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2015年01月05日の記事は以下のとおりです。

交通事故

 先日,痛恨の事故が起きてしまいました。交通事故に巻き込まれて,被害者となってしまったのです。

 普通,こうした話はここに書かないのですが,事故そのものという事実よりも,私がそこで感じた事を記しておきたいので,書くことにしました。

 昨年12月16日の17時55分頃,事故は発生しました。

 場所は自宅近くの交差点で,信号はありません。そのわりには交通量も多く,近くの保育園があることなど,小さい子供の通行も多い場所です。

 当時,東京は冷たい雨が土砂降りで,風も強く,天候は最悪でした。

 私はいつものように,3歳の娘を近くの保育園に迎えに行き,娘をのせたベビーカーを押しながら,その交差点の前で停止しました。

 私はベビーカーを押すときは,必ず両手で操作するために,雨が降っていても傘を差すなど片手になるようなことは行いません。

 安全確保のため,ベビーカーには自転車用のヘッドライトを前方に,反射板を後方の取り付けていましたし,ベビーカーのシートの周囲には反射テープが貼り付けられていました。

 左右を何度も確認し,車輌が遠方にもいないことを確かめました。同時に前方から進入する車輌も停止していることを何度も確認してから,横断歩道を横断しはじめました。

 横断歩道の真ん中にさしかかったとき,突然前方の車両が右折し,そのまま止まらず我々をなぎ倒したのです。

 とっさのことで回避することが出来ず,娘はベビーカーごと転倒,うつぶせの状態で転がっていました。私も転倒し,左側の肘や腕,背中を打ち付けました。

 すぐにベビーカーのところまでいき,起こして娘の状態を確かめたいのですが,暗くてよく分かりません。泣きじゃくっていることはわかります。車輌は横断歩道から少し離れた場所で停車し,加害者本人はは我々に駆け寄ることもなく,その場で「大丈夫ですか」と声を上げるだけです。

 このままでは,娘のけがの状態も確認出来ず,ひどい雨に打たれてしまうので,私は預けていた保育園にベビーカーごと急いで戻り,緊急事態の発生を告げて,娘を預かってもらうことにしました。

 加害者には保育園に連れて行くと告げたので,すぐに保育園に来るかと思いましたが現れず,仕方がなく私だけ雨に濡れながら加害者のいる車輌まで戻りましたが,加害者の姿は見えません。車の中にいます。

 どういう状況かと確認をしたら,保険屋に電話をしていると言って,車から降りてきません。私はしばらく雨に濡れながら,外で待っています。

 しかし,警察も救急車も来ないので,もう一度どうなっていると聞いたところ,相変わらず保険やに電話していると,今度はにらみつけられ,えらい剣幕で逆ギレされました。

 仕方がないので,外で濡れて待っていると,少し離れたスーパーの前に救急車がやってきましたが,そこまで出向くのは現実的に不可能なので,加害者に保育園にまわしてもらうよう言って,私は保育園で待つことにしました。

 泣きじゃくって興奮していた娘は,いつもの保育園といつもの先生方に介抱されて,泣き止んで落ち着きを取り戻しているようでした。けがも確認してもらったのですが,左のおでこの上あたりに大きなたんこぶを作っている以外は,どこにも目立ったけがはないということでした。

 救急車に乗るのが先だと思っていたら,警察が事故の状況を教えろとか,加害者が保険屋と話をするのに私の連絡先を教えろとか,大人の事情ばかりです。

 幸い,保育園の機転で,搬送先の病院に話をしてくれてあったのですが,そこは小児科なので私は見てもらえず,別の総合病院に搬送されたのでした。

 救急車が出発するまで随分待たされたのですが,娘はすっかり落ち着いており,おそらくひどい表情をしていた私を慰めるように,私に愛嬌を振りまいて,笑顔を返してくれます。

 救急隊の指示にもきちんと答え,いつものように賑やかにおしゃべりを始めるようにさえなりました。その間に駆けつけた妻とも合流し,一緒に救急車で病院に到着したのが約1時間後です。

