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2015年03月16日の記事は以下のとおりです。

オークションで手に入れたPC-6001の修理

 我々兄弟にとって,初代PC-6001とは,まさにマイルストーンともいえる,記念すべきパソコンです。

 私が11歳,弟が9歳の時にやってきたこのマシンは,貧しかった我々家族が迎えた,まさかの高価なオモチャでした。

 種類としてはパソコンであり,コンピュータそのものではありましたが,出来る事はゲームばかりで,そのゲームだってファミコン以下の性能では厳しいものがあり,見た目もオモチャそのもの,

 私が親ならこんなものを買うという決断はしなかったと思います。

 当時,PC-6001mk2が出たばかりで,これが専用のモニターと込みで15万円くらいで売られていたわけですが,一世代前の在庫処分として初代PC-6001は39800円という価格で売られていたのを,父親が新聞広告で見つけて,買い与えようと考えてくれたのです。

 我々兄弟は偏屈ですから,誰もが欲しいと思うはずのPC-6001mk2ではなく,以前から初代機の独特の雰囲気が好きで,父親のこの話に,我慢も妥協もなく,まさに欲しかったそれが,しかも新製品が出てしまった後に新品でやってくることになることに,心底うれしかったことを覚えています。

 はじめてPC-6001がやってきた日のことを,私ははっきりと覚えています。買いに行くとき,買った時,ソフトを選んだとき,電車で帰ってきたとき,家に戻ってきたとき,箱を開けて電源を入れたとき,その時々の記憶がちゃんとあります。

 その後,家のテレビと共用ではなにかと不便ということで,父がどこかから古い14インチのカラーテレビをもらってきて,これを専用にあてがってくれました。PC-6001は色ズレがミソなマシンでしたから,ゲームが最も綺麗に見えるように,調整をしたこともよい思い出です。

 せっかく打ち込んだプログラムが,データレコーダがないがためにきちんとセーブできず,消えてしまうことに業を煮やした我々兄弟は,親に強く専用データレコーダの導入を要望,渋々PC-DR311という安価なデータレコーダを買ってもらい,これでようやく信頼性のある外部記憶装置を我々は手に入れる事ができたのでした。

 以後,お年玉をためてプリンタPC-PR401を購入したところまでで,PC-6001へのハードウェアの投資は終わったのですが,このあとやってくるファミコンとMSXのせいでPC-6001は急激にソフトが出なくなり,我々は寂しい思いをするのでした。

 しかし,PC-6001も末期になると,出てくるソフトの数は少なくとも,非常に良く出来たゲームが多く,ハズレが少なかった印象があります。たしかにmk2専用のソフトもありましたが,一部の例外を除き,私はmk2でないと駄目だと思った事は,ありませんでした。

 「こんにちはマイコン」と同じマシンを手に入れ,BASICでプログラムを作ることが出来るようになり,やがてすべてのコマンドを一通り試すことをやった後,マシン語に踏み出していくわけです。


 そんなPC-6001ですが,弟がX1turboを買ってからは,主役の座を降りることになります。私はそのころ楽器や電子工作に明け暮れており,PC-6001には興味をほとんど失っていましたが,弟はPC-6001での音楽演奏に限界を感じ,当時最高のFM音源を搭載できたX1を選ぶわけで,私と違って弟はパソコンの断絶期間がありません。

 あわれ,使われなくなったPC-6001は,私の餌食となります。弟もそれほど執着していなかったと見えて,私の改造に拒むことはしませんでした。

 PC-6001は,Z-80Bに換装され,クロック6MHzになりました。確かに高速でしたが,それで遊ぶわけでもなく,不細工な穴が筐体に開いてしまうことになりました。

 それから10年ほど経過し,PC-6001は電源部とDRAM,そしてサブCPUが壊れるという満身創痍で,その度に修理をして甦ってきました。その時,オリジナルに戻そうという気持ちが起こり,改造箇所を戻し,開いた穴をパテで塞いで,塗装したのですが,当時の私の塗装技術では,似たような色のつやありスプレーラッカーを,ぼってりと厚ぼったく塗るのが精一杯で,見た目は大変に惨めなものになっていました。

 それが,さらに20年ほど経過し,経年変化でもっとひどくなっているというのです。

 考えていたのは,まず塗装をすべて剥がし,丁寧に色を塗り直すことでしたが,あれだけの大きさですから,塗装を剥がす作業だけでも大変な手間になります。その上で穴を塞ぎますが,パテでふさいでも,いずれへこみが出てくるものです。

 そして先日,オークションをさっと見ていると,故障品のPC-6001が2000円で出ています。私が欲しいのは筐体だけですから,これで十分です。

 あまり人気がないのか,入札者は私だけ。果たして2000円で壊れたPC-6001は我が家にやってきました。

 もっとひどい程度だと覚悟していたし,改造や部品の抜取りも覚悟していたのですが,どこかの会社の備品だったらしく,シールが筐体の上下にまたがるように貼られており,剥がされたり着られたりした形跡もありません。

 どうも分解されたこともないようなもののようです。

 日焼けはすごいです。しかし,ぶつけたり凹んだり,割れたりした部分はなく,汚れている以外はなかなかよさそうな感じです。

 電源を入れてみますが,やはり動きません。電源ランプは点灯するので,まずは一安心です。

 分解していくと,確かに分解された形跡はありません。当時のままのようです。

 PC-6001の持病としてよく知られているのは,電源ラインに入っているタンタルコンデンサの劣化による,ショートです。タンタルコンデンサは壊れるとショートするやっかいなコンデンサで,最近はほとんど使われません。どうしても使わねばならない場合には,使用する電圧の3倍くらいの耐圧のものを選ぶようにし,壊れる事のないように十分なマージンを取るようにします。

 しかし,PC-6001では,12Vの電圧に対し耐圧16Vのものが使われています。これはいけません。このPC-6001も,調べてみると12Vのラインのタンタルコンデンサがショートしていました。

 気持ち悪いので,すべてのタンタルコンデンサを取り除きます。ここでまず電源を入れてみます。パワーオンリセットは不安定でかからないのですが,ここでリセットボタンを押すと,ちゃんと動作することが確認出来ました。

 一部抵抗の一が変わっていたりと,手作業による改修がありますので,比較的初期のものだと思います。ただ,ROMは最初期のEPROM版ではなくマスクROMになっていますし,ICのタイムスタンプも1981年の後半でしたので,私たち兄弟の際後期のものよりは,古いものだと思います。

 実家にある我々のPC-6001をレストアするための部品として手に入れたものですが,基板や電源などの内蔵物は我々のものを使うとして,補修部品として完動品の基板が手に入ったことは安心に繋がります。PC-6001では,汎用品が多く使われていますが,マスクROMやサブCPUは専用品です。マスクROMはどうにかなるとしても,サブCPUは今の私の設備ではお手上げですので,ありがたいです。

 しかし,エミュレータで散々触ることが出来るはずのPC-6001も,20年ぶりに実機を触るととても感激します。この違いはなんなんでしょう。モニタを繋がずとも,PLAY"CDE"としてドレミと音を出させると,いろいろなことを一緒に思い出します。

 あの頃が決して良かったとは言いませんが,あの頃に経験したことは,今の私を作っているという実感があります。これは肯定するべきことだと思います。

 こうなったら,しっかりレストアするしかないでしょう。

 

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