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2008年12月15日の記事は以下のとおりです。

痩せたトラ技

 先日,ふとしたことから20年以上前の「トランジスタ技術」を何冊か古本で購入しました。切り抜きもなく,多くの人が収納のために捨ててしまう「広告」も完璧に温存されている,今時珍しいものです。

 「トランジスタ技術」は1964年10月の創刊です。まだまだ真空管が全盛の時代で,電子回路もまだまだこれから新しい回路やデバイスが登場するという,とても面白い時代だったのではないかと思います。

 私は生まれていないので伝聞に過ぎませんが,当時の電子回路技術者は,原理も使い方も全然違い,不安定で壊れやすい固体素子「トランジスタ」に対して,相当の焦りがあったそうです。

 真空管ならお手の物だったベテランほど,トランジスタには手こずったと聞きますし,口の悪い人の中には,まだまだこれからというトランジスタにあった,あまたの欠点をあげつらい,「だからトランジスタはダメ」と結論したりしたそうです。

 デバイスを作る方もしかりで,当時の精鋭が終結した真空管の設計や製造部門が,半導体の部隊を非常に低く見ていたことはよく知られた話です。

 ただ,そういう逆風が殊更強かったのも,一方でトランジスタの可能性を認めざるを得なかったからだったのでしょう。ベテランほど危機感が強く,そんな人ほどトランジスタが使いこなせず,この時に一斉にエンジニアの世代が入れ替わったと聞きます。

 新しい時代のデバイスの使いこなしでふるいにかけられたエンジニアが,今の我々の大先輩に当たるわけですね。

 閑話休題。

 「トランジスタ技術」といえば,あの分厚い広告で知っている方も多いでしょう。当時広告が多いことで知られた「マイコン」や「I/O」をも寄せ付けない分厚さで,他を圧倒していました。

 それほど広告が効果的だったのでしょうし,また「トランジスタ技術」がプロのエンジニアが読む雑誌だったということでしょう。子供だった私も,トラ技の広告を眺めていると,なにか背伸びをしたような気分になったものです。

 正確に調査をしたわけではありませんが,1970年代のトラ技は15mm程度,これが20mmを越えるのは1980年代に入ってからで,最も分厚かったのはおそらく1985年くらいではないでしょうか。

 手元にある1987年12月号の厚さを測ってみると,なんと26mm。

 ちなみに今月のトラ技(2009年1月号)は,13mm。実に半分になりました。

 1980年代中頃,日本の半導体産業は売り上げで世界の頂点に立ち,日本の電子工業界はまさに肩で風を切っていました。Japan as No.1などと言われ,自動車を含むあらゆる分野で日本の存在感が増した,そんな時代でした。

 LSIの集積度はどんどん上がり,新しいことがどんどん出来るようになりました。コンピュータがワンチップに収まり,後にマイコンブームと呼ばれる時代がやってきました。

 今回購入した1984年から1987年までの7冊のトラ技の広告を見ていると,そんな当時の空気を感じることが出来ます。

 300MHzを越える帯域とリードアウトカーソル付きのアナログオシロスコープは計測器メーカーなら登らねばならない山であり,菊水,リーダー,松下通工,日立,ケンウッド,岩通,YEWと,国産の計測器メーカーが果敢に挑戦していました。そのほとんどがオシロスコープから撤退した現在を,誰が想像できたでしょうか。

 LSIメーカーも,マイコンや周辺のチップで攻勢をかけていて,32bitのCPU,256MbitのDRAM,ISDNコントローラやLCDコントローラなどを積極的に展開,冷蔵庫くらいの大きさのコンピュータがいよいよデスクサイドにおけるくらいになる現実に,明るい未来を見ていました。

 今や押しも押されぬOrCADも,当時はまだまだキワモノソフトの時代です。パソコンでCAD?値段が168000円?そんなCADつかえるかよ,と当時の人はみんな思ったでしょう。

 やたら目に付くのはフロッピーディスクドライブです。秋葉原の部品屋さんの広告は例外なく自作マイコンの部品供給源となっていて,そこには必ずといっていいほどフロッピーディスクドライブが出ています。ほとんどが5inchですが,YD-274なんていうフルハイト(今で言う5インチベイ2つ分の高さです)の2Dドライブが84000円に斜線となっています。ううう。

 ヒューレットパッカードの広告も目立ちますね。電卓のHP-16Cの広告なんか初めてみました。それにミニコンの広告も出ています。HPPAですか・・・これはもしかすると,後にPA-RISCと呼ばれるものの源流,ですかね。でも冷蔵庫並みにでかいですよ。

 ラジオ会館の広告では,店主の似顔絵が描いてあります。なるほど,これが,あんな風になるというわけですね・・・でも,なくなった店もあるので,とても寂しいです。

 こういう雑誌ですから非常に少ないのですが,時におねいさんが出てくる事もあります。いやー,80年代ですねえ。逆にいいですね,ここまでくると。

 今はつぶれた会社,お店もたくさんありますね。藤商電子,Otec,コムスポット寝屋川,ニノミヤ,亜土電子,SNKなんかは求人広告が出てますね。日本テクサですか・・・そうですか,200人近い社員がいたんですね。あ,キーエンスが大証二部に上場したと広告が出ていますよ。

 秋月の広告は別格ですね,当時も。今も昔もぎっしり細かい文字で書いてあったように思うのですが,昔の方がはるかにスカスカです。しかし昔の方がはるかにマニアックで,今読んでいてもワクワクするのはなぜでしょうか。

 80年代に30mm近い分厚さを誇ったトランジスタ技術ですが,その後のバブルの崩壊と「失われた10年」と呼ばれた不況の中,広告はどんどん減って,トラ技は薄くなっていきました。

 トラ技は景気の変動をその分厚さに反映することが多く,薄くなってもまたしばらくすると分厚くなるものでした。分厚くなると「もうかってまんな」という気分になったものです。しかし,今回は違っていました。

 景気の低迷と海外半導体メーカーの台頭により,トラ技の広告が減っていく中,インターネットの普及という大きな流れが押し寄せます。広告媒体の変化,雑誌の売り上げの低迷という雑誌一般に見られる影響を受け,前半のメーカーによる広告に加え,後半の部品屋さんなど小売りの広告も軒並み削減。

 そして,景気の回復した(といわれている)ここ数年も厚さは回復せず,現在も薄くなり続けているようです。おそらく,ですが,30年前の水準になっているのではないかと思います。

 どおりで,2009年1月号の広告を読むのは簡単だったのに,1987年12月号の広告は,たっぷり1時間以上もかかってしまいました。面白かったからいいのですが,この読み応えは確かに往年の「トラ技」です。

 以前は一度目を通した広告はゴミとして処分していましたが,今にして思えば本文と同じくらい面白いだけに,もったいないことをしたと思います。前述の通り,トラ技は買ってすぐに「三枚に下ろす」のが流儀なので,広告の生存率も低いでしょうから,せめて今回の広告だけは,スキャンして残しておこうと思います。

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