エントリー

近代デジタルライブラリーの役割

 著作権が切れてしまった書物をスキャンしてデジタル化によるアーカイブを行うことがあちこちで行われています。

 我が国でも国会図書館が「近代デジタルライブラリー」という名称で2002年から行われており,今年7月の時点で明治,大正期の約17万冊が,インターネットを経由し,WEBブラウザで誰でも自由に閲覧できます。登録なども必要ありません。

 明治や大正の書物というのは,普段の生活には全く必要ありませんし,面白いものでもありませんが,興味を持ち始めるとそれは底なしという感じがあります。私の場合,産業史や技術史が好きだったりしますので,特に無線や電気工学が急速に進歩する1920年代の書物に触れることは,とても刺激的です。

 海外の文献について,これらの時期のものを目にすることはあったりしたのですが,日本語の文献を見るには国会図書館に行くしかないなあと思っていたところ,その国会図書館がプロジェクトを進めていたことをふと思いだし,「無線」をキーワードに検索すると200件近くがヒットすると知り,喜んで閲覧を始めました。

 PDFでのダウンロードも可能なのですが,サーバー負荷を考慮して一度にダウンロード出来る数は見開きで20ページ(ということは10枚ですね)に限定されているため,1冊丸々のダウンロードには手間も時間もかかりますが,貴重な資料に誰でもアクセス出来るという魅力の前には,大した壁にはなりません。

 考えてみると,資料や情報というのは,囲ってしまった人が勝者です。これらは全ての活動の源泉ともいえ,これらに自由にアクセス出来ないから,そこに差が作られます。

 文字を読む,文章を綴るという事を教育の根幹とするのはそのためですし,これらの「道具」を使って,先人達の知恵に触れるチャンスを持つことは,その人自身の可能性を広げるという意味においても,大変民主的なことだと私は思います。

 ある人が,3000円の本を書いたとしましょう。これが1000冊売れると,300万円の価値があったことになります。この人は,世の中に300万円の価値を生み出した訳ですね。

 この本はがすぐに絶版になってしまったとすると,著作権が存在するために,新たにこの本を読む機会がなくなります。全く存在すら知られず,消えてしまうこともあるでしょう。しかし,もしこの本が「誰でもアクセス出来る」ような状態だったなら,新しい読者が新しい価値を生み出してくれる可能性が出てきます。

 例えば,ですが,1960年代に一斉を風靡した,世界で最初のスーパーコンピュータとされるCDC6600というコンピュータの,アーキテクチャを説明した本が出版されたことがあります。

 CDC6600は現在のコンピュータに至る過程で生まれた,多くのアイデアが盛り込まれていて,現在も使われているものもあれば,現在は別の方法で解決された問題もあります。

 しかし,CDC6600はすでに過去のもので,この本も絶版になって久しい技術書です。

 著作権は消えていませんので,当然コピーも出回りませんし,そんなことをしたら犯罪です。

 ところが,この本の価値を知るある人が,スキャンして配布したいと考え,版元に連絡をしました。版元はちゃんと受け付けて,著者の連絡先を紹介しました。

 残念な事に,著者はすでになくなっており,奥さんが権利の保有者になっていました。この本をこのまま眠らせるのは惜しいという熱意に,奥さんはこの本をスキャンして配布することを,快諾しました。

 それからしばらくして,私は偶然そのデータを入手しました。大変に面白く,数々のアイデアに脱帽しました。1960年代は現在に通じる数々の機構が開発された時期で,それが出た当時にどれくらい画期的であったのかを知ることは,とても興味深いことです。

 私はそのことで,直接の価値を生み出していないかも知れません。しかし,こうして絶版となった名著が志あるものの目に触れ,彼が新しい価値を生み出したら,それは社会全体に,もっというと人類全体にとってプラスになることだと思えないでしょうか。

 知恵の継承というのは,こうして行われて来ましたし,そこで新しい技術が生まれて,人はさらに進化していくわけです。著作権という権利はとても重要な概念ですが,諸刃の剣であることを痛感した出来事でした。

 日本語は全世界で1億数千万人しか使わないローカルな言語です。しかしその長い歴史を考慮すると,蓄積された情報量というのは膨大なものになることでしょう。それが特別なものではなく,広く希望する人に行き渡ることで,新しい価値が生み出されるはずです。

 国会図書館が,こうしたプロジェクトを地道に行っていることは,一見無駄に見えるかも知れませんし,マニアックで,一部の人の利益にしか鳴っていないように見えるかも知れませんが,直接閲覧して面白いと思うならそれはそれでよいし,直接ではなくても間接的に,必ず社会全体の利益になると,私は信じています。

 注意しないといけないのは,昔の本ですから,ウソも書いてあるという事です。電波は「エーテル」を媒質に伝わると,これだけ豪快に言い切ってしまう文献を,歴史的なものとして見るだけのゆとりがないと,恥をかきますのでご注意あれ。

ページ移動

ユーティリティ

2020年05月

- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

新着エントリー

過去ログ

Feed