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2015年06月12日の記事は以下のとおりです。

ライトワンスメディアの落日

 ライトワンス光ディスクを開発した最大手,太陽誘電が,とうとう光ディスク事業からの撤退を発表しました。

 同時に,子会社であるスタートラボの清算も発表になっています。

 1988年にCD-R,1998年にはDVD-Rを開発したこの老舗メーカーの本当の姿は,名前の通りセラミックコンデンサです。こうした電子部品は単価は安いですが,なにせ数が使われるので,なかなか侮れない商売です。

 とはいえ近年,本当に数が使われる部品については安い海外製のものが強くなり,太陽誘電も高付加価値高価格品にシフトすることを表明しています。

 記録型光ディスクも同じような状況で,今日日本製のものを手に入れるのはなかなか難しいです。

 私がCD-Rに出会ったのは,確か1989年のエレクトロニクショウです。当時は1年ごとに東京と大阪で交互に開催されていました。いつしか東京開催だけになったわけですが,これがまた東京への一極集中を象徴するような話だと思います。

 当時大阪に住んでいた高校生の私は,学校が終わってから急いでインテックス大阪に出向き,主に部品メーカーでカタログや仕様書を集めてまわりました。

 なかには,露骨に学生には渡さないとか,ブースから出て行けというメーカーもあったのですが,私はこの時,エレショーできちんと相手にしてもらえるような仕事をしようと,自分の将来を見定めたのでした。

 で,この時見たのがスタートラボです。

 最高音質を誇ったデジタルオーディオの代表であるCDは,すでに身近な存在になっていましたが,録音が出来ないためにあくまでレコードの置き換え,カセットテープはそのまま存続しているという状況でした。

 当然カセットテープがデジタル化するのは間違いなく,それが後にDATとなるわけですが,まさかCDと再生互換性のある記録ディスクが登場するとは,私は夢にも思っていなかったのです。

 これを使えば,誰でもCDが作れる!

 子供の頃,ドラえもんで,自分でレコードを作ることが出来る道具を見たことがあったのですが,会場で私はこれを思い出していました。同時に,もうCDを作ることは,限られた人の特権ではなくなるだろうし,同時に羨ましがられるようなことでもなくなるんだろうなと思いました。

 デモは,ピアノかなにかの演奏をその場で録音,再生するものだったのですが,あの金色のディスクに,私はすっかりしびれてしまったのでした。

 そして,これは多くの方がそうだったのではないかと思うのですが,何度でも録音できるものと,全く録音できないものの2つしかなかった時に,一度だけ録音できるというものが登場したことが驚きで,実に感心したと同時に,一度だけという制約が嫌われるんじゃないのかなあと思ったのです。

 一度だけ録音できることの問題点は,もったいないに尽きたと思います。失敗したらあやり直し,再利用も出来ないから捨てるしかないというのが,どうも当時の感覚からすると,少なくともコンスーマー用途には向かないと思ったのです。

 しかし結果を見ていればよく分かるとおり,それは問題になりませんでした。なぜなら,捨ててももったいなくないくらいの価格になったからです。

 私が始めてCD-Rを使ったのが1995年ごろです。この時1枚3000円ほどしました。これが数年後には100円まで下がったのですが。1枚100円ならもう捨ててもいいでしょう。むしろ,書き換えによるメディアの劣化を気にしなくていいだけ,信頼性が向上するくらいです。

 2000年頃までは,とにかくCD-RやDVD-Rが流行ったなあと思います。書き込み品質,書き込み速度で,どこのどのドライブがよいとか,書き込みソフトの優劣とか,それはもういろいろなことを考えねばならないものでした。

 CD-Rの書き込みは,CDの再生システムを本当に逆方向にして記録する仕組みだったので,記録中に振動すると記録に失敗しましたし,データの転送は完全にリアルタイムでなければならないので,データの送り出しが間に合わないと,そこで書き込みに失敗しました。

 それに,一度しか記録出来ないのですから,テスト書き込みが出来ません。メディアの良品判定が出来ないのです。

 これが少しずつ改善され,書き込みが中断しても続きから書き込みが出来る仕組みが当時の三洋電機の開発したCD-Rチップセットで実現してから,振動も出データ転送も,急激に問題にならなくなってきました。

 メディアの信頼性も向上し,また安くなったことでほぼ解決,書き込み速度の向上もあって,CD-Rは本当に気軽なメディアになったのです。

 もう1つ,当時はCD-ROMが出始めた頃でしたが,あくまでCD-Rは録音用を訴求していました。しかし,CD-ROMが急激にメジャーになり,CDがオーディオとコンピュータの両方の世界で使われるようになると,同時にCD-Rも両方の世界で使われるようになります。

 こうして,安価で高性能なCDというシステムは,記録することが出来るようになって,我々エンドユーザーにも本当の意味での利用機会が訪れたのでした。

 太陽誘電がCDのライセンスホルダーであるソニーと共同で,販売会社であるスタートラボを作ったのもこのころです。CDの神様と言われた中島平太郎さんが社長を務められたことを良く覚えています。

 CD-Rの値段が下がると,生産地がまず台湾に,そして中国に移っていきました。有象無象のメーカーが乱立し,粗悪品が試乗にあふれましたが,やがて大手メーカーがきちんとした品質のものを安く供給出来るようになった,やがて淘汰されました。

 これは,CD-Rが儲からなくなっても,DVD^Rで儲ける事ができたからだろうと思います。

 DVD-Rが儲からなくなったらBD-Rで儲ける事になるのですが,記録型のBDはそれほど使われているように思いません。HDDが安くなったし,重要なマーケットであった,テレビ番組の記録が,行われなくなってきからです。

 そしてBDのに続く光ディスクが実質的に存在しません。もう光ディスクの時代ではないということです。

 かつてCDのサーボで苦労した私としても,光ディスクがなくなりつつある状況はとても寂しいのですが,それでも30年も生き残っているのですから,大したものだと思います。

 ですが,光ディスクが供給されなくなると,当然ドライブも無用の長物になります。今ある光学ドライブは,もっぱら読み出し専用となり,それもいずれなくなっていくでしょう。

 いろいろ書きましたが,これでまた1つの時代が終わったなあと,感慨深いものを感じました。

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