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2013年02月12日の記事は以下のとおりです。

MIDIが変えた世界にグラミー賞

 2月10日の夜のニュースで,ローランドの創業者である梯郁太郎さんが,MIDIの開発への貢献をたたえられ,グラミー賞を受賞したと報じられました。

 昨年2012年はMIDI誕生から30年の節目の年でした。

 昨年末にはローランドの梯郁太郎さんとシーケンシャルサーキットの創業者デイブ・スミスさんの両名がグラミー賞を受賞するというニュースは,関係者の間ではすでに広く知られていましたから,先日のニュースは「そうかそうか授賞式だったんだな,ご本人は出席されなかったのか,残念だな」くらいの話だと思っていたのですが,国内のテレビニュースでの扱いは大きく,個人受賞としては日本人初の快挙,国際的な規格の開発者が日本人だったなどと,わかりやすい形でその功績が紹介されていました。

 思えば私がMIDIを知ったのは1984年のコンピュータ雑誌(電波新聞社のマイコン)でした。MIDIと一緒に歳を食ってきたなんだなあとつくづく思うわけですが,MIDIが他の規格と違って特徴的なのは,その間基本的な仕様が全く変更されず,30年前の機器と現在の機器がちゃんと通信して動作するということでしょう。

 もちろん,USBのようにUSB2.0の機器にUSB1.1の機器はつながって動作します。しかし,MIDIにはバージョンはなく,機器によってメッセージの対応能力に差はあっても,規格上は対等です。それだけ良く出来た規格だったと言えるのでしょう。

 ということで,MIDIの誕生のお話を,ローランドの貢献を中心に少しまとめてみたいと思います。

 1970年代に登場した音楽用のシンセサイザーは当然アナログ式でした。VCO,VCF,VCA,LFO,EGなどがそれぞれの機器として独立していて,それらをパッチコード繋いでいくというモジュラー式のシンセサイザーが多く存在した時期でしたが,特筆すべきは減算方式のシンセサイザーの生みの親であるモーグ博士が,それぞれのモジュール間でのインターフェースを「電圧」で行う仕組みを徹底したことでした。

 これによって,モジュールの出力を別のモジュールの入力に入れて制御するなどの柔軟性が生まれ,シンセサイザーは大きな表現力と可能性を手に入れる事になります。

 余談ですが,ミニモーグなどのステージ用シンセサイザーは,このモジュール間接続が固定されていて自由度に乏しいと見なされていました。またモジュールを縦横に並べ,その交点をON/OFFすることでややこしいモジュール間接続を行おうとしたのが,マトリックスモジュレーションです。

 音程を指定する鍵盤との接続インターフェースも電圧で行われ,鍵盤からはその音程に応じた電圧が出力されるわけですが,鍵盤の代わりに自動的に電圧を決まった時間で出力する装置を取り付ければ自動演奏も可能になります。

 8個や16個程度のボリュームを一定の間隔で切り替えるだけの簡単なシーケンサーに始まり,やがて当時普及を始めたマイクロコンピュータを搭載して,何千もの音を記録出来るMC-8やMC-4が登場して,「テクノポップ」のブームを技術的に支えたのでした。

 ですが,この電圧による制御というのは,なかなか面倒なのです。まず,1Vあたりどれだけ音程が変化するのかという取り決めに2種類ありました。Hz/VとOct/Vの2種類です。

 Hz/Vは電圧と周波数が比例,Oct/Vはオクターブと電圧が比例します。モーグやローランドはOct/Vを,ヤマハやコルグはHz/Vを採用していましたが,使い勝手の良さはOct/V,安定性と回路の簡略化や低コスト化はHz/Vに分がありました。

 このように,単純な電圧のやりとりにも関わらずメーカー間での互換性はありませんでしたし,それ以前にポリフォニックシンセはこの方法では制御できません。かの名機Prophet5でも,CV/GATE入力はVoice5のモジュールのみにつながっている,モノフォニック専用のインターフェースでした。

 和音が演奏出来るポリフォニックシンセには,和音分だけのモノシンセと,それぞれに割り当てを行う為のマイクロコンピュータが必要だったわけで,それは世界初のポリフォニックシンセであるProphet5であっても,Jupiter8であっても同じです。

 ポリフォニックシンセは,鍵盤のうち,どのキーが同時に押さえられたかをマイクロコンピュータがスキャンし,内蔵された複数台のモノシンセを割り当てていきます。モーグのPolyMoogやコルグのPS3100のような,キーの数だけモノシンセを用意するという方法はマイクロコンピュータを使わないならやむを得ませんが,現代の視点で見るとあまりに無謀な解決策です。

 では,このマイクロコンピュータから信号を出し,他のポリフォニックシンセのマイクロコンピュータに入力してやれば,シンセサイザー同士が接続出来ることになりますね。なにせ,どの鍵盤を押さえられたかを知っているのはマイクロコンピュータですし,それをどこに割り当てたかもマイクロコンピュータが決めているのですから。

 少なくとも,マイクロコンピュータに与える情報は,どのキーが押されたのかという情報だけで済みそうです。この情報を,ある仕組みに従って送受信する仕組みがあれば,ポリフォニックシンセを「発音情報」だけで操ることが出来そうです。

