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2012年10月02日の記事は以下のとおりです。

デジタルカメラ列伝 その3~PENTAX K10D

・K10D(PENTAX,2006年)

 King of SLR ---

 かつて,戦争に敗れ貧しく疲弊した東の国に,アサヒフレックスと名付けられたカメラが生まれた。彼の国が世界のカメラを席巻する,その種が蒔かれた瞬間である。

 日本で初めての一眼レフを生んだ小さな工場は,やがて創業者が「一眼レフの王たれ」と夢を託した,ASAHI PENTAX Kを誕生させる。ドイツの名門の血を引くマウントを引き継ぎ,忠誠を誓う宰相Takumarも,もちろんそばにひかえている。

 そう,レンジファインダーを備えたカメラが,すべての頂点だった時代の話である。

 次なる王は,長く続いたドイツ生まれのマウントから脱却し,新しいマウントを備えた次世代カメラとして生まれた。ASAHI PENTAX K2と名付けられたその一眼レフには,当時考え得るあらゆる可能性を盛り込んだマウントが備えられていた。

 高性能レンズの設計を容易にする大口径,連動ピンを内部に持つ信頼性,プラクチカマウントと同じフランジバックを引き継いで,簡単なマウントアダプタでも完璧な精度が出る巧妙な仕組み。そして門外不出であるはずの仕様の公開。

 最新の高性能レンズと,過去のレンズ資産との共存。全てのレンズが跪く。誇り高き王にふさわしく,そのマウントはKマウントを名乗った。

 かように,ペンタックスにとって,Kとは,特別である。

 Kとは,これすなわち王である。しかるに妥協があってはならない。

 6x7や6x4.5といった中判フォーマットの最高級機でさえ,Kを名乗る事は許されなかった。この事実は,重い。

 時は流れ,旭光学はペンタックスになり,ASAHI PENTAXはPETAXになった。しかしペンタックスはあえいでいた。銀塩時代から続く不振と,高度化する技術に振り回される。先頭集団からの遅れは開き,買収の噂は絶えず,事業撤退の危機と隣り合わせの状況に,玉座の主がいないまま,ペンタックスは疲弊してゆく。

 そんな中生まれた待望のデジタル一眼レフ*istDは,高い評価を受けながらも,その凡庸さゆえ,会社を救いはしなかった。続く機種にも,迷いがある。

 まだだ,まだKを名乗ってはいけない。

 満を持して誕生した三人目の王は,K10Dと言った。

 防塵防滴という鎧をLXから譲り受けた新しき王K10Dは,伝統の小型軽量のボディを纏って我々の眼前に姿を現し,玉座に着いた。

 王者のマウントに忠誠を誓うあまたのレンズに,K10Dは1000万画素の高画質と,センサ駆動式手ぶれ補正を分け隔てなく与えた。かつて祖父が苦楽を共にしたTakumarにも,王はねぎらいの言葉と共にその手をさしのべることを厭わず,のみならず,すでに没落したドイツの名門に生まれたカビだらけの老兵にさえ,最新技術の恩恵を与え賜うた。

 ペンタックスのAFレンズには,古いものでもMTFのデータが書き込まれている。今すぐ役に立つ事はなくとも,いずれきっと役に立つときが来る,そう信じて,生みの親たちはMTFのデータ密かに埋め込んだ。

 Z-1とMZ-Sから受け継いだMTF優先プログラムAEによって,眠り続けたMTFデータは覚醒しその真価を発動させた。K10Dを通して設計者のメッセージを受けとった我々は,そのレンズの真の姿に触れる。

 ペンタックスの王は,常にレンズと共にある。誇らしげに,瞳に王冠を奢った御旗を掲げて。

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