エントリー

2009年01月19日の記事は以下のとおりです。

ハードディスクの業界再編におもう

 何度も何度も「物理的限界」と言われた容量が新しい技術で打破され,その都度大幅な容量増加と価格の低下(暴落)が起こってきたハードディスクですが,価格の下落からもはや体力勝負の様相を呈しており,数年前から合併や買収などの再編が進んできたのはご存じの通りです。

 今一番ホットなのは富士通が東芝にハードディスク部門を売却,ディスクの製造についても昭和電工に売却するという話でしょう。

 ハードディスクはいわゆる「メカトロニクス」の集大成的製品で,機械的な構造が大半を占めている以上どんなに容量が小さくとも最低限かかるコスト(つまり容量に関係なく必要となる部品や機構の占める割合が大きい,モーターや大きな筐体は仮に容量が小さくとも絶対必要で,その上高価な上に値段が下がりにくい,ということです)が目に見えて大きく,これ以下では作れないという限界点が半導体に比べて高めになります。

 だから,ある程度の値下がりはあっても,そこから先の値下げはなくて,容量が大きくなる方向に向かっています。秋葉原などのPCパーツショップで売られるバルクのハードディスクなどを見ていると,3.5インチのハードディスクで6000円くらいがどうもその限界点のようで,容量に関係なくこの価格以下で売られるものは,なんらかの事情がある特別なものという感じですね。

 SDカードやコンパクトフラッシュ,あるいはSSDといったような半導体を使ったストレージはコストの大半が半導体であり,半導体というのはいわゆる「印刷」と似たようなものですから,作れば作るほど値段が下がります。原材料の価格がそれだけ低いということですね。

 だから,相対的にビットあたりの価格が数倍も高い半導体を使ったストレージは,これからどんどん値段が下がる可能性があるのに対し,ハードディスクはどんなに頑張ってもある価格から安く売ることはできないのです。

 ほっとけばフラッシュメモリ陣営がビット単価でハードディスクに追いつくことは目に見えています。そこでハードディスク陣営は部品代が容量にあまり関係しないという弱点を逆手に取り,大幅な容量アップでフラッシュメモリ陣営の追撃をかわそうという力が働いてきました。

 その力がかなり強力だったようで,これほど華麗に「理論的限界」を突き破ってきた工業製品も珍しいと思いますし,容量が増えていくまでのスパンが以前に比べて短くなっています。すごいことだと思います。

 しかし,設備産業としての性質が弱いとはいえ,新しい技術開発には膨大なお金がかかりますし,10年くらい前までは3万円くらいが売れ筋と言われた3.5インチのハードディスクがどの商品も軒並み1万円を切っている状況を見ると,単純に単価が1/3になっているという事だけ見ても,もうハードディスクは儲からないものになっていると考えて良いのではないかと思います。

 数を売る,もうこれしか方法はないわけで,業界の再編が起こるのは至極当然なことです。

 年寄りの昔話に少々付き合って頂くことになるのですが,ハードディスクの価値がこれほど下がってしまったことに対し,私は寂しい気分が拭えません。

 コンピュータの開発史を見ていくとつくづく思うのですが,コンピュータの発展を阻害する最大の原因は,いつも記憶装置にありました。我々はコンピュータの進歩は演算装置の進歩とつい短絡的に考えてしまいがちで,それはそれで間違ってはいないのですが,一方で不可欠である「記憶装置」の価格や規模が小さくならず,現実解としての記憶容量は常に要求を下回り続けたという歴史がありました。

 初期のコンピュータは今で言うメインメモリしか持っておらず,外部記憶装置は持っていないか,あるいは紙テープやパンチカードという読み出ししかできない低容量の原始的な「メモ」くらいしかありませんでした。

 メモリを増やせばコンピュータはもっといろいろなことに使えると分かっていても,その価格や大きさが大きすぎ我慢を強いられた中で,高速だけど少容量なものと,低速だけど大容量なものに分け,それぞれに役割分担をさせて記憶を司る部分を作ることになったのです。

