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2008年11月の記事は以下のとおりです。

中国のトランジスタ

  • 2008/11/07 20:39
  • カテゴリー:make:

 川崎にあるサトー電気で,怪しげな中国製のゲルマニウムトランジスタが168円というそこそこの値段で売られています。

 私も,物珍しさも手伝って,なにかのついでに2本ほど買ったのですが,いかんせん素性が分かりません。使うあてもないので別に構わないのですが,やはり電子部品はその仕様が分かってなんぼ,のものですから,少し調べてみることにしました。

 さて,このトランジスタ,型名を3BX31Cと言います。2Nでも2Sなく,3Bです。サトー電気のホームページには,NPNのゲルマニウムと書かれています。中国では割に標準的なもののようで,かの国では教科書にも出てくるほどメジャーなものらしいです。

 お待ちかね,その仕様ですが,複数のデータを統合すると,こんな感じです。

Ge-NPN(アロイなのかグローンなのか構造は不明)
用途              : 低周波増幅用
コレクタ損失(Pc)       : 125mW
コレクタ電流(Ic)       : 125mA
コレクタ遮断電流(ICBO)    : 最大6uA
コレクタ-ベース間電圧(VCBO) : 40V
コレクタ-エミッタ間電圧(VCEO): 24V
エミッタ-ベース間電圧(VEBO) : 10V
直流電流増幅率(hFE)     : 40~180
ベース接地での遮断周波数(fb) : 最小8MHz

 VCBO,VCEO,VEBOについては,厳密にはブレークダウン電圧が記されていたのですが,おおむねそのトランジスタの耐圧と見て良いですから,ここでは最大定格としました。

 こうしてみると,ごく普通の2SDxxというゲルマニウムトランジスタという感じですね。ぱっとみると,2SB172クラスのトランジスタで,2SB172のコンプリである2SD31なんかとよく似た感じでしょうか。

 ところで,この見慣れない中国製トランジスタの命名ルールを見つけました。

 最初の数字の3はトランジスタであることを示しています。電極数を書いているような感じですね。

 次のBは構造を示しています。AがゲルマニウムでPNP,BがゲルマニウムでNPN,CがシリコンでPNP,DがシリコンでNPN,Eが化合物半導体です。

 次のXは用途です。Xは低周波小信号用(3MHz未満で1W未満),Dが低周波電力増幅用(3MHz未満で1W以上),Gが高周波小信号用(3MHz以上で1W未満),Aが高周波電力用(3MHz以上で1W以上),Kがスイッチング用,です。それとどうやらCSがFETのようです。

 次の数字,31は通し番号です。番号そのものには意味はないようで,このあたりは日本のトランジスタなんかと同じでしょう。

 最後のCは,これは同じ品種で規格が変わった改良品などを示しています。これも日本のトランジスタと同じですね。

 よって,3BX31Cは,ゲルマニウムNPN低周波小信号用トランジスタ,となります。

 他にも用途の記号はいろいろあるようなのですが,さっぱりわかりませんでした。(たぶんサイリスタとかトンネルダイオードとかPINフォトダイオードとか)
 
 最後にお約束です。ここに書かれたことには誤りがある可能性も高く,内容を保証するものではありません。この情報によって発生したいかなる直接的,間接的な損害についても,著者は一切責任を負いません。
 

 

論文とは

 昨今話題の,元航空幕僚長,田母神さんが書かれたという懸賞論文を,実際に読んでみることにしました。

 私は理系の人間ですが,根は文系で理系の皮を被って生活するのは楽ではありません。そんな私の得意分野は近現代史で,人類が過ちを反省と軌道修正によって,どうやって現在のシステムに昇華させてきたのかというプロセスを見るのが大好きです。どんな小さな事の誕生にも,必ずプロセスはあります。そしてそれは大変面白いものです。

 アメリカの大統領選挙が終わって,オバマさんがアメリカ合衆国大統領に当選しましたが,長い選挙戦,二大政党制,そして莫大なお金がかかることに対しての,明確でフェアなシステムの構築と運用には,高度に磨き上げられた民主主義の具現を見ることが出来ると思います。

 日本人の一般的感覚からすると,この3つはいずれも馴染みがないか,どっちかというと警戒感もあるのではと思いますが,アメリカという大国が長く維持されたその源泉は,やはり合理的なシステム構築が尊ばれる国だという面もあるのでしょう。

 もちろん,アメリカには様々な問題があります。ヨーロッパにしてもそうです。ただ,すべてにおいて完璧はなく,試行錯誤によって改善がなされていくという人類の歴史の大きな流れを見ていると,多くは「少しでも良くなるように」が行動の動機であり,おかげで私は,未来をそんなに悲観せずに済んでいたりします。

 時として,その「良くなる」の対象や方法に「誤り」が生じ,大きな悲劇が起きて来ました。これを素直に反省し,きちんと後始末をして,そして同じ事を繰り返さないことが,およそどんな事にも必要とされる,とても大切なことだと強く思います。

