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2011年03月09日の記事は以下のとおりです。

マイクロコンピュータ小史~その3 16ビットマシンの登場と台頭

 さて,今回で最後,16ビットマシンの台頭とPC-9801の終焉までの流れです。

・16ビットマシンの登場と台頭(1985年~1995年)

 1981年にはIBMから8088を搭載した16ビットパーソナルコンピュータ,IBM-PCが登場し,翌1982年には日本電気のPC-9801が8086を搭載して登場した。これらの16ビットCPUを用いたパーソナルコンピュータが主としてビジネス用に向けて発売されていた。

 本体価格はもちろん,システム一式の価格が高価であったこと,ゲームなどのホビー用ソフトウェアが少なかったこと,サウンド機能やジョイスティック端子などのホビーマシンに求められる機能を持たなかったこともあり,それまでの8ビットマイクロコンピュータとは明らかに異なるものとして認識されていた。

 しかし,ゲームやホビーの分野においても,BASICでプログラムを書く事が次第に行われなくなり,その処理能力やメモリ容量,高いグラフィクス能力を生かしたゲームが発売されるようになって,徐々に8ビットマイクロコンピュータは市場を縮小し,16ビットパーソナルコンピュータがあらゆる用途に利用されるようになる。

 日本の標準機であったPC-9800シリーズは,何度かの仕様拡張が行われたが,1985年に登場したPC-9801VM0/2/4以降は互換性がほぼ維持され,この機種をもってPC-9800シリーズの基礎が完成したと見る向きが強い。

 インテルのCPUの進化がそのままシステム性能の向上に繋がり,初期には8086やV30であったPC-9801も,80286,80386,486,PentiumとCPUの世代交代が起こる度に順当に性能を向上させている。

 ただし,あくまで処理速度の向上が主たる変更であり,MS-DOSで使用されるメモリの最大値はあくまで640kバイト,グラフィックは640x400ドットで4096色中16色の表示能力,漢字表示用のテキストVRAMを持つ事や,低速の拡張スロットを持ち続けていること,周辺LSIにほとんど変化がないことなど,基本仕様の変更は最小限にとどめられていた。

 一方,8ビットのマイクロコンピュータではホビー用途にも厳しくなるなか,シャープからCPUにモトローラの68000を採用したX68000が,X1シリーズの後継品種として1986年に発売になった。X68000は標準で2Mバイトのメモリを搭載,最大1024x768ドットのグラフィックと,最大65536色を同時に発色できる表示能力に,強力なスプライト機能,8和音のFM音源にADPCM音源を持つ,当時のゲームセンターのゲームマシンに匹敵するハードウェアを備えていた。

 すでに最大1Mバイトでは頭打ち感の強かった8086搭載のパーソナルコンピュータに対して,X68000は16Mバイトのメモリ空間を持つ68000の特徴を生かし,大容量のフレームバッファに広大なメモリ空間を用意していた。

 開発環境も整備され,その強力なハードウェアを徹底的に叩いたソフトウェアが長く作られ,主としてゲームなどのホビー用途やゲーム開発のマシンとして支持されたが,ビジネス用のソフトウェアが少なく,PC-9801用のソフトウェアに太刀打ち出来るものが存在しなかったことで,ビジネス用にはほとんど普及することがなかった。

 また,68000というCPUを採用したにもかかわらず,32ビット化が遅れたこと,最終のマシンであるX68030でさえも初代X68000の基本仕様をほとんどそのまま踏襲していたことから,当時の急速に進歩するコンピュータの世界において魅力を失い,一部の熱狂的なマニアに支持されたのみに終わってしまう。

 これとは別に,シャープは16ビットのビジネス用パーソナルコンピュータとしてMZ-5500とMZ-6500シリーズを発売したが,こちらもPC-9801の敵ではなく,すぐに市場から消え去った。