 こうした記憶装置の階層化という概念はむろん現代のコンピュータにも引き継がれていていますが,特に低速大容量の記憶装置として使われたものが,磁気を使う記憶装置です。

 磁気テープ,磁気ドラム,磁気ディスク,と構造の違いはあれ,いずれも低速大容量を実現出来るものだったのですが,特に磁気ディスクの内,ウィンチェスタ型のハードディスク(現在のハードディスクです)は特に高速性と大容量を擁立できる優れたものとして,現在まで主流であり続けているのです。

 コンピュータメーカーにとって,演算能力の向上も大事ですが,とにもかくにも記憶装置をちゃんと用意できることが極めて重要であり,ここに解を持たずしてコンピュータメーカーと名乗ることは不可能なことでした。

 ですから,ほぼ例外なく,コンピュータメーカーは半導体メモリを製造する能力と,ハードディスクなどの磁気記憶装置を製造する能力を有していました。

 大型のコンピュータが中心の時代ですから,数はそれほど出ませんし,なにより信頼性が重要とされた世界でしたから,複雑な機構部品を組み合わせた磁気記憶装置は現在に比べると「手作り」のようなものでした。

 これは想像ですが,記憶装置を作っているエンジニアは,自分達こそコンピュータを支えるエンジニアであるという,自負があったのではないでしょうか。

 現在のハードディスクメーカーは,その自社のコンピュータを成立させるために必要だった「基幹部品」を外販することで立ち上がったケースと,専業メーカーとして外販だけを行って来たメーカーに分けられます。

 今回の主役,富士通もコンピュータメーカーとして不可欠なハードディスクの製造能力持っていました。ハードディスクを他から買うことが出来た時代ならいざ知らず,コンピュータの黎明期からコンピュータ専業メーカーであり続け,そのために論理回路設計とは全然世界の違うハードディスクの開発を内部に持たざるを得なかったことで,彼らのハードディスクに対する意地や誇りのようなものが生まれていったのではないかと思うのです。

 コンピュータはもはや日用品です。特別な存在ではありませんし,その部品はそれぞれの専業メーカーにより大量生産されて,いわゆるコンピュータのメーカーはそれを組み合わせているだけです。すべてのものを自社内部で作っていた時代は,すべてが性能向上の伸びしろであり,より早く,より大容量,より使いやすく差別化され,進歩してきました。

 しかし,現在は,その技術開発は専業メーカーの頑張り次第になっています。インテルがサボればCPUの性能向上はありませんし,サムスンがサボればDRAMの容量も増えません。何が正しいという話ではなく,こうした状況変化に,コンピュータの黎明期にあったようなワクワク感が全く見あたらないことが,心情的に残念です。


 ・・・いい機会ですので,ハードディスクメーカーの業界再編の歴史をまとめておきます。

 ハードディスクの最初の製品はよく知られているように1956年に誕生したIBMの305RAMACシステムに用意された磁気記憶装置です。ディスクの直径は約60cm,枚数は50枚で容量は5MB,それでも当時は高速大容量なランダムアクセス外部記憶装置として画期的だったそうです。

 その後コンピュータの外部記憶装置として進歩していきましたが,1960年代に入るとディスクを交換出来るハードディスクがメジャーになっていきます。私はディスクパックを見たことも触ったこともありませんが,当時の写真などを見ると,洗面器を裏返し取っ手を付けたようなパックを持っている人が映っていたりします。この時点で容量は400MBから500MB程度。

 1970年代に入ると,ディスクを交換出来ないようにする代わりに完全に密封し,高密度記録と高信頼性を達成した「ウィンチェスタ型」がIBMから登場します。これが現在のハードディスクの直接の先祖になるわけですね。

 そのIBMは1990年代前半まで基本的にハードディスクを外販していませんでした。それがOEMという形で他社のPCに搭載されたり,バルク品が出回るようになったことで,私などは伝説のIBM製ハードディスクが買えると喜んだものです。当時から基本的にIBMのファンだったりしますが,2003年に日立にハードディスク部門を売却,日立GSTとして現在もメジャーメーカーの1つです。