 閑話休題,問題の論文を見てみましたが,これは残念な事に,多くの報道機関が報じている以上の事を,論じることは無理です。あまりに稚拙で,散発的に普段思っていることをただ並べてあるだけ,論理的な構造もなく,結論ばかりを急ぎ,理論の構築が必要な論文と呼ぶにふさわしい体裁を,そもそもなしていません。隙間だらけです。

 記述内容についても,多角的な検証や考察はおろか,出典さえも明らかにされていない部分が散見され,およそ公平なものとは言えないと思います。

 ここから先は私見になりますが,そもそもこの論文は誰宛に書かれたものなのか,を考えてみると面白いのではないかと思っています。

 政府見解を引っ張り出すまでもなく,先の大戦を肯定したり,戦前のアジア政策を賛美するような感覚に抵抗を覚える人は少なくないでしょう。また,国際的な見解も,概ねその通りだと思います。

 その上で,この論文は,こうした「普通の考え方」に異を唱えるものであるわけですが,その目的は,彼の言う「事実を知らない無知な民」である我々庶民を啓蒙することにあるわけですね。平たく言うと,相手を「説得する」ことが目的の文章ということになります。

 しかしながら,日本人は無類の本好き国民です。豊かな表現力を持つ日本語を操り,自らも文章を書くことを日常としながら,プロの書く文章を楽しむだけの力がある集団です。

 そうした人々を,この程度の文章で,本当に啓蒙できると考えたのでしょうか。

 いや,それは言うまでもなく,無理です。ご本人も,ここまで大きな事になると思っていなかったそうですから,その影響力はかなり小さく見積もられていたのでしょう。

 彼の論文は,反対意見を持つ人に向けたものではない・・・だとすれば,どういう機能がこの論文に期待されたのか,疑問に感じませんか。

 そして私が考えた結論は,決して否定されることがなく,互いを賞賛しあうことが心地よい,小さいけれども安全なコミュニティの内部に向けた,かけ声のようなものだったのだろう,ということでした。

 他人の評判を気にしない,例えばまさにこの文章のような,マスターベーションでないだけ随分ましなのですが,内容以前の問題として,誰に向けて書かれているのか,その人をどれだけ説得できるのか,という観点でこの論文を見ると,一番の目的は書いた本人がスッキリすることにあったんじゃないかとさえ,思えてきます。

 とりあえず論文というからには,書かれたことが万人(これは地理的に万人という意味だけではなく時間的にも万人という意味です)に正しく伝わることが,目的からして必須なわけであり,そのために客観的なデータを用意し,それらを用いて矛盾のない論理的な展開を正確な文章で記述することくらいは,最低限満たされていないといかんだろうと,私などは思うのです。

 この論文を審査した委員のある方は,記述内容に疑問も出たが,その主旨に金賞を与えたと言われているのですが,つまるところこの懸賞論文は,論文として最低限必要な体裁などは前提条件としてふるいにかけられることはなく,その評価点についても内容の正確さよりは言いたいことそのものにあるという点で,少々ずれたものである,と言わざるを得ません。主旨で評価されるというなら,なにも論文でなくとも座談会の議事録で十分でしょう。

 もう1つ私が気になったことを書いておきます。

 田母神さんは,「政府見解と異なることを論じて糾弾されるなら北朝鮮と同じだ」と言われましたが,彼は当時現役の軍人であり,私人としての意見を語ることには,階級の高い低い以前の問題として,本来制約を受ける身分です。この点において,北朝鮮もアメリカも日本もありません。

 自らの正当性を国家体制に求めるあたり,幼稚な論点のすり替えだなと感じたのですが,同時にこういう話がポンと出てくるあたり,つくづく日本という国の平和っぷりを示しているように思います。

 でも,きっと彼は人間としては面白く,また立派な方なんだろうなあと思ったりします。偉くなる人というのは,やはりそれだけの器をお持ちです。

 私は今時流行らないハト派ですが,タカ派の人を排除しようとは思いません。日本では自由な意見が保証され,それらは等しく尊重されなければならないと考えているからです。

 ただ,私は自分が痛い思いをするのが嫌なので,他の人にも痛い思いをしてもらいたくないな,と思っているに過ぎず,近現代史が好きな割にはおかしな歴史観を振りかざすこともしませんし,文化論や民俗学のようなものを盾に相手を煙に巻こうとも思いません。

 ただただ,痛い思いをしなくて済むための手段は今日いくらでもある,と思うから,前世紀的な安易な解決策を第一に置くことは避けようと思っています。聞いて回ったわけではありませんが,このくらいの感覚は,ごく普通の庶民的感覚なんではないでしょうか。

 こういうと決まってタカ派の人から「甘い」と言われるのですが,私は人類の進歩の歴史は,反省と試行錯誤の歴史であると信じているので,時間を経るごとに持ち駒が増えている事実に,確かな手応えを感じて,そんなに悲観してはいないのです。

 考えてもみて下さい,互いの意見の相違をまとめるのに,古代,中世,近世,近代,現代と,時間の経過と共にどれだけ手段が増えてきたか。そうです,人類は少しずつ(そして多くの犠牲を伴って)賢くなっているのです。

