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2014年02月04日の記事は以下のとおりです。

20年前の日本橋の食事事情

 ふと,大阪に住んでいた頃を思い出すことがあります。もう20年も前の話ですが,学生だった当時,私は毎日バイト先の日本橋に通っており,小学生の頃からの夢であった「日本橋で売る側になる事」をかなえて,毎日を楽しく愉快に暮らしておりました。

 今にして思うと,なにがそんなに面白かったのかと思いますが,当時はまだまだバブルの残り香が町を賑やかに彩っていて,人も物も多く,最先端の電子機器と古い町並みが同居するといった,妙に猥雑なところを職場としていたことが,浮き足だっていた理由かも知れません。

 当時の日本橋は「ものを買う町」であり,そこにあるのは販売店です。ここを訪れる人もそれは分かっているからか,食事をしようという話になりにくいようで,飲食店は非常に少ない地域でした。

 しかし,販売店で働く店員さんも人間である以上,ご飯は食べないといけません。そういうプロのお腹を満たすお店だけがあったのが,当時の日本橋という所です。

 ちなみに店員さんは,交代で昼ご飯を食べに行きます。早い人は11時頃から,遅い人はもう夕方になる頃,昼ご飯を食べに行くわけです。ですから,オフィス街の定食屋さんと違って,12時に集中して極端に混雑することもなければ,日替わり定食に時間制限があったりするわけでもありません。

 私も店員として,この街の関係者に成り立ての頃は,数の少ない飲食店を探し回っていて,新世界や難波あたりまで足を伸ばすこともありましたが,次第にお気に入りの店が出来て,そこで済ませることが多くなりました。

 今でこそ日本橋は食べるに困らないだけの飲食店を抱える町になりました。しかし,当時私が通った店は,買い物に訪れる人ではなく,店員さんを相手にしたお店であって,そのへんがちょっと違うんだろうなと,思ったりします。

 そんなわけで,もう20年も前の話ですが,当時よく通ったお店を思い出しながら書いてみたいと思います。

 先に書いておきますが,そんなにあちこちいっていません。毎日のことですから,同じ店に通うようになるからです。


・やまちゃん

 デジットの隣にあった定食屋さんです。小さいお店でしたが,安くて美味しい,いかにも大阪な感じの定食屋さんでした。なにが助かったって,ここは日替わり定食が美味しくて,確か550円だったと思うのですが,旬の食材を使って値段以上の食べ物を毎日食べる事が出来ました。

 毎日「何を食べるか」で悩むことなく様々な食事にありつけて,値段も決まっており,しかも美味しいという事で,飲食店は日替わり定食がどれくらい美味しいかで評価するという,私の基本ルールが確立したお店でもあります。

 また,好き嫌いがそれなりにあった私でしたが,選ぶのが面倒という理由で余程の事がない限りは頼み続けた日替わり定食のおかげで,今まであまり好きではなかったものが本当はすごく美味しく,好物になったこともありました。

 それでも,牡蠣フライとか出てしまうとさすがに駄目で,こういう時はカツ丼です。やまちゃんのカツ丼はかなり味が濃いのですが,これぞ大阪のカツ丼という味で,これも振り返ってみると,今の私の丼物の味の基準になっています。

 はじめてやまちゃんに行きだしたのは高校生の時ですが,当時デジットでバイトをしていた私が,1週間ほどしてから毎日の昼ご飯にいよいよ困って,近くのお店で済ませようと思ったのがきっかけでした。以後,大学生で別の店で働くようになっても,ここに毎日通っていたのです。

 ところで,やまちゃんの大将はとんかつの有名店「こけし」の大将の弟さんだと聞いたことがあります。そのこけしも今や二代目だそうですし,やまちゃんも2005年に閉店したとのことです。さみしいです。大将とメガネの若いおにいちゃんとおばちゃんの3人で切り盛りしていたお店でした。懐かしいなあ。

 そういえば,私の父親がふらっと日本橋にやってきて,一緒に昼飯でも食べようというので,日替わり定食がうまい店にいこうとやまちゃんに来たところ,その日の定食はなんと「カツ丼」で,ちょっとバツが悪かったことを思い出しました。

 そのやまちゃんには,1つだけ難点がありました。それは,日曜日は定休日だったのです。だから,日曜日はどうしても別のお店に行かねばならないのです。


・こけし

 やまちゃんの近くですが,ここは有名なお店で,今さら説明のないほどです。私が生まれるずっと前の昭和40年に開店したと言いますから,高度成長期の電気街を支えたお店だと言えるでしょう。

 ここはとんかつ丼ととんかつカレーしかない店ですが,卵の数ととんかつの枚数,そしてご飯の量を選ぶというシステムで注文をします。

 味は割に薄味で,素材の良さを前面に打ち出すお店でした。そのかわりお値段は当時としてもやや高くて,毎日通うわけにはいきません。800円も出せば,もう食べられないものはないと言うくらいに選択肢があったのが,当時の大阪の昼ご飯なのです。

