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2015年09月07日の記事は以下のとおりです。

初歩のラジオ雑感

 先日,1991年頃の「初歩のラジオ」を手に入れました。

 ご存じの方も多いと思いますが,「初歩のラジオ」は1991年の4月号から「SRハムガイド」へと新創刊,その内容もアマチュア無線に特化したものになりました。

 そして内容を大きく変えたにもかかわらず,1992年5月号で休刊してしまいます。わずか1年ほどで消えてしまったことは,この作戦が失敗であったことを物語っています。

 そもそも「初歩のラジオ」は1948年に創刊されたビギナー向けの電子工作雑誌で,子供向けで科学全般を取り扱う「子供の科学」と,専門的な内容でオーディオや無線を取り扱う「無線と実験」という,1920年代に創刊された雑誌の間に挟まれた,中高生に向けた雑誌でした。

 1948年ですから,戦後数年で創刊されたときは,雨後の竹の子のように市場に出回った,ラジオの自作関係の本や雑誌の1つだったと思う(当時のラジオは物品税が高くて,メーカー製のものは高額でしたから,自作するとかなり安く手に入れる事が出来,これを売ったりするとちょっとした小遣い稼ぎになったそうです)のですが,その後日本の復興に伴って役割も変わっていきました。

 今思えば,ということなのですが,なにせ20世紀後半は電子工学全盛の時代です。次々に開発される半導体デバイス,年々進化するICとLSI,コンピュータの登場と高性能化,ソフトウェアという概念が当たり前になるといった,全く新しい事が目の前に次々に出てくる時代でした。

 そして,これらを駆使した産業が誕生し,プロの世界はもちろん,民生機器も電子工学の応用製品が主役となっていった時代でした。

 世の中にはいろいろな産業がありますが,子供が憧れて,工作に取り組み,またそれらを使いこなすことを楽しむというのは,なかなかないものです。例えば化学工業だったり,繊維や機械工学などは,なかなか子供が「試せる」環境にはないものですが,電子工学は違っていたんです。

 そして,そうしたホビーとしての電子工学を支えたのが,「初歩のラジオ」と「ラジオの製作」でした。

 これらが,電子工作に興味を持つ小学校高学年から高校生くらいまでをターゲットにしたことで手に入れた個性が,若者向けの情報誌,という機能でした。

 電子工作に興味のある中学生や高校生は電子工作が好きな人である前に,10代の若者であることを考えると当たり前の話で,刺激が恋しい若者に興味のある話題や情報を誌面に展開することは,ごく自然な流れでしょう。

 ですから,製作記事や技術解説はもとより,映画,音楽,ラジオといった一般的な話題も取り扱っていましたし,当時の若者の間で流行していたオーディオ,電子楽器,無線,BCL,コンピュータと言った内容はかなり突っ込んだ内容になっていました。

 これが,広く若者にアピール出来た理由だったんじゃないのかなと思います。

 もっとも,そうした若者への文化発信を狙った雑誌は他にいくらでもありますから,電子工学の専門的な記事を期待するストイックな読者もいたと思いますが,当時は今のようにインターネットや携帯電話などはなく,それにテレビもラジオも限られた情報しか伝えていませんでしたから,複数の雑誌を買うことの出来る人が情報通と呼ばれた時代でしたので,極普通のお金のない若者が買い続ける雑誌には,出来れば様々な情報が盛り込まれていた方がメリットがあったはずです。

 私もそうした口で,もちろん技術的な内容が薄いものは論外ですが(私の目にはラジオの製作がまさにそうでした),それだけではなく,映画や音楽,科学技術全般に渡る話題が出ている初歩のラジオは,本当に貴重な情報源だったのです。

 私は1970年代の初歩のラジオのことは知りませんが,私が知らないだけで,いろいろな変遷があったのだろうと思います。

 私の知る限り,1983年頃までは従来路線の踏襲がなんとか行われていましたが,このころから記事の量が増えてきたパソコン(特にMSX)の話題が増えるにつれ,ちょっとずつ読者層が変化してきたようで,1985年頃は,従来路線の踏襲という重いテーマのために,すべての記事が中途半端になっていた感じがありました。

 価格もそれまで580円だったものが600円を超えるようになり,内容の薄さと価格の高さから,私もこのころの初歩のラジオは読んでいません。

 ですが,1985年7月号に突然大きな変化が起こります。定価が480円に下がり,中綴じになりました。明らかにページ数は減りましたが,基板マスク紙の付録が復活しましたし,製作記事も減っていません。取り扱うジャンルはオーディオ,コンピュータ,電子楽器,BCL,アマチュア無線とこれも変わっておらず,そこに若者らしい音楽や映画の話題もきちんと織り込まれており,読んでいて実に楽しいものだったことを覚えています。

 泉弘志先生のラグ版を使った1石・2石の工作や,増永先生のメカトロ工作も続いていましたし,東芝ラジオ教室も継続,おすぎのシネマトークもちゃんと続いており,良いものは遺して,1980年代に相応しい雰囲気に作り替えたものという印象です。

 これも振り返ってみると,以前はしばしば掲載された非常に規模の大きな製作記事,例えば制作費に数万円もかかる本格的なステレオアンプであるとか,完成までに何ヶ月もかかるものなどは,姿を見せなくなりました。こういう高度なものを期待した読者は,きっとここで離れていったのでしょう。

