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2010年01月05日の記事は以下のとおりです。

年末年始

 2010年になりました。新年おめでとうございます。

 さて,年末年始に数日間実家に戻ったのですが,その間にあった話を少しまとめてみたいと思います。

・実家の地デジ対応

 これがこの年末年始の一番大きなテーマだったのですが,結論からいうととても簡単に解決しました。

 DXアンテナから出ている「UHA-800」という平面アンテナを秋頃に調達し,実家に送ってあったのですが,このアンテナが思いの外性能が良く,魚の骨のような八木アンテナをわざわざ買う理由はもはやないのではないか,と思うほど満足な製品でした。

 カタログスペックでは一般的な八木アンテナと同じ程度のゲインを誇り,BSやCSのパラボラアンテナと同じ感覚で取り付けできるように考慮されている点で,アンテナもここまで進化したのだなあと感慨深いものがあったほどです。

 昨年の秋に室内アンテナでもなんとかギリギリ受信出来ることを確認してありましたから,UHA-800なら間違いなく受信出来るだろうという目処は立っており,気になるのは取り付け場所と向き,そして配線という点でした。

 まず実際の取り付けですが,現在は使っていないCSアンテナを外し,その場所にUHA-800(どうでもいいことですが「さようならどらえもん」で登場したUSO-800とかぶるネーミングですね)を固定しただけでおわりました。

 向きを調整するチェッカーも持っていったのでいちいちテレビとアンテナの間を往復することも必要なく,とても簡単に向きも合わせることが出来ました。

 問題は屋内配線です。ここで頓挫することも覚悟したのですが,実家の新築の際に予備の配線を1本通してくれてあることがわかりました。惜しいのは,この予備の配線は分配器もブースタも通っておらず,直接リビングの2つ目のアンテナコネクタに繋がっているため,他の部屋では見る事が出来ないという点です。

 しかし,現実的に,現在実家にある地デジが受信出来るテレビはリビングにあるものだけです。その他はアナログのままだったりするので,変に配線をいじる訳にもいきません。

 本来なら,難視聴対策の共聴システムからやってくるU/V混合波からUとVを分離し,このVとUHA-800のUとを再混合,ブースタで増幅してBSと混合し分配器で各部屋に分配するのが正しい方法だとは思いますが,そこまでの手間をかけて結局2011年までしか役に立たないというのは割の合わないお話です。

 なら,2011年になってアナログ放送が止まってから,完全に共聴システムからのU/V混合波を切り離し,UHA-800の信号をブーストBSと混合して分配する方がよほど綺麗です。なので,母親と相談して,2011年にもう一度考えることにしました。

 もし,他の部屋で小さい地デジテレビを買った場合には,不要になった室内アンテナを使ってもらうことにします。

 母親の話では,アナログ放送では難視聴対策が必要だったケースでも,地デジになると個別のアンテナで十分高品質で受信出来るという話が出ているらしく(そりゃそうですね),共聴システムを改修する費用が非常に大きいことを考えても,おそらく個別でアンテナを用意してもらうことになりそうだということでしたから,100%完璧ではないにせよ,実用レベルで何ら問題のない地デジ移行に,随分喜んでいました。

 最初は地デジへの切り替えなど,なんと余計なことをするものだと思ったものですが,受信障害が軽減されること,高画質であること,アンテナが小型になること,そしてトータルの費用が随分安くなったことを考えると,ようやく最近になって移行する価値があると思えるようになってきました。


・日本橋を歩く

 伊丹空港から実家までの間に寄り道して,年末恒例の日本橋を巡ってきました。ここでなんども書いていますが,私は16歳と17歳の夏にジャンク屋として知られたデジットでアルバイトとして使って頂き,当時の店長さんから多くのことを学びましたし,19歳から22歳までの3年間,OAシステムプラザでアルバイトとして使ってもらい,主に中古パソコンとMacを得意として,仕入れからサポートまでを一通り勉強させて頂きました。

 浪人中は難波の予備校でしたから,その頃を含めほぼ毎日日本橋に通っていたわけで,何かを作る時でもこまめに部品を買いそろえることが出来ますし,買い忘れれば翌日昼休みにまた買いに出かけるということが出来ました。それに,新しいお店が出来れば出向き,つぶれれば残念がりと,その時期の街の変化を随分楽しんだものでした。

 ですから,私にとっての日本橋は電気街でもヲタクの街でもなく,通天閣でも黒門市場でも大阪球場でもなく,生まれ育ったふるさと,のような感じがしています。

 それだけに,昨今の寂れっぷりを見るのは正視に耐えないものがあるわけですが,電子部品屋さんが全国区のお店として知られるようになってきたことと相まって,ここ数年で少々落ち着きを取り戻した感があります。

 自販機が撤去されていよいよ地下に潜るかと思っていたマジコンも,「マジコンR4」と書かれたのぼりを立てて堂々と店頭販売するあたり,アキバとは違う文化だなあとちょっと笑ってしまいました。