 そこから娘は頭部を強打しているので脳神経外科でCTとレントゲンによる検査,私は打撲という事で形成外科でレントゲンによる検査です。

 救急の窓口というのは,外と繋がっているためとても寒いのですが,我々はそこで,濡れた体を震わせながら,長い間待っていました。

 娘はCTもレントゲンも,一人で撮影出来たようです。私もレントゲンを撮影してからは,あまり待つことなく診察室に呼び出されました。呼び出される前に,警察から電話があったので,その話が終わってから診察室に入ります。

 保険屋の担当者からも何度か電話がありましたが,レントゲンの撮影中だったりしたので,出ることが出来ません。

 診察では,ちょっと横柄な若い先生が私の体をあちこち触って,痛い場所を探してくれますが,左の背中がかなり痛いことに気が付き,もう一度この場所のレントゲンを撮ることになりました。

 娘はまだ呼ばれません。

 追加の撮影が終わって,先生の診断を聞きますが,骨には異常はなく,打撲,捻挫,擦過傷ということでした。全治2週間。大人の私なら,まあこんな程度のけがでしょう。首に石灰化した白い塊があることも分かったのですが,これはまあこの件とは関係ありません。

 診断書をもらうようにと警察から指示があったのでその旨伝えると,その場で作成してくれました。そのうち,娘も診察室に呼ばれたようなので,私もそこに向かいます。

 CTもレントゲンも問題なく,今のところこぶだけだという診断で,全治3日でした。これは,私は本当にそうなのかと,信じられない気持ちになりました。

 その後,加害者の保険屋とも話をし,病院での支払いが私にかからないようにするという話だったのですが,実際に窓口に行ってみると,交通事故の場合には必ず現金でもらうことになっているという事で,私が病院内のATMで12万円を引き出し,建て替えて支払うことになりました。

 タクシーも呼び出す必要があって,10分ほど待ってからようやく帰路につきました。自宅に戻ると21時30分をまわっていました。

 それでも,あれだけの大事故だったのに,これくらいで帰宅し,その後は日常と変わらない状態であったことは,信じがたいことでした。私の体の痛みはともかく,3人とも遅い夕食を摂り,娘は22時過ぎに,我々夫婦は0時を回った頃に,寝ました。

 翌日,私自身と娘の具合が心配で,会社を休んだのですが,加害者の保険屋の担当者が決まったようで,彼から私に電話がありました。また,警察とも話を進め,調書はこの日ではなく次の土曜日に私が警察署に出向いて作成することになりました。

 そのそして土曜日に警察に出向き,調書を作成しました。警察は我々には非はない,だけど車は突っ込んでくるものと思って近寄らないで欲しいと,言われました。これは,別に我々を諭したということではなく,自動車がいるところには危険が伴っているということを言っているだけのことだと思います。

 対応にあたってくれた警察官はとても良い人で,昨今の危険ドラッグでの暴走などのように,こちらが悪くなくても向こうから危険が飛び込んでくることが避けられない現状,とにかく車には近寄らないのが賢明だと言っていました。

 私もその通りだと思います。

 警察は,私が感じた加害者の印象として,加害者の事故当事者としての自覚の薄さを話したのですが,同じような印象を持っていたとのことで,そこも踏まえて厳重に対処すると言われていました。警察官が言うには,加害者が泣くほど,叱責したそうです。

 さて,この土曜日から,ぶつけていないはずの右の方の具合が急激に悪くなり,一時は痛くて動かせないほどの状態になりました。これは折れているのかもしれないと想い,週明けの22日にあわてて近所の整形外科に駆け込んでレントゲンと摂ったところ,鎖骨と肩の骨を繋ぐ部分が脱臼しているという事でした。

 もっとも,脱臼と言っても捻挫のようなもので,完全に外れているわけではないということで,とにかく様子を見ようという事になりました。整形外科なんてのは,積極的な治療をするには限界のあるものですしね。

 ところがこの痛みがくせ者で,家事は出来ないわ子供はだっこできないわ,寝返りを打つこともままならないわで,日常生活に支障が出ました。

 しかもなかなか痛みが引かず,腕を後ろに回してエプロンの紐を背中で結べるようになったのは,つい一昨日のことです。まだ痛みはあります。1Lくらいの水を入れた片手鍋を右手で持つと,痛みが出ます。

