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イヤースピーカーで手に入れた至極の世界

  • 2007/04/16 15:38
  • カテゴリー:散財

 スタックスという,小さなオーディオメーカーをご存じですか。

 埼玉県にある小さな会社で,1938年に創業。1990年代に一度倒産しましたが,社員有志が会社を復活させ,現在に至ります。

 その独自技術とは,世界でここだけが作っている,静電駆動型のヘッドフォンです。「イヤースピーカー」と銘打ったこのヘッドフォンは,現在一般的な電磁駆動型のヘッドフォンと違った原理で駆動される特殊なヘッドフォンです。

 駆動原理が特殊なため,ドライバーユニットと呼ばれる専用のアンプがなければ動作させることが出来ません。だからiPodにつないだり,パソコンにつないだりということが簡単にはできません。

 しかし,その音質はまさに別次元。繊細,立体的,音場感,ワイドレンジなどいろいろな言葉が思い浮かびますが,一言で言えば「まるでそこにいるかのよう」というのが最も近い表現でしょうか。

 この「イヤースピーカー」を始めて体験したのは20年前,友人がオーディオマニアである叔父さんのお下がりを持っていて,これを少しだけ使わせてもらったことがあります。この時は,まさに目の前にぱーっと広がる空間に別次元のものを感じたと同時に,音の細さに物足りなさを感じました。

 その後何度か購入を考えたのですが,音楽を聴くためにと言うより音楽を作るために必要としたヘッドフォンに,この「イヤースピーカー」は不向きと考えて,結局買わずに来てしまいました。

 そんな折,友人がMDR-SA3000というソニーの高級ヘッドフォンを購入したのですが,これをちょっと聴かせてもらって,頭の中にぱーっと広がる音場と繊細さに感激して,モニターヘッドフォンにはない心地よさを知ってしまったからもう大変です。

#ちなみに友人のMDR-SA3000は,購入1年と数日で片側から音が出なくなってしまい,まさにソニータイマーの餌食となってしまいました・・・

 モニターヘッドフォンをリスニングで使うことに少々疲れを感じるようになったこともあり,純粋に音楽を楽しもうと真面目に「イヤースピーカー」の購入を検討することにしました。

 どの品種を買うかも大変に悩んだのですが,受注生産の最高級機種は論外としても,あまり安いものを買うのももったいないです。SRS-2050Aというお買い得な戦略モデルと,SRS-3050Aという中核をなす中級機種の2つで悩みました。

 SRS-2050Aでも十分そうで,しかも性能の割には割安感があっただけに最初はこちらを考えていましたが,後で買い直すのは大変ですし,価格差を考えるとSRS-3050Aにしておいた方が,きっと幸せになれそうです。これが規準となり,これに対して上か下かで判断される,そんなリファレンスモデルが手の届くところにあるのであれば,やはり多少無理して買っておく方が後悔しないでしょう。

 機種は決まりました。とはいえ,在庫を持っているお店も少ないですし,価格もなかなか高いですよね。今すぐ必要な物でもないので,何度かくじけてしまったのですが,一念発起。安くて信用できそうなお店を探すことにします。

 見つけたのは,東京・中野にあるオーディオショップです。価格はもちろん送料も安く,代引き手数料も無料で,しかし安さだけで勝負しているわけではないという感じが滲み出ているお店でした。

 きけば在庫もあるということで,すぐに予約。こういうのは勢いが大事です。ぐじぐじ迷っていてもなにもいいことがありません。

 代引きで発送してもらい,翌日の土曜日に届くようにお願いをしました。ああ,あれほど悩んだ買い物が,あっという間に決着してしまいました。

 当日,「イヤースピーカー」は,想像以上に大きな箱に入ってやってきました。

 ドライバーユニットは昔とそれほど大きさも変わらず,デザインの古くささも相変わらず。ですが奇をてらったデザインよりずっとましで,私は好きです。

 ヘッドフォン本体は想像以上にチープな感じです。四角く不格好なイヤーパッドも昔のままなら,そのほとんどがプラスチックで作られている華奢な感じも昔のまま。重量級の音が外観から想像できないあたりも,イヤースピーカーの伝統でしょうか。

 自作プリメインから出ているプリアウトと,300Bシングルの間にドライバーユニットを挟み込み,電源を配線してヘッドフォンと接続します。これで用意は完了です。

 ドキドキしながら,SACDをならしてみます。

 まず,安心をしました。期待以上あったわけではないのですが,期待通りであったことがまずなにより大事なこと。そしてこの20年で随分と音の傾向が変わってきたんだなあと思いました。

 それまでの印象は,解像度はずば抜けて高く,定位感が素晴らしい反面で中音域の張り出し感や低域のパワーの不足した,痩せた音がとても残念というものだったのですが,このSRS-3050Aではそうした不満を全く感じません。高域から低域までとてもフラットで,おかしな味付けも全くありません。どーんと落ちていくような低音,すーっと上っていくような高音,そしてしっかりと目の前にある中音と,それぞれの繋がりの良さは,ヘッドフォンにありがちな窮屈さとは無縁です。

 もちろん,繊細さや定位感,立体的な音場感はかつての記憶通りです。べったりと頭の真ん中に張り付くボーカルが,ちゃんと目の前にぽかっと浮かび上がります。ここ一番で気合いを入れた音が,どんな物にも邪魔をされずにそのままスコーンと出てくるあたり,さすがの一言です。

