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2006年09月06日の記事は以下のとおりです。

苦渋のナイコン時代

 棒巨大掲示板を見ていたら,うるっときた良スレがありました。

 「苦渋のナイコン時代」っていうんですが,同じ時代を生きていた人が共有する体験が,大なり小なり感動を呼ぶというのは,私も歳を取ったということでしょうか。

 私がマイコン,パソコンを知ったのは,小学校の5年生ごろだったと思います。「こんにちはマイコン」というマンガが新刊で出たところを,母が務めていた本屋さんで見つけて購入したのがきっかけで,つまり私にとってはこのマンガで取り上げられていたPC-6001がマイコンのすべてでした。

 ああ,マイコンというのは「マイクロコンピュータ」の略で,当時はパソコンと同じ意味で使われていました。大型汎用機->ミニコンピュータ->マイクロコンピュータという流れで,机の上に載るコンピュータを総称していました。

 「こんにちはマイコン」がでたのは1982年だったか,確かそんなもんだったかと思うのですが,それまで私は「コンピュータ」を個人で持つなどとは考えも及ばず,もちろんその必要性だって感じてはいませんでした。

 当時はゲームウォッチが全盛,カセットビジョンに代表されるテレビゲームもよく知られていましたが,それがコンピュータによるものだとは,ほとんど意識してはいませんでした。そういう時代だったんです。

 1982年頃は,第2次パソコンブームと呼ばれるブームの中盤にあたり,雨後の竹の子のように様々なパソコンが各社から登場した時期です。コアなマニアだけが情報を交換していた世界から,テレビや雑誌,広告にも登場して一般にも認知が始まった時期でした。

  第1次パソコンブームは1976年頃から1980年頃までの,
  主に電子工作好きやアマチュア無線家が部品をハンダ付けして
  自作したころのブームで,メーカー製のマイコンなどは
  ないに等しく,唯一無二の存在だったApple][は,軽自動車が
  買えてしまうほどの高価な代物だったのです。
  第2次パソコンブームはPC-8001の発売された1979年頃から
  1986年頃までで,各社が独自の8ビットパソコンを販売して
  いた時代です。PC-9801がホビーにも使われる1987年頃に
  このブームは終演します。
  第3次パソコンブームはPC-9801とX68000,FM-TOWNSの3つが
  覇権を競った1987年頃から1994年頃までで,それ以降は
  AT互換機とWindowsの時代です。

 まんまとパソコンの存在を知り,BASIC言語でこれを操るというこれまでに考えた事もない世界の扉を開けてしまった私は,直後からいくつかの出来事に出くわしてその興味をさらに深めていきます。

 まず,当時読んでいた「子供の科学」という雑誌に,松下のJR-100を使ったパソコン講座がスタート,同時に広告が載るようになります。食料品の調達場所と考えていた近所のスーパーのおもちゃ売り場に「ぴゅう太」が展示されたこと,「月刊マイコン」を1冊だけ買ってみたこと,「マイコンBASICマガジン」を買うようになったこと,「初歩のラジオ」でもパソコンが取り上げられるようになりました。

 そんなこんなで,その年カシオからPB-100というBASICが走るポケコンが登場します。14800円。貧乏だった私の家でも,これなら買ってもらえるかも知れないと,毎日広告を眺めては「その日」が来るのを待っていました。

 が,そうは問屋が卸しません。結局PB-100を手に入れることはありませんでした。

 そうしているうち,1983年には,なんと隣町のスーパーに大規模なパソコンコーナーが誕生して,各社のパソコンがずらーっと並んで自由にさわれるようになったのです。

 学校が終わるといの一番に自転車で片道20分以上かけてパソコンをさわりに行きました。閉店の7時近くまで毎日いたような気がします。

 専門店を遙かにしのいでいた展示品をざっと思い出すと,PC-8001mk2,FM-7,MZ-700,MZ-2000,MZ-1200,MZ-80B,X1,MZ-3500,MULTI8,ベーシックマスターL3mark5,FP-1100という感じでしたね。その後PASOPIA7やMZ-2200,MZ-1500,FM-NEW7やPC-6601,PC-6001mk2,PC-8801mk2,PC-9801F2,S1など,最新の機種が続々展示されるようになりました。黄金時代ですね,まさにこのころは。MSXが出てくると展示スペースが必要になり,同じようなマシンが並んだ代わりに,個性の強いマシン達は展示から外れていきました。MZやベーシックマスター,PASOPIAとの別れは,この時代の収束を示唆するものでした。

