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2012年09月26日の記事は以下のとおりです。

デジタルカメラ列伝 その1~Nikon D2H

 私はカメラが好きですが,デジタルカメラの時代になってから,機材の陳腐化が頭の痛い問題になってきました。

 撮像機構がリムーバブルで,規格に従って作られており,最新技術で改良が続き,その結果50年前のカメラでも最新の画像が手に入るという銀塩カメラの世界は,私にはとても居心地の良いものでした。

 もちろんデメリットもあり,これを根本から解決したのがデジタルカメラなわけですが,失ったものも大きく,あくまで趣味の世界の贅沢品として,銀塩カメラが残ってくれたらいいなあと思っています。

 そうはいっても,デジタルカメラは便利です。それに,最新の技術はもう銀塩カメラではなく,デジタルカメラのために開発されます。

 こうみえて私はデジタルカメラを手にしたのは案外早く,最初のデジカメはコダックにもOEMで供給された,チノンのES-1000で,確か1996年の事でした。

 しかし,最近は新しいものを買っていません。数年前のものをそのまま,大事に使っています。画質はもう私の要求に達しましたし,慣れて馴染んだカメラだけに,買い換えても今以上の写真が撮れる気がしないのです。

 改めて自分の愛機を並べてみると,変な機種ばかりです。僭越ながら私の愛機を紹介します。

 第1回目は,NikonのD2Hです。


・D2H(Nikon,2003年)

 「これがデジタル時代の到来なのか - 」

 それまで特殊な装置と考えられていたデジタル一眼レフは,ニコンが放ったD1シリーズによって一気にプロの世界を席巻した。保守的でありながらも,自らのメリットになる変革にはいつも貪欲な彼らの目には,確実に次の時代が見えていた。

 フィルムの時代が終わる。次のオリンピックは,全てがデジタルで残される事になるだろう。

 こうして初代皇帝D1が築いた王朝を継承し,世界中のフォトグラファーの忠誠と尊敬の独占を宿命付けられた正統後継者,D2Hが誕生する。

 最速を極めたレリーズタイムラグ,秒間8コマを支える超高速なレスポンス,新開発のセンサ「LBCAST」,デジタル一眼レフ専用設計のメカ,低消費電力化とリチウムイオン電池の採用が可能にした連続動作時間の長さ。

 しかし,時が経つにつれ,賞賛は沈黙に変わった。
 
 400万画素という当時にあっても見劣りする画素数,ラーメンどんぶりの模様が浮かび上がるといわれた未熟な画像処理,そして特に高感度域でのひどいノイズによって,ハレの舞台であったはずのアテネオリンピックで,永遠のライバルであるキヤノンの前に惨敗する。

 たなびく勝者の軍旗のように,キヤノンの「白いレンズ」がアリーナを埋め尽くす。

 その悪夢のような光景に,ニコンの伝統を信じた者は言葉を失い,ただ立ち尽くすのみ。後に「アテネの悲劇」と語り継がれることとなる。

 やがて多くのプロが,ニコンを捨てた。なぜなら彼らは写真で食わねばならない。ニコンは,彼らを引き留めることは出来なかった。

 D2Hは都を追われた。そしてその個性を深く愛する一部の狂信的アマチュアだけが,細々と使い続けていた。

 だが,D2Hの実力は,彼を愛したアマチュア達によって開花する。

 まるでリバーサルフィルムと錯覚するほどの狭いラチチュードのLBCASTは,的の中心を射貫くがごとく,適正に決めた露出によって,独特の深い色と画素数を超えた解像感ををたたき出す。

 未成熟だった画像処理は,RAWデータをPCで現像することで生まれ変わった。400万画素という画素数はデータサイズが小さく,そのハンドリングの軽さはクリエイターの思考を妨げない。

 切れの良いシャッターは官能的で,一度シャッターを切ると脳内麻薬が吹き出し,快楽におぼれたその体は,次のシャッターレリーズを求め続ける。

 1kgを越える重量を全く感じさせない絶妙なグリップ感は,6時間握りしめても疲れを知らず,闘い終えてカメラを置いては,腕の痛みでその撮影の過酷さを知る。

 やはり,ニコンのフラッグシップである。その血統に偽りはない。

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