 一方の富士通は,1982年に6809と8088を搭載可能なFM-11を発売,これがFMシリーズにおける16ビットパーソナルコンピュータの最初のモデルとなるが,実質的には1984年に登場する8088のみを搭載したFM-11BSと,同年登場した後継機種であるFM-16βによって本格的に16ビットの市場に取り組む事となった。

 FM-16βは,PC-9801に席巻された市場を奪うべく用意された戦略的モデルで,CPUには80186を搭載,グラフィック描画に専用LSIを搭載するなど意欲的であったが,初期のOSとしてCP/M86を選んだことからソフトウェアの充実が図られず,PC-9801の牙城を崩すことは出来なかった。

 FM-16βをベースにさらに拡張を行ったのがFM-R50シリーズで,PC-9801シリーズの直接の対抗に当たる。このFM-R50をベースに,ホビー用途にも利用出来る家庭用パソコンとして,FM TOWNSが登場する。

 FM TOWNSは当初から80386をネイティブモードで動作させていたため16ビットパーソナルコンピュータではなく明らかに32ビットパーソナルコンピュータであったのだが,多色表示,スプライト機能,FM音源の搭載,そしてCD-ROMの標準搭載といったホビー用途を意識したものであり,PC-9801の不得意とする分野においてX68000とはライバル関係にあった。

 FM TOWNSはインテルのプロセッサを採用したことからその性能向上の恩恵を受けられた事もあり,1995年まで新機種が発売され,一定の支持を集めていた。

 こうして,日本国内では巨人NECのPC-9801シリーズがビジネス,ホビー共にパーソナルコンピュータ市場を制覇し,これにシャープと富士通という2弱による,独自アーキテクチャのコンピュータが,それぞれの支持者に支えられていた。

 海外ではIBM-PCとその互換機が市場を押さえており,1995年に登場するWindows95の登場によって,日本でもこれら独自アーキテクチャのマシンが急速に衰退することになる。


・互換機ビジネスとPC-9801

 IBM-PCは汎用品を組み合わせて作られた上に,オープンアーキテクチャを選択したため,互換機を開発することは容易であったが,著作権のあるBIOSをコピーするわけにはいかず,公の市場に互換機が登場することはしばらくなかった。

 しかし,著作権に抵触しない,安全なBIOSを供給するメーカーが現れ,互換機メーカーがここから合法的なBIOSの供給を受けることにより,IBM-PCと互換性のあるマシンが市場に投入出来た。

 本家であるIBMは互換機の持つ低価格,高性能なマシンに打ち勝つことが出来ず,やがてパーソナルコンピュータからの撤退を余儀なくされるが,IBM-PCとこれをベースに発展した現在のPCは,Windowsというハードウェアを隠蔽化する仕組みを持つOSの登場によって,すでにハードウェアの違いを意識しないようになっている。

 市場を寡占したメーカーの利益は莫大であり,価格競争に巻き込まれることもないため,当時の日本市場を押さえていたPC-9801シリーズの互換機を,大手メーカーとしては初めてセイコーエプソンが発売する。

 当時最新で,NECのPC-9801VX2に採用されていた80286をCPUに搭載したPC-286シリーズがPC-9801VMの互換機として発表されるが,ROM-BASICに著作権違反の疑いがあるとしてNECが発売差し止めを訴え,PC-286mode1からmodel4は発売を中止した。

 問題となったROM-BASICは,電源を入れると立ち上がるBASICインタプリタのことで,フロッピーディスクのサポートもないため,直接このBASICを使う事はほとんどなくなっていた。しかし,多くのソフトウェアがこのROM-BASICに格納されたサブルーチンを使っていたこともあり,互換性を維持するには避けて通ることの出来ないものであった。

 急遽ROM-BASICをオプションにしたPC-286model0を発売したが,その後著作権問題を解決し両社は和解,PC-286VとPC-286UからROM-BASICを搭載して互換性を高めている。

 この後PC-286シリーズは低価格,高性能を武器に売り上げを伸ばし,セイコーエプソンの主力商品の1つとなるが,PC-9801の衰退する1995年には撤退,以後はIBM-PCの互換機を販売するようになる。

