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2011年08月09日の記事は以下のとおりです。

HP54645DにFFT機能を追加する

 「これさえあればどうにかなる」と私が全幅の信頼を寄せる,我が測定器のトップスター,HP54645D。

 私の手元にやってきた経緯はやや複雑ですが,最初に使ったのは会社で使いました。ある方が定年までのわずかの間,私の部署にこのオシロスコープを持って異動されてきたのですが,若かった私は彼とよく衝突していました。

 彼が去った後,このオシロスコープだけ残ったのですが,対立しつつも尊敬をしていた彼の持ち物だったこのHP54645Dを受け継いで使っていくのは,この私をおいて他にない,という妙な使命感から使い始めました。

 それまでデジタルオシロに懐疑的だった私は,この時HP54645Dの実力を知り,HPという計測機器メーカーの設計思想やUIに触れることになります。以後デジタルオシロとHPという2つに信頼を寄せるようになったのです。それゆえ,その後しばらくしてHPがAgilentに変わった時,理不尽だと憤慨したことを覚えています。

 ちょうど,テクトロニクスのデジタルオシロがどうしようもないくらい使いにくいものばかりだった時代だった,からかも知れません。

 そういえば仕事では横河のDL1540も使っていましたが,これも使いやすいものでした。

 ただし,横河に限りませんが,時間軸を切り替えると,その度にキャリブレーションがかかり,1秒ほど操作不能になります。これがもうとにかく嫌で嫌で,それが私をデジタルオシロから遠ざけていたのです。

 HP54645Dの凄さはいくつかあります。今時のオシロスコープならすべて実現しているかもしれませんが,1996年当時にこれだけのことをやっていたというのは,ちょっと驚きです。

 まず,ミックスドシグナルオシロスコープであること。2chのアナログに加えて16chのロジックアナライザを持っていて,同じ画面上に同じ時間軸で表示させることが可能です。電源のノイズでバスのデータが化けるという現象をつかまえるとき,アナログ入力でトリガをかけ,ロジックアナライザでバスを観測するということが簡単にできます。

 また,トリガが強力です。バスのデータが0x68の時に誤動作する,と言う状況があったら,トリガをロジックアナライザ側からかけ,その条件に0x68を指定します。こうすると0x68がバスに乗ったらトリガがかかりますから,残りの2chのアナログでしっかりアナログの現象をつかまえるわけです。

 現実の回路のデバッグでは,波形そのものよりはデジタルのドメインで,HighからLowになった時間が重要な情報であることも多いわけですが,だからといってその時の立ち上がり時間などの過渡現象をアナログで捉えたいときもあるわけです。全てをアナログで見ていけば解決しそうな物ですが,アナログでは逆に情報が多すぎる場合も多く,「デジタル」というドメインで情報を上手に整理してくれることは,現実的には必要なことだと思っています。

 まして,ロジックアナライザは名前の通り,ロジック信号の解析を行うものです。スレッショルドレベルもちゃんと管理され,信号が変化した時刻も,どのレベルを横切ったときの時刻とするかを厳密に規定してくれています。

 そしてMegaZoom。当時としては大容量のメモリを持っていて,画面に出ていない部分もキャプチャしてくれています。通常,メモリの節約を行うため,波形のキャプチャは画面に出ている部分だけが行われるものですが,HPが始めたMegaZoomという機能では,画面に出ていない部分もキャプチャしてくれます。

 この部分を拡大したい,もう少し全体の波形を見たい,という場合にはオシロスコープの時間軸を無意識に変えるのですが,通常ストレージされた波形の場合にはリセットされ,波形が消えてなくなります。

 従って波形を取りなおすことが必要になりますが,得てして回路のデバッグではそうそう簡単に問題の波形を取り直すことが難しく,今目の前にある波形が何十分も格闘した結果手に入った,貴重なサンプルである場合も多いのです。時間軸を変えただけでそれがスパーっと消えてなくなるなんて,機会損失もいいところです。

 先程の強力なトリガと組み合わせると,このMegaZoomはものすごく強力です。

 MegaZoomでは,トリガがかかった時刻よりも前の波形も取り込んでいます。ですから,ある現象をつかまえたい時,運悪くその現象でトリガをかけられない場合などでは,時刻はずれているけれどもその条件に従って発生する間接的な条件をトリガにすることが出来ます。

 その時刻のズレが小さいうちは,画面の出ている範囲でキャプチャされるのですから,どんなオシロスコープでも対応可能でしょうが,ズレが大きい場合に時間軸を長く設定しなければならなくなり,せっかくつかまえた波形がつぶれているということがおきてしまいます。MegaZoomではそういう心配は無用です。

 もちろん,メモリのサイズは有限ですので,拡大しても波形がつぶれてしまうこともあります。みたい部分がちょうどキャプチャされていない場合もありますが,次につかまえる時にどの時間軸でどの時刻からキャプチャすればよいかの目処も確実に立ちますし,それもある範囲であればちゃんと波形が取れていますから,クリティカルな設定をすることも,何度も何度もやり直すことも防げて,実にスムーズに作業が進みます。

 そして,MegaZoomで頻繁に操作する時間軸のつまみ。これを回してもキャリブレーションは起きず,アナログオシロなみに切り替わってくれるのです。

 まだあります。画面に出てくる電圧や周波数の情報が,カーソルとは関係なく常に表示されているのです。初めてリードアウト/カーソル付きのアナログオシロを使ったときにも便利だなあと思ったものですが,常に波形の基本情報が出ていて,リアルタイムに更新されていることの安心感は,効率的なデバッグに直結します。

