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2008年07月16日の記事は以下のとおりです。

電子工作マガジンと夏休み

 夏休みです。

 夏休みがやってくる度,その時々の出来事を思い出す人も多いと思いますが,私の場合,親から特別に電子工作予算を付けてもらえる時期だったので,それがなにより楽しみでした。

 ここ最近,初心者から団塊の世代まで,電子工作に対する老舗出版社のアプローチがそれなりに賑やかになり,私のような電子工作をライフワークとする人間にはなかなか飽きさせないものがあります。

 ところが,この手の本はそこそこ高価な割に外しがち。そこで,その志に対価を支払う感覚で買った「電子工作マガジン」に,軽く書評をしたいと思います。


 電波新聞社の「ラジオの製作」と誠文堂新光社の「初歩のラジオ」は電子工作の雑誌の両横綱で,かつてどちらの雑誌を支持していたかで派閥が出来るほど個性がはっきりしていました。

 私個人はミスプリントが多いラジオの製作には辟易させられた記憶しかありませんが,一方の初歩のラジオには戦後間もなくから活躍された大先生から,新しい回路を次々に発表する若手の先生までジャンルも難易度も幅広く,毎月何か1つは「つくってみたいな」と思う記事がでていた事もあり,初歩のラジオ派の人でした。

 だって,ラ製はジャンクの部品とか平気で使うんですもん。初ラの回路はよく考えられているものが多く,今でも「ホー」と感心させられるものがあります。

 ただ,社会的貢献という意味では,初歩のラジオがアマチュア無線の雑誌に鞍替えしてあっという間に自滅したのに対し,ラジオの製作は自らの役割にとどまらず,その別冊から始まったマイコンBASICマガジンで多くのIT技術者を産み出し,またそこから後のゲーム産業に大きな貢献をするライターを育ててきました。今に繋がる新しい産業への種をまいた功績は賞賛に値します。

 しかし時間の流れは速く,BASICマガジンもラジオの製作もやがて休刊,ラジオの製作は一度だけムックとして復活しましたが後が続かず,そのまま10年近く音沙汰無しでした。

 誠文堂新光社はその後オーディオ方面へに傾倒していきますが,電波新聞社は違っていました。かつて育てた子供達が社会に出てそれなりの地位に就いているこの頃,子供の理系離れ,工作離れを食い止める使命を自覚し,奇跡の復活を遂げました。それがこの「電子工作マガジン」です。

 前置きが長くなりましたが,7月16日に発売になった電子工作マガジンです。私が工作をするわけではありませんが,それ程の意気込みで作った雑誌なら,見応えのあるものであって欲しいと思うのですが・・・

 どうも,理系離れに一石を投ずるという話が上滑りする傾向があり,この手のスローガンを掲げるものに,純粋な面白さがないのです。特にひどいのはエレキジャックで,これはもう出すだけ無駄という感じの雑誌です。どうも「理系離れ」と言えば偉い人がすんなりokを出すような風潮があるようです。

 中を見てみると,かつてのラ製の雰囲気が再現されています。前半は二色刷。青と朱のインクも当時の感覚ですね。

 最初の方はラ製でも初心者向きの簡単な工作でしたから,まあこんなもんかと。アルミテープとステープラで基板を作るというアイデアはよいですね。記事の内容も解説も丁寧で,これはかなりよいと思います。

 徐々にレベルが上がってくることを期待しつつ,しかしちっとも上がってこないことにややがっかり。回路の動作原理の説明も少なく,せっかく人体の接近センサという珍しい部品を使っているのに,この部品についての説明が皆目なし。これではただ同じものを黙って作れといっているだけで,知的好奇心を満足させることも出来ず,およそ人は育ちません。

 そして上級者向けと呼ばれている記事2つです。ジャンク流れのLCDを使ったiPod用の外部モニタと,真空管のアンプです。これはね,もうなにを考えているのかわかりません。

 まずジャンク部品(あるいはスポットで入荷した期間限定の特価商品)を使うことについては,この部品が手に入らないと全く成立しない製作記事であるだけに,地域限定,期間限定になってしまいます。

 地域限定は通販があるのでまだどうにかなるかも知れませんが,期間限定については,雑誌には発売までのタイムラグがありますし,実際に作ってみようと思った読者が,記事を見てすぐに部品の手配を出来るとは限らないのです。後で作ろうと思った子供のがっかりした顔が目に浮かびます。

 だから,定番の部品,安定供給が期待できる部品を使うことが,この手の雑誌の記事には不可欠なのです。この記事の作者の先生は結構昔からそこそこ活躍されている方ですが,はっきりいうと当時から大した技術力もなく,切った貼ったの工作をやってるだけの人で,人を育てる記事を書けない人です。ジャンクを見つけて使うことを得意とされているようで,それはそれで誰にでも出来ることではないし,楽しいことでもありますが,私に言わせれば本人の自己満足の領域を出ないものであり,この雑誌の役割を考えるとふさわしいものとは思えません。

 また工作の雑誌には,資料的価値の存在も重要であり,少なくとも期間限定と分かっている賞味期限の短い記事は避けるべきです。最悪のケースで部品が手に入らず,作ることが出来ない場合でも,読み物として面白ければよいのですが,やってることといえばケースに穴を開けているだけでですから,電気的な解説もこの記事でなければ得られない面白さもありません。せっかくLCDを使っているのですからLCDの仕組みや外からの信号の与え方などを書いておけば,子供は次に繋げてくれるものなのに,もったいないことです。

 真空管のアンプについては,はっきりいって他の雑誌に任せればいいと思います。出力管をいろいろ交換して楽しめるシングルアンプですが,理系離れの子供や学生に音質の違いを聞き分けさせることの意味は,はっきりいってないでしょう。読者に伝えたいのは,工作の面白さですか?真空管の音質の違いですか?馬鹿馬鹿しいにも程があります。

 他の読み物についてですが,どれもいまいちです。大阪の日本橋の紹介記事も出ていますが,期待して読むと肩すかしをくらいます。どうも関係者が書かれているようで,街の価値を上げようと必死になっていますが,明らかに価値の上げ方が間違っています。子供がワクワクしながら読めるか,欲しい部品がどこで買えるのか,そういった視点で日本橋を語らなければ何の意味もないことを知るべきでしょう。

 当時のラジオの製作や初歩のラジオは,今みても大変面白いものです。それは,方針にぶれがなく,読み手の期待を適度に裏切りながら基本的にその期待から逸脱しない,そんな絶妙のバランスを自信を持って取ることが出来ていたからだと思います。

 ぜひかつてのラジオの製作には何がのせられていた,製作記事以外にどんな面白いことが書かれていたか,もう一度見直して欲しいと思います。

 子供は,今も昔も好奇心のかたまりです。なぜ?なに?どうして?が大好きな生き物である彼らが,科学や数学を敬遠し,理系離れと言われるのは,彼らのそうした空腹感に満足に応えてあげていない「かつての子供たち」の責任が大です。

 そもそも我々大人が,科学や理科に興味関心をもつきっかけをも奪っていることに,根本的な原因があります。きっかけさえあれば,子供は目を輝かせて,なぜ?なに?どうして?を連発することでしょう。ご自身を思い出してみて下さい。

 なに?そこまでいうなら,おまえが書いてみろ?

 ごもっともです・・・

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