 こうして,内蔵されたマイクロコンピュータを使って,シンセサイザーが通信を行う考え方は,比較的早くに登場していたようです。しかし,当時のアメリカのシンセサイザーメーカーは大型化を志向しており,同時に出せる音の数にせよ,反応速度にせよ,高いものを望んでいました。その結果,インターフェースにはパラレル方式が望ましいとされていたのです。

 一方,まだまだ零細企業だったローランドは,ステージで利用出来る小型のシンセサイザーを主軸に置き始めていました。そこに求められるのは信頼性と簡便性です。そこでローランドは,マイクロコンピュータを使った通信方式に,シリアル方式を開発します。

 DCBと呼ばれたこのインターフェースは,14ピンのアンフェノールコネクタに,i8251というUARTの信号をそのまま引っ張り出し,5VのTTLレベルで送信と受信を31.25kbpsで行うデジタルインターフェースで,1982年にJuno60とJupiter8に搭載しました。

 DCBによって,ポリフォニックシンセは初めて他のシンセサイザーとつながって,制御し,制御されるようになったのでした。

 ただし,DCBには欠点もありました。まず,14ピンのアンフェノールコネクタは大きく,高価でした。また,通信の方式も5VのTTLレベルでしたからノイズに弱く,異なる機器でグランドを繋ぐ必要があったためにグランドループが出来上がり,これがノイズを発生させて動作が不安定になったりしました。それにケーブルも長くは出来なかったのです。

 そこでローランドはDCBの欠点を改良します。まずコネクタには,ヨーロッパで標準的に使われていたDINコネクタを採用します。この時,送信と受信が1つのコネクタに揃って出ている必要はないという判断から,入力と出力をそれぞれ別のコネクタに分けることにします。

 次に通信の方法は,5VのTTLレベルではなく,フォトカプラによって絶縁されたカレントループで行う事にしました。電圧の高い低いではなく,電流が流れたか流れないかで判断するこの仕組みは,ケーブルが長くなったりノイズが乗ったりしても信号に与える影響は小さく,また接続した機器がフォトカプラで電気的に絶縁されたことで,グランドループも影響することがなくなり,高い信頼性と優れた使い勝手が実現しました。

 こうして,次世代DCBがローランドによって開発されているなか,シンセサイザーのインターフェースを統一しようという動きが出てきます。前述のように,アメリカのシンセサイザーメーカーは大型化を目指していて,処理能力のあるパラレル式が有望とされていました。

 一方,いち早くマイクロコンピュータを内蔵してシンセサイザーをポリフォニック化したシーケンシャルサーキットは,ローランド同じステージで使用される小型モデルを主力としていました。

 シーケンシャルサーキットも,電話用のモジュラージャックを流用たマイクロコンピュータ同士の通信手段を開発していましたが,グランドが共通の電圧インターフェースであるなど欠点も多く,同じような思想で開発を行っていたローランドは,次世代DCBをシーケンシャルサーキットに紹介するのです。

 当時,せっかく開発した技術を他社に公開するなど危険すぎると,ローランド社内には当然反対意見も多かったそうです。しかし,こうした通信規格は広く公開して多くの機器がつながるべきだという梯郁太郎さんの考えで,公開されました。

 これを受け,シーケンシャルサーキットは次世代DCBの採用を決定,そしてヤマハ,カワイ,コルグ,オーバーハイムを加えた6社によって1981年,ついにMIDIとして発表されます。

 以後,ローランドを中心に開発が進み,1982年10月に仕様が公開されます。そして記念すべき1983年1月のNAMMショーで,シーケンシャルサーキットのMIDI対応1号機であるProphet600と,ローランドのMIDI対応第1号機であるJX-3P(実際にはJupter6の可能性が高い)との接続デモが公開されたのです。異なるメーカーのポリフォニックシンセが細いケーブルで繋がり完全に操作できることは,その後の音楽制作のスタイルを劇的に変えていくことになります。

 そして30年が経過し,MIDIは現在においても標準的な楽器間接続インターフェースであり続けています。これまでに機能の拡張もありましたが,発音情報を実時間でやりとりするという楽器接続の基本的な機能にはほとんど変更はなく,現在に至っています。

 1990年前後には,MIDI2の噂も流れていました。当時を思い出すと,コネクタをMiniDINコネクタという小型の物にするとか,MIDIの最大の欠点と言われた転送レートの遅さか来る発音タイミングの遅れを改善する高ビットレート化,さらに長い距離で通信が可能なるように長いケーブルを使えるようにするなどの話が出ていたように思うのですが,結局MIDIは当時のままです。

 こうして,MIDIは日本のローランドとアメリカのシーケンシャルサーキットが旗を振り,シンセサイザーの標準的な接続インターフェースとして広く普及することになりました。MIDIのベンダーIDのトップはシーケンシャルサーキットで,ローランドは日本のベンダーIDの2番目に定義されています。(1番目はカワイです)

