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2006年12月22日の記事は以下のとおりです。

2006年を趣味の領域からまとめると

 今年もあと10日ほどでおしまい。年々時間の経つのが加速されていくように感じるのですが,今年一年の私の趣味の中心であった,カメラについて総括したいと思います。

・趣味の軸足

 一昨年の夏にD2Hを買い,中古レンズを探しに行ったついでに見つけたペンタックスのESIIから再燃した趣味としてのカメラですが,今や完全に生活の一部となっています。

 いわゆるジャンクカメラ(狭義では故障しているがメーカー修理を受けられないもの)の修理を楽しみとする方はかなり増えているように感じるのですが,80年代以降の,それまでの高級な精密機機としてのカメラとは違う「大量生産品」としてのカメラがジャンクとして安価に出回るようになり,チャレンジされる方が(私も含め)多くなったということでしょう。

 コンパクトカメラの修理がそれまでの趣味としての修理の最前線だったと思うのですが,私はコンパクトカメラは修理をしたことはありませんし,また基本的にあまり興味を持っていません。

 また,なんでもかんでも手当たり次第に修理するというのではなく,また誰かに頼まれたりするわけでもなく,ただそのカメラを修理して使ってみたいと思った,それに尽きる純粋な趣味の領域でした。

 実績としては,少々不安のあったESIIが現在絶好調ですし,ニコマートELも完全復活,NikonFEもまったく問題はない様子です。

 MZ-10は,先日の修理のままではあまりに不安なので,程度の完動品と中身をそっくりそのまま入れ替えました。当然実用品です。

 ミノルタXEは大変良くしていただいている方から故障品を頂いたのですが,これも今のところ非常に調子がよいようで,毎日空シャッターを切って,感触の良さを堪能しています。

 修理に必要な工具も今年最低限のものを揃えました。モルトプレーンなどの消耗品も用意しましたし,油を落とすのに無水エタノール一辺倒だった私が,ライターオイルを使うことを覚えた事で,一通りの体制は整ったと思います。

 サービスマニュアルの需要性を認識したことや,それ以上にサービスマニュアルを読めるようになったことも大きいです。カメラのように部品の多いものは,ばらしてしまえば元通り組み立てられなくなってしまうものですが,やはり1つ1つの部品には理由があるはずで,きちんと収まるべき所に収まることは精神衛生的にも大変好ましいのです。

 それで,こうやって我が家にはいくつかのマウントのレンズが増えることになってしまったわけですが,これもカビ玉や難ありのレンズを1000円とか2000円とか,そんな値段で手に入れてこれるからです。レンズの修理は基本的には得意ではありませんが,分解と清掃くらいはなんとかなるようになってきました。

 意外に役に立っているのが模型の知識と技術です。ここ数年模型にかなりはまりましたが,鉄道模型で使われる精密なギアはカメラにも通ずるものがあり,ここで使われるオイルやグリスは,カメラにも十分使えます。

 真鍮に綺麗に塗装をする技術,欠けたプラスチックを修復する技術,スミ入れを行う技術など,模型では必修になる事柄が,工具や用具も揃っている関係で全く苦痛になりません。こうしてSMCtakumar28mmやAiAF-Nikkor28mmを,かなり綺麗に仕上げることが出来ました。

 時間をかけて修理を行っても,調整がきちんと出来ないと意味がありません。他の人に頼まれた修理であればダメであっても,自分だけが使うものであれば,納得の上であまり厳密な調整をせずに済みます。

 大事なことは厳密な調整より,現在の状態がどの程度の傾向を持っているかを知ることであって,その程度の測定が出来るかどうかが,実用品かどうかの境界面であるように思います。

 シャッター速度はオシロスコープを使っています。幕速は幕速の簡易測定器を作って対応していますし,露出計はグレイカードを使って済ませています。

 無限遠を出すために必要なオートコリメータの代用品は一眼レフに望遠レンズを使っているのですが,この程度の用意であっても,実用レベルの仕上がりが期待できるものです。

 測定器の製作や工夫,実際の測定作業というのは,何を測定するのか,なぜ測定が必要なのか,測定の原理はどうなっているのか,結果をどうやって評価すればいいのかと考えながら進めないといけないものです。結果としてカメラの基礎や原理を熟知する最高の機会になります。

 つくづく思うのですが,趣味としてのカメラの修理というのは,非常におおらかな気持ちで行うことで楽しめるということでしょう。

 もしこれが,他の方からの預かりものだったとしたら,修理中に壊してしまえば責任問題ですし,簡単に修理を諦めることも許されません。オリジナルを維持できない修理は修理として認めてもらえませんし,修理に対する保証もしなければなりません。そのためにはあり合わせの材料で適当に済ませることは絶対に出来ません。

 調整もそうですね。正確な測定と客観的な調整を行わなければ,万人の使えるカメラにはなりません。使う人の歩み寄りを期待できないから,そこにはメーカーと同じだけの高い技術水準と品質管理体制が求められます。

 そうなるともう趣味ではなくなりますね。

 私のように,ネガしか使わないし,多少のズレや誤差は気にしない,というおおらかな気持ちを持つこと,「どうせ私の目には違いなどわからんはずだし」と最初から厳密に追い込まないこと,この2つが修理を楽しむには必要だと感じました。

