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2010年06月14日の記事は以下のとおりです。

おかえりなさい

 2010年6月13日23時過ぎ,オーストラリアの砂漠に,宇宙から届いたカプセルが届きました。送り主は「はやぶさ」。中身は「イトカワ」のサンプルです。

 先日よりニュースでも報道されている「はやぶさ」の帰還劇は,宇宙大好きな人から科学技術に疎い人まで,多くの人の注目を集めています。相次ぐ故障や予期せぬトラブル,何度も絶望と見られていた地球への帰還が,数年遅れてようやく実現したことは,我々にあきらめないことが何より大事なことを,久々に見せてくれた気がします。

 とはいえ,やっぱり手がなければあきらめざるを得ないわけで,はやぶさにはあきらめずに済むだけの「仕込み」がなされていました。あきらめないことは大事な事ですが,あきらめずに挑戦できるだけの用意がなければならないことも,一緒に教えてくれたように思う訳です。

 考えて見ると,宇宙開発は根性論で出来るようなものではありませんし,冷静でかつ論理的な判断を常に求められる世界のはずです。また,個人でやってることならあきらめないという判断も簡単でしょうが,JAXAは組織で,予算も時間も限られています。本来,ミッションは失敗だったとプロジェクトを放棄されることは当たり前のはずであり,それがこうして何年も延長し,予算も時間も割り当てられるというのは,やはりそれなりの根拠があってのことでしょう。私はここを見逃すべきではないと思っています。

 それはそうと,私は別のblogで,2005年11月29日と同年12月1日に,以下のような書き込みをしていました。

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(´・ω・)「ふぅ…なんとかサンプル取れたかなあ?あとは帰るだけだお」
(´・ω・)「体のあちこちが痛いお…でもコレ持っていかないと。みんな待ってるお」(`・ω・´)「ガンガル!!」
(´・ω・)「宇宙は寒いよ…寂しいよ…ち、地球だ!見えてきたお!」
(`・ ω・´)「カプセル、投下!受け取って…」
(´・ω・)「ふうっ…終わったお…疲れたなぁ…ああ、地球がどんどん離れていくお…綺麗だなあ…」
(´・ω;)「地球か、なにもかも懐かしいぉ、これで本当のお別れだぉ
       石入ってたかなあ…無かったら、みんなゴメンだぉ…」

機械を擬人化するという習慣は,おそらく機械が我々の手によって生まれてから,ずっと繰り返されてきたものだと思います。
先日のblogは,スラッシュドットからの転載なわけですが,これは言うまでもなく,小惑星イトカワに着陸し,その破片を採取した「ハヤブサ」を擬人化したものです。
動くものは生き物である,故に機械も生き物である,という観念は,かつてどこかで読んだ事があるのですが,「ハヤブサ」はこれほどの手間と予算をかけ,最終的に放棄されるものであるということが,モノづくりを生業とする私にとって,まるで我が子を放棄するような行為に見えていました。
そんな,心のどこかに引っかかった想いが漠然とある中で,その気持ちが一気に具現化したとも言えるのが,この書き込みだったわけです。
残念なことに,「ハヤブサ」は,姿勢制御に問題があり,2系統ある噴射装置のいずれもが動作しない状況に陥っており,地球への帰還が難しいのだそうです。
彼は,与えられた足を2つ完全に失いながら,暗く寒い宇宙空間を漂い,愛すべき人が待ちこがれる,生まれ故郷を再び見ることなく,無限とも言える彼方へ消えてしまうのでしょうか。
可能であるなら,彼を回収し,その労をねぎらい,称え,次の世代に夢を与えるという,そんな舞台を用意できないかと,擬人化している私は,思うのです。

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 もう4年半も前のものなので驚いているのですが,これ以降もハヤブサは満身創痍にむち打って,何度も何度も絶望視されながら,とうとう昨日地球までやってきて,カプセルを届けるという自分自身の仕事を完遂し,そして大気圏で燃え尽きその一生を終えました。

 ハヤブサはただの機械ですし,人間がいないとそれ単体ではなにも出来ないものです。それはよく分かっていますが,それならなぜこれほど人の心を打つのか。

 2005年にも書いていますが,機械が人間の代わりを一部代替する(あるいは凌駕する)ことを期待されて登場して以来,擬人化されることは続いています。

 今はどうか知りませんがかつて自動車工場で動いていた溶接用アームロボットには,女性の名前(というか当時のアイドルの名前)が付けられていたそうで,これはロボット1つ1つを区別し特定して接していることを意味しているように思います。

 今回のハヤブサ,フィギュアまで登場しているそうですが,まあこれはやり過ぎとしても,単なる機械として見るよりは,褒めて上げたい気持ちゆえに,やっぱり擬人化したくなる気持ちがあるのは自然な事だと思います。

 2005年には,私の無理解もあり,記述にウソがあります。ハヤブサはカプセル放出後に宇宙空間を彷徨うのではなく,大気圏突入後に燃え尽きましたし,サンプルの採取は失敗しており,巻き上げられた砂粒が偶然カプセルに入っていることを期待しているに過ぎません。

 それにしても,最後の1機のイオンエンジンが故障して万事休すのところを,故障した他のエンジンと繋いで動くようにしたという話は,ちょっと考えさせられます。感動的な話ではありますが,密かに仕込んだ2つを繋ぐ回路は,普通なら使われるはずのないものだったわけで,そこに重要やお金を使うことが正しいのかどうか。あるいはその回路を使うことで安価に冗長度を上げることが出来て信頼性向上に役立つとか,もう少し詳しい話が知りたい所ではあります。

 ハヤブサは,最後の最後に生まれ故郷の地球の写真を撮影し,伝送して燃え尽きました。もう二度と見ることはないと何度も何度も思ったであろうその懐かしい姿を,彼はどんな気持ちで写真に収めたのでしょうか。写真も人間が操作したのはわかっています。しかし,撮影したのはハヤブサです。あり得ないことではありますが,ほんのわずか,彼の意志が含まれていたのではないかと,そんな風に思っています。

 カプセルの中身は,基本的には空っぽのはずですが,砂粒1つでも分析は可能とのこと。ハヤブサの想いを無駄にしないためにも,なにか有益な情報が手に入ることを祈っています。

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