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2013年09月17日の記事は以下のとおりです。

保育園という感染経路

  • 2013/09/17 09:33

 今年の4月から娘が保育園に通うようになりました。いつも手を伸ばせば届く範囲にいた親が,全然知らない人と入れ替わる現実を1歳の娘が理解出来るとは思えず,まさに断腸の思いで保育園に入れたわけですが,当の本人はどこ吹く風で,保育園の先生に甘えたり,お友達と遊んだりと,それなりに楽しくやっているようです。

 保育園というのは家族の次に経験する集団です。肉親という枠を越える初めての機会になるわけですが,わずか1歳にしてこれから死ぬまで続く社会生活がスタートするのかと思うと,うれしいやらかわいそうやら,複雑な気持ちです。

 予想されていたことでしたが,人が集まれば感染症にかかる,と言う現実に直面するのも,保育園による社会生活デビューによるものでした。とはいえ,多くて1,2ヶ月に一度くらいの話だろうと思っていたのです。なぜなら,私がそうだったから。

 ところが現実は違いました。まさに2週間に一度の割合で病気になります。治った頃にまた新しい病気をもらってくるのです。ずっと病気をしている感じさえしますし,平熱で元気でいることが,特別な事なのだという事を,無意識に思い込んでいることに気付くほどです。

 我々両親にとって大きな想定を越えた話というのが,娘がかかった病気が,親にもうつってしまうことでした。子供病気は大人に感染すると,得てして重症化します。そういう話は耳にしていましたが,私も嫁さんも健康なので,自分達には関係ないやと思っていたわけです。

 ところが,とんでもない。子供と同じ回数だけ病気になってしまい,それがことごとく重症化して日常生活に大変な支障を来すのです。

 私も嫁さんも,体調不良で会社を休むなどということは年に一度か二度だったのですが,子供の病気で保育園に預けられずに休む場合と,自分達が出社出来ずに休む場合の両方の理由によって,これほど会社を休むことになるとは思ってもみませんでした。

・4月末・・・引っ越し後初めての連休で,一気に片付けようと思っていたのに,マイコプラズマ肺炎に感染。高い熱が続き,喉の腫れが気管支に移行して,咳が止まらない。喉の腫れも治まったと思えばまた再発するという具合に,ちっとも治らない。

 激しい咳のため,私は肋骨を折ってしまい,寝返りを打つこともままならない状態に陥る。すでにマイコプラズマはほとんどが耐性菌と言われていて,効き目のある抗生物質は限られている。娘と嫁さんにはまだ効き目のある抗生物質が出て比較的早くに治ったが,私だけなぜか古典的な抗生物質ばかり処方され,ちっとも効かないまま2ヶ月が経過,薬による症状改善とは違う,緩やかな治り方から自然治癒したもよう。

 体重が4キロ減る。


・7月初旬

 とても暑い日に,娘が家の外で少しだけ遊んでいたが,その日の夜にぱーっと39度近い発熱。ぐったりして動かないので,熱中症の疑いがあると,エアコンをきつめにしたところ,熱が平熱近くになり,元気を取り戻した。

 ところが翌日,やはり39度近い熱を出してしまい,ぐったりするので病院へ。溶連菌に感染しているということが判明。またも抗生物質の世話になる。

 そして案の定,私もこれに感染。40度近い熱が出て,喉の腫れと咳が続く。完治には2週間ほどかかる。せっかく2キロほど戻った体重が3キロ落ちる。


・8月中旬

 そして8月のお盆前,またしても娘が39度を超える熱を出した。もういちいち慌てないが,原因だけははっきりさせようと,病院へ。咳もあまりひどくなく,ぱっと見た目に症状が出ていないので首をかしげていたら,なんと手足口病。