 NECは自社がPC-9801用に発売したMS-DOSに,PC-286では動作しないようにチェックをかけていたが,エプソンはこれを解除するソフトを配布していた。ソフトハウスによってはこの「エプソンチェック」を行うものもあったが,後にこのチェックは廃止される。

 1987年当時,PC-9801の互換機はセイコーエプソン以外に数社が開発を行って,発売を検討しているという噂が流れていたが,実際に互換機を発売した大手メーカーとしてはセイコーエプソンのみであった。なお,シャープがMZ-2861という機種でPC-9801の互換を実現したことがあったが,これはあくまでPC-9801のエミュレーションを専用のソフトウェアで行い,特定のアプリケーションだけが動作するというもので,互換機として考えない場合がほとんどである。


・ホビーを志向した16ビットパーソナルコンピュータ

 NECはPC-8801シリーズを16ビット化したPC-88VAを1987年に発売する。Z80とV30の両方に互換性のあるカスタムLSIを中心に,グラフィック機能とサウンド機能を強化したホビー用マシンは,PC-8801シリーズとの互換性を売りにし,X68000をライバルとしたマシンであったが,ホビー用途がPC-9801シリーズに移行する流れには逆らえず,3機種の発売で終息する。

 1989年には,PC-9801VM相当とPC-8801MH相当の機能をそのまま1つの筐体に格納し,スイッチで切り替える事の出来た,PC-98DOが発売になる。翌年の1990年にはCPUをV33にして高速化を図ったPC-98DO+も投入するが,すでにPC-8801は不要になった時期でもあり,主流とはならなかった。

 富士通のFM TOWMSについては,キーボードやハードディスクを省き,CD-ROMで供給されるソフトウェアを「再生する」ためのマシンとして,小型のMartyを発売する。ちょうど当時はPlaystationとSEGA Saturnといった次世代ゲームマシンが登場する直前ということもあり,CD-ROMによって供給されるマルチメディアタイトルを,家庭用テレビで再生するための需要があると分析されていた時期でもあって,そのプラットフォームとしてFM TOWNSを応用したものであったが,そもそもFM TOWNSにそうしたソフトが揃っていたわけではなく,市場に受け入れられることはなかった。

 また,先に触れたX68000は常にマニアの方を向いたマシンとして,ハードやソフトを自作出来るスキルのある人,目の肥えたゲームマニアの期待に応えてはいたが,新しい仕様,拡張された機能などがほとんど用意されず,後継機種において進化したのはCPUのクロック周波数と搭載されたハードディスクの容量くらいのものであった。

 ただし,筐体の小型化は進み,バリエーションの1つとして3.5インチフロッピーディスクを搭載したcompactシリーズは68030モデルでも併売され,最終的に事実上の標準となった観さえある。

 X68000シリーズは,PowerPC搭載モデルの試作まで完了していたという話もあり,当時からそうした次世代モデルの噂が絶えなかったが,最終的にメーカーとしての判断から開発を中止,結局後継機種は出ないまま1982年に登場したX1の系譜は途絶えることになる。


・PC-9801シリーズ終焉

 主力機種の価格が約40万円という伝統を長く守ってきたPC-9801シリーズであったが,IBM-PCの互換機でもDOS/Vによって日本語表示が可能になったことから,一気に低価格のパーソナルコンピュータが流入する。

 そこで,従来路線を踏襲する高機能なモデルをPC-9821シリーズとし,基本性能をMS-DOSから使うユーザーに向けた廉価版をPC-9801として残す2ラインナップが1990年代初頭に見られた。

 PC-9801シリーズは後に終息,ほぼ全ての機種がPC-9821シリーズとして登場し,WIndowsへの対応やIBM-PCとの共通性を少しずつ高めていくことになるが,独自アーキテクチャであることが最終的に足かせとなり,ハードウェアもソフトウェアも,その開発が負担となっていった。