 そして,それまでのヘッドフォンでは,徐々に盛り上がる楽曲に「このあたりで頭打ちになるなあ」という覚悟を前もってしていたことに気が付きます。覚悟をしながら聴いていて,あまりにストレートにその盛り上がりを処理するこの「イヤースピーカー」にあれっ,という肩すかしを食らって,はっとします。

 もう楽しくて,とっかえひっかえCDを入れ替えて聴いてみます。

 オープン型なので外の音がそのまま聞こえることもモニターヘッドフォンと違うところでやや心配したのですが,立体感のある精緻な音に外の音が自然にブレンドされることで,まるで本当にスピーカーで聴いているかのよう。

 軽くて装着感も快適であるせいもあるのでしょうが,外の音がきこえつつ,頭の真ん中ではなく目の前に広がる空間は,本当にこれがヘッドフォンで再生されているのかと錯覚するほどです。

 そして同じソースをスピーカーでも聴いてみますが,一瞬でがっかりさせられます。スピーカーで聴いているのに,奥行きが感じられず,ボーカルが浮かび上がるような音場感もありません。楽器の場所も曖昧です。

 10万円のヘッドフォンは100万円のスピーカに匹敵する,と誰かが言ったような記憶があるのですが,10倍は言い過ぎだとしても,あながちウソではないでしょう。

 どんどん聴いていきます。

 お気に入りの「Eddie Higgins / Don Wilner Live At The Van Dyke Cafe」を聴いてみます。「ああ,ピアノはそんな位置にあったんだ」と驚きます。そして,左側に妙なノイズがあることに気が付きます。ノイズというより歪みです。

 これはまずい,初期不良かも知れないと慌てて,別のヘッドフォンで聴いてみますと,目立たないのですが,それはやっぱり聞こえます。どうやら何かがビリついているようですが,これまで気が付かない程目立つことのなかったこの音が,「イヤースピーカー」なら耳障りで仕方がないのです。

 そこにある音をすべて,良くも悪くもすべて,そのままに出す。本当に正直な音響機器です。

 観客の話し声も,食器の音も,すべてがそのままにきこえます。つまり,私はこのライブに来ているような感覚を味わっていたことになるわけですね。大したものです。

 SACDとCDの違いもよく分かるようになります。SACDが音の消えていく最後まで音源の位置がぼやけないのに対し,CDはある音量になると,ざざっと音が散らばって平面的になってしまいます。すーっと奥に消えていく感じがSACDには顕著で,もう普通のCDには戻れないなあと感じます。

 定価9万円,実売7万円ちょっとという,ヘッドフォンとしては破格の値段ではありますが,振動板やイヤーパッド,ハウジングに高そうな素材を使って何十万円もするヘッドフォンに比べると,必要にして十分な低価格な素材を使って,本当にお金のかかる部分にお金をかけた9万円のヘッドフォンには,まさに良心を感じます。

 実際,桜の木で作ったハウジングや,バイオセルロースの振動板を使っても,「イヤースピーカー」に限って言えばそれ程の効果もないのではないでしょうか。それほど,この製品は高い完成度を誇っているということでしょう。

 雑誌の評価でも,もう戻れない世界と書かれていました。本当にそうだと思います。そして,この音が私にとって,±0という絶対位置に置かれた事を,本当にうれしく思います。

 その上で,意外に健闘しているなあと思ったのが,モニターヘッドフォンとしてずっと使っている,フォステクスのT-50RPです。

 「プアマンズスタックス」と呼ばれることもあるヘッドフォンですが,15000円ほどという価格の安さとは裏腹に,なかなか良い評価を得ているようです。

 私もこれを始めて使ったとき,繊細さと解像度の高さを感じました。

 「イヤースピーカー」と比較してみると,T-50RPはさすがに低音が良く出ていたり,頭の中にへばりつく感じがして,いかにもダイナミック型だなあと思い知らされるのですが,その傾向はやはりフラットを目指していて,「イヤースピーカー」のそれに近いのです。

 他のヘッドフォンがいわゆる「どんしゃり」になる傾向が少なからずあるのに対し,T-50RPはそのあたりなかなか愚直で,いい音も悪い音もそのままに,という傾向で作られていることを,改めて感じました。

 これで3万円ほどの上位機種や,リスニング用の製品が出たりすると,ひょっとしてかなりすごいことになるんじゃないのかなあと思ったりします。

 音楽を楽しむためには,それ相応の機材がやはり必要であることは事実で,知らずにいればすんだ世界も,知ったが故に我慢できなくなるものです。

 SACDしかり,「イヤースピーカー」しかり。

 贅沢かも知れませんが,それで得られる世界は大変に価値あるものです。比べて分かる違いではなく,長時間使ってなんとなく感じる差,こういうものにお金をかけることは,おそらく無駄なことではないでしょう。

 SACDに「イヤースピーカー」の組み合わせは,現状で手に入る再生環境としては,おそらく上位に位置する物であろうと思います。電源やケーブルに気を遣うことはしていませんし,その生ぬるい心構えがなによりダメと怒られそうですが,私自身はとうとうここまできたんだなあという感慨があったりするのです。

 日曜日,注文していた「カーペンタース」のSACDが届きました。カーペンタースのファンはもちろん,オーディオマニア的にも大変評判になったものです。これについてはまた後日。

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