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2006年09月27日の記事は以下のとおりです。

D-DECKに想いを寄せて

 ヤマハから,ちょっと変わったキーボードが登場しました。「D-DECK」というのですが,二段鍵盤を持つスタイリッシュなデザインから持つ第一印象は「またヤマハのキワモノか」でした。

 値段が約40万円という非常に高価なものであること,搭載したLCDが800x480というかなり高精細なものであることなど,詳細を知るにつけそのキワモノ感は高まっていったのですが,ホームページに掲載されている開発ストーリーを読むと,その考えが一変します。

 いわく,キーボードの存在が非常に地味になっている,これはまずいと。

 いやはや,メーカーの方がそういう考えを持ってらっしゃるということを初めて知りましたし,実のところほっとしました。私も全く同じ事を考えていたからです。

 D-DECKの開発が始まったのは1999年。世紀末にスタートした開発は7年もの時間をかけ世の中に出てきたわけですが,考えてみるとこの7年間に進歩したテクノロジーってなんだろう,と考え込んでしまいます。

 80年代には3年経つと一世代進み,新製品が出す音に可能性の広がりを確実に期待できたキーボードという楽器は,90年代も終わりになると音そのものに対する進歩が飽和し,メモリ容量の増加によって得られる「自然で予測可能な進化」だけが新製品に期待される,実に面白くないプロダクトに成り下がってしまいました。

 それでもプロの現場では新しいキーボードが求められ,その時々で常に一定の評価を受けていたわけですから,私はキーボードはPAなどと同じ,裏方の機材としてアマチュアの注目を集めるものでもなければ,期待されるものではなくなったのだと,そんな風に思っていました。下手な商業主義に走らずプロの仕事を支えるプロ用の機材には,ストイックな魅力に満ちあふれています。むしろ歓迎すべき傾向ではないのかとさえ思っていました。

 ですから,私が昨今のキーボードをつまらないと思っていたのは私がアマチュアだからという理由がすべてであって,メーカーもすでにアマチュアを顧客とは見なしていない,それが私なりの答えでした。これは同じ楽器でも,ギターやドラムとはちょっと違う傾向ですね。

 しかし,その考えに,なにかしっくり来ずにいたのも事実で,同じ事をD-DECKの開発者も感じてらっしゃったことに,少々驚きを感じたというわけです。立場がこんなに違うのに,です。

 開発者はいいます。キーボードは楽器ではなく,機械として「操作される」存在になってしまったのではないか,キーボードは演奏して楽しいと感じる楽器にならねばならないのではないか,と。

 なるほど,そうかも知れません。ただ,操作の対象となる機械としての魅力と,演奏される対象となる楽器としての魅力が両立していた特異な世界こそ,キーボードやシンセサイザーの世界だったというのも事実です。

 それでは,我々がシンセサイザーを演奏して楽しいと思うのはどんな時だと言われると,それはおそらく2つあって,1つは自分の演奏に対する反応の直線性と,もう1つは自分の頭の中で鳴っている音が現実に飛び出した時の感動ではないでしょうか。

 前者は楽器全般に言えることで,良い楽器と悪い楽器の差となって認知されますよね。ピアノのリニアリティには底なしの快感と安心感を感じますし,安い電子ピアノに違和感を感じるのは,リニアリティが著しく悪いからです。

 後者は「音を創造出来る」唯一の楽器であるシンセサイザーならではの楽しみであり,現実にある音はもちろん,自分の頭にしか存在しない空想の音まで,現実にする事が出来るその喜びは,体験しないと分からないものかも知れません。

 実はこの両者はなかなか両立しません。本当は別のテーマですから両立してもよいはずなのですが,なぜかそうはなりません。

 70年代に誕生し,80年代に急速に発展したシンセサイザーは,当初後者の能力を高めるために進歩を続け,どちらかというと前者については割り切られてきました。理由は簡単で,後者の能力があまりに低く,一方で前者については演奏者が大幅に歩み寄ってくれたからです。

 そしてこれは楽器メーカーの身勝手だと思うのですが,「シンセサイザー」という新しい楽器として,これをそのまま受け入れてくださいという姿勢さえ見せるようになります。

 そうした言い訳がなんとなく成立したことで,楽器メーカーは安心して楽器としてではなく機材としての進歩に専念できたのですが,その流れを変えたのがコルグのM1だったと思います。

 M1は,音を創造する機能も素晴らしかったのですが,ユーザーが絶賛したのはその音色でした。楽器である以上音の良さは第一であるべきで,この方向は間違っていませんでしたが,結果として起こったことは,誰も音作りをしなくなったということでした。

 メーカーのプリセットを選ぶだけで,十分なクオリティの音が出てくる。リニアリティで言えば本物のピアノの足下にも及ばないこの機械は,様々な楽器に化けることの出来る持ち運び可能な「代用楽器」として使われるようになるわけです。

 かくてM1が決定づけたシンセサイザーの方向性は,他社の追随によってより堅固なものになります。

 機会のあるごとに言うのですが,M1の功罪のうち最も重いのがこれで,これ以前と以後で,シンセサイザーやキーボードに求められるものが大きく変わったと思います。プロとアマチュアの差が(少なくとも音質面で)どんどん小さくなり,アマチュアでもプロ級の機材が使えるようになったことは素晴らしいのですが,一方でシンセサイザーは演奏する楽器ではなく,いろいろな楽器の音の出る機械として進歩していきます。それが我々ユーザーの望みだったからです。