 とんかつしかないこと,お高いことで,私の同僚の間でここで昼ご飯を食べる人はまれでした。だから,有名で知らない人はいないお店でしたが,案外思い出がありません。

 滅多に日本橋に来ない友人を案内するときなんかに,ここで食べる事がありました。確かに美味しく,当時の私には「ご馳走」という印象が強いお昼ご飯でした。

 こけしは,先程書いたように先代が既になくなっており,その味をシステムを引き継いだ二代目が今も営業を続けています。ただ,町に活気がなくなってきたこともあるのでしょうが,これまでの大きさのお店では厳しくなったということで,お隣の少し小さいお店に移転したとのことです。


・ポミエ

 旧丸善無線,のちのOAシステムプラザの向かい側に,無線機屋さんがありますが,そこからさらに難波の方にいくと,ポミエという喫茶店があります。

 やまちゃんが休みの日曜日に,どうしたものかと彷徨ってたどり着いたのがこのポミエで,私が入った時は開店してまだ数日でした。手持ち無沙汰なおばちゃんが数人いて,大丈夫なんかいな,と思ったものです。

 当時は今ほど人気店ではなくて,いつもすいていました。あったメニューは鶏の唐揚げ定食や豚生姜焼き定食といった当たり前のものだけで,値段は500円程度とリーズナブル。味はなかなかよかったので,日曜日にはよく来た覚えがあります。

 私は食べたことがないのですが,ここは焼きそばとお好み焼きも美味しかったらしく,同僚には頻繁に行く人もいました。

 そのポミエは今でも同じ場所で営業中ですが,角煮定食といったヒットメニューの開発に成功したらしく,いつも満席の有名店になっているようです。

 いかにも慣れていないおばちゃんが,たどたどしい手つきで,不細工に盛りつけられた唐揚げをテーブルまで持ってきたことを,今も思い出します。


・サンブリッジ

 先程の無線機屋さんの隣にあるカレーショップです。私が大学生の時に開店しました。案外カレーの専門店というのは当時はなくて,珍しさもあって開店当日に行った覚えがあります。その時もらった記念品の時計付きボールペンを,当時仕事で使っていたなあ。

 黄色のライスにかかったカレーはしっかり辛く,美味しかったことを覚えていますが,さすがに毎日というわけにはいかず,結局数回しか行かなかったと思います。

 実は,当時一緒に働いていた先輩の友人が始めたお店という事で,後日私もそこで同じ店で働いているという話をした記憶があります。仲間内ではサンブリッジとはいわず,「吉田カレー」とよんでいました。

 今思うのは,当時の日本橋には,そこで働く人向けの飲食店はあっても,ここを訪れるお客さん向けの飲食店は非常に少なく,カレーという無難な食べ物を,入りやすい雰囲気のお店で用意してくれるサンブリッジは,なかなか貴重だったと思います。

 聞けばこのサンブリッジ,今でも同じ場所で営業しているそうですが,当時のメンバーは新世界で別のお店をやっているらしく,別の人が続けているそうです。


・餃子の王将

 今でこそ餃子の王将は大人気のお店ですが,1990年代の初頭はそんなに人気のある店ではなく,うまいし安いが店は汚く,客も垢抜けず,とても家族で来るような所ではないし,どちらかというと低く見られたお店でした。

 ちょうど通天閣の下あたりにあったので,気が向いたらここで天津飯を食べていました。私は今でもそうですが,王将に行けば必ず天津飯です。当時はスープ付きで確か370円でした。餃子を付けても500円程度です。安いです。

 東京に来てから知るのですが,大阪の天津飯というのは東京では食べられないんですね。初めて食べたときに「おいしいなあ」と思ったことが忘れられず,今は自宅で大阪の天津飯を作って食べています。


 こんなところです。他にも,こけしの向かい側にある喫茶店で食べたり,ほっかほか亭が出来たときにはここで弁当を買って帰ったり,昔OAシステムプラザがあった山田ビルの1階にあったスーパーダイコクで弁当を買ったりと,いろいろ試していましたが,結局上記のお店に収れんしました。

 やまちゃんは閉店しましたが,大阪で飲食店が長く続くというのはとても大変なことで,早くて安くて何よりおいしくないと,あっという間に潰れてしまいます。つくづく思うのは,高級なお店ではなくとも,こうして長く親しまれるお店で毎日ご飯を食べたことで,大阪の庶民の味を覚えるきっかけになったんだろうなと思います。

 これはなかなか貴重な経験だったかも知れません。普通の学生をやっていたら,毎日使える定食屋さんに出会うこともなかっただろうし,そういうところで食べる必要性もなかったでしょう。どの世界でもそうですが,プロが支えるものというのは,確実なものが多いんだなあと思います。

 早くて安くてうまい,これが生き残る飲食店の条件です。

 

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