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オークションで手に入れたPC-6001の修理

 我々兄弟にとって,初代PC-6001とは,まさにマイルストーンともいえる,記念すべきパソコンです。

 私が11歳,弟が9歳の時にやってきたこのマシンは,貧しかった我々家族が迎えた,まさかの高価なオモチャでした。

 種類としてはパソコンであり,コンピュータそのものではありましたが,出来る事はゲームばかりで,そのゲームだってファミコン以下の性能では厳しいものがあり,見た目もオモチャそのもの,

 私が親ならこんなものを買うという決断はしなかったと思います。

 当時,PC-6001mk2が出たばかりで,これが専用のモニターと込みで15万円くらいで売られていたわけですが,一世代前の在庫処分として初代PC-6001は39800円という価格で売られていたのを,父親が新聞広告で見つけて,買い与えようと考えてくれたのです。

 我々兄弟は偏屈ですから,誰もが欲しいと思うはずのPC-6001mk2ではなく,以前から初代機の独特の雰囲気が好きで,父親のこの話に,我慢も妥協もなく,まさに欲しかったそれが,しかも新製品が出てしまった後に新品でやってくることになることに,心底うれしかったことを覚えています。

 はじめてPC-6001がやってきた日のことを,私ははっきりと覚えています。買いに行くとき,買った時,ソフトを選んだとき,電車で帰ってきたとき,家に戻ってきたとき,箱を開けて電源を入れたとき,その時々の記憶がちゃんとあります。

 その後,家のテレビと共用ではなにかと不便ということで,父がどこかから古い14インチのカラーテレビをもらってきて,これを専用にあてがってくれました。PC-6001は色ズレがミソなマシンでしたから,ゲームが最も綺麗に見えるように,調整をしたこともよい思い出です。

 せっかく打ち込んだプログラムが,データレコーダがないがためにきちんとセーブできず,消えてしまうことに業を煮やした我々兄弟は,親に強く専用データレコーダの導入を要望,渋々PC-DR311という安価なデータレコーダを買ってもらい,これでようやく信頼性のある外部記憶装置を我々は手に入れる事ができたのでした。

 以後,お年玉をためてプリンタPC-PR401を購入したところまでで,PC-6001へのハードウェアの投資は終わったのですが,このあとやってくるファミコンとMSXのせいでPC-6001は急激にソフトが出なくなり,我々は寂しい思いをするのでした。

 しかし,PC-6001も末期になると,出てくるソフトの数は少なくとも,非常に良く出来たゲームが多く,ハズレが少なかった印象があります。たしかにmk2専用のソフトもありましたが,一部の例外を除き,私はmk2でないと駄目だと思った事は,ありませんでした。

 「こんにちはマイコン」と同じマシンを手に入れ,BASICでプログラムを作ることが出来るようになり,やがてすべてのコマンドを一通り試すことをやった後,マシン語に踏み出していくわけです。


 そんなPC-6001ですが,弟がX1turboを買ってからは,主役の座を降りることになります。私はそのころ楽器や電子工作に明け暮れており,PC-6001には興味をほとんど失っていましたが,弟はPC-6001での音楽演奏に限界を感じ,当時最高のFM音源を搭載できたX1を選ぶわけで,私と違って弟はパソコンの断絶期間がありません。

 あわれ,使われなくなったPC-6001は,私の餌食となります。弟もそれほど執着していなかったと見えて,私の改造に拒むことはしませんでした。

 PC-6001は,Z-80Bに換装され,クロック6MHzになりました。確かに高速でしたが,それで遊ぶわけでもなく,不細工な穴が筐体に開いてしまうことになりました。

 それから10年ほど経過し,PC-6001は電源部とDRAM,そしてサブCPUが壊れるという満身創痍で,その度に修理をして甦ってきました。その時,オリジナルに戻そうという気持ちが起こり,改造箇所を戻し,開いた穴をパテで塞いで,塗装したのですが,当時の私の塗装技術では,似たような色のつやありスプレーラッカーを,ぼってりと厚ぼったく塗るのが精一杯で,見た目は大変に惨めなものになっていました。

 それが,さらに20年ほど経過し,経年変化でもっとひどくなっているというのです。

 考えていたのは,まず塗装をすべて剥がし,丁寧に色を塗り直すことでしたが,あれだけの大きさですから,塗装を剥がす作業だけでも大変な手間になります。その上で穴を塞ぎますが,パテでふさいでも,いずれへこみが出てくるものです。

 そして先日,オークションをさっと見ていると,故障品のPC-6001が2000円で出ています。私が欲しいのは筐体だけですから,これで十分です。

 あまり人気がないのか,入札者は私だけ。果たして2000円で壊れたPC-6001は我が家にやってきました。

 もっとひどい程度だと覚悟していたし,改造や部品の抜取りも覚悟していたのですが,どこかの会社の備品だったらしく,シールが筐体の上下にまたがるように貼られており,剥がされたり着られたりした形跡もありません。

 どうも分解されたこともないようなもののようです。

 日焼けはすごいです。しかし,ぶつけたり凹んだり,割れたりした部分はなく,汚れている以外はなかなかよさそうな感じです。

 電源を入れてみますが,やはり動きません。電源ランプは点灯するので,まずは一安心です。

 分解していくと,確かに分解された形跡はありません。当時のままのようです。

 PC-6001の持病としてよく知られているのは,電源ラインに入っているタンタルコンデンサの劣化による,ショートです。タンタルコンデンサは壊れるとショートするやっかいなコンデンサで,最近はほとんど使われません。どうしても使わねばならない場合には,使用する電圧の3倍くらいの耐圧のものを選ぶようにし,壊れる事のないように十分なマージンを取るようにします。

 しかし,PC-6001では,12Vの電圧に対し耐圧16Vのものが使われています。これはいけません。このPC-6001も,調べてみると12Vのラインのタンタルコンデンサがショートしていました。