 ですから,本来人間との接点として不可欠であるはずの鍵盤を持たないシンセサイザーがコンピュータにのみ繋がれ,ある時はカラオケに,ある時はゲームに,ある時はアイドルのCDにと,演奏を意識しない形で我々の眼前から姿を消して,裏側にまわってしまいました。

 D-DECKの開発者は,この理由の1つに,これまで演奏者に押しつけてきた演奏のしにくさと,ビジュアルとしての演奏の格好悪さを上げています。

 ステージでキーボードをプレイすると分かるのですが,61鍵のキーボードが1つでは全然足りません。右手と左手で別々の音を出す必要性もありますし,それを61鍵という限られた広さで分割して使うのは,あまりに制約が厳しすぎます。

 そこで最低76鍵,欲を言えば61鍵を上下に2つが必要になると,どんなプレイヤーでも痛感させられるに違いないのですが,これが無理なく,かつ格好良く実現できる仕組みは,考えてみるとほとんどお目にかかりません。

 二段鍵盤は演奏は非常にしやすいのですが,いかにもエレクトーンという品の良さか,もしくはいかにもハモンドオルガンというコンテンポラリーなイメージしか与えません。やはりステージで映える,華のあるプレイには,スタイリッシュなキーボードで縦横無尽に暴れ回ることが必要なのです。

 ローランドはSHシリーズやV-Synthで,音を創造する機材としてのシンセサイザーにこだわりを見せ,そこに個性を求めています。プレイバックサンプラーとしての便利楽器を見限ったわけではなく,それはそれで充実させる一方で,本来のシンセサイザーにあるべき姿を追い求めているといってよいと思います。悪く言えばメーカーの自己満足であり,これに共鳴できる人だけ使ってくださいという,高飛車なスタンスでもあります。

 このマニアックな方向性には,私自身はとても共感するのですが,しかしその音作りの可能性が深く広くなることを,どれだけの人が実感し,また必要とするのかを考えると,ちょっと難しい面もあります。

 出てくる音の差は機材やメーカーによってどんどん小さくなり,かつて隆盛を誇ったピュアオーディオが,やがて重箱の隅を突くような,小さな小さな音質の差を云々するようなるに至り,その差を感じられない人々,その差を必要としない人々,その差に興味のない人々が増加し離れてしまうことで,一部のマニアの小さく閉じた精神論の世界に入り込んでしまった歴史と同じ危うさを,私は感じずにはいられません。

 そうなのです。実用レベルで十分な水準に達したキーボードは,音作りを目標にする限り,その性能の差を感じる人だけに向けられる,特別な存在になるかも知れないのです。

 これに対し,D-DECKは,音はもう十分な水準に達したとし,その演奏にこだわったキーボードとして誕生しています。二段鍵盤もそうですし,鍵盤の近くに用意されたボタン類もそうです。そして演奏しているプレイヤーの姿が格好よく見えることを目指し,そのために努力を積み重ねたキーボードなんて,最近は滅多にお目にかかれません。

 これってローランドとは対極にあるコンセプトです。

 楽器は,本来,機能美を持つものです。音を追求していく過程で,自然にそれぞれが持つ形に収れんしていきました。これを制約と捉えて自由な形に挑戦してきたエレキギターでさえ,明らかに形状や木材による音の違いがあります。

 そうした楽器を使いこなす演奏者の姿には,特殊技能に対する羨望の眼差しが注がれ,芸術性に神秘性が加わるのです。

 電子楽器,特にキーボードには残念ながらそれがありません。もちろんミニモーグをソロに使うプレイヤーには同様の輝きがありますが,残念ながらミニモーグは過去の楽器であり,もはやミニモーグという単独の楽器と見なして良い存在です。

 ヤマハが目指すD-DECKのコンセプトとは,演奏者が演奏を楽しめることと,オーディエンスが演奏者に神秘性を見いだせることなのですが,ここで気付くことは,この2つは表裏一体であるという事実です。演奏を楽しんでこそステージで映えることに,異を唱える人はいないでしょう。

 キーボードという楽器において,ここに気が付いたエンジニアがいて,その考えが具現化したことは奇跡です。同時に本当に素晴らしいことだと思います。

 正直なところ,D-DECKが売れるとはあまり思えません。40万円はアマチュアには高価すぎますし,プロには使い道がなさ過ぎます。価格と機能において誰に売りたいのかはっきりしないのですが,それでも世に出たことも奇跡です。

 私もぜひ欲しいと思いましたが,40万円の費用対効果を考えると,悩む余地すらありません。悲しいかな,それが現実です。

 個人的には,ヤマハには下位機種においてもこのコンセプトを貫いて欲しくて,演奏して楽しいこと,演奏者が格好良く見えることを,キーボードという楽器の本質として,ぶれないで維持し続けて欲しいなあと思います。

 それが,キーボード復権の最初のステップになるような気がします。

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