 おりしも,前日のニュースで,東京で大発生中といっていたところ。うちも人並みだなあと安心したのが悪かったのか,私にまた伝染。

 大人の手足口病は地獄とは聞いていたが,まさかこれほどとは。家庭崩壊が危惧されるほど,社会生活に支障を来す上,精神的にも追い込まれる,本当に恐ろしい病気。

 手足口病は,抗生物質が効かず,特効薬もないため,症状を抑える対症療法で安静にして自然治癒を待つしかないが,子供は数日で治る。

 しかし,大人は強烈で,まず40度近い熱が2日ほど続き,以後は1週間ほど38度台の熱。その後37度台の熱が残る。かなりしんどい。

 その名の通り,手足口に発疹が出る。幸いかゆいということはなかったのだが,口というより喉に発生した炎症により,食事はおろか,水を飲むこともあくびをすることも困難になる。

 暖かいもの,塩気のもの,かたいものは全く口に出来ず,しばらくの間昼は焼かない食パンに潤滑目的のマーガリンを塗ったもの,夜は常温の素うどんだけの生活を続ける。ちなみに朝は食べない。そのうち口から出血。

 その上,足の浦に出来た発疹が強烈に痛み,壁伝いに歩かねばならないほど。しまいには足から出血。

 ようやく発疹が引いてきたのは,発症から2週間ほど経過してから。発疹のあった皮膚がぼろぼろと向けて,剥がれる。足の裏も同様だが,1mmくらいに分厚くなった皮がむけて床にまき散らす羽目になる。見た目にも汚く,不衛生で,風呂にもしばらくは入れず。休日も靴下をはいて過ごすしかない。

 ようやく治まったのは,9月上旬。2キロ戻った体重は3キロ減った。
 

 ということで,4月下旬から8月下旬までの4ヶ月間のうち,病気をしていた期間は実に3ヶ月以上。健康でいられたのは,3週間ほどでした。この間に引っ越し荷物を片付け,ジャンク測定器を修理し,写真の現像をして印刷をしていたわけですから,我ながらよくやったものだと,感心しました。

 そもそも,どうしてこんなに簡単に感染し,しかも重症化するのか,そこが問題です。もともとそんなに体が丈夫な方ではありませんでしたが,今からこんなでは,年寄りになってからすぐに死んじゃうなあと,ため息が出ます。ま,それもありですが。

 それに体重が落ちてしまって,ベルトが一番きついところでも緩くて,ズボンが落ちてしまいます。持久力もなく,無理が利かないので,毎日毎日帰宅すると,大した仕事もしていないのに,クタクタになっています。

 今の体重は,大人になってから2番目に軽い体重です。これではいかんと,出来るだけ食べるようにしているのですが,なかなか戻りませんし,戻った分はすぐに病気でふっとんでしまいます。

 はっとするのは,病気をして一番しんどいのは,娘自身であることに気付くときです。生まれてからずっと家にいて,衛生的に管理された空間で病気をすることもなく生活していたのに,保育園にいって他人と接触するようになると,まさに無力なネズミに猫が襲いかかるかのように,無防備な娘に病気が襲いかかります。

 こうして免疫を獲得していくし,病気に対する慣れも手に入れるんで,このプロセスはとても大切です。そうした気持ちで病気と闘う娘を見ているだけでは,きっと神様もお許しにならないのでしょう,その苦しみを味わえと,私にも同じ病気を体験させるのでしょうかね。

 そして,こんなに苦しい思いをしたのかと高熱にうなされつつ,絶望の淵にたたずんだり,普段ならなんでもないパンの耳に「こんなかたいもん食えるか!」と怒ってみたり,発疹が痛くて歩けない状況に不自由したりと,娘の病気の追体験をする機会に恵まれました。

 娘はまだ満足に話すことが出来ませんから,痛いことも苦しいことも,我々には伝えることが出来ません。だから,この追体験というのは,とても貴重なものだったのかも知れないです。

 うーん,こんなこと,今だから言えることですね。特に手足口病にかかっているときは,本当に地獄でした。

 これから,どんな病気をもらってくるのかと思います。3歳くらいまでには落ち着くと聞いていますが,まだ1年以上もあるんですよね。ほんと,死んじゃうんじゃないかと,まじめな話,怖いです。

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