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2011年09月30日の記事は以下のとおりです。

大阪の言葉

 私は大阪の生まれで,仕事で東京で暮らすようになりました。自分を大阪の人間が東京にゲストで来ているのだと考えていて,よそ者の気分でいるわけですが,もうすぐ東京で暮らした時間の方が長くなるという現実を突きつけられて,ショックを受けるようになってきました。

 そんなこんなで私は大阪弁ネイティブであり,バイリンガルなわけですが,言葉は文化であり,文化は人であると考えた場合,大阪の言葉というのは同じ日本語かなと思うほど,大阪の人の個性を反映しているなあと思います。

 最近はテレビでも大阪弁を耳にすることが多くて,第二公用語っぽい雰囲気さえ出てきた大阪弁ですが,単語やアクセントの違いという表面的な部分以外の相違点に注目すると,これがなかなかおもしろいのです。

 私はその方面の学者とは違いますから,専門的な知識はないし,間違っていることもあると思います。それに大阪弁を使う地域というのは狭いようで広いですから,もしかすると私の生まれ育った河内でしか使わない表現かも知れません。

 ただ,大阪弁をおもしろおかしく誇張することはしたくないので,良くやっている言い回しを書いておくようにします。

 さて,続きは大阪の言葉で書くことにしますか。


(1)助詞を省く

 なにせ,大阪弁は助詞を省くんです。名詞をずらーっと並べて,それで意味が通るんです。不思議ですわね。

例)私それたべるわ -> 私はそれを食べます
  テレビみよか -> テレビを見ましょうか
  あんた日曜日梅田いかんのか -> あなたは日曜日に梅田にいかないのですか
  めしいこ -> ご飯にいきましょう

 単語と単語との間に切れ目を入れるしゃべり方より,一息にだーっとしゃべってしもて,単語の切れ目はアクセントで切る方が大阪弁として綺麗です。

 なんちゅうても,助詞によって機能が定まるとした日本語の文法の基本概念を,根本から打ち崩す事実ですわね。いちいち文法的に正確であることを問わんと,話の前後関係や常識的なところで,それぞれの単語の役割をなんとなく理解して成り立ってるわけです。それで不思議とケンカにならんちゅうんですから,えらいもんですわね。


(2)指示代名詞が多い

 あれ,それ,これ,という指示代名詞ですが,大阪の人は年寄りでのうても多用します。

例)なにしたらあかんで -> (そういうことを)してはダメです
 
 こんな言い回しはあんまり東京ではせんので比較が難しいんですが,大阪では「あれがなにしてこないなってもうた」と,すべてが指示代名詞になってるような文章でも,聞き手は「そら難儀やな」と返事出来たりするんです。

 ま,こっちが「なにが難儀やねん」と意地悪して聞き返すと,おおむね「そらーあれや,あれがほらなにしてな」と返ってくるんもんで,こっちとしても「あーそやそや」と話を合わすんです。これで会話成立ってウソみたいでしょ,けど普通です。

 思うんですが,前後関係で話を類推することに加えて,共通の話題で話をすることが多い故に,なんとなく相手の言うてることが分かるちゅう事と,話す方は話す方で思考より先に口が動いてしまう上に,「えーっと」なんて会話を途切れさせることはなにより恥ずかしい事ですから,とりあえずワイルドカードとしての指示代名詞を当てはめるんやないでしょうか。

 いうたらあれですよ,RISCプロセッサでNOPを入れてパイプラインが乱れるのを防ぐようなもんですわね。


(3)擬音が多い

 これはもうホンマに多いです。その擬音がなくっても意味は十分通じるのに,わざわざだーっと擬音を入れるのが,大阪の人の話し方です。

例)そこの角を右にきゅっといって,行き止まりまでどーんといってから
  左にぐっといって,大きな通りに出たらまっすぐしゅーっていったら
  右手にバーンと大きな看板がでてくるで。

-> そこの角を右に曲がって,行き止まりで左に曲がり,
  大きな通りに出たらまっすぐ道なりに進むと,右手に
  おおきな看板が出てきます。


 まあ,個人差はあるんですけど,私の経験上,行き止まりに「どーん」は
8割以上の大阪人が言うのんと違いますかね。


(4)せっかち

 基本的にせっかちですね。一息で話せるように縮めて繋げて話します。

例)ちゃいます -> ちがいます
  しゃーない -> しかたがない
  どない? -> どんな感じ?
  ほっといて -> 放っておいて
  へて? -> それで?
  いてまえ -> いってしまえ

 東京やと右の方が普通なんですが,大阪ではこれを,意味を深めるのにわざわざ使います。

 相手の指摘に異を唱えるだけやったら「ちゃいます」ですけど,そこに「おまえに言われたないわ」とか「そんなはずあるかいボケ」という具合に,ちょっとした敵意を込める場合なんかに,「ちがいますー」と棒読みすんです。相手はそらー怒ります。怒りますけど,ちょっと茶目っ気もありますからね,さっと引く怒りです。

 同様に,ただやむを得ないんやったら「しゃーない」ですが,本当に心底がっかりしたときには「仕方がない」と言うんです。大阪の人間が「仕方がない」と言うたら,心から慰めたって下さい。

 そうそう,「しています」の「い」を取る事も普通です。「してます」と4つの音で言う方が楽なのか,それとも「い」を発音するのが下手くそなのか,理由はようわかりません。


(5)形容詞の「い」を省略する

 先日のニュースでも報道されてましたが,大阪では昔から形容詞の「い」は省く傾向にあります。ニュースではなにやら「相手に同意を求めないで済むので無視されても独り言として処理できることが現代人の繋がりの薄さを象徴している」などと小難しいことを言うてましたが,大阪弁ではリズムを整え,素早く綺麗に言うために,冗長な発音は避ける傾向があります。