 気持ち悪いので,すべてのタンタルコンデンサを取り除きます。ここでまず電源を入れてみます。パワーオンリセットは不安定でかからないのですが,ここでリセットボタンを押すと,ちゃんと動作することが確認出来ました。

 一部抵抗の一が変わっていたりと,手作業による改修がありますので,比較的初期のものだと思います。ただ,ROMは最初期のEPROM版ではなくマスクROMになっていますし,ICのタイムスタンプも1981年の後半でしたので,私たち兄弟の際後期のものよりは,古いものだと思います。

 実家にある我々のPC-6001をレストアするための部品として手に入れたものですが,基板や電源などの内蔵物は我々のものを使うとして,補修部品として完動品の基板が手に入ったことは安心に繋がります。PC-6001では,汎用品が多く使われていますが,マスクROMやサブCPUは専用品です。マスクROMはどうにかなるとしても,サブCPUは今の私の設備ではお手上げですので,ありがたいです。

 しかし,エミュレータで散々触ることが出来るはずのPC-6001も,20年ぶりに実機を触るととても感激します。この違いはなんなんでしょう。モニタを繋がずとも,PLAY"CDE"としてドレミと音を出させると,いろいろなことを一緒に思い出します。

 あの頃が決して良かったとは言いませんが,あの頃に経験したことは,今の私を作っているという実感があります。これは肯定するべきことだと思います。

 こうなったら,しっかりレストアするしかないでしょう。

 

パナコランの充電仕様解析

 「パナコラン」という変な名前の健康機器,ご存じですか?

 今のパナソニック電工が1989年に発売した,高周波治療器です。肩凝りに効能があるという事で,薬事法に従った形で臨床試験を経て,医療機器として販売されているものです。

 低周波治療器は当時の松下電工やオムロンなど複数社から出ていましたが,この手の高周波治療器は現在に至るまで,この製品が唯一無二の存在でした。

 でした,と過去形なのは,現在は販売されていないからです。

 高周波治療器も,整骨院などで使われる大型のマイクロ波加熱のものは電子レンジと似たようなもので,高周波の電力を患部に当て,深い部分を発熱させて痛みを取ったり血行をよくしたりします。

 パナコランもそういうものかと当時思っていたのですが,どうも違うようです。微弱な9MHzという短波を,体に密着させた機器から長時間照射し続けるというもので,どっちかというとピップエレキバンのような磁気を使ったものに近い感じです。

 臨床試験も行って,肩凝りに効果があると謳っていますから,そこはウソはないのでしょうが,原理が分からずじまいなんだそうで,結果だけを見るとこんな微弱な電波でも,血行が良くなっていることは実験で確かめられているらしいです。

 調べてみると「効果がある」「自分はさっぱりだが嫁さんが手放せないといっている」「再発売しろ」「これがないと生きていけない」と,熱烈なファンがいるようです。

 その,人間をはじめ,およそ生き物は電気と化学で動いています。磁気と電気は表裏一体で,電磁波はその両方で出来るものですから,高周波を体に当ててなんらかの変化が出ることは,十分考え得ることです。

 とはいえ,ここから先が大事なことなのですが,科学的に根拠のない事を宣わったあげくに,効能を過大に語るようなことをすると,これはウソで詐欺になります。単なるオカルトなのか,気分のものなのか,それとも本当に意味があるのかは,個人差があることも考慮に入れて,それぞれが自分の責任で判断すべき事だと思います。

 閑話休題。

 そのパナコランですが,当時から肩凝りがひどく,その対処方法が分からなかった私は,この製品を欲しいと思いました。しかし当時の価格で22000円。大衆は治療器が1万円以下だったことを考えると,やっぱり手が出ません。

 低周波治療器に手を出しましたが,これは結局疲れるだけで,余計にこりがひどくなりますし,電極のメンテが面倒な事もあって,使いこなすまでに至りませんでした。無駄なことをしたと思います。

 そんなこんなで,強い頭痛薬を飲めば肩凝りが楽になることを知り,肩凝りを治すのではなく,上手に付き合う方法を見つけるに至って,その存在を長く忘れていました。

 ですが,12月末の事故以来,しくしくと痛む肩の脱臼を向き合うに,パナコランのことをふと思い出すに至ったわけです。

 使ってみたい,試してみたい,当時は高くてあきらめたけど,今ならなんとか。

 でも,今でも買えるのかどうか?

 一時期販売が止まっていたらしいのですが,昨年までは入手可能な状態でした。ヨドバシでも2014年9月までは販売されていたようです。がっかり。

 しかし,google先生は「交換用の本体ならあるよ」と言ってきます。

 なんじゃそりゃ?

 調べてみると,パナコランというのは500円玉を少し大きくしたくらいの円盤状のもので,これが本体です。この中に電子回路と電池が入っており,充電器にはめ込んで4時間充電してから充電器から取り外すと,2,3日連続動作して9MHzの電波を出し続けるんだそうです。

 ですが,二次電池ですから,充放電を繰り返すとサイクル寿命がいずれ尽きてしまいます。そうなると電池を交換することになるんですが,パナコランは電池交換ができません。

 そこで,大体3年くらいを目安に,本体だけをサービス部品として買い換えて下さい,と言う話なんだそうです。

 そのサービス部品としての本体は1個3500円ほど。これが今でもamazonやヨドバシで買えることが分かったのです。2つで7000円。昨年までの販売価格が11000円でったことを考えると,妥当な値段でしょう。

 とりあえずこれを買えば,念願のパナコランが手に入ることはわかりました。

 しかし,充電はどうするの?

