格ですし,V15なんかも為替相場を勘案すると納得のいく価格ではあり,SPUが近年高級路線に進んだことがなんとなく見えてきて興味深いです。

 そんなSPUですが,高級なものになってしまったことへのある種の反省からか,6万円弱という価格で販売されたのがSPU#1です。これも現在のSPUの相場から見ると破格の安さに見えますが,もともとのSPUの価格帯を考えると,まあそんなもんかなあというレベルです。

 しかし,10万円を越える価格であることをせっかく定着させたSPUが,こうして安いシリーズで展開するにはいろいろ議論があったはずで,これまでSPUを使った事がない人への「マイファーストSPU」を狙ったSPU#1によって,私などオルトフォンの目論見通り,まんまと憧れだったSPUのオーナーになっています。

 SPU#1のコンセプトは,安価なことから最初のSPUになることでもありましたが,同時に発売当時の音を再現することもあったそうです。

 1959年に良いとされた音が現代の良い音であるはずもなく,それは単なる懐古主義に成り下がるはずだと私などは思ったわけですが,一方でSPUが現在でも高い評価を得ており,基本構造が他社も含めたMCカートリッジの標準になっていることを考えると,すでにこの当時にある程度の完成度と性能を持っていたとも言えるわけで,だからこそコレクターズアイテムとしての復刻版ではなく,最初のSPUとしてSPUを知らない人達に手に取ってもらうことを狙いに出来るのでしょう。

 ということで,私はオリジナルのSPUの音を知りませんが,SPU#1がそれに近いものだとすれば,SPUに定着したその評価を新品で実際に体験する事になるわけで,当時から変わらないGシェルのあの古典的で優美な外観への憧れも後押しして,SPU#1を使いたくて仕方がなくなったというわけです。

 これまでにも書きましたが,SPUは現在の基準で考えると非常に使いにくいカートリッジで,トーンアームも選びますし,針圧も大きくせねばなりません。ハーバーハングも調整出来ないので適合するトーンアームに取り付けないと歪みが増えてしまいますし,針圧をちゃんとかけられないなら,そもそも音を出すことも出来ません。

 オーバーハングについては,私はアルミの放熱器を加工して台座を作りましたが,その後オリジナルの台座も少し削って,15mmよりも少し大きいくらいに調整をすることができました。

 針圧については,セットカラーと呼ばれる安価な工業用の汎用部品からサブウェイトになりそうなものを探し,ステンレス製のものを1200円ほどで調達しました。

 これで技術的な点ではSPUをならす用意が出来たわけですが,最初の印象が「凡庸な音」という印象だったのに対し,聴けば聴くほど楽しくて,以後他のカートリッジに全く交換していません。

 なんといえばいいのでしょうか,のびのびと音が出るようになったと言うか,鋭角ではないのですがリアリティにあふれ,中音域はとても丁寧で艶やか,低音もタイトで密度のある音が前に出てきます。

 特筆すべきは空間の再現性が素晴らしく,ライブ音源などを聴いていると,まるでその場にいるような奥行きを強く感じる事ができます。粒子が細かいというか,情報量が豊富で,同時に線の太さも持っているので,それこそDL-103とV15の良いところを併せ持った感じがします。

 クラシックや少人数のジャズに確かにフィットするとは思いますが,ボーカルものもとても心地よく,ジャンルによる得手不得手ではなく,使う人の好みにマッチするかどうかに尽きるんじゃないかと思うほどです。

 私が買ったカートリッジの中では一番高価なものがこのSPU#1でしたが,それだけの価値は十分にあったと思います。あれこれつまみ食いをするのではなく,最初からこのSPUを手にしておけば,ずっといい音を楽しめたのになあとも思います。

 しかし,他の人に勧められるかといえば,それは全く違います。これほど使いにくいカートリッジはないと思いますし,今どきの音でもなければ,一般にロックやポピュラーに期待される音を再現する力も乏しいと思います。

 やはり,DL-103やV15を使って,その上でSPUを評価しないといけないのかも知れません。

 とまあ,SPU#1があまりに良い結果をもたらしてくれたので,今私がやっていることは,SPU#1を使ってクラシックとジャズのLPを96KHz/24bitで録音して,いつでもその心地よい音を楽しめるようにしておくことです。

 DR-100mk3でせっせと録音をしていますが,その時間が全く苦痛にならず,楽しくて仕方がありません。まさに30年前のカセットにLPレコードをダビングしていた頃の楽しさそのものです。

 アナログオーディオの本質的な楽しさというのは,このあたりにあるんだろうなと再認識しました。
 

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