例)くっさーえげつなー -> くさい,ひどい
  あーしんど -> ああしんどい
  さぶさぶ -> 寒い寒い
  
 その他にも,高いを「たか」,低いを「ひく」,安いを「やす」,重いを「おも」,などというのは,日常的です。


(6)強調の言葉が強烈

 「消える」を強調するのに「失せる」を付け加えて「消え失せる」ていうたりしますけど,大阪弁では強調だけで使われる言葉があります。「さらす」がそうです。ついでに「くさる」なんかもそうですかね。

例)帰れ -> いね -> いにさらせ
  なにをするのだ -> なにすんねん -> なにしくさる or なにさらしとんねん

 この時の「さらす」「くさる」には,意味はないんです。ただ,強めるだけです。

 実は,ここまで強い言い方は,最近はあまりせんように思います。本当にケンカになるくらい,強い言い方ですしね,加えて割に年寄りが使う言葉のような気がします。

 そんなもん,年寄りに「いにさらせ」て言われたら,縮み上がってしまいますよ。それでラ行を巻き舌で言うたりするんでね,年寄りは。


(7)尊敬語を作りやすい

 大阪弁には「~する」を「~しはる」と変化させて,尊敬語を作る仕組みがあります。「食べる」は「食べはる」ですし,「寝る」は「寝はる」です。

 標準語で言うところの「~される」なんですけども,標準語で「~される」を連発すると,これはもう堅苦しいてかえって嫌みになりますわね。それに受動態の「~される」と区別がつかん時が結構あるもんです。

 けども,大阪弁で「しはる」というのは,そんなにくどいもんやないんです。尊敬もあるけど,親しみもあるという感じやないでしょうか。それで,受動態の「~される」とは使い分けられるんですから,便利なもんです。

 ついでにいうと,大阪弁を含む上方の言葉には,身の回りにある物に敬称を付けることがしばしばです。おいもさん,あめちゃん,うんこさん,てな具合です。


(8)自分を下にする言い回し

 これは大阪の言葉の最も豊かな部分かなと思たりするんですが,自分を相手の目下におくような,けども謙譲語とはまたちょっと違った言い方をすることがあります。無理をお願いするときや,相手の慈悲にすがるときなど,便利に使いますね。

例)大目に見たってや -> 大目に見て下さい
  助けたってください -> 助けて下さい
  それやったって -> それを買います

  
 1つ目も,「大目に見てや」というと妙になれなれしく聞こえます。私もちょっとびっくりしました。こんな言い方されたら,許せる事でも絶対許さんと思います。「助けてや」よりも「助けたってや」の方が,相手を不愉快にせんもんです。

 3つ目はかなり高度な大阪弁です。指示代名詞には助詞がないし,動詞は「やる」に「売る」という意味を持たせてますからね。

 それを買います->それを売ってもらえませんか -> それやったって

 という変化です。私が買うのではない,相手に売ってもらうのだ,と言う相手主体の言い方です。大阪ではこういう言い方が案外多くあります。

 ところでこの表現にはちょっと面白い事があって,買った物を使う人とお金を出す人が同一の場合も,異なる場合も,同様の表現をします。

 例えば,自分でお金を出して自分で使う物を買うときに「これやったって」というと,「売ってもらう」という立場にへりくだる事になります。店員さんはもともと自分が下手に出ることを心得ているプロですから,お客さんが自分から下手に出ることで,売り手と買い手がWin-Winの関係になることを望んでいるという意志を読み取って,「ええお客さんやな」と思うわけです。確かに「売る物が変われば立場も変わる」という商都大阪ならでは,やったんかも知れません。

 一方で,自分の子供にオモチャを買い与える場合,親が店員に「これやったって」と子供の前で言ったりします。店員は子供に「こうてもろてよかったなー」と言いながら品物を子供に手渡し,お金は親からもらうわけです。子供は完全に「お金」という汚い物から隔離されるんです。

 これなんかも,お金を持っている人が強いという基本的なルールを子供に教える事と,社会全体でお金という面倒くさいもんから子供を守るという,そういう思いちゅうか優しさちゅうか,そんなもんが見え隠れしてるように思います。

 これも大阪が商売人の集まりやから,と言うてしまえば簡単でしょうけど,私はそれだけやのうて,相手の立場に立つという文化が根付いているからやないかとも思ってます。


 とまあ,いくつか並べてみたんですが,共通するのは「リズム」と「想像力」と「相手に対する興味」やないかと思います。

 相手とお話をしますと,頭の中でどんどんビジュアルが沸いて出てくるのが大阪の人の会話で,話の先読みもお互いにどんどんやっていくわけです。だから助詞がなくても名詞の役割がわかるし,指示代名詞でも話がどんどん進むんです。

 極めつけが擬音で,これなんかも話し手と聞き手のイメージがうまいこと重なるんでしょう。行き止まりにぶつかったら,話し手も聞き手も「どーん」って心の中でいうてますから。

 そして,そういう「話の流れ」の基本になるのが,リズムです。流れるように話すことで会話と思考が途切れず,イメージが双方で同期するんですね。

 大阪の言葉で話をすると言うよりも,大阪の人同士で話をすると,やっぱり楽しいなと思います。まあ,繰り返しになりますけども,言葉は文化ですから,なにも大阪に限ったことではなくて,やっぱりその地域地域ごとに,独特の文化圏があって,その枠の中で話すという事が心地よいというのは,当たり前のことやないかと,そんな風に思います。

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