 それは,買ってから考えようという事で,とりあえず2つ注文しました。

 昨日届いたら,早速検討開始です。

 まず,本来の充電器ですが,単三か単四の乾電池で動きます。パナコランをはめ込む丸いくぼみがあり,電極が出ています。使わない時はここにはめ込み,使う時は取り出すと言うのが使い方のようで,はめ込むと勝手に充電開始,取り出すと勝手に電波が出るようになっていて,電源スイッチは本体にも充電器にもついていません。

 もう1つこの充電器には役割があり,電波が出ているかどうかを確かめるチェッカーがついています。パナコラン本体にはLEDがついていて,動作中は点滅します。この状態でチェッカー部に近づけると,ピーとブザーがなるんだそうです。

 どうもこれは,テスト販売の段階で「振動も熱もなく,ただ張り付けているだけの機器が,本当に動作しているのか不安だ」というユーザーの声を反映させたもののようで,なんというか,80年代独特の牧歌的な工夫に思わずニンマリしてしまいます。

 この2つの機能を用意出来れば,私は晴れてパナコランのユーザーになることができます。

 まず最初に簡単な方,電波が出ているかどうかのチェックです。LEDが点滅していれば出ているに違いないのですから,気にしないというのも手です。でも最初は確認したいじゃないですか。

 そこで広帯域受信機の出番です。私の持っているIC-R5は9MHzあたりを受信する力があります。これを使えばいいでしょう。

 問題は充電です。

 充電の制御をどこがやっているのか,充電器側がやっているとして,その制御はどんな風になっているのか,充電電流は?充電完了の検知は?充電時間は?温度管理は?・・・いろいろ考えるべき事があります。

 それ以前の問題として,パナコランの下側にある電極の役割がわかりません。中央に3mm程の丸,その周囲をぐるっと囲うようにしてある金メッキのパターンですが,2極ですから本体と充電器が通信するようなことは,やってないでしょう。

 とにかく,1つ壊してしまうつもりで,本体をこじ開けてみます。パナコランは防水加工されているそうで,フタは協力に接着されています。これを無理にこじ開けると,電池がマウントされた丸い基板が目に入ってきます。

 電池は,他の方の解析記事でVN1616というバナジウム・ニオブ・リチウム二次電池出ある事がわかっています。公称電圧1.5V,容量は8mAhで,ボタン型のNiCd電池を置き換え可能です。

 ただ,これも1993年頃までの資料には記載がありますが,それ以後は全く見かけなくなります。名称もIECに従った命名方法ではありませんし,もう作っていないんじゃないかと思います。1.5Vではちょっと使い道が限られますしね。

 でも,8mAhという容量で丸2日持つというのは結構たいしたものですね。

 ぱっと計算すると,160uA程度の消費電流です。消費電力で言えばわずか250uWですよ。

 1990年頃に,点滅とは言えLEDまで光らせて,よく頑張ったなあと思います。

 逆の見方をすれば,9MHzの電波の出力は絶対に250uW以下でないといけないわけです。実際にはこの何十分の一でしょう。

 さて,この手の電池の充電の場合,マイナス側がGNDに落ちている場合が多いです。とすれば,端子のどちらかがGNDに落ちていますから,電池のマイナス側と端子の間がゼロΩになっている側が,きっとマイナス側です。

 そこまで分かればもう片側にプラスの電圧をかけ,徐々に上げていき,電流を見ていけばいいでしょう。8mAhの容量を4時間で満充電にするのですから,充電電流はざっと2mAです。このくらいの電流になるような定電流回路を作ってやれば,大丈夫そうです。

 ところが,電池のマイナス側と電極の抵抗値をみれば,どちらもゼロΩになります。こまった。電池とこの電極は,どうやら別の回路で繋がっているようです。

 こうなると,もう一か八かで端子に電圧を加えて,電池電圧の上昇を見て判断するしかありません。

 分解して基板だけになったパナコランにリード線をハンダ付けし,端子と電源器の間に電流計,電池の両端には電圧計を取り付け,内側をマイナス,外側をプラスに接続して電圧を上げていきました。

 電圧を少しずつ上げていくと,電流が流れ始め,電池の電圧も上昇し始めました。端子を逆にすると電池電圧も上がりませんので,これはきっと逆でしょう。

 電圧を上げていくと,3.7Vくらいで急に3mA程の電流が流れ,そこから先は電圧を上げても変化しません。電池の電圧もグングン上がっていきますが,本体に流れ込む電流は3mAのままです。

 ということは,充電回路は本体に入っているということですね。充電器は,特になにもせず,ただ電源を供給するだけの役割をしているということでしょう。

 パナコランの説明書によると,充電は電池電圧と時間で監視しているとありますので,電池が内蔵されていて外から見えないなら,電池電圧の監視も本体内部でやっていることは間違いないです。

 ただ,安全回路としてのタイマーくらいは,充電器側に入っているかも知れません。

 こうして10分ほど充電して,電源を外すと,本体のLEDが点滅を始めます。おお,動いているようです。

 さらに充電を続けて電池電圧を監視します。1時間半ほど充電すると電池電圧が1.8Vくらいになりました。ここで取り外し,IC-R5で電波を見てみますが,私のパナコランは8.25MHz付近の電波を出していることがわかりました。1kHz程度の音声を連続で変調してあり,LEDが点灯するタイミングの時だけぽつっと電波が止まります。

 ここで,もう1つの分解しなかったパナコランを取り出し,充電するための工作をします。

 本体を開けたりハンダ付けするのはもう嫌なので,あたりを見回しホルダーの様なものを作る材料を探してみます。

 あったあった,割り箸の末端部です。ここをパナコランの裏側のくぼみにはまるくらいの長さに切り,ねじって固定です。このくぼみは真円ではなく,一部が切り欠いてありますので,ここに引っかけるわけですね。

