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2009年03月の記事は以下のとおりです。

新しいiPodShuffleにアップルの姿勢をみた

 新しいiPod Shuffleが出ました。従来のShuffleも「小さい」という印象を持ったものですが,今回のものはさらに半分の大きさになったと言いますから,かなりのものです。

 操作ボタンは本体からは姿を消し,代わりにヘッドフォンケーブルの途中にあるリモコンで操作をします。ということは,ヘッドフォンを自分の使っているものと交換出来ないということになります。

 まあ,そこまでこだわるべきモデルかどうか,そこまでこだわり人が買うのかを考えると,そこそこの音がするヘッドフォンが利便性を優先して「専用化」することは,そんなに否定的な話ではないでしょう。

 容量は4GBです。価格は8800円です。ちょっと高いかなあという印象は拭えませんが,これだけ小さいサイズになると,競合は音楽プレイヤーではなく,Bluetoothのステレオヘッドセットになってしまうような気がします。

 今回のiPodが私の琴線に久々に触れたのは,VoiceOverです。

 4GBという容量は,初代のiPodが5GB,あるいは初代のiPodNanoが4GBであったことを考えると,かなりの大容量であると考えて差し支えがありません。128kbpsのビットレートならざっと1000曲ですので,「シャッフルする面白さ」と刺し違えてディスプレイもプレイリストも廃止したiPodShuffleという画期的な商品としても,さすがにこのくらいの数を相手にシャッフルするのはちょっと多すぎるという印象があったのでしょう。

 さすがだなと思うのは,そのNANDフラッシュの低価格化という追い風に乗って大容量化したストレージが,むしろシャッフルの面白さをスポイルするという商品の根幹を揺るがす事態に,とてもスマートな解決策を搭載したことです。

 1つは,プレイリストへの対応,そしてもう1つがVoiceOverです。

 曲数が増えたのですから,プレイリストという「ユーザーによる範囲選択機能」を搭載することは,至極自然な発想です。おそらく誰でも思いつくことです。

 ただし,プレイリストに対応すると,操作が複雑になることと,どうしてもユーザーに情報を伝達する手段を持たなければならなくなるのです。

 日本のメーカーなら,ここで小さいLCDなり有機ELなりのディスプレイを無理矢理のせたんじゃないかと想像できるのですが,それはnanoとの棲み分けの問題もありますし,画面を廃止するという最初のコンセプトに矛盾します。

 大事なことは,そのコンセプトは広く受け入れられ支持されているという事実です。ディスプレイを廃止したことは同時に,ディスプレイが持つデメリットも消え失せたことになります。価格が上がる,大型化する,割れやすくなる,消費電力が下がり電池を小さくできる(ということは安く小さくできる),などです。

 アップルは,自らの提案した考えを曲げず,優先度としてディスプレイの復活を選びませんでした。冷静に考えると,もしここでディスプレイを搭載したら,必要がない,むしろなくてよかった,と考えている多数のユーザーのためというより,容量が増えてプレイリスト対応が必要になった,メーカー側の都合のため,ということになってしまいます。

 私見ですが,日本のメーカーには,こういう「自分達の都合」を優先する空気が蔓延しています。アップルがさすがなのは,こういう難しい状況で,原点がぶれないことだと思います。

 さて,そうはいっても,表示はなし,あるのは数個のボタンだけ,LEDを1つ2つ付けたくらいではプレイリストへの対応など無理です。そこでアップルが採った作戦がVoiceOverです。

 確かに,iPod側からユーザーに情報を出す方法として,表示がなければどう転んでも音しかありません。音で伝えるには,もうそれは「しゃべる」ことしかありません。

 ここに気が付いてしまうと,実は技術的にはなにも問題がないことに気が付きます。まず,肝心なプレイリストですが,iPodはiTunesと一緒に使わねばなりませんので,処理の重い音声合成はiPodでやる必要がありません。プレイリストもiTunesが持っているわけですから,音声合成に必要な情報は全部iTunes側にあります。

 MacOSX10.5については,音声合成エンジンに非常によいものが搭載されていて,10.4以前に比べてはるかに自然な声を合成できます。TTS(Text To Speech,つまり音声合成のことをこう略します)はMacOS7の時代から入っていたように記憶していますが,障害者への対応という機能以外で大々的に使われるようになるのは,これが初めてではないでしょうか。

 MacはOSがTTSをサポートしているのでよいとして,ではWindowsはどうするのか,ですが,これはもうiTunesと一緒にインストールしてもらうしかありません。アップルのホームページにある音声サンプルは,MacOSX10.4とWindowsは同じものですので,同じエンジンが使われているのでしょう。