 次にベビーカーの物損についてです。

 ベビーカーは右側からぶつけられたために,右側のフレームに大きな擦り傷があることは分かっていました。しかしぱっと見て大きな破損はないように見えていたので,このまま利用することは可能かもしれないと思っていたのです。

 ところが,娘を乗せて動かしてみると,どうもまっすぐに進んでくれません。よくよく見てみると,フレームが歪んでしまっており,反時計回りにねじれています。

 こういう状態だと,もう恐ろしくて娘を乗せることは出来ません。


 と,ここまでは事実を羅列しました。


 この件で私が非常に悔いているのが,私が事故を防ぐことが出来なかったことと,起きてしまった事故から娘を守ることが出来なかったという事実です。

 私は右折車が止まらない可能性を考えてベビーカーを止めるなりして,衝突を避けるべきだったと思いますし,いよいよ回避不可能という状態に陥ってからも,私がベビーカーをかばうなどの行動を,することが出来なかったのです。

 事故後ベビーカーをよく見てみると,右の前輪の上部のパイプに大きな傷がありますし,シートの右端にもひどい傷があります。また,娘を固定していたシートベルトも,右側の胸あたりにあるパッドにぶつかった跡がありますし,上部のハンドルにも擦った傷が残っています。

 私の記憶とこの傷の状態から,私は咄嗟にベビーカーを左側に向けて,直撃を避けることが精一杯だったようです。もし,娘が足をもう10センチ外側に向けていたら,あるいは腕をもう10センチ外に出していたら,娘の足や腕は車輌に押しつぶされていたでしょう。

 ベビーカーはシートベルトで固定された娘ごと転倒し,うつぶせの状態で止まりましたが,これを車輌が轢いてしまったり,あるいは対向車がやってきてしまったりすれば,もう娘は今頃死んでしまっていたでしょう。したくない想像です。

 私は,娘をいざという時に守ることを誓っていました。今もその気持ちは揺らぎません。しかし,現実は厳しく,その誓いは果たされることがありませんでした。私は親として,娘を危険な目に遭わせ,その上自分の身を挺して守ることをしなかったのです。

 この日はとても寒く,娘には分厚いジャンパーを着せていました。きちんとボタンをし,フードも被せて,さらにその上から毛糸の帽子をしました。手袋もしてあります。

 これは寒さ対策と言うだけではなく,何かあった際の衝撃吸収という目的もあったのですが,悪いことが重ならなかったこともあり,うまくその目的を果たしてくれたということだと思います。

 この点で言えば,もしかすると加害者はけがが軽くて助かった,ラッキーだったと考えているかも知れません。しかし私はそうは考えず,私たち親子が知恵と工夫と努力で,軽い怪我で済むように出来たのだと思っています。

 しかし,自分の視線の上から覆い被さるように,迫り来る大きな塊が自分をなぎ倒し,シートベルトで拘束されて動く事も出来ずに,訳も分からず転がり,頭を強打しても自分で起き上がることも出来ないという絶望的な状態を,どれほど恐ろしく感じたことか,想像を絶するものがあります。

 もう1つ,保育園の存在の大きさです。

 今回は,普段預かってもらっている保育園に,緊急で駆け込む事が出来ました。いつもの場所で,いつもの先生方が介抱し,娘はしばらくすると泣き止んでいましたし,同時にけがの状態を確認してくれていました。

 本来,これは加害者と被害者が行わねばならなことだったのですが,暗い夜の強い雨の中では現実的には困難であり,その道の専門家が娘を安心させてくれた事で,私がどれほど早く冷静になれたか,計り知れません。

 しかし,一方で保育園の前に救急車がとまり,救急隊も警察も,さらに加害者まで保育園に押し寄せてしまい,お迎え時間帯だった保育園はちょっとしたパニックになりました。

 感謝は当然ですが,これだけの迷惑をかけてしまったことが,緊急事態であるからと言って簡単に許されていいものかどうか,私には自信がありません。

 娘は,私の落ち込み用を吹き飛ばすかのように,明るく振る舞ってくれています。痛いところはないかと聞いても,ない,なおったと言います。ベビーカーも「大丈夫」といって乗ってくれますが,それでもこわいかと聞けば顔を曇らせて「怖い」といいます。

