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2008年05月の記事は以下のとおりです。

完全プロ志向

 先日,薬師寺展を見て来たことを書きましたが,仏像とか高価な美術品とか,運送には必ず日通が出てきますね。

 日本通運・・・日本を代表する運送屋さんです。失敗の許されない貴重なものを運ぶときには必ず登場するスーパープロ集団で,私のような中途半端なプロ志向な人にはたまらないものがあったりします。

 クロネコヤマトがキヤノンなら日通はニコンでしょうか。(佐川がどこかは勝手に考えて下さい)

 クロネコヤマトがVAIOなら,日通はThinkPadでしょうか。(佐川が・・・以下同文)

 クロネコヤマトが付属のキーボードなら,日通は東プレのRealForceでしょうか。(以下同文)

 そんなことはどうでもいいのですが,日通にはどんなものでも確実に運ぶために組織された専門家集団があり,そこには「梱包のプロ」や「チェーンブロックの達人」達が,日夜人類の至宝を安全に運んでいるんだそうです。

 まあ,どんな運送屋さんにもそういう組織や技能はあるんでしょうが,それでも私のような素人にさえ,日通の定評だけは耳にします。

 薬師寺展を見た後,友人に「日通はせっかくいい仕事をしてるんだから,もっとプロ志向であることをアピールすればええのにな,私みたいなエセプロなんか,ガンガンペリカン便を使うはずやのに」などと言っていた矢先,ペリカン便がなくなるという報道を目にしました。

 先月末,郵便事業会社と日本通運が,両社の宅配事業をする新会社「JPエクスプレス」を今年6月に発足させます。来年4月には完全統合しますが,この時「ペリカン便」のブランドは消滅し,ゆうパックに統一されることに決まったそうです。

 日通は郵便事業会社と提携関係にありましたし,日通はペリカン便では赤字続き。両社の利害が一致したということでしょう。

 実のところ,かの日通にしょーもない荷物をお願いすることに,遠慮があったのは事実でした。30年前にペリカン便として宅配に参入する時も,正直どれくらい続く物なのかと,子供心に思っていたものでした。

 宅配と言えばクロネコヤマト,という時代に,郵便小包と佐川急便が追いつき,ペリカン便がマニアックな存在であった時代は長かったわけですが,急激に身近な存在になったのが,そう,amazon.comです。

 私の記憶では,amazon.comは最初は佐川急便だったんですね。これがある時ペリカン便に変わったのです。あまり悪口をいうのはどうかと思うのですが,当時の佐川急便にはなにかと嫌な思いをしていて,これが理由でamazon.comを使わないほどでした。(余談ですが,メール便が出てきたときに,もう二度とamazon.comは使わないと神に誓いました・・・)

 ペリカン便に変わって,状況は一変しました。夜遅くまで再配達をしてくれる,時間を守ってくれる,荷物は丁寧に扱われていて,たばこ臭くない・・・

 もう1つ,個人的に,うちを担当してくれているセールスドライバーのおばちゃんが,とても良い方なんですね。いかにもトラックの運ちゃんという感じの豪快なおばちゃんですが,いつもニコニコして実にかわいらしいのです。

 おばちゃんとは荷物を受け取るときしか会話しませんし,特に世間話をするわけでもありませんが,彼女に担当が変わってからというもの,amazon.comを積極的に使うようになりました。

 ペリカン便はamazon.com以外で荷物の届くことはありませんから,amazon.comでしばらく買わないと,おばちゃんどうしてるかなあ,そろそろamazon.comで買ってみるかなあ,と,思ったりすることもしばしばです。

 夜遅くに帰宅して不在票に彼女の名前を見つけると,妙な安堵感を味わい,そして週末土曜日の再配達をインターネットで依頼し,再開を心待ちにするのです。

 最近でこそ女性のドライバーをよく見るようになりましたが,うちの地域で最初に女性が訪れたのは,ペリカン便が最初でした。古い大きな運送屋さんの割に,男女区別無しというのはなかなかやるもんだ,とそんな風に思ったことも,日通に対して好感を持った理由だったのだと思います。