 ただし,これは英語の話であり,日本語を含む他の言語については,すべてのMac,すべてのWindowsで共通のエンジンのようです。残念ながら日本語はかなり苦しいです。他の言語についても,お世辞にも綺麗とはいえないと感じました。

 私は以前,仕事の関係で日本語を含む多国語のTTSにかかわったことがあり,その当時のレベルでもはるかに綺麗なTTSに成功してた例を知っています。それを考えると,ちょっと残念だなあというのが本音です。まあ,アップルのことですから,次のテーマとして考えていることでしょう。幸い,iTunesで実現しているわけですから,本体を買い換えること無しに,そのTTSのクオリティが向上することは大いに期待が持てます。

 電池残量も話すそうです。ただしこれはさすがにiTunesで作るわけにはいかないでしょうから,2つなり3つなりの音声を録音しておき,これを再生するようにしているだけだと思います。その場合,多国語対応はどうなっているのかと疑問がありますが,各国語で3つほど録音するとして全部で50ほどのスピーチですので,実は大した容量ではありません。

 こうして4GBの大容量ストレージをプレイリストで使いこなすことは可能になりましたが,一方でAppleLosslessにも対応したことで,NANDフラッシュの価格低下という恩恵を,利便性にあてるか,音質にあてるか,エンドユーザーに選んでもらおうという姿勢が見て取れます。

 ということで,質感の高さと余計なものを持たないシンプルさ,そしてシャッフルが楽しいというコンセプトを維持したまま,4GBという初代iPodに匹敵する大容量を見事にねじ伏せた新しいiPodShuffle,私は脱帽です。もう買うしかありません。

AIAF Nikkor 85mm F1.8Dをとうとう買ってしまった

  • 2009/03/09 19:29
  • カテゴリー:散財

 ペンタックスに続いて,ニコンも既存のレンズやカメラの値上げを発表しました。マニュアルのカメラと発売の古めのレンズの価格改定で,1割から2割程度の値上げになっているようです。

 値上げというとなにか胡散臭いものを感じる昨今,カメラの値上げについては比較的納得出来るものも多いのです。今回値上げの対象になったレンズは発売時期が随分昔のもので,価格も当時のものがそのままです。

 こういうとき,普通の家電メーカーや食品メーカーなどの場合,新製品!といいつつ詐欺にならない程度の変更をした商品で値段を上げるか,内容量を減らすかしてしのぐわけですが,どっちにしても商品そのもののライフサイクルが短いことが受け入れられるから成り立つやり方です。

 一方のカメラのレンズは,古いカメラでも新しいカメラでも使える場合,特に新製品に改める必要などありませんから,古いものがそのまま売られる訳ですが,価格の改定が行われることは非常に希なことです。ですから,古くに発売になったレンズほど,お買い得という事になります。

 もちろん,光学設計も古いですし,新しいボディとの組み合わせでは一部の機能を使えないなど,古いなりのこともあるわけですが,本当に市場価値のないレンズであるなら,販売終了になってしかるべきだったわけですから,長生きしているレンズにはそれ相応の理由があると考えるのが普通でしょう。

 また,値上げするくらいなら,さっさと販売終了にしてしまうことだって出来るはずです。売れなくなってきているから数が作れない,数が作れないからコストがかかる,そういう理由で値上げされるケースだってあります。

 今回の値上げ対象には,F6やFM10というフィルムカメラも含まれています。やめてしまう方がニコンにとっては楽なのに,値上げしてでも売ろう,という心意気を否定的に見る人は少ないんじゃないかと,私は思います。

 さて,私が昔から欲しかったのは,85mm/F1.8です。F3のカタログにAi-Nikkor85mm/F2が取り付けられたF3が載っており,これがとにかく格好良かったのです。すでに85mm/F2などはディスコンになっており,中古を探すしかありませんが,タムロンのSP90mmとよく似た焦点距離だったこともあり,後回しになっていました。

 時は流れ,先日手に入れたF100を使ってみて,やはり85mmを買おうと決意。AFが当たり前になった私の環境で,「凝視する画角」である85mm近傍がないのは,もう我慢の限界だったのです。

 私は85mmという画角が好きなので,持ち歩きに使いたい人です。よってF1.4は大きすぎ,重すぎ,かつ高すぎなので,ここは迷わずF1.8です。

 ということで,大手カメラ量販店の通販でポチりました。40600円のポイント10%です。標準価格が53550円ですが,実質36000円ほどでこんなガラスの塊のような美しいレンズが買えるなんて,大盤振る舞いですよ。

 ちなみに価格変更後は57750円。これが同じ割引率だとすれば43800円。ざっと3000円ほどの値上げになります。それでも3000円くらいの幅ですが,これも同じ割引率という前提のお話です。どうせ買うなら,3000円でも安い方がよいでしょう。

 驚いたのは,その届くスピードです。16時間以内に発送,とうたっているヨドバシ.comですが,前日の23時30分に注文して,翌日には私の手元に届いておりました。もしかして24時間働いていませんか?

