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2007年02月13日の記事は以下のとおりです。

LPレコードを久々にならして思ったこと

 昨日,久々にLPレコードをかけてみようという気になりました。数年も使ってなかったのでちゃんと動くか心配になりましたが,幸いなことに,記憶にあるLPレコードの音と違っていません。

 一気に聴いたThe BeatlesのABBEY ROADですが,20年ほど前に購入した再販された国内版で,当時のもの(考えてみるとオリジナルの発売から40年近くが経過しているわけですね)とは違うのですが,実は先日から読んでいた「ある本」に看過され,やはりThe BeatlesはCDではなく,アナログレコードでなければならないかも知れないな,再販ものとはいえCDよりはエンジニアが込めた魂を感じることが出来るかもなあ,とそんな風に考えたのが,手間をかけてもLPレコードを聴いてみようと思ったきっかけです。

 ジャケットはすっかり黄色くなってしまいましたが,中のレコード盤は当時のまま。ターンテーブルの電源をいれ,レコード盤を置き,さっとクリーナーでホコリをぬぐって,針を落とします。

 真空管のパワーアンプと,自作のイコライザアンプはもう十分に暖まっています。

 自分の耳にさっぱり自信のない私ですが,The Beatlesのアルバムでも,特にRevolver以降については,LPレコードで聞くとまるでヴォーカルが目の前にいるような,そんな錯覚に陥るのです。

 中学生だった私は,オーディオマニアだった私の叔父がV15typeIIIで聴かせてくれたLet It Beのヴォーカルの生々しさに,それまで自分が使っていた安物のオーディオシステムとは別世界の音を垣間見て心底感激したことがあります。

 以後,私の目標は,The BeatlesのLPを生々しく再生できることに置かれることになるわけですが,理屈の上ではCDの登場によってこの目標は軽く達成されるべきだったはずです。

 しかし,私個人の主観的結論で言えば,そうはなりませんでした。

 数値上の比較において,やはりCDとLPレコードでは明らかにCDが勝っているということは否定出来ません。加えてLPレコードは再生に使う機材によって音が大きく変わるので,どれが正しい音(正しい音の定義は難しいですがここでは原音と一致する音,ということにします)なのかがはっきりしません。機材の価格が上がれば原音に近づくと言い切れるわけでもありませんから,非常に不安です。

 その点,CDは再生に使う機材で変化する音の差が小さいですから,多少の差異はあっても作り手の音がほぼストレートに出てくるものだと考えて良いわけです。

 そこまで頭で分かっていても,やはり改めてLPレコードを聴くと,目の前にヴォーカルが現れます。CDでは残念ながら,それはないのです。

 思いこみでしょうね,どう考えても。LPレコードをかけるまでにかかる手間が呼び込む心理的影響とか,大きな円盤がゆっくり回っている視覚的な効果によるものとか,そういうものも大きなバイアスを与えているはずです。

 それでも,仮にそれらのせいであったとしても,また作り手の意図とは違った音に再生されてしまっているのだとしても,結果としてLPレコードの方が私にとって心地よいなら,もうそれでいいと思うのです。

 考えてみると,原音に忠実な再生を目指していたのはいつの時代も同じであったはずなのに,カートリッジ1つで大きく音が変わる世界を許容し続けていたかつてのオーディ業界は,そもそも矛盾していたのではないか,と思います。V15にはV15の,DL103にはDL103の,SPUにはSPUの音があったわけで,それらを交換して楽しむというLPレコードの面白さは,実は原音再生という基本方針に背く可能性もあるのです。

 このことをどう考えたらいいのか,私はちょっと困っています。作り手はここまで生々しいヴォーカルを感じて欲しいわけではないかも知れません。しかし私はCDを規準にした場合において,大きくかけ離れ,色づけされた再生音を心地よいと感じてしまっているのです。

 許されることがあるとすれば,頭の形も部屋の大きさも,もちろんこれまで生きてきた環境も時間も違うから,同じ音でも人によって違って聞こえるということが前提にあり,その上で経験が支配的な「感性」の問題として,作り手と聞き手の「心地よさ」が一致するためには再生音の物理的データが異なっていて当然,という結論でしょうか。

 この物理的データの違いを,もしも「好み」というのであれば,オーディオはある水準から上は,すべて好みの問題ということになります。(水準に満たないシステムは論外で,そのためにある程度の経済的負担はやむを得ません)

 私はエンジニアという仕事柄,数字で表現されることを第一に考えてきたのですが,最近それだけでは片付かない問題が多いことに考え込むことが増えました。それらをなんでもかんでも「好みの問題」で片付ければ楽ちんですが,もう一歩踏み込んで,その好みの差の存在を胡散臭い印象から遠ざけ,気持ちよく肯定するにはどうすればよいかを,しばらく考えていたのです。

 昨日LPレコードで聴いた時に,考えついた結論は,前述のようなものでした。こうすれば,作り手も,CDも,そして音がコロコロ変わるLPレコードも,すべての世界を肯定することが出来ます。

 そして最後は個人的な好みがすべて。好き嫌いがきちんと許された世界観とは,なんと気分の良いものでしょうか。

 かくして「原音からどれくらい変わったか」を肯定的に楽しむLPレコードの面白さが正当化されるに至り,その懐疑的な意識は薄れ,自由な楽しみ方を得たような気分になったわけです。

 そう考えるとますますLPレコードが面白くなるものですね。目標は原音に忠実にあることだけではなく,私にとって心地よい音であること,です。

 心地よさは原音に忠実ではないという後ろめたさに悩まず,胸を張ってオーディオを追求していきたいなあと,気持ちを新たにした,そんな午後でありました。

 ある水準,は,CDのようなディジタルオーディオでは非常に低く,LPレコードのようなアナログオーディオは非常に高いものです。

 同時に,CDは水準を超えた所からの「心地よさ」への追い込みが,差が小さいだけに難しいのに対し,アナログオーディオは,お金をかければ,あるいは工夫をすれば,どんどん音が変わっていきます。ある水準に達するのが大変でも,そこからどんどん追い込めるアナログオーディオは,本質的に異なる世界なのかも知れません。

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