 そして,彼が市民から支持を受けることもなく,防衛省内からも非難の声が上がり,自衛隊幹部の職を解かれてなおマスコミから連日叩かれ,彼を擁護する論調がほとんど表に出ないばかりか,これ幸いと政争に利用されるほど,大きな事件になっています。これをある種の自浄能力だと考えれば,日本人もそれなりに賢くなっているのだと思うことは出来ないでしょうか。

陽は沈む

 一応,軽く触れておこうと思うのですが,昨日,小室哲哉氏が詐欺容疑で逮捕されてしまいました。5億円という巨額のお金をだまし取ったということですが,だまし取る方はもちろん,だまし取られた方も庶民的スケールからいうと桁違いです。この方々もカップラーメン1つ400円とか宣うのでしょうか。

 それはどうでもいいとして,この事件の反応がやっぱりすごいです。金持ちへのやっかみや,おもしろ半分で見ている人も多いでしょうが,80年代の彼の歴史的活躍を肌で感じた世代や,90年代の彼の音楽に救われた世代からの「残念だ」という意見や,彼の業績に対する識者のコメントが引用されたりするケースは,やはり小室哲哉その人が稀代な人であったことを裏付けるものでしょう。

 私ごときが彼をあれこれ論評するのは憚られますし,特に私は彼のファンではなかったので,そこは冷静であるわけですが,私も80年代から90年代にかけて鍵盤とコンピュータで電子楽器にインターフェースした人でしたから,先駆者として尊敬するものはありました。

 シンセサイザーのブームは,YMOが第一次として,TM Networkが第二次を作ったと言われます。第一次がアナログシンセであったのに対し,第二次は明らかにディジタルシンセが中心でした。行きすぎたディジタル化に対して揺り戻しもあり,当時は中古でしか手にすることの出来なかったアナログシンセをどうやって使いこなすかが,1つのテーマになっていたような記憶もありますね。(異論はあるでしょうが)

 彼の作曲家,プロデューサーとしての才能についてはあちこちで語られているのでここでは触れませんが,プレイヤーとして見たとき,特に演奏がうまいという感じは,私はしないのです。機材の使いこなしがうまかった,これに尽きます。

 機材の使いこなしがうまいことは,特に理論的なアプローチが重要なキーボーディストには求められる能力だと私は思っていて,その点で突出していた彼には,いわゆる「機材ヲタ」の匂いがしていたわけです。そこが当時の「機材ヲタ」予備軍からの絶大なる支持を集めたゆえんであったと思います。

 ですから,プール付きの別荘も,ファーストクラス貸し切りも,本当に彼がしたかった事とは違って一種にパフォーマンスに過ぎず,本当は高価な機材に囲まれて,時間を気にせず24時間思う存分スタジオワークが出来る事に,彼はドーパミンをドパドパ出していたのだと,そう思いたいわけです。なぜならそれは,機材ヲタの見果てぬ夢であるからです。

 残念な事に,彼は(その実力以上に)うまく時流に乗り,「半端なく稼ぐ」という最大の成功の証を手にします。結果,彼は自分のしていることや考えていることすべてが肯定されたと考えて,自分の身の丈以上のことをするようになったと,私には見えていました。

 それも向上心である,という解釈もあったのでしょうが,90年代の彼のやっていることに共鳴できなくなった私自身は,すでに彼を機材ヲタとは見なさなくなっていました。そんな音楽をやるくらいなら,貴様の部屋の隅で眠っている機材を1つ私によこせ,とそんな風に思っていました。

 転調を多用し,かつ覚えやすいメロディラインをシンセサイザーとシーケンサーを駆使した正確無比なリズムにのせる手法を確立し,まさに日本の音楽を変革したというべき,小室節。そして,直接間接を問わず,小室節の影響を受けた,次の世代のミュージシャンが育ち,日本の音楽シーンを今まさに支えています。

 さらにいうと,おそらく世界で最初に,ギタリストを完全に支配下に置いたキーボーディストでした。(木根さんのファンには申し訳ないですが,キーボーディストに刃向かわず従順であることが,彼の個性であったとあえていっておきましょう)

 そうした彼の「やりたいこと」が実現するような機材が当時開発され,一般に手に入るようになったことも,彼の業績の1つであったと思います。

 キーボーディストでありながらすべてを支配下に置き,ステージの上で最強であった彼は,「爆音こそ正義」とされた当時,常に不遇であった高校生キーボーディストの太陽でありました。

 結構軽い気持ちで借金を繰り返し,軽い気持ちで人をだましたのだと思いますが,とにかく一線を越えると犯罪者ですから,そこはきちんとルールに従って,今後を生きて欲しいと思います。

 こんなことで名前が汚れなければよかったのでしょうが,それでも,彼は日本の音楽の歴史に名前を残すでしょう。考えてみれば,ケチの付かないミュージシャンって,古今東西あんまりいないんですよね。ミュージシャンとはそういう人種だったりするのかも,知れません。

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