 メジャーメーカーの一角を占めるSeagateTechnoligyですが,この会社はなかなか面白いです。その源流は,IBMのRAMACシステムの開発者だったAlan Shugartが1972年に立ち上げたShugartAssociatesに求めることが出来ます。いろいろあったらしくAlan Shugartは会社設立後間もなく会社を去りますが,1976年に開発した5インチミニフロッピーディスクはその後のコンピュータに広く使われました。かのSteveWozniakが出来たばかりのShugart製5インチフロッピーディスクドライブを神業でApple][に繋ぎ,ここにパソコンとフロッピーディスクのコンタクトがなされました。

 1979年,Alan ShugartはFinis Connerと一緒にそれまで大型であったハードディスクの小型化を目指し,5インチハードディスクのメーカーとしてShugartTechnologyを立ち上げます。

 ただし,この会社名にShugartAssociatesからクレームが付いてしまい,SeagateTechnoligyに改称します。そして1980年,最初の製品であるST-506のヒットで5インチハードディスクとその制御インターフェースは不動のものとなり,SeagateTechnoligy自身も圧倒的な存在感を示すようになります。

 1985年には創業者の一人Finis Connerが退社,翌1986年にはConnerPeripheralsを立ち上げます。ConnerPeripheralsは5インチよりもさらに小さい3.5インチのハードディスクの開発を行っていた技術者たちの会社と合併し誕生したのですが,1990年代には多くのPCに搭載されていました。しかし1996年に血を分けた兄弟とも言えるSeagateTechnologyに買収され,消滅します。

 SeagateTechnologyは1989年にCDCのハードディスク部門を買収,ハイエンドコンピュータメーカーが持つ高度な特許を手に入れてさらに高性能な製品開発にも成功します。そして2006年にはMaxtorの買収を経て,現在に至っています。

 そのMaxtorはIBMの元従業員によって1982年に創業,1990年には破産したMiniScribe(1980年創業)の資産を買い取り,PC用のハードディスクに参入します。当初市場の評判も今ひとつだったのですが次第に評価を高め,2000年にはQuantumのハードディスク部門を買収します。

 そう,Quantumも有名なメーカーでしたね。1980年に創業したストレージ機器のメーカーで,1990年代には生産を松下グループの松下寿が行っており,品質は折り紙付きでした。1994年にDECのストレージ部門を買収しますが,注力する分野をテープドライブに定めたQuantumは,2000年にハードディスク部門をMaxtorに売却します。Quantumはもちろん今でも存在していますが,完全に裏方に回ってしまった感じです。

 最後の主役はWesternDigitalです。1970年に半導体メーカーとして創業します。日本の8bitパソコンによく使われたフロッピーディスクコントローラである富士通のMB8877はWesternDigitalのWD1791に源流がありますし,WD33C93などのSCSIコントローラLSIは1990年代によく使われたのでご記憶の方も多いでしょう。

 半導体メーカーとしてフロッピーディスクドライブやハードディスクの制御に関する製品を長く手がけていたWesternDigitalは,1988年にTandonのハードディスク製造工場を買い取り,ハードディスク市場に参入します。1990年のCaviarシリーズが大ヒットし,大きな成功を収めると,鈍化していた半導体部門を他社に売却し,ハードディスク専業メーカーとして再出発を図ります。

 その後浮き沈みがありつつも技術開発能力の高さと信頼性で支持され,現在の3大メーカーの一角を担っています。

 そんなわけで,ハードディスクが特殊なコンピュータの構成要素から今や家電品に組み込まれるほどの市民権を得た現在,業界の再編が起こるのも無理はないなと,そんな風に思いました。

 今後,コンピュータから身近な民生品にその利用範囲が広がったハードディスクは,その作られ方や売られ方,価値などどんな風にかわっていくのでしょうか。とても高価で底なしの記憶力を誇る夢の装置に憧れた私としても,注目せざるを得ません。

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1

ユーティリティ

2009年01月

- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

新着エントリー

過去ログ

Feed