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2015年02月19日の記事は以下のとおりです。

ゴマすり器を買ってゴマのある生活

  • 2015/02/19 11:11
  • カテゴリー:散財

 ゴマ,おいしいですよね。

 私はここ3年ほど休日の夕食を担当していて,さらにここ半年ほどは毎日の夕食も料理することが増えています。

 最初はなにかと面倒だった料理ですが,お店で材料を調達し,加工して完成させるというプロセスは工作そのものであり,良い素材,良い道具,良い作業環境を整えていくことの面白さと,考える事と試すことを繰り返すことでどんどん楽しくなっていくことは,毎日楽しめるホビーです。

 しかもですよ,その予算は食費という絶対神聖な領域から問題なく確保され,その成果物は家族全員の評価にかかり,その上その責任は家族の生殺与奪を握っているというのですから,申し訳ないけどプラモデルや電子工作など足下にも及びません。

 有史以来の長い歴史と世界各地の文化が育てた多彩な広がりを持ち,超高級なものから素朴な家庭料理,はてはインスタントまで揃った,まさに時間と広さと深さを持つ四次元空間に足下はすくみ,めまいが襲ってきます。まさにユニヴァース。

 恐ろしいことに,人間なら誰でも食べないといけないし,ゆえに人類共通の楽しみであり,共有に値する崇高な文化であるというのです。

 ですが,その入り口はとても広く,とても優しい。材料を揃える店は日本中どこにでもあり,朝早くから夜遅くまで開いています。安いものから高級品まで,国産の馴染みのものから輸入された貴重なものまで,いつでもどこでもどんなものでも,手に入ります。

 道具はすでに家にあるでしょう。足りないもの,使いやすいよいものは,後からどんどん揃えて行けばよいのです。

 そして経験。作った経験は少なくとも,食べた経験は生きた年数と同じです。誰だって1つや2つ「うまい!」と思った料理はあるもので,良いお手本を探すことが難しいホビー界にあって,誰にでも「リファレンス」が存在することは,なんと民主的なものかと思います。

 料理をたしなむ人が他のホビーに比べて圧倒的に多いことも感動的です。ああこの層の厚さたるや。マイナーホビーに体が慣れた私など,まるでカバン1つで都会に出てきた田舎の若者のような気分です。困った事があれば親に聞けばいい。ネットで調べれば星の数ほどレシピが出てきます。本当に良いものを,外食という形で知る機会だってあります。一緒に楽しむ仲間も簡単に見つかります。ほら,隣にいるでしょ?
 
 そして,自分も食べる。家族も食べる。うまくすると友人も食べる。わからない,知らない,楽しくない,という冷たい周囲の反応に,自虐趣味を併存させねば精神崩壊を招いてしまうようなマイナー趣味を経験してきた方々には,この裾野の広さが見せる新たな地平に,止まることのない涙を流すことでしょう。

 いいですか,大事な事を言いますよ。こんな素晴らしい作業をですね,誰かに任せてしまうなど,もったいないですよ。自称DIYの人,自称makeの人で,料理をやっていない人は,今後私は似非DIY,似非makeと蔑むことにします。よいですね。

 料理も掃除も,面倒と思うから他の人にやらせようと考えます。でも私は,こんなに楽しい事を,他の人にやらせようとは思いません。

 閑話休題。

 料理をするようになって常用している食材に,いりゴマがあります。私の実家は比較的ゴマを食べる家でしたが,積極的に使うと言うほどでもありませんでした。

 しかし,娘が生まれ,貴重な「好物」としてリストアップされると,食べないときはゴマ,何かと言えばゴマという感じで,食卓に上ることが増えたのです。

 しかしいりゴマは案外賞味期限が短いもので,気が付いたら期限切れになっていたりします。もったいないから,積極的に料理に使うようになるのですが,そうすると新しい発見があり,またゴマを使うようになるわけです。

 おひたしにかけるに始まり,タレを作る,炒め物に入れる,ゴマ味噌をつくる,などを一巡し,しかして気が付くと小皿にいりゴマをとり,少しだけ醤油を垂らして炊きたてご飯にのせて,ハフハフ言いながら食べるという原点に回帰する,この引力のすさまじさ。この小さな粒に,どれだけの質量が潜んでいるのか。

 閑話休題。

 で,そのいりゴマですが,やっぱりすりつぶさないと,おいしくないのです。硬いまま口の中でプチプチと食べるのもいいのですが(実際娘はそれが好き),やっぱり香りが大事です。

 理想的には,粗挽きのすりごまが良くて,香りがしつつ,食感も良いという,ちょうどよい頃合いの挽き具合が望ましいと思います。

 私は指で潰して,すりゴマをつくっていました。力加減で挽き具合を調整出来るのですが,いかんせん不衛生ですし,見た目にもよろしくない。それに粗挽きは出来てますが,細かく挽くことは難しいです。決定的なのは,量が確保出来ずに,結局面倒臭いという事です。

 そこで,ごますり器の出番です。昔ながらの手動のものも趣があってよいのですが,ここはゴマのヘビーイーターである我々の誇りにかけて,電池式の電動タイプを導入すべきところです。

 というのも,実家ではある時期から長きにわたり,電動タイプを使っていたのです。日立製で,単三電池4本で動くものでした。父がゴルフの景品か何かで取ってきたものですが,母にして「この手の景品で最もうちで活躍したもの」と皮肉を込めて言わしめる逸品でした。