 割り箸には,電極にあたる部分に穴を開け,直径3mmの銅で出来たバネを埋め込みます。これにリードをハンダ付けして固定し,完成です。作業時間10分です。

 早速試してみると,うまくいきました。電源器の出力は4.5V,本体に流れる電流は2.9mAと少し小さめですが,大丈夫そうです。

 充電を始めた時刻が22時だったので,4時間後はもう寝ていますから充電停止が本当に起こるのかわかりません。もし止まらなかったら壊れてしまいますが,大丈夫とふんで,充電したまま寝ます。

 朝起きると,ちゃんと充電は止まっていました。成功です。

 とまあ,こんな感じで充電出来たパナコランを早速脱臼した部分に張り付けて寝たのですが,朝起きても特に良くもなく,悪くもなく,何も変わっていないという感じです。

 劇的に良くなっているなど,過度な期待はしていませんでしたが,もうちょっとなにか変化があったら良かったのになと思いました。そもそも,肩凝りの効能はあっても,それ以外は未確認というのがメーカーの立場ですので,脱臼の痛みが取れることは,最初から無理なのかも知れませんし。

 だとすれば,普通の肩凝りがどのくらい改善するかを確かめる必要がありますね。今夜試して見ましょう。

 と,ここまで考えて1つ気が付きました。

 充電器に入れておくと,満充電後に充電が止まります。充電器から外せばすぐに動作を開始し,2,3日で電池が切れるんですね。

 ということは,外して置いておくことは出来ません。充電器にセットし,かつ電圧が本体にかかった状態を維持しないといけないのです。

 私の手元のパナコランは2個。割り箸を加工して作った充電の治具は1つ。しかも電源器から電源を入れなければならず,はめにくくて面倒です。

 これでは不便です。使いたい時には満充電の状態でさっと使いたいわけですからね。

 そう考えると,パナコランの充電器というのは,なかなか良く出来ていて,あれは電気回路は簡単でも,収納と取り出しが簡単にできるようなものになっているんですね。まさかメカ的な理由で「必須」になっているとは,思いもよりませんでした。

 ここは,割り箸を加工してもう1つ同じ物をつくってしのぎ,乾電池を繋いでしのぎ,そのうちにちゃんとした充電器を作るか,オークションあたりで充電器だけを落札できるようにしてみましょう。

 いずれにせよ,パナコランを手に入れるのになかなか手間がかかってしまったので,なんらかの効果があって欲しいなと,思います。もうちょっと試して見ましょう。

NAMM2015雑感

 恒例のNAMMのレポートを見ると,年が明けたことを実感するのですが,ハードシンセが今ひとつ元気のない昨今においても,毎回毎回面白い情報を耳にしますし,そこからいろいろ考えさせられるきっかけになっています。

 ということで,少々今年のNAMMショーに雑感を。

・JD-Xi

 ローランドは昨年,創業者と新社長との間ですったもんだがあり,音楽業界のみならず経済紙でもその泥仕合っぷりが採り上げられたわけですが,新体制になったことで,良く方面での影響が出てきているように思います。

 よくよく考えてみると,ローランドは非常に保守的な体質で,音源の進歩も新しいコンセプトの提案もきちんとやっているメーカーではありましたが,変えない所は絶対に変えない,譲らないところは絶対に譲らないという,頑固なメーカーでもありました。

 そこが,ローランドの好きなマニアには忠誠心を誓うに値する姿勢であったわけですが,一方で他社を受け入れない壁にもなっていたと思います。

 例えば,ミニ鍵盤。例えば,ピッチベンドホイール。

 ローランドには,この2つを搭載したモデルは過去にありません。それがローランドのアイデンティティと解釈されていた節もありますが,そこにこだわっているローランドに好感を持つ人が,どれほどいたかと思うのです。

 ということで,ローランドが今回のNAMMで発表したJD-Xiは,それまでのローランドがやらなかった3つのチャレンジをやってくれました。

 1つはミニ鍵盤。KORGもYAMAHAもやっているミニ鍵盤を,ローランドはこれまで一度もやったことがありません。ショルダーキーボードでも,DTM用の鍵盤でも,一貫して標準鍵盤でした。

 しかし,よいミニ鍵盤なら問題ないという前例をKORGが作ったことで,ミニ鍵盤に対するアレルギーが,プレイヤー側からも消えつつあるように思います。そうなると,標準鍵盤にこだわるのは損なわけです。

 次にピッチベンドホイール。ローランドは30年以上前から,独自形状のスティック型のピッチベンダーを採用し続けていました。ジョイスティックという人もいますが,ローランドのものは下方向に動きませんので,三方向のジョイスティックというのが正しいでしょう。

 これも,最初は左右だけの「レバー」だったのですが,上方向にモジュレーションを割り当てたことで,ローランド独自になりました。私はこれでないと,自由に演奏出来ないのですが,世の中はピッチベンドとモジュレーションは別々のホイールになっているのが普通です。

 JD-Xiでローランドがこの2つのホイールを搭載したことが,私には一番驚きでした。ユーザーインターフェースを変えることは良くないという姿勢に好感を持つ人もおいと思いますが,同時にマジョリティに受け入れられる必要性もあるわけです。

 最後に,アナログへの回帰です。ローランドは,これも頑なに,アナログへの回帰を拒んできました。もちろんアナログモデリングはやっていますが,昔のシンセの復刻には非常に慎重で,触ってみると「ああJupiterだな」と思うことがあっても,そこをJupiterの復刻とは言わないメーカーでした。

 Jpuiter-80だって,見た目はJupiter-8っぽいですが,音はそんなことはないし,多機能で今風の音がする,Jupiterとは違うシンセです。Jupiterの復刻を願う人からは「なんか違う」といわれ,最新のシンセを期待する人からは「今さらJupiterか」とそっぽを向かれるわけで,この不遇な感じは直視できないものがありました。