 それから随分長く,amazon.comはペリカン便から変わることはなく,さすがに大口を獲得したんだから安泰だろうと思っていたのですが,やっぱamazon.comだけに,その料金は随分安く請け負っているんでしょうね。元が佐川急便で,そこからもぎ取るんですからね,相当安い料金でやっているんでしょう。

 100年の歴史を持つ郵便小包と,同じく伝統ある日通の宅配事業が一緒になると言うある意味歴史的事件より,私の興味はうちの担当のおばちゃんがどうなるのか,に尽きます。引き続きうちを担当してくれればいいんですが,人員整理やら外注化やら,事業統合には何かときな臭い話がついて回るものです。

 果たしてその時,おばちゃんはまた私の前に笑顔で現れてくれるのでしょうか。

秋葉原の雄は大阪で根付くのか

 千石電商といえば,秋葉原に電子部品を買いに行ったことがある人なら知らない人はいない大手の電子部品屋さんです。秋葉原ではラジオデパートやラジオ会館など,小さなお店の集合体が「らしい」とされますが,実のところ千石電商やマルツ電波など一箇所で全部揃うパーツ屋さんの方が便利ですし,価格も安いのです。

 なかでも千石電商は結構マニアックな部品もきちんと持っていますし,価格もこなれていますから,私も「そこそこ」利用します。そこそこ,というのは,あまりに普通の部品が多いことと,店員さんのナニがアレで・・・ね,まあその,行かないで済むならそれに超したことはない・・・んですわ。

 大阪では日本橋が電気街ですが,ここも最近元気がない。家電の街としての機能はほぼ梅田と難波に取られましたし,PC関連機器は通販の方が楽ですし。そんななかでわざわざ秋葉原なり日本橋に出向く必要が,今も昔も不可欠なものが電子パーツです。

 現物を見ないと失敗するし,出物が出ている可能性もある。それに部品の単価が安く送料がペイ出来ませんし,そもそも1店で完結する可能性が低いので,実は電子パーツを商売にするのは(売り上げの低さと在庫の重さに耐え切れれば)結構いい商売なんじゃないのか,と思ったりします。

 それにしても,阪神タイガースを除き大阪そのものが元気のない昨今,日本橋に新しい部品屋さんが出来るなど,誰が想像したでしょうか。そう,5月2日に,秋葉原の千石電商が日本橋にオープンしたのです。

 いやー,嘘かと思いました。千石電商が大阪にゆかりのあるお店なら分かりますが,実のところ縁もゆかりもないようですし,大阪に関連があればあの店員どものナニのアレ具合など許されるはずがありませんし,なにゆえ千石なのだ,と不思議で不思議で仕方がありません。

 理由を尋ねられてもそこは大人の対応で「大阪の皆さんに部品を買って頂きたい」とのこと。シリコンハウス共立にケンカを売ってますが,私個人は不思議と思うと同時に,結構いいことだなあと思いました。

 千石電商とシリコンハウス共立は,扱っている品目は似ていますが,そこはさすがに大阪と東京で,微妙に種類が違っていたりします。半導体の品揃えもそうですが,特にコネクタなどの機構部品,ケースとか工具などにちょっとした違いがあります。

 昔むかし,初歩のラジオを片手に部品集めをした頃の話ですが,秋葉原で手に入る部品に合わせて製作記事がのっていました。特にケースやジャック類は,秋葉原で手に入る物でプリント基板が作られていましたので,出来れば同じ物を手に入れたいわけです。

 しかし大阪にいた私は,同じ物が手に入らず,似たような物を工夫して使うことしか出来ませんでした。しかしやっぱり子供のすることですから,どうも不格好だったり性能が出なかったり高くついたりするわけです。

 当時千石電商が大阪にあればこういうことはなかっただろうなあと思うわけです。

 ちょうど帰省中にオープンという事で,5月2日の昼過ぎに行ってきました。場所は確かめずに行ったのですが,デジットの近くで角地ですので,すぐに見つかりました。5月2日はいい天気だったのですが,そのせいもあって,少し日本橋に人と活気が戻ってきていたように感じました。

 今時この広さでパーツ屋を本当にするんかいな,と思うほど広いスペースに,背の高い什器が入っています。秋葉原の千石電商ほど狭苦しい雰囲気はありませんが,それでもオープン初日から殺風景にならないあたり,さすがといえばさすがでしょう。