 このために,1つ絶対的に信用できる「基準カメラ」を持つ必要があります。私の場合,それはF3です。

 オーバーホール済みなので不具合がないことも分かっています。これを基準に調整を行えば,私の手元にあるカメラは全部調整が揃ってくれます。それに,やっぱり失敗の許されない撮影にF3を持ち出せるという気持ちがあるから,「また壊れるかもしれない」という素人の修理を許容できるのです。

 そう考えると,ちょうど10年前に手に入れたF3が,こんな形で貢献することになるとは,ちょっと考えていませんでした。


・CLEという名前を持つ別のカメラ

 そんな修理の中で,最も難易度が高かったのは,やはりCLEだったと思います。

 詳しい経緯は省きますが,これはもう修理などというものではなく,一部作り直しというレベルです。

 ですから,オリジナルには戻っていませんし,オリジナルと同等の機能も有していません。納得済みの私だけが使うという前提で,始めて許された復活劇だったと思います。

 カメラというのは,結局の所,レンズを通ってきた光を,フィルムの面に一定時間照射する機械です。私の見たところ,電気系のうち,タイミング生成とシャッター幕の駆動が出来なくなっていたCLEを,やはり良くしてくださった知り合いの方に譲っていただいたのが今年の4月のことでした。

 最初は頑張って元の回路を修理しようとしたのですが,ICの破損がわかって一度は諦めました。この段階でオリジナルへの復帰は完全になくなってしまったわけですが,新しい挑戦として「カメラの基本機能」を自分で作り上げれば良いという発想の転換で,CLEはどうにか,フィルムに光を染みこませることが出来るようになりました。

 しかし,果たしてそれはCLEと呼んで良いのか,また愛着のあるCLEが壊れて私に託して下さった方の気持ちを踏みにじってしまっていないか,と最近そんな風に考えることがしばしばです。

 そんなおり,CLEの基板を交換できる修理業者さんが登場し,お金はかかるかもしれないけれども,オリジナルに戻せるチャンスが訪れました。時期が半年ずれていたら,CLEを下さった方は,ひょっとしたらこの業者さんに修理を依頼したかも知れません。そう考えると,私のしたことは自己満足ではあったかも知れませんが,決して褒められたことではないということがわかってきます。

 もちろん,自分の考えが正しかったことを体現してくれたこのCLEにはとても愛着がありますし,CLE用に揃えたレンズにもとても思い入れがあります。その点で私自身は後悔などしていませんが,他の方との関わりの中でなし得たこのCLEの復活は,私にある一定の示唆を与えてくれました。


・フィルム現像の敷居

 モノクロフィルムの現像はずっとやっていましたが,カラーフィルムの方がモノクロフィルムよりも安いため,なんとかカラーフィルムの現像を安価に自家現像できないものかと考えていました。

 カラーの現像キットが手に入ることを知り,またそれがなかなか低コストで気楽に取り組めることを体験するに至って,もはやカラーフィルムを写真屋さんに出すことはなくなりました。

 プリントはどうするの?と思われると思いますが,これはとりあえずフィルムスキャナで対応します。過去の資産の活用と,新しいネガの低コスト運用のために導入したニコンのフィルムスキャナは,実に役に立ってくれています。

 こんな塩梅ですから,私にはフィルムだけが持つ優位性や,気分的な利点を語る資格はありません。手間ばかりかかって出てくる結果はデジカメと同じか,それ以下です。

 こんなことをして何が面白いのかと自分でも思うのですが,その答えは1つ。修理したカメラで写真を取るには,フィルムしかないからです。

 そんなフィルムも,もう風前の灯火という感じです。コニカミノルタの安売りフィルムはすでに市場から消え去り,100円ショップのかつての定番商品は,ごく一部の店舗にひっそりと置かれるようになりました。

 コダクロームの国内販売中止が決定し,長尺フィルムやモノクロの現像,定着剤の入手も来年には難しくなり,,大手量販店のフィルムコーナーの寂しさは現時点でも相当なものです。

 まさかこれほどまでに急速にフィルムの文化がなくなるとは,夢にも思っていませんでした。しかし本来,化学反応を使うフィルムの扱いはかなり難しいもので,それをここまで庶民的にしたシステムが成り立っていたこと自身,驚異的な事だったと言えるのかも知れません。

 単なる懐古主義ではなく,前向きな楽しみ方というのがあるのではないかと,私は思っています。


・それでどうするの

 そんなわけで,今年一年は新しいことにチャレンジし,それなりの経験値を積み重ねることが出来ました。ただ,来年はフィルムの入手の問題もあるし,カメラの修理そのものに飽きてしまっているかも知れません。

 ただ,一度知ってしまった面白さを,そんなに簡単に忘れることはないでしょう。飽きてしまうと言うより,別のことに取り組みたくなったというのが正しい表現で,だとすればそれが出てくるまで,このままなんじゃないかと思います。

 フィルムのカメラは,今しか楽しめません。今しっかり楽しんでおこうと思います。

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