 しかし,ARIAでTR-808やSystem100を「復刻」してしまった以上,もう怖いものはなくなったのでしょうね。一気に突き抜けて,本物のアナログシンセを内蔵してしまいました。

 ただ,どうも見ている限り,1VCOのモノフォニックのようなので,どこまで本気で使えるのかわかりません。

 そして,5万円という価格も,ローランドが初めて狙っていくところじゃないかと思います。

 個人的には,いつものローランドらしく,がっかりな部分があって,あまり欲しいと思いません。

 ミニ鍵盤,安いこと,SuperNATURALシンセ音源など,魅力的な部分もありますが,4パートというのがもう致命的です。しかもこのうちアナログ音源が1パート,リズムトラックが1パートなので,ポリシンセのパートは2つしかありません。せっかくシンセパートで64ポリなのに,もったいないと思います。

 これでポリシンセのパートが4つ,アナログとリズムで1パートずつの合計6パートあると,ちょっとしたDTMにも使えるので,予約して購入していたかもしれません。残念です。


・Prophet-6

 Prophet-5じゃないですよ。Prophet-6です。

 Prophet-5の生みの親であるDave Smithさんが世に問う,Prophet-5の復刻モデルとも言うべき最新作がProphet-6です。名前の通り6ポリのアナログシンセで,見た目もProphet-5によく似ています。

 驚いたのは,「SEQUENTIAL CIRCUTS」のあのロゴが入っていることです。

 実は,Dave Smithさんが立ち上げたSequential Circuitsは,1980年代後半にYAMAHAに買収されていて,その商標もロゴもYAMAHAが所有しています。だから,これがいかにDave Smithさんといえど,勝手に使う事はできないはずです。

 この話,ホントかどうかわかりませんが,小耳に挟んだエピソードとして,今から2年前の2013年に,MIDIでの貢献が認められて,ローランドの創業者である梯郁太郎さんと,Dave Smithさんがグラミー賞を受賞したことで,両者の親交がスタートし,これが縁で梯さんがYAMAHAとDave Smithさんを仲介して,本来の持ち主の所にロゴが戻ったという話です。

 梯さんは体調もあまり良くないようで,その上ローランドでのトラブルもあったりして,辛い時を過ごされたのではないかと思っていましたが,それでもこうして彼らしい活動を通じ,また1つシンセサイザーの世界に貢献をされたことを,私はいいことだなあと感じました。


・YAMAHA

 ヤマハは,今年はNAMMでシンセサイザーの新製品の展示はなかったようなのですが,しかしながら今年はYAMAHAにとってシンセサイザー発売40周年のメモリアルイヤーです。

 新製品がないなかで,ちょっと寂しいのですが,この40年を振り返るスペシャルコーナーが出ていたそうです。

 現地でCS80なんかを見た人を羨ましいとは思いますが,実はYAMAHAのサイトにある特設コーナーが大変素晴らしく,読み応えがありますのでおすすめしておきます。

 この手の公式サイトにある「~周年記念コンテンツ」なんてのは,当たり障りのないことをならべては「画期的でした」なんて宣うものなのですが,YAMAHAのそれは違います。

 大変客観的で,また貴重な情報や裏話なども満載です。時代背景を当時の記録と正確な数字で追いかけている部分もあり,大変にリアリティがあります。

 初めて見る開発中の写真,当時のカタログなども大変面白いですし,普通なら触れることもないペダルなどの小物や,シンセではない電気ピアノにまで言及するなど,とてもワクワクしながら読ませて頂きました。

 なかでもびっくりしたのは,1990年代から2000年代の不調っぷりを,あまりに正直に認めていることです。

 YAMAHAはDX7で大ヒットを飛ばし,音楽と楽器の世界を変えました。その後SY77がまではシンセサイザーを牽引するメーカーだったわけですが,その後はMOTIFシリーズが登場するまで,あまりぱっとしないメーカーだったのですが,これをきちんと書いているのですね。

 いわく,最新の音源への挑戦は続けていたが売れなかった,とても厳しい時代だったと振り返っています。そうそう,為替相場の変化やバブル崩壊後の経済状態にも言及しています。日本では中級機種だったものが,為替相場の影響で海外では高級機になってしまい,狙ったユーザーに届かないということが起きたと書いてあるあたり,当時の日本のメーカーの忸怩たる思いが伝わってきます。

 また,物理モデリングシンセサイザーの記念碑的存在あるVL1については,鍵盤を押さえただけでは音が出ないなど,演奏者に特別な技術を要求したこともあり,一般化しなかったと,その失敗を振り返っています。

 概ね,こういう場合は書かないか,書いてももう少しマイルドに書くものだと思います。VL1なんか商業的には失敗だったが製品としては大成功だったとか,そういう風に書いても許されると思うのですが,演奏者にそっぽを向かれたと書いてしまうのは,あまりに正直過ぎるなあと思ったわけです。

 これについては,VL1に対する愛情のようなものが散見されるので,読む方もほっとするわけですけど,40年の歴史を「栄光」だけではなく「挫折」や「失敗」でも振り返る事ができるというのは,とても真摯で素晴らしいと思いました。

 みなさんも,是非読んでみて下さい。


 というわけで,NAMMショーに関連して,いくつか思った事を書きました。ARP ODESSEYが復刻とか,当たり前過ぎる話はすでにご存じと思いますが,毎年毎年,なにかしら面白い話が出てくるのがNAMMのいいところだなあと思います。

 

なぜか年末恒例のポケコンメンテ

 年末の冬休みになると,特に決めたわけでもないのに,私の古いコンピュータのメンテをついつい始めてしまいます。

 動態保存してあるHC-20やPC-8201,X-07といったハンドヘルド型や各種ポケコンの電池が切れているかどうかを確認することをふと思い出すからですが,これらに使っているニッケル水素電池の再充電(エネループだから出来る技ですね)をして,また向こう1年頑張ってもらおうと,せっせと充電を始めるわけです。