 しかし,半導体の棚はまだ空きが目立ちますし,機構部品や工具類もまだまだ揃っていません。先日徹夜で頑張ったんだろうなあと思わせるような間違いがあったりして,ほほえましいです。

 問題の店員さんのナニのアレ具合ですが,秋葉原とは雲泥の差です。しかしここは大阪。近所のデジットの店員さんに,商売のなんたるかをたたき込んでもらったらどうかと思います。

 まあそれは言い過ぎとしても,もうちょっとお客さんの動きを読むというか,愛想良くするというか,そういうことがないと,大阪の人は厳しいと思いますよ。

 で,オープンセールです。ディジタルテスタが300円,単3アルカリ電池4本が50円。その他不良在庫の処分品と思われるヘッドフォンやケーブルなどが段ボールに突っ込まれていました。

 私はとりあえず,話の種にとテスタと電池,そして前から買おうと思っていたVGA用のDsubコネクタを買いました。レジで「500円以上お買い下の方にはマウスパッドか結束バンドをプレゼントしています」とうれしいお話を頂きました。

 迷わず結束バンドと答えると,たくさん結束バンドの入った透明な筒を頂きました。実はテスタより電池より,これが一番うれしかったりします。いやー,ありがとう。

 でそのテスタですが,なぜか懐中電灯がついており,しかも今時豆電球です。スイッチが堅くて片手で回せず,電池ブタもぴしっと締まりません。手で削った追加工の跡があったりして,やっぱ安いだけあるなあと。

 しかも,外側には「LR44x2」と書いてあるのに,中をあけると23Aとかいう変な電池が入っています。なんと12V・・・電池の方が高いんとちゃうんかい,そもそもどこで売ってるねん。(後日秋月に新商品として入荷していました。50円・・・)

 しかも,説明書きに書かれているレンジがなかったりして,本当にこれで商品として成立しているのかと,中国生まれのこのテスタが不憫でなりませんでした。

 ま,300円ですからね,よしとしましょう。

 つまり,こういう面白さがパーツ屋さんなのです。通販でできますか,梅田や難波で見つかりますか,と私は言いたいわけです。

 こちらに戻ってきてから,会社の用事で千石電商に行きました。相変わらずの店員のナニのアレっぷりに閉口しつつ,500kmという物理的距離が勝るか,それとも千石電商という企業文化が勝利するのか,願わくは日本橋に溶け込んで,地域に根を下ろしてくれればいいなあと,そんな風に思って帰りました。

今頃になってアサヒペンタックスSP

ファイル 190-1.jpg

 4,5ヶ月前になるでしょうか,ES2の修理中に落下させ,貴重なメーターを壊してしまったのですが,その時慌ててメーターの代品を確保しようと,なぜかSPをオークションで落札してしまいました。

 考えてみるとSPのメーターはセンターがゼロですからES2には使えません。実家には程度のいいSPが1つありますから,安かったとはいえもったいないことをしたかなあと思っていました。

 届いてみると,傷やぶつけた跡なども少なく綺麗な後期品です。しかしギシギシと音を立てて動くことやプリズムの蒸着剥がれもひどいですし,なによりシャッター幕におかしな塗り物をしてあります。これは相当いい加減です。

 試しにシャッター速度を見てみると,1/500秒以上はかなり怪しいです。

 後期品ですからきちんと手入れをすればまだまだ使えると思ったのですが,よく考えてみると私は純機械式のカメラを修理したことはありません。電気式ならメカがシンプルなのでわかるのですが,露出時間を作る機械であるカメラは,つまり時計と同じ仕組みで動いてるわけで,そんなメカメカなものに私などがかなうはずもありません。

 そんな気持ちでしばらくほったらかしになっていたSPですが,ちょっと手が空いた時に,修理をしてみることにしました。

 改めて見てみますと,幸いなことに露出計は動きます。シャッター幕の交換は必要ですね。プリズムも交換しないとつらい。動きのが渋いので清掃と注油もしないといけないでしょう。