 開けてみますと,その大きな瞳に吸い込まれそうです。85mmは中望遠レンズという範疇にありますが,ガウス型と呼ばれるその構造から考えると,50mmの標準レンズがそのまま巨大化したもの,と言えます。ガウス型にはガウス型特有の収差やその補正があり,これが他のタイプの中望遠とは違う画を作り出します。

 F100のファインダーをのぞき込んで見ますと,まさに私が何かを凝視した時の画角です。早速フィルムを1本通して見ますが,元々「観察」が大好きな私としては,その見え方の自然さというか,心地よさに文句の付けようがありません。

 85mmはポートレートレンズと言われますが,私のようにポートレートを一切撮らない人でも,こんなに楽しいレンズなのです。安いし楽しいし,もっと早くに買っておけばよかったです。

 しかし,いいことばかりではありません。案外近寄れないレンズなので,ぐぐっと寄って構図を作っても,そこから一歩下がることを要求されたりします。これはがっかりですが,もしこれがタムロンのSP90mmなら,こんなことはないはずです。

 そしてD2Hに取り付けて見ます。これは,ちょっと画角が狭すぎですね。ちょうど50mmでぴったりくらいの画角でしたから,D2Hで85mmというのは,ちょっと出番が限られそうです。

 ということで,おそらく新品で買うレンズはこれで最後と思います。欲しい画角はニコンもペンタックスも,大体揃いました。これを駆使して,自分の頭の中のイメージを画像として残す作業を,長い時間をかけて楽しみたいと思います。

Palm雑感

 palmTXを入手し,約1ヶ月が経過しました。最近はすっかり動作も安定し,安心して各種データの管理を任せることが出来るようになりました。

 それまで使っていたクリエのTH55は完全に引退し,現在のいつでも電源が入る状態から,保存の状態に移行するのも時間の問題でしょう。

 いろいろ手を焼いたpalmTXですが,動き出してしまえばあっけないもので,ここから先は壊れやすいとされるタッチパネルをはじめとする故障が起きないかどうか,持ち歩くものなので破損しないかどうか,経年変化による傷みや電池の劣化がないかなど,そういう心配事に切り替わっています。

 宿題の1つであった革製のキャリングケースはちょっと高価だったのですが薄型の手作り品を入手しましたし,あとは何かの機会に予備のスタイラスとHotSyncケーブルだけは確保しておこうと思います。

 実際こうして使い始めてみると,驚くほど不満がないのがPalmのいいところです。特にpalmTXは,今時遅いとはいえ,Xscaleの312MHzですから,TH55に比べるとサクサク感がちがいます。

 ただ,やはりNVFSに起因する欠点だけは目立ってしまいます。推測でものを言いたくはないのですが,予定表への書き込みを行う場合,起動後最初の1回目だけは,数秒間入力を受け付けてくれません。おそらくデータをフラッシュメモリとやりとりしているからだと考えているのですが,これさえなければ,と思うことも多いです。

 手に入れた時のうれしさで,最初はあれもこれもと試みてはみますが,結局使わなくなってしまうもので,ゲームなどは全く遊ばなくなりました。他のユーティリティについてもほとんど起動することなく,最終的に予定表とアドレス帳,そしてメモ帳の3つだけがあれば,もうそれで私には十分なんでしょう。

 つくづく考えてみると,今から15年ほど前,日本のビジネスマンは電子手帳やザウルスをこぞって手に入れ,予定やアドレスを手帳代わりに記憶させていました。検索機能,編集機能,そして毎年毎年買い直さなくてもよいというメリットをおそらく享受したから,そこから10年ほどPDAの文化がすんなりと受け入れられたのだと思いますが,今電車の中でも全くと言っていいほどPDAを見る事はありませんし,使っているという話もほとんど耳にしません。

 はて,みんな,どうやって,あの面倒な予定やアドレスを管理しているのでしょう?

 かつてのように,紙の手帳にみんな戻ったのでしょうか?

 携帯電話で管理できるようになりましたから,それでやっているのか?

 あるいは,Outlookを使って,完全にPCで管理するようになった?