 久々に手にとって電源を入れたマシンがそのまま問題なく動くかどうかはまさに神のみぞ知る,です。

・HC-20

 HC-20はエネループで動くように改造してありますが,電池の消費は非常に少なく,バッテリーバックアップ時の電流を気にして検討した成果が出ています。プリンタも問題なく動き,なにも問題はないように思うのですが,やはりLCDが劣化しています。

 オリジナルのLCDは表側の偏光フィルムがひび割れていたので交換したのですが,交換したものも歪んで波打っています。コントラストも下がっているので見にくいです。

 その上,裏側の偏光フィルムも劣化しているようですし,反射フィルムも浮きが出て大きな気泡が所々にあります。

 幸い液晶そのものには問題がなさそうなので修理は今回は見送りますが,こういうフィルムなどの材料は確実に劣化しますので,どうしたものかなと思います。


・PC-8201

 PC-8201は全く問題なし。電池の消費も少ないですし,機能も問題なし。LCDも劣化していません。よく頑張っています。びっくりしたのは,時計が数秒レベルでしか狂っていなかったことです。


・PC-2001

 PC-2001も同様で,全く問題ありません。


・PC-1245

 中学生の時に購入した,今も仕事で使っているものはすでにLCDがほとんど見えなくなってしまったのですが,予備に購入した程度のいいPC-1245でも,思った以上にLCDの劣化が進んでいました。

 寒かったからというのもありますが,1/3程黒くなっています。これはまずいです。
電池の液漏れも心配だったので,電池は抜いておきました。


・PC-1246

 今回ショックだったのは,PC-1246のLCDも劣化が始まっていたことです。1980年代後半生まれのモデルでさえ,同じような劣化が起こるというのはとても衝撃的な事実で,結局シャープのポケコンのLCDは生産時期にかかわらず,生産されてからの時間で劣化が起こるという覚悟をしなければならなくなりました。

 ただ,この劣化は1980年代前半のモデルの劣化とはちょっと違っていて,画面の端っこからくっきりとした黒い模様が出ています。ぼやーっと滑らかなグラデーションを描いている劣化とはちょっと違うものだと思いたいです。

 LCDの劣化は自分では修理するのが難しいですし,部品の交換も現実的には不可能ということもあり,頭の痛い問題です。


・PC-1445

 うちで一番強力なPC-1200系列のマシンですが,電池が切れていたことを除けば問題なしです。程度もいいですし,これを常用機にすることもちょっと考えたいくらいです。


・VX-4

 うちで唯一のカシオ機ですが,これが購入後はじめて電池切れになりました。エネループがはじめて取り出されることになりましたが,メモリのバックアップは完璧ですし,さすがこのあたりはカシオです。

 電池を充電してやると,元のように快適に動作します。全く問題なし。


・PC-E500

 メモリを増設した改造モデルと,オリジナルと保ったモデルの2台を持っていますが,電池のの消費が激しく,どちらも単4ということもあって,電池を抜いていました。

 先日,単4のエネループを買ってメモリ増設モデルに入れる事にしましたが,問題なく動作しました。ちょっとうれしいですね。これも随分手間をかけて遊んだなあ。


・PC-E200

 VX-4の電池が切れていたので,PC-E200も念のため再充電することにします。動作は全く問題なし。劣化もありません。

 ところで,PC-E200は私が昨年購入したPC-G850VSの始祖にあたるモデルなんですよね。PC-G850VSの方がLCDも見やすいし,キーも押しやすいのですが,ポケコンらしい仕組み,例えば電池交換時にメモリーを保護する機能とか,メモリーの増設が出来るとか,豊富なオプションがあったりとか,そういうものが省かれているのですね。

 そもそも,PC-E200もそうでしたが,PC-G850VSも学校教育用のマシンですから,ビジネス用途を目指したそれまでのポケコンとはシステム拡張性やデータ保護の仕組みに違いがあって当然なのですが,ポケコンらしい独自機能でもあるので,ちょっと残念な気がします。


・MC-2200とPC-1210

 これはもうLCDが完全にだめになっているので,最初からあきらめています。


・PC-1600K

 これも問題なし。電池は完全になくなっていましたが,充電すると元通りです。

 しかし,PC-1600Kはスタンバイ電流の消費が多いなあと思います。メモリ増設のせいでそうなったのかも知れませんが,いずれにしてもこれだと常用するのは厳しいように思います。


・X-07

 さて,今回大問題になったのはキヤノンのX-07です。

 動作の確認を始めてみると,電池は切れていませんし,基本動作に問題はないのですが,LCDのドット欠けがさらにひどくなっています。以前ここにも書きましたが,これはLCDそのものの劣化と言うよりは,LCDドライバに問題あるようで,ある法則をもってドットが欠けます。

 LSIの駆動電圧を上げるとドット欠けがなくなっていくこともこの根拠の1つですが,突き詰めて考えるとLSIの劣化ですから,いずれ壊れて動かなくなってしまうと思います。

 それで,ドット欠けが少なくなるような出来るだけ低い電圧で動かしていたのですが,それでも派手に欠けるようになって来たところをみると,劣化が着実に進行していることをうかがわせます。

 LSIの絶対定格を越えてしまうと,新品のLSIでもジワジワ壊れていくものですからさすがにまずいと思いましたが,ドット欠けがある状態でこのまま劣化が進行してももったいないですから,絶対定格ギリギリでドット欠けを減らす方法を検討することにしました。

 電圧を定格の5Vの10%増しである5.5Vを上限とし,調整を試みます。5.45Vあたりだとかなりドット欠けがなくなります。これ以上にしても減りません。ならもうこれでいきましょう。