 ということで,早速分解開始です。途中まではES2と同じですのでサクサク進みます。前板を外し,ミラーボックスを外してシャッター幕を観察します。

 交換しようとしている部品取りのES2から外したシャッター幕となんとなく比べてみると,差はないようです。ゴム系の接着剤を使い,位置さえ正確に取り付ければ案外簡単にできそうです。

 しかし,これが甘かった。なにせシャッタードラムの周辺が狭く,接着剤で接着するのに正確な位置が出ないのです。うまくいったと思ったら斜めになっていたり,巻き上げてみると長さが足りなかったりと,何度もやり直す羽目に。そうしているうちに接着剤の厚みでデコボコになり,見るからに「失敗」という感じです。

 意を決して最初から作業をやり直します。周辺の部品も出来るだけ外して作業をやりやすくします。

 先幕と後幕との重なりが少し少ないのが気になるところではありますが,ここからのやり直しはリスクも大きいので,このまま進めましょう。

 スローガバナーはベンジンにどぶ漬けし,引き上げてからベンジンで薄めたオイルを注油します。ミラーボックスにこびりついた古いグリスも拭き取り,新しいグリスを塗ります。その他各部清掃と注油を行い,組み立て直します。

 プリズムも部品取りのES2から,少しましな物に交換します。ある程度組み上がったら幕速を合わせるため,シャッター幕のテンションを調整します。

 幕速を測定器で大体合わせ,あとはいつものようにオシロスコープで確認して調整していきます。1/60秒を合わせると,スロー側はほぼ問題なしの値が出てきました。いい感じです。

 高速側も問題なしです。案外きちんと1/1000秒も出てきます。この頃の機械式カメラは,実質1/750秒くらいでも十分okな範囲です。

 数日かけてテンションが馴染んでから後幕が追いつかないかどうかを確認しましたが,ES2よりも素性がいいですね。全然狂いません。

 次は露出計です。グレイカードを使って合わせるだけですが,これも問題なし。

 綺麗に外側を磨き,貼り皮も掃除し,モルトも交換します。最後のビスを締めて,これで完成。

 空シャッターを切ってみますが,やっぱり少し巻き上げが渋いです。実家のSPは感動するほどスムーズなんですが,これには全然及びません。

 そしてフィルムを通してみます。各シャッター速度を試して見ますが,全速でほぼバラツキ無し。露光ムラもありません。いやー,これだけきちんと揃うとうれしいものです。

 ピントもきちんと出ているようですし,光漏れもありません。SPは露出計との連動機能はありませんから,もうこれで作業は終了です。

 私の手元にある完全な機械式のカメラは,このSPだけです。これだけシンプルな機械で,中身も分かっているというのは,妙な安心感があるものです。

 世間一般では,電気式よりも機械式のカメラの方が値打ちがあるとされ,中古でも人気ですが,それは単純に修理がしやすいかどうかという問題だけではなく,同じカメラという目的に対しても全然別の仕組みで動く「別の物」という意識が潜在的にあるんだろうと思います。

 どっちにしても,ES2が本当にダメになっても,M42の世界から離れなくて済みそうです。
 
 

薬師寺展をみる

 先日の土曜日,上野の国立博物館で行われている「薬師寺展」を見てきました。

 前代未聞の,日光菩薩立像と月光菩薩立像の背中を見ることが出来るというのが最大の触れ込みですが,普段見られないからただ珍しいという話なのではなく,そのお姿が写実的で素晴らしいという,このことに尽きます。

 薬師寺に限らず,仏像の背後に回って背中を見る,などというのは普通は考えにくいことですし,私などそんな罰当たりなことは恐れ多いのですが,背中までが「ありがたい」と考えれば,少しは許されるかも知れません。

 土曜日は昼過ぎは良いお天気で,我々が到着した時刻では入場制限を行っていました。10分ほど待ったでしょうか,その間日傘を貸し出すサービスなどがあったりして,興味深いなと思いながら列んでいると,割とあっさりと入場できました。