 そして画面が大きいこともありがたいです。アナログオシロでこのサイズのCRTを装備すると,どうしても輝度が落ちてしまうので周波数帯域に制約を受けます。輝度を上げるための特殊なCRTを使うなどお金もかかるし,扱いにくくなるものですが,これはさすがにデジタルだけに,画面のサイズは任意です。大きめのグリーンCRTは見やすく,これは昨今のLCDよりもずっとずっと気に入っています。

 そしてこれらの機能が,うまく操作系に統合されていて,思考を妨げません。メニューの階層も適切,ツマミにアサインされた機能は厳選されていて,ボタンの配置も最適。画面の下にあるファンクションキーに頼ることなく機能が整理されていて,まさに使いたい機能が使いたいところにあることで,私は初めてデジタルオシロの多機能さを自由に使うことが出来るようになったのです。

 ついでにいうと,この機種はデジタルオシロの悲しさか,中古の値段も安いです。100MHzの2chアナログに16chのロジックアナライザですから機能的には十分ですが,値段は7万円から8万円です。中国や韓国メーカーの新品が4万円くらいで買えるのですから高いというのもありますが,安い物はそれなりのものです。

 古いとは言えHPがそれまでのデジタルオシロの欠点を打破した54000シリーズは,私は確実におすすめできるオシロスコープです。

 愛機自慢に鼻息も荒く,ようやくにして本題です。

 このHP54645Dですが,人によっては「FFTが出来るよ」という話もするのです。私の54645Dにはそんな機能はなかったはず。いくらメニューをほじくっても,やっぱりFFTは出てきません。

 2465Aもそうですが,オプションを追加することで出てくる画面や機能があります。54645Dもそうではないかと調べてみると,やはりそうでした。背面にストレージユニットという拡張機器を取り付けることで,FFTなどの演算機能が使えるようになるようです。

 私の54645Dをあらためて見てみると,RS-232Cとパラレルのインターフェースを追加する54651Aというモジュールがついています。FFTや積分などの機能を追加するには,ストレージモジュールというものが必要で,残念ながらこれではありません。

 ストレージモジュールはGP-IBを追加する54657Aと,RS-232Cとパラレルを追加する54659Bの2種類があり,どちらかを追加すると演算機能や自動テスト機能が使えるようになります。もちろん名前の通り,不揮発の波形メモリも追加されるので,波形のメモが100ほど保存できるようにもなります。

 新品はもうありませんので,中古を探します。しかし,もともとHP54600シリーズの専用オプションですので,本体に付属して販売されることが多く,単品ではなかなか出てこないようです。

 あるお店で54657Aを26000円ほどで見つけましたが,これはすでに売り切れ,eBayでは1万円ちょっとでて出ているものですが,海外のオークションはリスクも大きく,ちょっと手を出せません。

 よくよく探すと,国内の業者で31500円で売っているところがありました。54657Aも54659Bも両方同じ値段で売っています。新品が65000円ほどだったことを考えると,ちょっと高い気もしますが,今買わないともう二度と手に入らない気もします。

 ちゃんとしたスペアナの代わりになることまでは期待していませんが,所詮はデジタルオシロの一機能に過ぎず,またFFTという演算を行うだけのものですので,波形の歪みがどういうスペクトルで起きているかなどを,ちゃんと見る事が出来るのだろうかと心配で,しかも3万円という安い値段ではないものですから,ちょっと迷いました。

 そもそも,デジタルオシロスコープの垂直軸の分解能は8bitです。たかだか50dBほどしかダイナミックレンジはありません。それに垂直軸の感度だって1mv/div程度ですから,基本的にこれ以下の信号はノイズに埋もれて見えなくなります。それでどのくらい使い物になるのか,私には未知数です。

 でも,私は周波数軸の測定器を持っていません。それが3万円で手に入るなら悪い話ではないと考えて,結局買うことにしました。

 数日で私の手元に届き,早速54645Dに取り付けます。故障もなく,問題なく動作しました。

 早速FFTを試してみますが,残念ながら今ひとつでした。

 高次のスペクトルの周波数と大きさをすぐに見ることが出来ることは大変に便利だと思いますが,具体的にどういうシーンで使うべきかが今ひとつ浮かんできません。歪みを見るにはちょっとダイナミックレンジが小さすぎますし,私は高周波はほとんどやりませんし。

 他の機能,自動テストや積分についても,私にはあまり必要性がありませんが,それでもこういう機能があるということを覚えていれば,役に立つ事もあるかも知れません。

 一応これで,私の54645Dはフルオプションになりました。周波数軸の観測まで可能になったことで,きっと何かの役に立つ事があると思います。そもそもスペアナなんて必要と思った事はほとんどないですから,今の時点でFFTが使いこなせるわけもありません。

 まあのんびりいきましょう。

 ところで,私が持っているRC発振器VP-7201Aと電子電圧計1631Bの,大メンテナンス大会を計画しています。劣化した電解コンデンサを交換して可能な限りの調整をしようというだけの話ですが,VP-7201Aが思いの外低歪みな発振器であり,電解コンデンサを交換するだけで性能が回復するという話を聞いて,やってみることにしたのです。

 1631Bは菊水のホームページから説明書がダウンロード出来,この中に調整方法まで書かれているので,完璧です。平均値型の交流電圧計を,メーターの指示を実効値で表示してあるだけのなんちゃって交流電圧計のように見えますが,当時はそれが当たり前でしたし,なにより大型のアナログメーターと-80dBレンジを持つ高感度っぷりが頼もしいです。

 しかし,30度を超える真夏に調整をするなんて,無謀ですね。

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