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2012年05月09日の記事は以下のとおりです。

3世代が揃う連休

 この5月の連休は,私の気分が晴れず,随分と周囲に迷惑をかけました。連休に入る前からあまり良い状況とは言えなかったのですが,不機嫌になり,周囲におかしな理屈をこねくり回しては相手を責めるようなことは,もはや常軌を逸しているとしか言えません。

 私がいることで楽しく過ごせるか,はたまた苦痛になるかは,つまるところ私次第という非常に悪い状態が長く続き,一緒にいた人間はさぞや辛かったろうと思います。

 そんなこんなで,連休後半には大阪の実家の母が,わざわざ東京にまで,我々の娘に会いに来てくれました。ちょうど連休中に生後半年を迎えた娘は,体はやや小さいものの,色白で整った顔立ちをしていて,誰を見ても朗らかにニコニコと笑い,ぐずって周囲を困惑させることが少ない,我々にとって誠に都合の良い「いい子」です。

 我が子のことが良く見えるというのは誰でも同じことですが,私たち夫婦のように友人も少なく,人との関わりを積極的に望まない種類の人間にとって,娘がいることで話しかけられることを何度も経験すると,赤ちゃんの持つ潜在的な力を感じざるを得ません。

 例えば,娘が少し前に病院に行った際,待合室にいた老夫婦が私に話しかけてきました。当然まだ子供は話が出来ません。老夫婦は子供と話をしたかったわけではないのですが,さりとて私と話をしたいと思ったわけではありません。

 私でも,あるいは嫁さんでも,一人なら声をかけられることなどほとんどありません。もし娘がいなければ,老夫婦は私に話しかけるなど絶対にしなかったことでしょう。

 またある時,娘をだっこしてドラッグストアに頭痛薬を買いに立ち寄りました。個人経営の薬局と違い,コンビニのようなシステム化されたチェーン店で不必要な会話などをしないものですが,娘を見て思わず若い女性の店員が顔をほころばせ,かわいいですね,と口をついて出てしまうのは,娘の「人徳」がなせる技かと思いました。

 その女性店員は,「かわいいですね」と言った後,はっと我に返ったように「しまった」という表情をしながら,上目遣いで私の顔をそーっと見上げたことでもわかるように,つい不意を突いて口にしてしまったようです。

 最近は希薄になっているかも知れませんが,それでも子供というのは社会が育てている一面があります。文字通りの積極的な意味でもあるし,あるいは社会によるその存在の許容,と言ってもいいかもしれません。

 私の母は,それまでの忙しい毎日の続きで,早朝から新幹線に飛び乗って,昼過ぎに東京にやってきました。出迎えた母は疲れた顔をしていましたが,自宅に戻って来て娘を抱くと,もしかすると嫌がられてしまうのでは,という心配も吹き飛び,ニコニコしている娘とのコミュニケーションを堪能していた様子でした。

 おそらく,母も孫の顔を見ることをあきらめていたのではないかと思います。私たち夫婦が子供をあきらめていたのですから,当然のことだと言えます。ですから,我々夫婦が驚くのと同じくらい,母も驚いたはずです。

 幸いにして,娘は健康に育っています。朗らかで人見知りせず,とても綺麗な顔でニコニコして手足を動かしては,見る人の表情を緩ませます。私たち夫婦は,この素晴らしい存在の親として日常的に接することを許される特権階級なわけですが,母も祖母として,孫を抱きかかえる特権を有しています。

 しかし,500kmという物理的な距離は,その権利の行使を阻みます。仕事をしている母に連休を取るだけのゆとりはありませんが,今回無理を言ってわざわざ来てもらったのは,今の娘に今会うという,至極当たり前の事を,ぜひ味わって欲しかったからです。

 確かに,我々夫婦が娘を連れて大阪に行くというのも手でしょう。実際それは特別な事ではありません。ですが,慣れていなければ大人でもぐったりする長距離の移動,それも日本の2大都市を結んで,常に人混みにいることは,まだ自分の宇宙が家の中だけ,と言う娘にとって,あまりに強すぎる刺激であり,大きなストレスになる可能性が否定できません。

 心配しすぎかも知れませんが,もし移動でぐったりしたらどうしよう,風邪でもうつされたらどうしたものか,実家で高熱を出して戻ってこれなくなったらどうしよう,といった小さな事から,事故や災害に巻き込まれると取り返しが付かないという大きな事まで,いろいろ考えてしまうのは,無理もないと思います。

 どうしようか,と迷った結果でもしなにか起きてしまったら,やっぱりやめておけばよかった,と後悔するに違いありません。しなくて良いことをやって,取り返しの付かない事態に陥ることほど,悔しいものはないはずです。

 しかも,これだけ逡巡して決断した結果,当の娘は大阪に行ったことを全く覚えてはいないのです。大阪に行った経験が全く影響を与えないとまではいいませんが,娘には振り返ることの出来ない時間であり,一方で振り返る事の出来る我々夫婦の経験のために,娘に背負わせるリスクとしては,ちょっと大きいかなと私は思いました。

 難しいのは,母もすでに老人であり,私には子供と共に等しく保護される対象である対象になっていることです。ですから,まだ母が仕事を続けて,元気に動き回れるときに,ぜひこちらの様子を見て,孫とのコミュニケーションを楽しんで欲しいと思ったのです。

 2泊3日の母の滞在の間,娘はとてもいい子にしていて,喜んで大阪に帰っていきました。こんなことをいうのもどうかと思うのですが,母の年齢を考えると,我々の所にやってきて娘と会うことは,もう今後ないことかも知れないと,そんな覚悟もしています。

 母から私が,私から娘が生まれ,それらが一堂に会することは,みんな経験することで何も特別な事ではないかも知れません。しかし,それぞれにとってやはりそれは特別なことであり,感動的なことですらあります。

 そんな気持ちを新たにした,連休でした。

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