 この体制が1991年まで続きますが,この期間がちょうどバブル全盛だったことに注目すべきで,当時の初歩のラジオの新製品紹介のページは,8ページや10ページという枚数が割り当てられているにもかかわらず,全然ゆとりがありません。それだけたくさんの新製品が毎月登場していたということで,バブルを謳歌した人の言葉として「出せば売れた」という話は,決して大げさなものではなかったのだなと感じさせます。

 そしてバブルが崩壊し,雑誌が売れなくなります。より専門性に特化した雑誌にすべきという方向は間違っていなかったと思うのですが,その専門性を「アマチュア無線」に向けたことは,当時の私にさえわかる,重大な誤りでした。

 確かに,当時はバブルの残り香があり,携帯電話は入手が難しく,アマチュア無線には一定の需要があって,若者の憧れであったことは否定しませんが,いずれ携帯電話が普及することは目に見えていたし,アマチュア無線にはすでに名高い専門誌がいくつもあったことを考えると,もうここで初歩のラジオは終わったのだなと,そう思ったものでした。

 あるいは,内部ではすでに終わっていて,猶予として1年だけ続けるという「お情け」があったのかも知れないですね。こういう邪推をすればもう切りがないのでやめておきますが・・・

 ただ,ハムガイドになる前の数ヶ月の初歩のラジオを改めて見て気が付いたことがあるのですが,広告のほとんどが,アマチュア無線機のものなんですね。以前はサンワなどのテスターのメーカーや,オーディオメーカーのものも,パソコンのメーカーのものあったりしたのですが,本当にヤエス,ケンウッド,アイコム,スタンダード,アルインコという無線機のメーカーしか出ていないんです。

 安い広告料のモノクロページには,従来通り部品やジャンクの広告も出ていますが,これと伝統の科学教材社の広告を除けば,もう無線機だけです。

 つまり,初歩のラジオという雑誌を維持していたのは,アマチュア無線だった,ということです。

 アマチュア無線機のメーカーが,お金にものを言わせてアマチュア無線以外の記事の排除を求めたのか,あるいはすでにアマチュア無線に興味のある人しか初歩のラジオを買わなくなったのか,それはわかりません。どちらにしても,ハムガイドになる前に,すでに初歩のラジオはアマチュア無線の雑誌であり,むしろそれに内部があらがって電子工作雑誌の体裁を維持して,いびつな状態になっていたということになります。

 でも,私がこのことに気が付いたのは,つい先日のことです。当時は初歩のラジオの広告が減っていることに気が付きませんでしたし,その構成が偏っていることにも気が付きませんでした。

 なぜなら,アマチュア無線機も,初歩のラジオの主な守備範囲であり,その広告は私のようにハムではない人でも,必ず見ていたからです。無線機を買うことはなくても,どんな無線機が出ているのかとか,このメーカーの無線機は格好いいなあとか,大体どのくらいの値段で買えるものなんだろうかとか,そういうことは広告で知っていましたので,ホビーとしての電子工学を語る雑誌にアマチュア無線機のメーカーが並んでいることは,とても自然に思えたのです。

 しかし,冷静に考えてみると,アマチュア無線機のメーカーにとってメリットのある雑誌でなければ,広告を出す理由はありません。アマチュア無線機のメーカーにとっては,オーディオやパソコンが好きな人は当然ですし,電子工作をする自作派の人も,邪魔だったのでしょう。

 かくして,最後には内部の無言の抵抗すら感じたハムガイドへの新創刊により,理系の中高生のための情報誌という役割を捨てました。その多大なる犠牲に私はとてもがっかりしたし,今も残念なのですが,なにが悔しいといって,そうした犠牲が全く生かされず,結局1年ほどでハムガイドもなくなってしまったことです。

 これで,せめてハムガイドが生き残っていれば,あるいはハムガイドがまた新創刊して別の雑誌に生まれ変わってくれていれば,初歩のラジオが消えたことにも辛抱が出来たのですが,ただただ若者に対する電子工作の面白さを啓蒙する役割が消えただけとい現状には,私は一定の社会的責任があるのではないかとさえ,思います。

 そうそう,もう1つ気が付いたことがあります。ハムガイドになる前の数ヶ月,読者投稿やはみ出しの読者の年齢が,高齢化しているのです。20歳台から40歳台がチラチラと散見されます。

 このころ,すでに若い読者の獲得に失敗していたのかも知れません。そして,1970年代にラジカセとアマチュア無線で青春を謳歌した人が,40歳代になって初歩のラジオに戻ってきたということかも知れないです。

 ラジオの製作と違い,初歩のラジオは内容が「軽く見えた」のでしょうけど,図書館に入る数が少なかったように思います。図書館需要というのは,こうした雑誌を維持するにはそれなりに大きな数で,子供の科学が生き残っている理由も,これが大きいです。

 もし初歩のラジオが図書館や学校にたくさん入っていたら,もしかするとハムガイドになることはなかったかも知れません。そして,電子工学が先端の産業から「当たり前」の技術になった現在に,相応しい役割を果たしてくれていたかも知れません。


 

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