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2006年10月03日の記事は以下のとおりです。

美しい日本

 えと,あまり政治や思想の問題をここに書くことはしないでいたのですが,新しい政権が誕生して,ちょっと思うところがあるので書いておこうと思います。

 艦長日誌は議論の場でも,はたまた啓蒙の場でも,個人的なはけ口でもないので,こうした話題は一方的すぎて不公平だと考えたからなのですが,安倍さんの安易さには一市民として苦言を呈したいと思ったわけです。


 安倍政権が掲げるスローガンは主に3つです。格差の固定化を防ぐ,イノベーションによる成長,そして憲法改正です。

 それぞれの是非について私が意見することは前述の理由で避けますが,注意していただきたい事があります。

 この3つは,彼が掲げるキャッチフレーズ「美しい日本」の具体的施策として出てきたものです。

 美しい日本・・・なんと耽美な響きでしょう。

 川端康成がノーベル文学賞を受賞した際に講演した内容をまとめた「美しい日本の私」を,私はかつて読んだことがありますが,子供だった私にはその内容の半分も理解できずにいました。

 しかし,美しい日本の私,というタイトルと,自然と調和して生きる日本人の文化的側面を美しいと評する内容には,心地よいイメージの一致がありました。それは愛国心やナショナリズムとは全く異なる,日本人の世界観をとても客観的に論じたものでした。

 そこで,

  美しい日本,という言葉が何を示しているか,理解していますか?

  美しい日本,という言葉の甘さにだまされていませんか?

  美しい日本,という言葉をもう少し掘り下げて考えてみませんか?

 を改めて考えてみたいと思ったわけです。

 四季の織りなす自然に調和した日本人の世界観が川端のいう「美しい日本」であるなら,安倍さんのいうこれらの施策は「美しい日本」を説明したものではありません。

 また,すべての人が,安倍さんの著作を読んでいるわけではありません。美しい日本,という口当たりの良い,非常に抽象的な言葉を使って自らを定義し喧伝することを,私はとてもずるいなあと思うのです。

 美しい日本にします,と言う人に,それはおかしいとか,それはけしからんと言う人はいません。

 しかし美しい日本を具体的に,と問われた安倍さんが答えた内容は,例えば上記の3つをとってみても日本を美しくすることに直接貢献しません。なぜそう思うか。

 美しい日本,という言葉でイメージするものが,正しく定義されていないからです。定義されないことも問題ですし,定義しにくい言葉である事も問題です。もっと言えば,定義することが無粋であると感じるほど,心地よい言葉なのです。

 安倍さんが悪意を持って我々を煙に巻こうとしているわけではないと思いますが,結果として「なんかわからんけどよさそうだ」と思っている人,周りにいらっしゃいませんか?

 10月から,年収が一人で380万円以上,夫婦では520万円以上のお年寄りの医療費の自己負担額が3割に引き上げられました。歳を取ってからの病気は,それだけでもとてもつらく,不安になるものですが,そこにさらに経済的な不安も突きつけているケースが散見されるこの現状をして,美しい日本,を目指していると胸を張って言えるでしょうか?どうですか?

 戦前の翼賛体制の日本だって,見方を変えれば十分美しい国だったと言えるでしょう。この言葉,もう一度考えてみませんか?

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