エントリー

2009年11月16日の記事は以下のとおりです。

速さは力

 なにやら,事業仕分けとやらが,毎日盛況のようです。

 ここ最近,毎晩のニュースを見ていても,この話が取り上げられない日はありません。

 確かに,無駄な予算にズブズブだった役人達が,上から目線の仕分け人の前で一刀両断にされる姿がテレビで放送されているのは実にわかりやすく,高圧的な突っ込みにあたふたしてファイルをめくる役人の姿は,政権が変わったことを強く印象づける「演出」としても,強烈な効果があります。

 まるで,大岡裁きとでもいうんでしょうか,いつの時代もお上や役人というのは民衆から遠いところにいて,なにかあるとやり玉にあがるものです。大岡裁きだって,厳格な法の適用という原則に反して弾力的運用を行ったことは,本当はあまりよいことではないはずですが,庶民感覚を重視した彼の判断が,多くの脚色の末,後世に名を残すほど下々の者に強いインパクトを与えたということだけは事実でしょう。

 今回の仕分け作業を非公開で行ったりすると,我々大衆は「やはり政治は密室で」と思う訳で,民主党は半ばあきらめかけていた庶民の政治への参加意識を復活させた点で,確かに素晴らしいものがあると思います。

 ただ,事業仕分けの内容を見ていると,ちょっとどうかなと思うものも散見します

 例えば,次世代スーパーコンピュータの開発予算です。廃止に近い縮減となったことが先日報道されています。どうも私はしっくり来ないのです。

 金額が減ったことが問題なのではありません。金額を減らしたその理由が,あまりに幼稚だと思うからです。

 いわく,

  世界一を目指す理由は何か

  2位ではだめなのか。一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか

  一番だから良いわけではない

  ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う

 ということで,廃止に近いところまできたというのを耳にして,私はまあなんと幼稚な議論であることかと,ちょっと情けなくなりました。

 おそらく,スーパーコンピュータがどういうものか,スーパーコンピュータがなにを計算しているのか,スーパーコンピュータがある場合とない場合の違いがどんな所に出るのか,というあたりが,リアルに見えていないんだろうなあと思います。

 居並ぶ先生方がどの分野のご専門で,どういうバックボーンをお持ちなのか,私にはわかりません。わかりませんから批判は避けたいと思いますが,もしスーパーコンピュータが庶民レベルで「そりゃ絶対必要だ」と言われるような国は,それはそれでかなりやばい国ではないでしょうか。

 スーパーコンピュータは道具に過ぎず,裏方です。しかもお金も人も時間もかかります。結果は一般の人には体験しづらく,あった場合となかった場合の効能の差が,使っている人以外には想像も出来ない分野で使われています。

 繰り返しますが,スーパーコンピュータは道具です。本当に欲しいのは,強力な計算力です。そのためのお金であることを,なぜ分かってもらえないのかなあと思う訳です。

 だから,

  世界一を目指す理由は何か
    -> そんな理由はありません。欲しいのは世界一ではなく,計算力です。

  2位ではだめなのか。一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか
    -> 2位でも3位でも全然構いません。自分達が成し遂げたい
      目的のために必要な計算力があれば順位は無関係です。

  一番だから良いわけではない
    -> その通りです。しかし自分達の欲しい計算力は
      結果として世界最高水準になります。

  ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う
    -> 当たり前です。世界一などどうでもよくて,とにかく
      今後も継続的に世界最高水準の計算力が欲しいのです。
      そのために,この事業を中断してはいけません。

 と,私なら反論するのですが・・・

 例えば,ある動画のエンコードに90分かかるとしましょう。10倍高速なマシンを導入すると,わずか9分で同じ結果が得られます。残りの81分は他の作業にまわせます。これはすごいことです。時間をお金で買う,と言うことそのものです。

 この事実があるからこそ,我々はお金と時間を天秤にかけ,どこまでならお金を出せるか,検討する事が出来るようになります。90分待てる人は安いコンピュータで待てばいいし,短縮した時間で稼いだお金が,かけた費用を超えるなら,それは迷わず10倍高速なコンピュータをすぐに買うべきです。とても単純な話です。

 以前は,いくらお金を用意しても5倍までしか買うことが出来なかったものが,今は10倍のものが買えるようになったとすると,技術的な限界ではなく,お金をいくら出せるかという経済的な限界に支配されるようになりますが,まさにこれが今起きていることだと言えます。

 もし,計算能力の需要がないなら,計算能力の供給に余力があっても(つまり技術的にその計算能力の供給が可能な状態にあったとしても),誰もその計算能力を供給しようとしないでしょう。