 調整を終えて蓋を閉めようと思ったところでトラブル発生。起動しなくなりました。いやー,やってしまいました。そういえば前回もこのパターンで壊してしまったんですよね。

 いろいろ調べてみたのですが,どうも下ケースに重なっている2枚の基板間をつなぐ,2つのフレキが切れてしまったようです。

 このフレキとコネクタは元々電池の激しい液漏れで劣化があり,なんとか騙し騙し使っていたものです。18本が1つと34本が1つで,主にバス関係が通っています。

 フレキを触ると起動したりするので,疑わしい18本のフレキを,フラットケーブルの直づけにします。しかし動かず。テスターで調べると34本のフレキも断線が複数あるようです。

 34本かあ・・・悩んでいても仕方がないので,今どきPCの自作でも使わないような太いフラットケーブルを剥いて,ハンダ付けです。いやはや,これだけハンダ付けをやったのは久々ですね。

 作業が終わって試して見ると,とりあえず起動はします。これでもう閉じようと思っていたのですが,あろうことか電源部分が何かに触れてショートしたらしく,焦げ臭い臭いがします。その後動作は急激に不安定になりました。

 慌てましたが,どうもシリアルポートのレベルコンバータ用にトランジスタのベースに電源が触れてしまい,これが壊れたようです。なんで動作が不安定になったのかはわかりませんが,とりあえずこれを交換。なんとか元通りです。

 さて,今度こそ閉じようと思ったら,また動かなくなりました。今度は完全にだんまりです,いよいよ死んだか!と慌てましたが,調べてみると上ケースと下ケースのそれぞれの基板を繋ぐフラットケーブルが断線していて,これを直すと動作するようになりました。

 本当にこれで終了だ,と思っていたら,電池が減っていないのにLowBatteryが出るという問題が発覚。調べてみると2つ理由があり,1つはフレキをフラットケーブルに交換した際に基板のパターンを切ってしまっていて,電池電圧が検出回路に行ってなかったこと。もう1つは電圧を上げたことで,検出電圧も変わってしまった事です。

 前者は配線を修復,後者は検出回路の抵抗を調整して,電池電圧が4V付近になったら警告が出るようにしました。

 これでようやく終了です。延べ6時間ほど,苦労しました。

 しかし,もうこれ以上壊れたら,修理出来ないんじゃないかと思います。LCDドライバの劣化も進んでいて,いつ動かなくなってもおかしくありませんし,LCDそのものも反射フィルムが浮き上がっていて,非常に見にくくなっています。

 いつまで動くかわからないものに時間をかけるのももったいないと思ったのですが,40ピンのDIPという大型パッケージに入った,稀少品種であるZ80互換CPUのNSC800を見ると,やっぱりなんとかしようと思って頑張りました。

 ということで,久々に時間をかけてメンテをしました。以前に比べて興味を失っていたこともあり,最初はちょっとうんざり気味だったのですが,修理や改造をした時のことを思い出すにつれ,いつの間にかのめり込んでいる自分に気が付きました。

 これらを何かの実用に使おうと思ったりもしていますが,それもちょっとどうかなあという感じです。

 あ,PC-G850VSにS-OS SWORDがあったりするんですね。これはすごい。RAMが32kBしかないことや,外部記憶装置が使えないこともあり,S-OSを100%使い切れませんが,Z80を搭載するマシンならではの使い道に,ちょっと心が動いています。

 

Yosemite移行メモ

 私は2つのMacを使っているのですが,10月にリリースされたOS X 10.10 Yosemiteへの移行がようやく完了しました。

 メールなど日々の生活マシンとして使っているmacBookAir(Late2010)はリリース直後にアップデートしました。これはほとんど標準設定のまま使っていますし,サードパーティのアプリケーションもほとんど入っていないので,新しいOSの導入にはぴったりです。

 見た目が結構代わり,最初は慣れないなあと思っていましたが,特に大きなトラブルもなく移行完了。体感速度は概ね変わらず,メールに限ってはやや遅くなったかなという印象を持ちました。

 むしろ。音量の調整時にビープが鳴らないという謎仕様のために,どんな大きさに設定されたのかが分からないという使いにくさが起きています。

 とはいえ,最新のOSにしておく事はセキュリティ上も有益でしょうし(必ずしもそうとは言い切れないのが辛いですが),Macは仕様が変わっても,結局何だかんだで慣れてしまって,それが最善と認識するようになりますから,そこはあまりいじになっても仕方がありません。

 ということで,ぼつぼつリリースから1ヶ月経過し,Yosemiteの1回目のアップデートが出たことをきっかけに,もう1つのMacであるMacBookPro(Early2008)もYosemiteに移行させようと考えました。

 このマシンを購入して,もう6年が経過しているんですね。それでも,うちでは創造用のマシンとして,写真の現像や印刷,自炊やプログラミングなどで,たくさんのデータを作り出しているワークステーションです。

 なので,基本的にサードパーティのハードとソフトで武装されたマシンゆえに,OSのアップデートは相当のリスクと引き替えです。

 このままYosemiteに移行しないということも考えましたが,次第にYosemiteのUIに慣れてしまうと,どうも古くさく見えてしまうのですね。これが移行の最大の理由になっているとは,なんだか私も後ろ向きになったものです。


 以下は,Yosemiteへの移行に際して,やったことのメモです。

・各種ソフトのアップデート

 ScanSnapManager,Lightroom5,ATOK2013などは,さっさと最新版にアップデートしておきます。これらは一応公式にYosemiteでの動作を保証しています。


・OSのアップデート

 MacBookAirのアップデート時に,インストーラを残してあったのですが,今回はこれをそのままアプリケーションフォルダにいれて,起動することにしました。

 おそらくトータルで30分程度で,アップデートが完了し,問題なくYosemiteでMacBookProが起動しました。特に問題もありません。あっけないですね。しかも,ディスクの空き領域が10GBほど増えています。256GBしかないSSDですから,空きが70GBもあると随分助かります。

