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2009年07月09日の記事は以下のとおりです。

電子楽器の進化の渦中にいて

 友人がCDジャーナルを買ったので一緒に見ていたのですが,特集の電子音楽の世界,の突っ込みの浅さには,少々がっかりしました。

 電子楽器ではなく電子音楽ですから,範囲の広さが半端ではないし,技術志向と言うよりは芸術を軸足に置いた立ち位置ならやむを得ない所があるとは思いますが,電子音楽を支える電子楽器が,従来の楽器達とは違う育ち方をしたことに注目しないことは,少々物足りなさを感じずにはいられません。

 ここから先は電子音楽と言うより,電子楽器に向けた話をします。

 我々は,今その時代に生きているので余り意識することもないのですが,思うに我々は,音楽と楽器において実にダイナミックな時代にいるのではないかと思うのです。

 楽器は工業製品である以上,設計や生産をする技術者が必ずいます。彼らはその昔職人と呼ばれていたかも知れませんが,その役割は同じです。

 一方で楽器は,それを使って音楽という作品を作る芸術家が存在します。作曲家,演奏家と呼ばれる人々です。

 いずれの職業も高度に訓練された特殊技能を必要とする職業であり,少ない例を除き,基本的に分業がなされます。ピアニストはピアノを作る事はしないのです。

 楽器の開発は,大なり小なり過去の楽器の問題点を解決するという目的があります。異論はあるかも知れませんが,全くの新規で誕生したものは少なく,何らかの起源を持つと考えています。

 そうして時の技術者が楽器の改良を重ね,改良された楽器を演奏家なり作曲家たちが使いこなし,それがさらに楽器を改良に導く,と言うのが楽器の発展の歴史です。どちらか一方だけが頑張っても残りません。楽器と音楽は,両者ががっぷり組み合って初めて,残るものです。

 電子楽器を見てみて下さい。電子楽器の代表であるシンセサイザーが登場して30年ちょっとが経過していますが,この30年,まさにそうした組み合った状態が,現在においても続いていることがおわかりになるでしょう。電子回路によって発生した音は,演奏者や作曲者を鼓舞し,彼らのやむ事なき要求が技術者を挑発することを繰り返しています。

 こんな事は,そうそう滅多にあるものではありません。確かにエレキギターは偉大な発明であり,アンプとエフェクターも含めたシステムで考えると,音楽シーンを一変させてきたことは確かです。しかし,根本的な音楽のあり方をも変えてしまった影響力を考えると,電子楽器の比ではありません。もっというなら,電気ギターはエフェクターに入る時点でディジタル信号に変換され,以後電子楽器と同じ仕組みで音が出ているケースも多いのです。

 例えばピアノを考えてみると,いわゆるチェンバロの音量が小さく,強弱も付かなかったことで表現力に限界があったものを,コンサートホールでも十分響くだけの音量と,強弱を自由に使い分けることが出来,しかもたった一人でオーケストラに匹敵するだけの音域をを操ることの出来る楽器として「改良」されることで,演奏者や作曲家の魂に火を着け,ここまで発展し,今やなくてはならない楽器として不動の地位を誇っています。

 18世紀に誕生した時や,いわゆるモダンピアノへと進化した19世紀にかけての劇的に変化したその時の,感動と興奮はいかほどのものであったか。そしてこうしたダイナミックな時代は,そんなに何度もやってこないのです。

 電子楽器の世界は,今まさにそうした,人類にとって希有なる感動と興奮の時代にいるのではないかと,私は思っています。

 ところが,従来の楽器の進化と,電子楽器の進化の間には,決定的に異なる事があります。それは,発展の原動力が,多の産業と深い関連を持っていることです。

 シンセサイザーは,トランジスタという半導体素子の発明と発展がなければあり得なかったでしょうし,概念的にもアナログコンピュータの考え方がなければ誕生しなかったでしょう。デジタルシンセサイザーへの過程では,LSI技術とデジタル信号処理技術がなければならなかったでしょうし,現在主流のサンプリング方式はメモリーの劇的な大容量化と低価格化がなければなりませんでした。

 特にデジタルシンセサイザー以降は,膨大な演算能力と膨大な記憶容量によって,その進化が加速されてきたという事実があります。気をつけねばならないのは,その両方が,楽器のために生まれた技術ではないということです。むしろ,他の産業の要求によって発展し,その応用として電子楽器に転用されたという事実を無視できません。

 もちろん,デジタル技術によって,あらゆる情報が数値化され,同じベースで処理できるようになり,それが楽器の世界でも例外なく行われたと見る向きもあるでしょうが,電子楽器専用のCPUや電子楽器専用のDSP,電子楽器専用のメモリが必要だったとしたら,ここまでの発展はなかったでしょう。

 こうして,電子楽器は他の産業との強い関連性を持つ事で,過去に例を見ないスピードで進化してきました。楽器製造が単独の産業であった時代とは,ここが根本的に異なる点です。

 ところで,ピアノについても,モダンピアノへの発展には,強いテンションでも切れることのない強い弦の開発と,その強いテンションをしっかり支える金属製のフレームの開発がなければならず,いずれも他の産業によって生まれた新しい素材によって実現しているわけで,その点で言えば電子楽器の発展の歴史と比べて,程度の差はあれ根本的な違いはないと考えることは可能でしょう。

 つまり,産業革命以降,工業製品の発展が楽器という芸術分野の道具についても積極的な影響をもたらすようになったと考えることが出来るわけで,機械工学や金属加工技術が最先端だった当時ならではの応用がピアノであり,電子工学やコンピュータ技術が最先端である現代ならではの応用が電子楽器であるということなのです。

 しかし,電子楽器の,他の産業への依存度は,あまりに大きなものがあります。すでにパソコンをソフトウェアでシンセサイザーにすることは日常的に行われており,ハードウェアはすでに事務用品と同じものを使うに至っています。ピアノのフレームにしても,弦にしても,その素材の源流は他の産業からの要求で生まれたものとはいえ,やはりフレームに適した鉄,弦に適した鉄として生産されているわけであり,電子楽器用の部品が他の産業で使われることを前提とした,全くの汎用品であることとは,ちょっと違っているように思います。

 私は,こうした理由で電子楽器の世界を大変に躍動的な分野と見ています。電子楽器が現在進行形で音楽という芸術世界を大きく変化させていることと,楽器の歴史の中で過去にないほど他の産業との結びつきが強い中で発展していることを,極めて特徴的であると考えているからです。

 こうしてみると,CDジャーナルの特集の突っ込みが,あまりに物足りないものであることが分かって頂けるのではないかと思います。もちろん技術論に偏ることはせず,かといって文化的側面ばかりを手厚くするわけでもなく,100年単位でしか訪れることのない楽器と音楽双方のせめぎ合いの現場を,もう少し客観的にまとめて欲しかったと思います。

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