 私もあちこち回るほど元気ではなかったですし,お店の数も場所も随分と変化しているので,結局立ち寄ったお店は5つほど。完成度が高いと評判だったトミックスのC57が,ジョーシンのキッズランドに1つだけ残っており,10%割引のはがきと組み合わせてトータル3割引で買いました。


・デジットへ向かう

 次に向かったのはデジットです。私がいた頃に比べて随分小綺麗なお店になりましたし,怪しいジャンクの数が減ったことは,過去にはやばいジャンクを出していた会社がまともになってきたことの証でしょう。思わず遠い目になります。

 磁気カードのリーダ/ライタとか,工業用の高出力炭酸ガスレーザとか,ATMの部品とか,ちょっとここではかけないようなものもゴロゴロしていた当時に比べ,随分まともになったものです。

 ただ,消費税を取らないことは当時のまま,店員さんも大きな声で愛想良く,知識も豊富で気軽に相談できる雰囲気と,居心地の良さは我々の頃からの伝統です。うれしいですね。

 ここで見つけたのは,大型の16セグメントLEDです。1個50円。安いので買い占めようかと思いましたが,多くの人に使って欲しいので6個だけにしておきました。それでも300円ですからね。1個100円でもいいと思うのですが,このあたりがデジット(というか共立電子産業)の欲張らないところです。ちなみにこれ,シリコンハウスにも置いてありましたし,通販でも買えるようです。

 あとはICで74LS181という,その筋では結構貴重とされているICを3個ほど調達しました。それとデジットには,誤差1%のポリプロピレンコンデンサが安価で売られています。0.001uFと0.1uFをかってきました。0.1uFで確か150円だったと思います。

 というのも,AVRを使ったコンデンサ容量計を作ろうと画策していて,その校正用のコンデンサが必要だったのです。素人が使うものですから,まあ1%程度でも十分でしょう。それより,温度特性や浮遊容量の方が深刻ですよ。

 そうそう,ダブルバスレフのスピーカーのエンクロージャのキットの音を聞いてきました。なかなかしっかり出てくるものです。置き場所さえどうにかなれば,私も1つ欲しいと思いました。


・シリコンハウス共立に向かう

 デジットでのアルバイトは,当初シリコンハウスに「バイトしたい」といきなり電話をした時に,シリコンハウスはいっぱいなので,デジットならどうですか,と言われたことがきっかけでした。

 当時の社長さんに,簡単の口頭試験をされたことを覚えています。A級,B級,C級増幅の違いは何か,だったですかね。

 今はどうか知りませんが,当時はシリコンハウスもデジットも店員さん同士は同じ場所で働いているという仲間意識も強くて,私も閉店後にシリコンハウスでカウンターの中に入れてもらい,自分で欲しい部品をせっせと棚から出して,他の方にレジをうってもらったりしていました。そういえばバイト初日は,シリコンハウスで自己紹介したなあ。みんな大人だったから,随分かわいがってもらいました。

 そのころのシリコンハウスとはお店も変わっているし,若干ですが雰囲気も変わっているので,今のお店には懐かしさはありませんが,日本を代表するパーツ屋として,すでに有名な存在です。

 失礼ながら,私が子供の頃は,電子部品はアキバが本拠地,日本橋はその代用品くらいの感じだったのですが,最近は拮抗しているというか,綺麗に棲み分けがなされているという感じがします。ネットや物流の進歩によって,もはや地域性より個性こそ重視されるようになったという,1つの例でしょう。

 2階で電池ケースをいくつか買って,3階で30円と処分価格だったスタンダードTTLの74181を6個買ってきました。これでも32bitのALUは作る事ができないんですねえ。

 あと,TC9245Nも5個ほど買ってきました。1つ210円というのは安いと思っていましたが,昔からこの値段なんですね。しかし冷静に考えてみると,48kHzまでしか対応しない民生用のDAIレシーバICなど,5個も買う必要があったのでしょうか・・・

 他にも数点トレイに入れてレジをお願いします。シリコンの店員さんはデジットの店員さんと違って声も小さく,愛想がよいとは言えません。こころなしか内々に籠もっている感じがします。それで,会話を楽しもうなどと言う気持ちは全くなかったのですが,デジットと2階での買い物をみた店員さんが,青い色のしっかりしたバッグを用意してくれました。

 ついでにカレンダーも入れておきます,と言ってくださったので,この時期恒例の味マップもお願いしました。

 味マップは年末の楽しみの1つで,私が子供の頃から名物になっていました。なんと37年も前から続いているそうで,これだけ続けばそれだけで立派なものだと思っていると,「実は今年は危ぶまれたんですよ」と店員さんがいいます。

 え,どうしてですか,と聞き返すと「昨今の経済状況ですから」と答えが返ってきたのですが,確かに直接売り上げに繋がらず,また以前のように食べるところに全く困らなくなった日本橋では,あまり必要とされていないのかも知れません。