 紙の手帳は,確かに電車の中でも頻繁に見ます。紙の手帳に戻った人は多いと思いますし,年末に本屋さんの見る手帳コーナーはPDA全盛の頃よりも盛況のように思います。確かに紙はすばらしいメディアですが,私は検索,編集,そして10年近いデータが手のひらにすべて収まるというPDAのメリットを手放したくはありません。

 携帯電話も重要なツールになっていると思います。電話帳から派生したアドレス帳も,カレンダーから派生した予定表も,PCをつかって編集することが可能ですし,PCのデータと同期させることも可能です。

 しかし,いかんせん出先での入力や編集があまりに辛いです。スタンドアロンでも十分動くことは私にとって大事なことですが,携帯電話にはそれが欠けているように思います。

 もう1つは信頼性でしょうか。落として壊すということが特別なことではない携帯電話に,数年分のデータを入れて置こうという気にはなりません。また,携帯電話は必ず買い換えるものです。その時データをどうやって次の機種に移行させるか,これが案外頭の痛い問題です。

 Outlookを使ってPCで管理というのは,実は案外一番良い方法かも知れません。ただ,それも持ち歩き前提ですから,palmと同じようなサイズのPCが安価に手に入ったら,考えてみてもよいかも知れません。とはいえ,OutlookはExchangeサーバがないと成立しませんし,全く個人的なデータをサーバに預けるにはちょっと抵抗があります。同じでgoogleに預けるのも,私は気が進みません。

 ということで,人それぞれ,好き好きだと思いますが,個人的な好みの問題はさておいても,合理的に考えてPDAを使う以上に予定とアドレス,ちょっとしたメモをうまく管理する方法が見あたらないと思うのです。みんな,私の知らない良い方法を知っているんじゃないかと不安になってきました。

 少し気になって,シャープとカシオの電子手帳の現行品を調べて見たのですが,残念ながらゼロです。電子辞書がかつてのページを占領しており,簡単な電子電話帳ですら見あたりませんでした。もっとも,その程度の機能なら,本当に携帯電話の1機能で済んでしまいますから,必要ないのは確かでしょうが・・・

 そう考えると,やはりスマートフォン,つまり携帯電話のデータ管理機能を大幅に拡張させたもの,こそが本命になるということでしょうか。(iPhoneはその点で全然役に立ちませんから,私は欲しいと思いません。枯れたなあ・・・)

 いやはや,つくづく「人それぞれ」な世界なんだと思い知りました。

蔵書を棚卸し

 Macで動くフリーウェアに,Booksというものがあります。

 名前の通り,蔵書管理ソフトです。

 図書館や本屋さんなら管理する必要性もあると思いますが,私も個人で「蔵書」などという仰々しい言葉で指し示すようなものを持っているという自覚はありません。

 このソフト,存在は昔から知っていたのですが,打ち込むのに手間がかかる上,その結果出来上がったデータベースは結局「自己満足と達成感」を得る事にしか使い道がなく,データの二次使用が思いつかないため,いまいち使ってみようという気が起きませんでした。

 しかし最新版は面白いですね。内蔵のカメラでバーコードを読み取る機能があり,読み取ったISBNコードからamazonなどのサイトを探して,その本の書名などのデータと表紙のイメージを取得してくれます。これならあっという間にデータが入力できそうです。

 ファイルへのリンクが可能になっているので,私のように蔵書の半分をPDF化した人にとっては便利でしょうし,しかもその蔵書のリストをhtmlで書き出してwebで公開する機能も持っています。

 ここまで敷居が下がって,かつお遊び機能が付いてきているなら,せっかくだし試して見ようと思ったのが先週のことです。

 しかして元来凝り性の私は,先週1週間,地獄のような日々を送りました。とにかく片っ端から入力していき,持っている本の棚卸しをしようと,そんな風に考えが変わったからです。

 実はこのBooksというソフト,なかなかクセのあるソフトで,決して使いやすいものではありません。例えば新規登録を行う場合,新規登録ボタンを押すとデータの入力フィールドが出てきますが,実はすでにこの段階で新規作成という名称の本が登録されています。だから,入力を何度も途中でやめると,やめた回数だけ「新規作成」という書名の本が登録されてしまいます。この理屈を理解するまで,なぜか知らないうちに冊数が増えて困っていました。

 同じような理由で,データの修正を行おうと入力フィールドに文字を書くと,その段階でデータが上書きされています。保存とか上書きとかそういうボタンも操作もなく,修正を途中でやめるとやめたところでデータが出来上がっています。これも最初は分からなくて困りました。