 しかし予想通り,館内は随分と混んでいます。音声ガイドがいかんですね,あれを使われると,じっとその場にとどまってしまう人が出てきてしまいます。あと,平成館というところは,ハイビジョンテレビがあちこちにあって,ここで必ずといっていいほど人の足が止まります。私は博物館にテレビという生活臭漂う庶民のアイテムが大きな顔をしているのが興ざめな人でして,文字や図表にくらべて動画のわかりやすさと,ハイビジョンによる情報量の多さがどれほど見学に有効であったとしても,ちょっと見学者に親切すぎるんじゃないのかなあと,そんな風に思ったりしました。外国の方の見学者もいるので,ハイテク日本をアピールする趣向が見え見えなのもちょっと鼻につきます。

 なんだかんだで,日光菩薩立像と月光菩薩立像にたどり着きます。仏像の周りに群がる人,人,人。

 押すな押すなの盛況にも関わらず,当たり前ではありますが皆マナーもよく,そして面白いことに一箇所にとどまらず360度動き回る人が多いので,真そばでじっくりと見ることは,案外簡単でした。

 銅で出来ている大きな仏像ですが,途中に継ぎ目などはなく,一気に鋳造されたものなのだそうですが,近寄って見ても,遠くから見ても,この角度で見るといいとか,ここから見るとちょっとダメだとか,そういうのがなく,つまりどこから見ても,どうやってみても,それぞれにため息の出る美しさなのです。

 2つの仏像の表情は,日光菩薩側から見たときと,月光菩薩側から見たときで,微妙に表情が違うのです。足下から(そう,随分近くに寄ることが出来るのです)見上げる時も,少し高いところから見下ろす時も,やはり見え方が違います。

 見所の1つ,背中の柔らかな質感ですが,当時の美的感覚に忠実と思われるふくよかで柔らかな曲線は無駄も破綻もなく,まるで女性の背中のような暖かさを見る者に与えます。これが銅で作られているのかと思うほどです。

 背中を見られることを前提に作ったとしか思えないのですが,しかしこれが人の目に触れることなど,長い歴史の中でおそらく初めてのこと。思うに,見えない部分でも手を抜かない,それが日本人の「仕事」なんでしょう。

 一通り歩いて約1時間30分。見終わって感じた事は,とにかく仏像の圧倒的な存在感です。他に出ていた展示物にも確かに珍しい物がありましたが,数としては全部で20数点と多くなく,私のような人間にはちょうど良い規模だったと思います。

 1つ感じた事があります。

 以前,ある美術館で仏像を「美術品」として鑑賞したことがありましたが,最初じーっと食い入るように眺めた人々は,思わず両手を合わせ,その場を後にしていました。

 この「思わず」が重要だと思うのですが,今回は大勢の人がいたにも関わらず,誰一人手を合わせる人はいませんでした。私は恥ずかしさから,ばれないように小さく手を合わせるにとどまりました。

 お寺で見る仏像には,問答無用の威圧感があり,これが宗教としての仏教に畏敬の念を抱かせる動機として機能することを狙っているのですが,お寺という独特の施設,入りだったり匂いだったり音だったり,つまり五感に飛び込む情報が仏像をより深く見せているのでしょう。

 とはいえ,思わず仏像に手を合わせる気持ちはいつしか一人歩きし,仏像がお寺になくても,そこから出る「何か」に思わず手を合わせることは,ごく自然な事だと思います。

 もちろん,美術品としての仏像をいちいち拝む必要はないのかも知れません。しかし,日本の仏像は,物理的な大きさや表情の猛々しさだけではなく,その美しさで人々を魅了してきたことは事実でしょう。作り手の意図を想像すると,美術品としての完成度の高さこそ,我々が手を合わせるためのエネルギーであるべきではないかと,素人の私は考え至るのでした。
 
 もう1つ,韓国語や中国語を話す方々が見学に多く訪れてらしたようです。韓国にも中国にもお寺があり,仏像があります。西から届いた仏教が東に伝来する過程で,中国と朝鮮,そして日本の3地域は,互いに影響しあい,そこから新しい物を醸造してきました。日本は最東端ゆえ,日本から出て行ったものは少ないかも知れませんが,元はインドで生まれた教えが,これほどたおやかな仏像に昇華した事実と,そこから日本という文化圏に興味を持ってくれればいいなあと,そんな風に思いました。

 いろいろな感じ方があるとは思いますが,私は今回の「薬師寺展」で,日本はアジア,特に東アジアの一員であることを,改めて誇りに感じました。

 

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