 そういえば年々,店頭で目に付くことも減ってきたなあと思ったりしましたが,「楽しみにしているので来年もお願いしますね」といささか無責任ではありますが,エールを送って来ました。やや無愛想だった店員さんも,このころにはすっかり和やかな表情をしてらっしゃいました。

 4階では,0.2mmのポリウレタン線500gをリールで買いました。おそらく死ぬときにも残っていると思われますが,こういうのは残りを気にして使っていたらダメです。湯水の如く使って初めて作業に没頭できるというものです。

 私の勘違いでなければ,デジットが200gで2200円,シリコンハウスが500gで2500円ちょっとだったと思うので,随分値段が違うものだと思いました。どおりでデジットではホコリをかぶっていると思いました。

 今年はシリコンハウスで随分と気持ちのいい買い物をさせて頂きました。これはもう仕方がないことなのですが,以前店員さんの知識のなさで簡単に在庫切れ,とされて,釈然としないまま引き下がることが度々ありました。

 説明をしてようやく出してもらっても,プライドの傷ついた彼はその後無言でレジを打つ,ということが何度か続き,もうシリコンハウスには行かないでおこうと思ったことがありました。しばらくぶりの今回も,明るい雰囲気だとは思いませんが,売る側と買う側が対等で楽しく過ごすという商売の原点が戻ってきたような気がします。

 これは,もしかすると,電子工作復権の兆しかも,知れません。


・4時まで飲んだ

 高校時代の友人と会うことになり,彼と会うときにはいつもいく居酒屋に向かいましたがあいにく満席。数件まわりましたがどこも満席で,地方都市でもこんなことがあるのかと彷徨っていたところ,どういうわけだかガラガラのお店を発見。

 ここで11時ごろまで飲んでいたのですが,そろそろ場所を変えようと店を出ました。

 我々は話し込むと長いので,基本的に追い出されることがお開きのトリガなのですが,まだ追い出されないのかなあ,とふと時計を見るとすでにその時点で2時をまわっています。どうも一晩中やっているお店だったようです。

 いつもの居酒屋は12時には閉店するので,ごく一般的な飲み会になるのですが,今回は大変なことになりました。私を含めダラダラと酒を飲み,友人の一人が「もう眠い!限界!」と白旗をあげてようやく終了。4時を回っていました。

 どんな話をしていたのかも覚えてなければ,いったいいくらだったのか,誰が払ったのかも覚えていません・・・

 4時ですから電車はなく,タクシーで帰ることになります。私を除く二人は地元で歩いて帰ることの出来る人だったのですが,こんな時間にタクシーなどつかまるはずもなく,さりとて私を真冬の4時過ぎに一人で放置するのも悪いと思ったのか,しばらく一緒にタクシーを探してくれました。

 しかし,タクシーはおろか,自動車も人影もありません。こりゃ絶望だなあとあきらめて,1時間ほどかかる実家まで歩こうと腹をくくったとき,友人が「迎車」とサインを出しているタクシーを見つけ,すたたた,と駆け寄ったと思ったら,おもむろにゴンゴンとガラスをノックをしているではありませんか。

 「それはなんぼなんでもあかんて」とさすがに焦ったのですが,友人は自らも早く帰りたい一心でさっさと交渉を成立させ,果たして私の目の前でドアが開いたのでした。

 めでたく私はタクシーに乗り込むことが出来て,友人達に見送られたのですが,その後運転手さんと話をしたところ,どうやら私がタクシーを呼んだ,まさにその人だと思ったらしいのです。

 要するに,友人は「あんたを呼んだのは私らや」とウソをつき,私を乗せたということになります。いやー,酔っぱらいってのはたちが悪いです。ああはなりたくないものですねえ。おかげで助かりましたが・・・

 しかし,彼らはいいけども,その後家まで送ってもらう私が運転手に怒られるとか,そんな風に考えなかったんでしょうか。

 私の家までは10分ほど。少し待たせてしまうけれども,私を降ろしてからまた引き返します,といわれていましたが,謝る私に全然怒った様子もなく,私が高校時代の友人と一緒にいた,という話をすると,それはよかったですねえとニコニコしてくれたことが,かすかな記憶として残っています。

 なお,4時半過ぎに家に戻った私が母親に怒られたことは言うまでもありません。この年齢になって,まさかこんなことで怒られるとは思っても見ませんでした。

・ということで

 ということで,数日間を過ごした実家では,それなりに楽しく過ごして戻ってきました。少し気が滅入っていたこともあって,いい気分転換になりましたが,最大の誤算は4時まで飲んだことでしょうか。その後数日の間,しばらく調子が悪く,もう若くないんだなあと思い知った次第です。無茶はやめましょう。

 コンデンサ容量計については,部品を揃えたつもりだったのですが,金皮抵抗を買うのをすっかり忘れてしまい,また当分お預けです。

 年々正月気分が薄れているなあと感じるのですが,それでも1年の節目には変わりません。今は毎年実家で過ごしていますが,それもいつまで続くかわかりません。どちらにしても,慌ただしい年末が過ぎれば年が明け,そしてまた普段の生活がやってきます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 
 

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