 また,Windowsの登場は,独自のアーキテクチャであることを隠蔽化するものであり,ユーザーがWindowsの動作を目的としている場合は,安価なIBM-PC互換機を買えばそれで十分という状況が生まれていた。この場合,PC-9821シリーズでなければならない理由はもはや存在せず,次第に市場規模が縮小する。

 そして1997年,NECはPC98-NXというPC97規格に準じたシリーズに軸足を移すが,2003年にはPC-9821シリーズの新規受注を停止,ここに長く日本のパソコンの代名詞であったPC-9801シリーズは,完全に終了する。


・MS-DOSとWindows

 汎用のOSとして販売された8086用のOSであるCP/M86は,当初MS-DOSに比べて優勢であったが,IBM-PCのヒットと共に,その優位性が高まってゆく。日本国内においては,MS-DOS2.11までアプリケーションを格納したフロッピーディスクにプリインストールされており,フロッピーディスクを入れて電源を投入すれば,MS-DOSからそれぞれのアプリケーションまでが起動するという一連の流れが実現した,唯一のOSであった。

 MS-DOSもバージョン3以降はこうした「バンドル」を許さなかったので,ユーザーは別にMS-DOSを購入し,自らインストールを行う必要があったが,この時すでに優秀な開発環境,低価格化したハードディスクへの対応,デバイスドライバによる拡張,日本語フロントエンドプロセッサの登場など,MS-DOSの優位性は揺るぎないものであった。

 当初,フロッピーディスクとファイルの操作,キーボードやマウスと言った入力デバイスの管理を行うだけのOSだったMS-DOSは,日本語入力手段の提供,EMSメモリによるメモリの拡張,ハードディスクやCD-ROMといった大容量デバイスへのアクセスといった機能を提供し,それぞれのアプリケーションに提供するようになる。

 それでもMS-DOSはシングルユーザー,シングルタスクのOSであり,GUIやマルチタスク環境を提供するものではなかった。

 マイクロソフトがアップルのLisaやMacintoshのGUIに触発されて開発したとされるWindowsは,MS-DOSの後継OSとしてIBMと共同開発を行っていたOS/2に対し,MS-DOSの拡張という形で細々と開発が行われていた。しかしIBMとの関係が悪化し,マイクロソフトはOS/2からWindowsへと軸足を移してゆく。

 Windows1.xはDOSのアプリケーションに過ぎず,また貴重なメモリを圧迫してしまうためほとんど使い物にならなかった。2.xではEMSメモリに対応することでメモリの問題には1つの解決策を提示したが,8086,80286,そして80386の3つのプロセッサを別々のパッケージで対応し,それぞれに機能差があった。

 Windows3.xになり,基本的には80386のみを対象とした上で,80286におけるプロテクトモードで動作するようになったことでようやく実用レベルに達し,特にWindows3.1とDOS/Vにより,海外製の安いIBM-PC互換機が国内でも売れるようになってゆく。

 そして80386のプロテクトモードで動作するWindows95が登場し,本格的なWindowsの普及が始まった。


・このころのCPU

 すでに16ビットのマシンが当たり前になったこの時代,インテルの8086の系列とモトローラの68000の系列が主軸となっていた。

 8086は現在のx86の原点とも言える16ビットCPUで,64kバイトごとに区切られたセグメントによって最大1Mバイトまでのメモリをアクセス出来る16ビットCPUである。命令セットなどのアーキテクチャに,8ビットである8080や8085を色濃く残していたため,これを揶揄する人も多かったようだが,そもそも8086が当初目指したのは8080からの受け皿であり,16ビットでアクセス出来る範囲をセグメントとして分けたこともその1つの方法である。

 8088は8086の外部データバスを8ビットにしたものである。当時のDRAMは1チップで1ビットの入出力端子を持つ構成であり,16ビットバスに接続するには最低16個のチップを必要とした。仮に64kビットのDRAMを用いた場合,最低でも128kバイトからの実装となってしまうため,そんなに必要ないという用途には無駄になってしまう。8088はこういった要求から生まれたもので,64kビットのDRAMを最低8個から構成できる事から低価格,小規模なコンピュータに向く。