 すぐに先日出たばかりのアップデートをかけて,再起動します。一応これで安定して動いているのですが,触った感じでは体感速度が上がっています。サクサク動くようになり,とても快適です。

 フォントも代わり,涼しげですし,とても洗練されている印象も手伝って,MacBookAirでのYosemiteとは随分違った感覚です。うん,楽しい。

 ところで,RAW互換アップデートの6.01が,何度インストールしても「アップデート出来ます」となってしまうので,困りました。

 再起動するとそれも止まって,ちゃんとアップデートされたことになっているのですが,履歴を見ると何度もアップデートしたことになってしまっており,気持ち悪いです。


・USB3.0カード

 一番の心配事は,ExpressCard34に差し込んで使っているUSB3.0カードの対応です。OSが変わると,こういう野良ドライバは当然サポート外になるわけで,もし使えなくなったらどうしよう,もし不安定になったらどうしようと,不安はつきません。若いときはむしろ「うおお。燃えてきたぜ」と徹夜をする元気もあったのですが,今はそんなことをすると,寿命が縮むだけでなんの特にもならないと悟り,自粛しています。

 もしかして,OS標準ドライバでGenericなUSB3,0がサポートされたかもしれないと淡い期待をかけて,標準の状態でカードを差し込むと,メニューバーにカードのアイコンが現れて,認識はしているようです。

 おお,脈ありです。しかし油断は禁物。カードリーダを繋いで見ますが,どうも認識していない様子。SDカードを差し込んでみると,本当なら点灯すべきLEDが消えてままで,マウントもしません。

 どういうことが起こっているかはわかりませんが,目の前の状況だけで判断すれば,これは使えません。

 この後,強制的にカードリーダを外すと怒られましたので,もしかしたらどっかにマウントしていたのかもしれませんが,やっぱり前回と同じ手順で,きちんと対応しておくことにします。

 で,前回どうしたかなと調べてみると,MultiBeastを使っていました。結局これが一番安定し,しかも導入もとても簡単だったのです。

 Yosemiteももう1ヶ月ですから,すでに対応版がでているだろうと探してみると,あっけなく最新版が出てきました。バージョンは7.02で,これがYosemite対応版です。

 難しい事を考えずに,GenericのUSB3.0ドライバをビルド&インストール。再起動すれば何事もなかったように,USB3.0を認識し,カードリーダに刺さったSDカードもマウントしました。これでよし。転送速度の変化は後日調べてみましょう。


・SSDのTrim

 内蔵した256GBのSSDはSanDiskのもので,当然非純正です。Appleの悪い習慣として,非純正品のサポートがないということなのですが,SSDのTrimようなものでさえも,わざわざOSが非純正品を検出して無効にしてしまいます。

 そこでこれを有効にするアプリケーションを使うのですが,このTrimEnablerもYosemiteに対応するかどうかが心配でした。結論から言うと,大丈夫。

 Yosemiteにアップデートする時に,TrimEnablerが「非互換」のアプリケーションとして隔離されたおかげでTrimが無効になってくれました。

 もし,TrimEnablerが最新のものになっていて,Yosemiteで互換になっていたら,そのままTrimが有効になっていたでしょう。なにが問題かというと,その場合にOSが起動しなくなるというトラブルが出ていたらしいのです。

 こうなるとPRAMのクリアなどをせねばならなくなるそうで,なかなか大変だったのですが,私の場合はTrimEnablerのアップデートをサボったことで,結果として問題に遭遇せずにすみました。

 Yosemiteが動き始めてからTrimEnablerをアップデート,改めてTrimを有効にしました。これで問題なしです。


・Java SE ランタイムのインストール

 個人的にはJavaのランタイムなど入れたくないのですが,PhotoshopCS5が起動しなくなったので,入れる事にします。

 Lightroom5で間に合っているので,もうCS5なんか動かすこともほとんどないのですが,こういうのって急に必要になったりするものなので,動くものなら準備はしておきたいです。

 ところが,インストールを促すダイアログのリンク先が切れているようで,探さねばなりません。

 さっと調べてみると,やっぱりYosemite用のJava SEのラインタイムが新規にリリースされているわけではないようで,仕方がないのでとりあえず最新のものをAppleのサイトからダウンロードしてインストールしました。

 結果としてCS5は無事に起動し,使えるようになりました。


・その他の細々としたこと

 私の場合,OSがユーザー向けに用意するデフォルトのフォルダをすべて英語表記に変えています。日本語表記ですむならその方がいいのですが,私の場合フォルダを探してダブルクリックではなく,フォルダの先頭の文字を入力してcmd+Oなので,日本語表記は困るのです。

 この方法は10.6あたりからずっと変わらず,今回も基本的には同じ手順で可能でした。一部フォルダの名前が変わっていましたが,それはまあ大したことではありません。

 
 これでYosemiteへの移行が完了しました。予想に反して,MacBookProでの動作が快適で,これでまたマシンの買い換えが遠のいてしまいました。

 実際にはカードリーダからRAWデータを読み出し,Lightroom5で現像して印刷というワークフローが完全に成立していることを確認しないといけませんし,turbo264HDもScanSnapもちゃんと動いていることを確かめないといけません。この2つは変換を行うものですから,変換後のデータがもし不完全だったら,取り返しのつかないことになりかねません。

 個人的な印象では,Yosemiteはセキュリティ強化がテーマになっている感じです。これまで攻撃対象から外されていたMacが脅威に晒されることがふえたことで,OS Xも徐々にWindowsのような窮屈さを持つようになってきました。

 確かにiPhoneとの連携など,新しい機能の追加はありますが,OS Xを使っている人すべてが享受できる新機能ではないだけに,今のAppleの,特にMacへの向き合い方がよく分かるアップデートだったと感じました。

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