 その後「こんにちはマイコン」の第2巻が発売され,ほぼ同時にPC-6001はPC-6001mk2に世代交代を果たします。隣町のスーパーにもPC-6001mk2が入り,散々触るようになっていました。

 両親がそんな私を見てどう思ったかは知りませんが,PC-6001mk2と専用ディスプレイのセットだけでも15万円以上ですから,おいそれと買い与えることは不可能です。私としてはPB-100で十分だったのですが,特に父親がPC-6001という名前を覚えていたらしく,型落ちで39800円に値下がりした処分品が新聞広告に出ているのを見つけて,我々兄弟に話をしてくれました。

 39800円のPC-6001ならすぐに買ってやらぬでもない。しかしmk2が出ているのに型落ちを買ってしまって,結局使い物にならないということがあったらもったいないから,その辺はよく考えておくように,ということでしたが,我々の兄弟はぶれることなく,むしろ型落ちの初代PC-6001がいいという結論に達しました。

 mk2が出ても,mk2専用のソフトは出る気配がなく,膨大な初代ユーザーを切り捨てることはしばらく考えられなかったのです。それが39800円ですから,お買い得だったのではないかと思います。

 休日に日本橋に初めて連れて行ってもらい,そこで憧れのPC-6001を買ってもらいました。そのお店はJ&Pテクノランドだったのですが旧機種のPC-6001は展示は出ておらず,箱に入ったまま積み上げられていました。父はソフトを我々に一本ずつ選ばせ,私はミステリーハウスを,弟はぱっと見てパックマンに似ていたブロークンラインというゲームを選びました。(これはクソゲーでしたね)

 かくして,私たちはナイコンから脱却しました。

 帰宅してテレビにつないで初めて遊んだ時のことは良く覚えています。床にそのまま広げて,手首を逆くの字に曲げて,ミステリーハウスのコマンドを必死になって打ち込んだものです。

 その後は友人達がファミコンに寝返るなか,頑固にPC-6001を使い続け,ゲームもそれ以外も,随分楽しんだ記憶があります。パソコンの回路図が読めるようになったのもこのころで,そこから個性を読み解く面白さを学んだと思いますし,マシン語の基礎を覚えたのもこのころ,弟はPSGをMMLで操って音楽演奏をすることを知って後に生業とするに至りましたし,このPC-6001が我々に与えた影響は,本当に計り知れないものがあります。

 実機は実家にありますが,これまでに3度壊れて私が修理をしています。1回目はDRAMが破損していて起動しないというものでした。16kbitのDRAMを1つずつ交換し,壊れたDRAMを交換してめでたく修理完了だったのですが,原因にたどり着くまでにはなかなか苦労した覚えがあります。

 2度目は電源の破損で,突然「ボン」という音と共に全く動かなくなりました。ヒューズが切れていたので交換しましたが,瞬時に切れてしまいます。原因はメイン基板上のパスコンの破損で,タンタルコンデンサがショートしていたのでした。このコンデンサを交換すれば直るかと思ったのですが,起動はしても電源部がブーンとうなりを上げています。

 よく調べると整流用のブリッジダイオードが壊れていて,平滑コンデンサに交流がかかっています。後段のトランジスタによって交流がメイン基板に流れることはなかったようなのですが,ブリッジダイオードとコンデンサを交換して修理完了です。

 3度目は,これは本当に困ったのですが,また起動しなくなりました。原因はなんとサブCPUの破損でした。

 サブCPUはカスタムなので,交換用の部品は簡単に手に入りません。いろいろ考えたのですが,手持ちのPC-6001mk2からサブCPUを外して付け替えてみると動くので,そのままにしておきました。PC-6001とmk2で,同じサブCPUであるという保証はないのですが,今のところ問題は出ていないのでよしとします。

 その修理から10年近く経過しています。今度実家に戻ったらPC-6001を出して使ってみようと思います。壊れている可能性も高いですが,このマシンだけはおそらくずっと持ち続けることになるでしょう。それほどまでに,我々にとっては大事なマシンなのです。

 え,無理しないでエミュレータを使えばいいんじゃないのって・・・そうですね,それもその通りですね。だけど,やっぱり実機はいいですよ。

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