 80286は8086の後継CPUとして登場した16ビットCPUであり,16Mバイトのメモリ空間に階層化されたメモリ保護機能を持つものであった。ただしパソコンでの使われ方は高速な8086としてであり,80286の機能を生かしたものはほとんどなかった。

 80386は80286を大幅に強化した32ビットCPUで,8086,80286との互換性も維持している。80386は完全な32ビットCPUであり,メモリ空間は4Gバイト,保護モード,ページング方式のMMUを内蔵しており,x86の完成形として現在のインテルの礎を築いた。

 68000はモトローラの16ビットCPUであり,M68000というアーキテクチャを実装したプロセッサの第一号である。16Mバイトのリニアなアドレス空間に直行性の高い命令セット,内部完全32ビット構成と,当時のミニコンピュータをお手本にしたCPUとして,他と比べて抜きんでた性能を誇っていた。68008は8ビットバス版,68020は32ビットバス版である。

 68030は68020の改良版で,キャッシュメモリとMMUを内蔵し,処理速度を向上させたものである。

 V30はNECが開発したCPUで,8086の互換CPUである。ピンコンパチではあるが電気的な仕様がやや異なるためそのままの差し替えは行えない場合が多い。オリジナルの8086に比べ一部の命令が処理クロック数が削減されており,同クロックの8086に比べてわずかだが高速化されていることが特徴。著作権侵害をインテルに訴えられた訴訟は長く続いたが,最終的に侵害の事実はないと判定され,和解した。

 65816はAppleIIやファミリーコンピュータに採用された6502の後継CPUで,6502との互換性を持つ16ビットCPUである。パーソナルコンピュータとしてはAppleIIGSにしか採用された例はないが,スーパーファミコンに採用された。

 Z8000はザイログが開発した16ビットCPUであるが,Z80との互換性はない。8086に比べてミニコンピュータのアーキテクチャに近く,68000が登場する前には本命とされていた。パーソナルコンピュータへの採用は例が少ないが,専用ワープロの書院などに採用された例がある。


・その他の日本の16ビットパーソナルコンピュータ

 三菱:MULTI16・・・CPUに8088,フロッピーディスクドライブとCRT,キーボードを一体化したオールインワンのマシンで,1981年に登場した日本の16ビットパソコンの草分け的存在。MS-DOSを採用したパソコンとしても最初期にあたり,マイクロソフトがMS-DOSを移植する際に,漢字を取り扱うために用意した文字コードが後にシフトJISと呼ばれるようになる。

 日立:ベーシックマスター16000・・・CPUに8088を搭載した初期の16ビットパソコンであり,驚くべき事にベーシックマスターJrやLevel3と一緒に広告が掲載されたこともある。実はIBM-PCの互換機である。

 東芝:PASOPIA16・・・PASOPIAシリーズの16ビットマシンで,CPUには8086を装備していた。やはりビジネス用途に向けたものであり,強力なOA-BASICが用意されていた。東芝はこの後,IBM-PCの互換機を展開,ラップトップマシンのJ3100シリーズや,世界初のノートPCであるダイナブックを投入し成功する。

 シャープ:MZ-2861・・・前述のMZ-5500や6500が,MZ-3500やPC-3200を源流に持つものであったのに対し,MZ-2861はMZ-2500(つまりMZ-80B)を源流に持つマシンである。CPUには80286とZ80Bを搭載し,MZ-2500モードに切り替える事で完全にMZ-2500として動作した。基本性能は高く,同梱のワープロソフト「MZ書院」も評価が高かったが,現在はPC-9801のエミュレーションを行ったマシンとして記憶にとどまる程度である。