 しかし,これだけ頻繁に世界一が入れ替わり,ランキングに登場する顔ぶれも毎度コロコロ変わる状況は,計算能力の需要が旺盛である証拠であり,その需要に応える形で供給側がどんどん計算能力を高めるからです。

 先進国である日本だって例外ではなく,膨大な計算能力が必要とされています。世界一のスーパーコンピュータが必要かどうかを理由にするのではなく,それだけの計算能力がなぜ必要で,どこに使われ,どういう成果が期待できるのかということにこそ,議論を集中させねばならないのではないでしょうか。

 いや,私が知らないだけで,すでにやってるのかも知れません。そういう地味なところはカットして放送しているのかも知れないです。

 でも,そうだとしても,世界一とか,そんな無駄な話をする必要は全くありません。世界一が目的です,なんていうから,「それがどうした」っていわれちゃうのです。

 「ただ高速な計算機が欲しかったから」という理由で,ENIACは作られたでしょうか。弾道計算に使うから,という理由で予算が付いたわけです。

 Cray1はどうでしょうか。クレイ本人の動機は技術者として「世界最高の演算スピードを実現する」でしたが,同時に強力な計算能力が必要な人々に提供され,きちんとビジネスとして成立していました。つまり理由は需要があったから,です。

 で,次世代スーパーコンピュータです。理由は何ですか?で,世界一です,なんて,今時脳みそが筋肉で出来ているやつしか言いませんよ。こういうことに使います,だからこれだけお金がかかっても十分価値があるのです,と言わないと,お金なんて出てくるはずがないじゃないですか。小学生が親から小遣いをせびるときだって,同じでしょう。

 冒頭,「おそらく,スーパーコンピュータがどういうものか,スーパーコンピュータがなにを計算しているのか,スーパーコンピュータがあった場合とない場合の違いがどんな所に出るのか,というあたりが,リアルに見えていないんだろうなあと思います。」と書きましたが,これは仕分け人に対してというより,役人に対して強く言いたいことなのです。

 世界一などどうでもいい,しかし今必要な計算需要は結果として世界最高レベルである,今後継続してこの計算需要を満たすためには継続的な開発が必要で,中断すると海外にその計算能力を求めねばならなくなる,計算能力の低下と海外への依存は国家として大問題だが,その問題意識はあるのか?

 なぜ,こういえないのかなあと,本当に不思議です。

 幸いなことに,現時点でも富士通だけはこのプロジェクトに残ってくれています。しかも富士通は世界最高性能に匹敵するマイクロプロセッサの開発に成功しています。こうした基礎的な技術を持っていることで,荒唐無稽な夢物語に予算を求めることもなく,現実的な数字で予算の獲得が可能だったはずです。

 悪い癖で,神戸に次世代スーパーコンピュータ用の建物の建設が始まっているそうです。またしても役人は箱物から,なんですね。そこが重要なんじゃないでしょう。

 宇宙開発しかり,Spring8しかり,どんなことでもそうです。民主党の言う費用対効果というのは,こういうことでしょう。長い目で見ないといけないとか,短時間の費用対効果を求められても困るとか,そういうのは科学技術の性質を悪用した最悪の言い訳です。科学技術に無知な人ほど,こういう言い訳を考えるものです。元宇宙飛行士やノーベル賞受賞者の落胆が世の中を変えるわけではないのです。

 税金は無駄に使って欲しくありません。それは我々国民から集めたみんなのお金であり,有意義に使われることを望むからです。無駄に使うのではなく,有意義に使ってほしいから,私は科学技術に対する投資をやめて欲しくはありません。次世代スーパーコンピュータの役割をもう一度定義し直し,その計算能力は時間を買うことに繋がるという,投資を国から受ける形で,再検討されるといいなと思います。その結果,やっぱり必要ないな,という事になれば,それはやっぱり無駄だったということになるわけですし。

 まあ,こういう建前ででも,スーパーコンピュータに熱意をもつ若いエンジニアが育つ土壌できれば,いいですね。所詮人間は競争せずにはいられません。コンピュータが時間を買う道具である以上,同じ金額でどれだけの時間を買えるのかが常に競われるもので,それはつまり,あくなき計算能力の向上を意味します。

 計算能力が向上するという事は,同じ計算能力なら安く買えるということを意味しています。コンピュータの計算能力の向上があったから,我々の身の回りにコンピュータがあふれているのです。

 少しでも高速な計算機を・・・クレイが唯一目的にしたこのロマンを,次の世代にも引き継いで欲しいなと思います。NECが90年代に使っていたコピーを引用します。

 「速さは力」

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1

ユーティリティ

2009年11月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

新着エントリー

過去ログ

Feed