 無理がたたっているのでしょう,風邪でもないのに,38度を超える熱を出して寝込んでしまいました。

 ですが,そういう娘の頑張りに対し,私がくよくよしていてもいけません。なにより大事な事は,早く日常を取り戻すことです。

 最後に,保険屋の対応について書いておきます。

 加害者は任意保険に入っており,すべてこの保険会社の担当者が代理人として私との話をしています。事故の翌日の朝に連絡があった方は出来ない事は出来ない,というルールを曲げるわけではありませんが,彼自身の業務の範囲ではない,私への気遣いとか,私から加害者にお願いしたいことを伝えてくれていました。

 例えば,保育園への謝罪とお礼についてです。

 我々は翌日に,お菓子を持って謝罪に行っています。加害者も当然それくらうのことはするだろうとおもっていたのですが,あえて「謝罪とお礼に言って下さい」と話をしました。

 しばらくすると電話があって,電話で謝罪の意向を伝えたら,来なくていいと言われたというのです。それならそれで仕方がないと私も納得しましたが,本来なら他から言われる前にやるべき事ではないかと,苦言を呈したのです。

 担当者は,加害者が気が付かない部分は我々が気付くべきだったと,私に謝罪した上で,今後も至らない部分,気付いた部分は遠慮なく言って欲しい,それが加害者のためにもなるのだと言われていました。

 事故直後のナーバスな状態の私は,彼のそういう誠実な対応に,随分と救われました。つまり,弱者である被害者に,不利になるような話を持ちかけることはしなかったからです。

 ところが数日後,別の人間から電話があり,話を聞けば,担当者が加害者の意向で変更になったと言うのですね。私はこれまでの方を信用していたので変えて欲しくない,と言ったのですが,もう決まった事だととりつく島もありません。

 理由を問いただすと,なにやら被害者の逆鱗に触れたようです。私からあれこれを注文を付けたわけですが,そういうことも含めて,きっと「お前はどっちの味方なんだ」という話になったのでしょう。

 保険会社としては,加害者に「雇われている」わけですから,私の意向は考慮されません。雇い主が「お前はクビだ」と言えば,そこまでなのはわかります。

 ただ,我々の立場を理解してくれて,私が信用していた彼が加害者の気にくわないものだったということは,すなわちそれは加害者が我々に向けた敵意と同義です。

 私は特別不当な要求をしていません。直接金品を要求したことはありませんし,他に迷惑をかけた人に対して,あるいは本来自分がせねばならなかった救護を代わってしてくれた人達に対して,謝罪と感謝をして下さいと,当たり前のことを言っただけです。私も被害者とはいえ,事故の当事者です。当事者としてやるべき事をやらないといけません。

 こうしたことを,加害者が謙虚に「なるほどそうだ」と思ってくれることに,私は疑問を持ちませんでした。しかし現実はおそらくそうではなく,加害者は我々に対知る敵意という形を示したのです。

 このことは,私をとても落胆させました。しかし,私に出来る事はなにもありません。これまで対応をしてくれていた人に,後日お礼の電話をして,この件は終わりになりました。

 決して,新しい担当の方が悪い方だとは言いません。良いも悪いもまだ全然不明です。ただ,ドライな方だという印象は持ちました。そりゃそうです,そういう人に交代しなければ,交代の意味がありません。

 娘はあれからたんこぶも消えて,事故などどこ吹く風という元気さです。しかしふと,自動車が突っ込んできて怖かったとか,そういうことをつぶやくことがあります。

 私も,心のどこかで娘と一緒に外に出るのが怖いという気持ちがあるようで,この年末年始は外に出るのが嫌で仕方がありませんでした。

 娘が大きくなったら,この事故のことをきちんと話して説明をするつもりでいます。娘の傷がこのまま消え,私のけがも治まってくれれば,あとはもう何もいりません。静かなもとの生活に戻りたいということを強く願うと共に,どんなに制度や仕組みがあっても,結局被害者が一番損をして,一番つらい思いをする物だということを,つくづく感じた,年末年始でした。

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