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工作の時代

 「子供の科学」という雑誌,誠文堂新光社という長い歴史を持つ出版社が,戦前から高い志をもって作り続けてきた子供向けの科学雑誌です。残念なことに,最近は本屋さんでも見かけることが少なくなってきたように思います。

 1923年といいますからなんと大正12年の創刊,今年で実に85年もの間,子供達への科学への好奇心を満たし続けてきました。戦争中も,時局ゆえ戦争に偏った内容ではありましたが出版されていたようですし,科学に夢のあった戦後間もなくから高度経済成長期は言うに及ばず,1990年代のバブル崩壊後の科学雑誌廃刊の流れにも耐え,現在も昔と変わらぬテイストで列んでいます。

 考えてみると,「子供の科学」を読んで育った方の中には,すでになくなってくる方も少なくないはずで,その積み重ねられた時間の途方もなさに,ため息をついてしまいそうになります。

 個人的に思うのは,子供の頃に「子供の科学」に出会えたのか,それとも出会えなかったのか,そこが1つの分岐点であるように思います。それは今も昔も,きっと変わらないでしょう。

 私の場合,幸いなことに,小学生の時に出会うことが出来ました。大阪の交通科学館に行ったときのこと,公開されている図書室で偶然「子供の科学」を見たのです。普段本屋で見かけない科学雑誌でしたし,まるで手に取ることを拒むような地味な表紙に,なかば図書館専用の雑誌なんだろう,と思った(しかしそれはまったく的外れではないことも事実です)のですが,一緒にいた母親は,これが普通の本屋でも売っていること,非常に良い内容を持つ科学雑誌であることを私に話してくれました。

 私が驚いたのは,本格的な電子工作のページがあったことでした。電子ブロックがすべてだった私の電子工作の知識は,バラバラの部品を部品専門店で集め,ハンダ付けして組み立てるという新しい世界との接触によって,あっという間に旧世代のものとなったのです。

 母親は,私が「子供の科学」に触れたことに実に好意的で,その後毎月私の手元には「子供の科学」が届くようになりました。私も読み終えてから,あと1ヶ月も待たされるのかという,待ち遠しい気持ちでいっぱいになったことを覚えています。

 「子供の科学」は,総合的な自然科学の啓蒙書です。地学,生物学,化学,医学,物理学,電子工学とありとあらゆる分野を網羅しています。すべての漢字にはふりがながふってあり,読みやすい文章とわかりやすい図や写真で,子供の知識欲に応えます。

 工作のページは「子供の科学」の伝統ですが,子供がやってしまいがちな「そこらへんのものを適当に使って適当に作る」ということを極力排除し,「きちんとした道具を使ってきちんと作る」ということに,この雑誌で初めて触れた方も多いのではないかと思います。

 「子供の科学」は,それ自身が分岐点として機能します。科学としてくくられる,実に多くの分野を一度に(しかもどれも本格的に)見る事ができ,子供達はその中から自分の好きな物,得意なもの,面白そうなものを見つけて,その分野に自ら伸びようとするのです。その点で,「子供の科学」が扱う分野に偏りがあってはいけません。

 私の場合,電子工作に舵を切りましたから,その後「初歩のラジオ」を読むようになり,あげく現在の職業にたどり着くことになったわけですが,あらゆる可能性を内在したあの時に,他の分野に踏み出していたらどうなっていただろうか,とそんな風に思うことがあります。

 「子供の科学」はあくまで子供の雑誌であり,いずれ読者は離れ,そして次の読者がやってくることを短期間に繰り返します。同じ人が長く買い続ける雑誌とは違い,読んでいる時間は短くとも,世代を越えて読まれてきた雑誌です。それ故,「子供の科学」に郷愁のような物を覚える人は幅広い年齢層に存在していて,みな一様に自らの分岐点を遠い目をしながら振り返るのです。

 なんでこんな話をするかといえば,ちょうど東京・銀座のINAXギャラリーで,「工作の時代展」というのが開催されていて,先日の土曜日友人と一緒に見てきたからです。副題が「子供の科学で大人になった」とあるように,これまでに「子供の科学」に掲載された工作記事を今作り直し,創意工夫で工作を楽しめたあの時代を振り返ろう,というものです。