 この貢献に対し,ローランドの梯郁太郎さんと,シーケンシャルサーキットのデイブ・スミスさんが,グラミー賞を受賞したわけです。

 アナログシンセサイザーをマイクロコンピュータで制御する,そしてマイクロコンピュータ同士を繋いで通信させる,そうした発想がどれほどの利便性を生み出したか。アマチュアからプロまで,スタジオからステージまで,電子楽器のある,ありとあらゆる所で,MIDIは今も使われています。

 ざっと調べたところ,MIDIという規格が大きく変更されるという話はなさそうです。30年もの間安定して使われ続け,高い評価を受け続けたインターフェースは本当に珍しく,見事と言うほかありません。これからもMIDIは使われ続けることと思います。


 - おまけ - DCBの詳細

 MIDIの原型となったDCBは,ローランドのローカル規格ですし,すぐにMIDIに置き換わったために,ほとんど情報がありません。ですがちょっと調べてみました。MIDIとの比較を行いながら見て頂けると,面白いのではないでしょうか。

・電気的仕様

 14ピンのアンフェノールコネクタです。ピンアサインは以下の通りです。

1. Rx Busy
2. Rx Data
3. Rx Clock
4. Ground
5. Tx Busy
6. Tx Data
7. Tx Clock
8. Unreg (Jupiter8ではNC)
9. VCA Lower
10. VCA Upper
11. VCF Lower
12. VCF upper
13. VCO-2
14. VCO-1

 Jupiter8では上記すべてが接続されていますが,Juno60では1から7のみが接続されています。9から14まではCV信号です。

 Juno60の回路図を見ると,2から7はi8251からシュミットインバータを介してそのままつながっています。1はオープンコレクタになっていて,i8251のRxRDYにつながっており,5はDSRに,2,3と6,7はそれぞれクロックとデータにつながっています。

 データとクロックとビジーの3つを送受信に使うというなかなか贅沢な仕組みで,MIDIの前身とは言えあまり綺麗な方法ではないような印象です。

 ビットレートはMIDIと同じ31.25kbpsです。ここはMIDIにそのまま引き継がれていますね。LSBファースト,データ長8bit,ストップビットは2bitで奇数パリティです。


・プロトコル

 DCBでは,ブロックという単位で通信が行われます。ブロックは識別子とデータ,そしてエンドマークの3つで構成されます。

 識別子は後に続くデータがどういう意味なのかを示すもので,F1hからFEhまでが予約されていますが,パッチを切り替えるFDh(パッチコード)と音程情報を示すFEh(キーコード)の2つ以外は未定義です。

 まずパッチコードですが,続くデータは1バイトで,音色を切り替えます。MIDIでいうプログラムチェンジにあたりますが,これが有効なのはJupiter8だけで,Juno60では無視されます。

 次にキーコードです。これは続く1バイトが音程を示しています。7bit目が1ならノートオン,0ならノートオフです。0bit目から6bit目の7bitで音程を示しますが,0をC0,96をC8として割り当てています。

 そしてこのデータは同時発音数分だけ送信され,Juno60では6バイト,Jupiter8では8バイト続きます。

 それぞれのブロックの終わりにはエンドマークのFFhが送信され,これで通信が終了します。

 MIDIと同じく,時間情報は含まれず,音程と発音のON/OFFだけが実時間で送信され,受け取った側がその場でリアルタイムに処理します。通信で発生するレイテンシや,受け取った側での処理によって,発音に遅れが出るのはMIDIでもそのままです。


・チャネル

 DCBは機器を1対1で繋ぐことが前提になっていて,必ずマスターとスレーブが決まります。従ってMIDIと違い,チャネルという考え方は必要なく,そのメッセージがどの機器を対象としているかを区別する手段はありません。

 初期のMIDI機器がチャネルを実装せず,オムニモードでしか動作しないことを考えると,当時はどうもチャネルという考え方が一般的ではなかったような感じです。そう考えると,MIDIがメッセージの下位4bitにチャネル情報を割り当ててあることは,なかなか先進的だったと言えるかも知れません。


・まとめると

 よく見てみると,DCBとはなんとまあ原始的な規格でしょうか。これがどうやったらMIDIになるのかと思うほどです。仕組みが原始的という事もそうですが,それ以上に概念が単純で,MIDIで投入された様々な考え方が,いかに検討を重ねたものであったかをうかがい知ることが出来ると思います。

 例えばデイジーチェーン接続が可能になるTHRU端子,同時発音数に制限を設けない,チャネルによる16台までの同時制御,ベロシティをノートメッセージに盛り込む考え方,ピッチベンダーなどのコントローラをリアルタイムで送受信する方法,メーカーIDやプロダクトIDによる機器の区別,ベンダーローカルなプロトコルを規定できるシステムエクスクーシブメッセージを許可するなど,DCBの改良とは言えないくらいに,新しい技術で作られているのがわかります。

 梯郁太郎さんの著書に,DCBをベースにしたように受け取れる表現もあるので,DCBがMIDIになったという話も耳にしますが,こうしてみてわかるように,DCBからMIDIへの飛躍は大きく,もしもDCBがそのままMIDIになっていたら,きっと廃れていったに違いありません。

 DCBを過度に評価するのは,どうやら公平ではないようです。

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