 例えば続けて登録を行う場合,新規作成ボタンを毎度毎度押さないといけないわけですが,うっかり押し忘れてバーコードをスキャンし,amazonからデータを取り込むと,前のデータが失われます。なんのデータを上書きしたかさっぱりわからないので,何が足りないのか手作業で確認しないといけません。

 まだあります。検索はこの手のソフトでは一番重要な機能ですが,どういう規則で検索が行われるのかさっぱりわかりません。私としては,そのデータに少しでも含まれている語句を入れればとりあえず表示してくれると思っている(spotlightが割とそういう感じになっていますからね)のに,そうならないで見つからないとか,検索した結果の一覧からあるデータを1つ選び,これを複製するとなぜか検索フィールドが空白になり,今作ったデータがどこかにいってしまって探し回る羽目になるとか,とかく信頼を置けないのです。

 こうやって,手間がかかってしまう操作も多くて,申し訳ないですがこのソフト,随所にこうした「無駄な操作」が多く,非常に効率が悪いです。Macらしくない部分も散見されて,ちょっと使いにくいかなあと・・・

 さて,そんなこんなで手元に実体のある蔵書が約500冊,スキャンして実体がないものが300冊,実家に置いてあるもので記憶に残っているものが100冊と,約900冊がデータベース化されました。この数には,いわゆる月刊誌は含まれていませんし,実家にはもう数百ほどの本があると思われるので,合計で1500冊くらい,雑誌まで入れれば2500冊程度に膨れあがるものと思われます。

 今回のデータベース化で何が素晴らしいというと,その本が手元にあるのか実家に送ったのか,それとも友人に貸しているのか,その在処が分かるようになったことです。もちろん,動かすときにデータも更新するというのが大前提ですが,逆にそれさえ守ればどこにあるのか,あるいはスキャンをして捨てたのかどうかも,一目瞭然です。

 htmlに書き出して自宅サーバに置いておくと,世界中どこででも自分の本の状況を把握できます。そんな必要性がどこにあるのかといわれればそれまでなのですが・・・

 それで,改めて今回の件で自分の持っている本を棚卸ししたわけですが,ほとんどが技術書でした。私が毎日のように本屋さんに足を運び,そこで見つけた本を躊躇せず手にとって買うようになった結果なのですが,これも言い訳すると技術書特有の事情があります。

 とにかく,本が買いにくくなりました。特に技術書などの専門書は重傷です。見つけたときに買っておかないと,次はもう手に入らないかもしれません。いや,むしろその時偶然見つかったことが,すでに奇跡的だといってもいいでしょう。

 初版3000部(よくは知りませんがもはやこの部数では採算ラインギリギリなんじゃないでしょうか)で増刷なしとして,全国の本屋さんに何冊ずつ配本されるか,考えてみましょう。そう,amazonなんかの通販は何冊も在庫を持つので,まずすべての本屋に行き渡りません。大都市の大きなお店でも,数冊あれば御の字ですね。

 となると,そういうお店に欲しい人はみんな集まってきますから,発売日から数日間が勝負だったりする本も結構あります。

 うっかり買い逃すとそれっきりになることも多いので,油断できません。講談社のブルーバックスなんて,専門書でもなんでもなくて,どの本屋に結構な在庫があったものですが,今そこそこ大きいお店でも以前の半分程度の在庫しかない,というのは普通のことです。これではここ半年くらいに発売された新しいものしか手に入りません。ブルーバックスは雑誌じゃありません。

 そんなわけで,簡単に品切れになってしまう専門書は,後で惜しいことをしたと思うくらいなら,買っておいた方がよいという判断になってしまいます。専門書は単価も高いので,3000円とか4000円もする本を,あまり考えもせず買うことを続けてしまった結果がこれだった,というわけです。ついでにいうと,そこに「買い支え」というマイナーゲーム機,マイナーパソコンをこよなく愛した私の過去の行動原理が反映されていることを,あえて否定しません。

 再販制度の見直しが議論されると,その度に専門書の存続が危ぶまれると反論が出ますが,すでに専門書は崩壊の直前にあるのではないかと,そんな風に感じることがあります。果たして,再販制度が最後の砦なのか,それとももはや再販制度は関係ないのか,私にはわかりません。わかりませんが,印刷技術によってかつては宝物であった書物が広く安価に庶民に行き渡るようになり,それが民主主義の定着や階級社会の消滅の理由になっていると考えると,本が売れない,あるいは出版の世界の荒廃がもたらす我々庶民の未来が,私は恐ろしくて仕方がありません。庶民は再び,知識から隔絶された世界の住人に,しかも今度は自らの選択によって成り下がる事になるのでしょうか。

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