 三洋:MBC-55・・・8088をCPUに持つパーソナルコンピュータである。1983年当時としては,128kバイトのRAMとフロッピーディスクドライブを1台内蔵して178000円と非常に価格が安く,家庭用テレビに接続出来る,フロッピーディスクは片面倍密度という安価なものを採用するなど,トータルコストを低く抑えてホビー用途も視野に入れたものであったが,ビジネス用途には必須であったソフトウェアの不足によってほとんど知られることなく市場から消える。なお,後継機種のMBC-5800はPSGやボイスシンセサイザを内蔵したが,こちらはさらにマイナーで知る人も少ない。

 松下電器:PANACOM-M500・・・富士通のFM-R50のOEMで供給されたシリーズである。

 松下電器:MyBrain3000・・・1983年に発売。松下通信工業が開発したビジネス向けの16ビットパーソナルコンピュータで,CPUには8088を採用していた。日本で最初にMS-DOSを採用したパーソナルコンピュータとして知られる。

 ソード:M68・・・パソコンベンチャーとして知られたソード電算機システムは,主としてビジネス用のパーソナルコンピュータを発売していたが,このうちCPUに8086と68000の2つのCPUを搭載したモデルが,このM68である。ソードはPIPSという簡易言語の評価が高く急成長を果たしたが,アプリケーションは自作するものから買ってくるものへと時代が変わり,急激に存在感を失っていく。現在は東芝の子会社となっている。

 NEC:PC-98LT・・・PC-98とついてはいるが,PC-9801とは互換性のないモデルで,NEC最初のラップトップマシン。PC-9801のサブセットという位置付けで,専用のソフトしか動作しなかったために,PC-9801LVというPC-9801シリーズと互換性のあるラップトップが出ると同時に消滅するが,その後この機種を小型化したPC-98HAが登場することになる。

 NEC:N5200モデル05・・・PTOSというOSが動作するオフィスコンピュータのシリーズの1つで,大型機の端末にもパソコンにもなることが売りであった。基本的な構成には同時期のPC-9801と共通する点も多かった。8インチフロッピーディスクドライブを2機装備し,CPUには8086を搭載していた。

 NEC:PC-100・・・PC-9801とは別のラインとして1983年に登場した16ビットマシンで,CPUには8086を装備していた。設計と製造には京セラが深く関与した言われており,ビットマップディスプレイに縦置き可能なCRT,マウスを標準装備し,OSにはMS-DOSを採用するなど,時代を先取りするかのような意欲的な仕様が多く盛り込まれた。しかしNECはPC-9801を主流として位置づけており,価格が高価であったこと,アプリケーションが揃わなかったこと,当時としては決して処理性能が高いわけではなかったことから売れず,営業的には失敗とされる。

 日本IBM:JX・・・失敗作といわれたIMB-PCjrをベースに,日本向け独自仕様を盛り込んだもので,当時の日本IBMとしては異例の個人向けに販売された機種。PC-8801程度の価格で16ビットマシンが買えることが売りであったが,動作は緩慢であり,ソフトもほとんどない中苦戦を強いられ,後継機種も出ずに撤退。

 カシオ:FP-3000・・・8086を採用した16ビットマシンで,1983年に148000円という低価格で発売されたマシン。ビジネスと言うより

 トミー:ぴゅう太・・・8ビットのマイクロコンピュータの範疇に入るホビーマシンであるが,CPUは16ビットのTMS9995を用いているため,16ビットマシンとして扱う場合もある。ただ,TMS9995は8086や68000に比べると明らかに一世代前の16ビットCPUといえ,16ビットマシンとして当然の処理能力が不足しているため,一般には16ビットマシンとして考える事はない。VDPにはMSXと同じTMS9918を採用し,初期のモデルはカタカナによる日本語表記のBASICインタプリタを装備するという異色のコンピュータであった。ROMカートリッジでゲームを楽しめる点はMSXやM5,SC-3000などと同じゲームを志向するマシンであったが,同時に販路の関係からおもちゃ屋さんの店頭に並ぶこともあり,コンピュータ専門店がなかった地方などでも実際に触ることが出来た数少ないマシンの1つである。

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