 この便利さを知っている私としては,今こそ導入の好機であると宣言し,購入に踏み切ったというわけです。

 調べてみると,今から30年前に実家で使っていたごますり器と,もうほとんど同じものが各社から販売されているようです。中央から斜めに出ている排出口にしても,3段階で挽き具合を調整する仕組みにしても,四角いボタンにしても,全く同じです。

 日立のそれだって,どっかのOEMだったのかも知れません。ロングセラーなんですね。値段も安くて,ものによっては1000円くらいで買えたりします。

 そんな中で異彩を放っているのが,パナソニックのBH-925Pです。見慣れた細長いデザインではなく,まるで醤油さしのような低く太いデザインです。ゴマの排出口は底に出ており,下側からパラパラと落ちる仕組みです。

 挽き具合は無段階で調整可能。片手で,食べ物の上で使う道具ゆえ,重たい単三4本ではなく,単四電池というのも好印象です。しかし他のようにフタの一部の切り欠きから,挽く前のゴマをそのまま出す仕組みはありません。

 他が横並びであるなか,独自性を押し出すパナソニックのごますり器は,それがパナソニックだから許される高価格で販売されています。他が1000円からあるのに,3000円以上で売られているのです。

 まあ,30年前から変わらないOEM品と,2007年に登場した製品とでは,初期投資が全然違いますからね。

 ということで,私は迷わずパナソニックを選択。気になったのはBH-925とBH-925Pの違いです。BH-925は古く2007年の発売,現行機種のBH-925Pは2009年の発売です。すでに旧品のBH-925は販売休止です。

 お値段も売価で僅かに違ったようですが,もしかすると消費税の分だけ違っているのかも知れません。

 違いを探してみますが,よく分かりません。基本機能に違いがないことを確認して購入しましたが,あとで気が付いたのは,BH-925は「National」と書かれているのに,BH-925Pは「Panasonic」と書かれていることです。

 なるほど,ブランドの違いですか。あのブランド統一騒動が,未だに意識されることになるとは,白物家電の息の長さというか,パナソニック(松下電器)の影響力の大きさというか。

 ということで,すっきりしたところで,使ってみます。

 説明書を見ると,最初の使う前に洗うとか,書かれていません。洗わなくてもいいのか,食品を扱うのになあと思ってウスを見ると,なにやらゴミがついています。

 そもそも,こういうプラスチック製品は,金型から取り出す際に剥がれやすいよう,剥離剤を塗ってあるものです。それくらいは拭き取っておかないと気持ち悪いです。

 ということですが,丸洗いは禁止。中性洗剤で拭くのも気が引けたので,説明書通り濡れたティッシュでさっと拭きます。

 手持ちのアルカリ電池を入れて,ゴマを入れスイッチをON。おお,ちゃんと美味しそうなすりゴマがでてきました。しかも,粗挽きにすると私が目指したくらいの,ちょうどいい挽き具合です。

 ならばと一番細かい挽き具合にすると,市販のすりゴマくらいに細かくなってでてきます。しかしちょっと細かすぎですね。油分が多いゴマだと,きっと詰まってしまうでしょう。

 面白いのは,挽き具合を変更しても,それが反映されるには少し間があるという事でしょうか。変更してもしばらくは設定前で出てきます。ここで焦ってしまわず,辛抱してボタンを押すことが肝要です。

 背が低く,太めのデザインは安定も良く,手で引っかけて倒すということもなさそうです。以前実家で使っていたものは,背が高く細いものだったので,良く倒していました。

 気が付いたのは,排出口が株にあるので,底を丸ごと覆うフタが必須である事です。確かにこれがないと,ゴマがこぼれて面倒だとは思いますが,フタを外すのを忘れてボタンを押すと悲惨だし,フタをなくしてしまったり,壊してしまうと困ったことになります。

 それに,そもそもの問題として,食べ物を出す排出口が,一番下の底にあるというのも,抵抗があります。これ,どうにかならんのかと思います。

 他社のものは,排出口は本体中央部から横に出ていますし,未使用時にカスが出てこないように,キャップがついています。テーブルは案外汚れているもので,実家のごますり器の底面も,やっぱり汚れてしまっていました。

 まだこれを使った調理は食べていませんが,このゴマなら,香りと歯ごたえを両立出来ているでしょう。これでどんどんゴマを食べられると,妙な達成感と安堵感が,ゴマの強い引力に引かれる私を正当化していました。

 あ,ゴマを絶賛して,最終的にごますり器に散財したことを言い訳することを意図してはいますが,よく言われる「体にいい」とか「健康食品」とか「ビタミンB1」とか,そういう面倒臭いことはここでは一切触れません。

 といいますのも,私は雑食である人間は,なんでもまんべんなく食べることが一番大事で,体にいいからといって,それだけを狙って食べることは不自然であると思うからです。

 しかるに,それを食べる理由は,おいしいから,で十分であり,それ以上のものは必要ありません。(ご注意頂きたいのは,食べない理由がおいしくない,だけではないということです。おいしいものでも食べてはいけないものも世の中にはたくさんありますからね)

 体にいいから食べる,こんな後ろ向きな理由で口に入れるなんて,なんて寂しいことでしょう。食材となるために消えた命や,それを食べられるようにした人に対して,これほど屈辱的で,これほど高慢な態度があるでしょうか。

 おいしいから食べる。「これうまいなあ」,素直にそう言って,ご飯を頂きましょうよ。

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