 「子供の科学」という雑誌の功績を直接的に賛美するものではなく,「子供の科学」にあった工作のページに限定し,しかもそれを今わざわざ作ってみせて,出来上がったものを展示するというちょっとつかみ所のない催し物ですが,これは間接的に,「子供の科学」という雑誌の役割をおさらいするものであると思います。

 その工作の緻密で工夫に満ちていること。本格的な材料を駆使した物から,身の回りにあるものを利用したものまで,工作と言う言葉が示す範囲の広さを感じます。

 展示されている品目は少ない上に,対象を少なくとも40歳代以上としているため,若い人には今ひとつ楽しめないと思います。さすがの私も,直接知っているものにお目にかかることは出来ませんでした。

 ただ,うれしいと思ったのは,工作というものが,科学の根本の1つであると感じた事です。科学には,観察することも考察することも,実験することも大事です。そして実験には工作が少なからず必要です。実験が出来るように作られた実験セットを使って,出るべくして出る結果に満足することも否定はしませんが,前人未踏の新しい発見には新しい実験が必須であるように,創意と工夫で工作することこそ,科学の醍醐味なんだと思います。

 「子供の科学」は,実は大人が読んでも十分に面白い雑誌としても知られています。子供に買うから,といいつつ,親が楽しみにしているという話は昔から聞きますし,まして年々進歩の速度が上がっている科学の分野を,平易な文章で理解できる手段は,実のところそう多くはありません。

 手に入りにくくなっているのが残念で,私も展示会に行く前に予習しておこうと,今月号の「子供の科学」を探してみましたが,今月号は付録がちょっと贅沢だったこともあり,どこも売り切れてしまっていました。

 しかし展示会では予想通り,今月号の「子供の科学」が売られていましたので,気恥ずかしさを押さえて買ってみました。

 実に面白いです。確かに,読み終わるのに時間はかかりません。あれ,こんなに簡単に読み終えてしまうのか,と思うほどあっけないのですが,それも子供が楽に読めるようなボリュームに調整されているのだとしたら,仕方がありません。

 しかし,その内容は実に多彩で面白いです。

 まず特集があります。そしてグラビアのページで昆虫や動物が紹介され,続いて外国の動植物やその土地の人々の暮らしがあり,工作のページがあります。

 読者の傑作写真,発明のページ,科学マンガと催し物情報,読者のページがあって,そして今でも続いている「紙飛行機」。

 基本的な構成としては,少なくとも25年前からなにも変わっていません。残念だったのは,泉弘志先生の電子工作のページがなくなっていること,増永清一先生のメカトロ工作がなくなっていること,でしょうか。それでも二宮康明先生の紙飛行機が今でも続いているのは,感動でした。

 いやー,「子供の科学」を買ってきたら,まずこの飛行機を作るわけですよ。木工用ボンドで作るんですが,乾くのを待てずに庭に出て,弟と飛ばすわけです。紙飛行機と言えば,ノートをちぎって折って作る物と思い込んでいた我々兄弟にとって,ボール紙に木工ボンドで作る競技用機の存在は,まさに新しい世界です。

 調整がきちんと出来ずに何度も落下を続けて壊れてしまったり,たまにうまく飛んでも近所の家の屋根にのってしまったりで,爽快な記憶は全くないのですが,同じ経験と記憶を,今の子供達もするのでしょうか。

 相変わらず「そうなのか!」と思うような興味深い記事がたくさんあり,私も来月から毎月買おうかと本気で思っているほどです。私が知らないだけだったのかも知れませんが,グランドピアノとアップライトピアノで,演奏出来る曲と出来ない曲があるという,楽器として決定的な差があることを,私は今回初めて知りました。

 身の回りにあるものはどんどん豊かになり,創意工夫などしなくても,すでに創意工夫済みの商品があふれかえっています。その便利な世の中に浸りきっている私のような大人にとって,原点を見つめ直す良い機会となりました。そして,いつまでもこの雑誌が,これまでと同じく,科学の真面目な面白さを伝え,やがて彼らに訪れる人生の岐路を照らす道案内になることを,期待してやみません。

 最近の子供達は,というくだりで今日の艦長日誌を締めくくることはしませんし,私には出来ません。今の子供達も,世にあふれる「もの」の中で,しっかり科学と工作への好奇心を持ってくれているようです。ただ,すぐに満たされる物欲のせいで,そうした好奇心に自ら気づきにくくなっているだけだろうと思います。

 子供の科学は,そうした機会の中でも,最も大きな存在であり,かつ貴重な存在である,と思います。

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