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Steve Jobsが去るとき

 テレビのニュースでも相当の時間を割いて報道された,米AppleのCEOであるSteve Jobs氏の突然の辞任。私が今さら書くことなどなにもないので,この話には触れないでおこうと思いましたが,Apple][と「二人のスティーブ」を知って30年,Macintoshを愛機として使うようになって20年,そのころから常にAppleとJobsを意識していたことを思い起こすと,やはり1つの時代が終わったと感じざるを得ず,簡単でも書いておかねばならないと思うようになりました。


 昨夜のニュースをいくつか見ていて思ったのですが,どうもJobsを「カリスマ経営者」としてまとめてしまい,変革者としての偉大な功績をたたえることに終始したが故に,その多面性を伝え切れていないように思うのです。

 彼だって人間です。特に若いときの傍若無人ぶりから,多くの敵がいたし,多くの失敗を重ねてきました。今の彼のありようは,当たり前のことですが,それら全てを包含しているのです。

 私とて,彼と友人でもなんでもなく,会ったことすらありませんから,普通の人が触れることの出来る本や映像などの情報から得られる物からの想像によるわけですが,これらに加えて30年近く前からASCIIやI/O,Oh!PCやOh!MZなどの雑誌に目を通し,そこに掲載されていた海外ニュースを通じて,経営者としてよりはむしろ,コンピュータ業界の「お騒がせ屋さん」として彼を「リアルタイム」に知っていた事実は,当時の彼がどんな評判だったかという記憶も加味して,「iPhoneの人」「プレゼンの達人」という程度の知識の今時の人々を凌駕していると自負します。

 まず,Macintoshが生まれるまでのエピソードは,バトルオブシリコンバレーというTVドラマが大変良くできていると思います。元ネタはあれだな,と思う映像がたくさん出てきますが,複数の本を読みこなすより,このドラマを2時間見た方がよほど正確で,楽しく当時の状況を知ることが出来るでしょう。ドラマの放送時点で話題になった登場人物が大変似ている,という話は本当で,「ふつう知らんぞ」と思うような一瞬しか出番のない登場人物でさえも,そっくりです。これだけでも見る価値があると思います。(アデル・ゴールドバーグはちょっと美化されてますが)

 そして,自らが口説いたScullyに追われる身になってからのJobsです。ScullyはJobsを追い出し,その割に彼が大した功績を残せなかったこともあって,評価されてはいませんが,当時のJobsは確かにAppleにとって有害であり,誰かが決断しなければならなかったことを考えると,Scullyは少なくとも自らの野心だけでJobsを追い出したのではないと思います。

 ということで,彼の「失敗」を列挙してみましょう。

(1)Apple///
 Jobsがイニシアチブを取ったApple///は,IBM-PCをに怯えてか,ビジネスよりのマシンとして企画されたが,Apple][との互換性が軽視されたこと,放熱ファンの搭載をJobsが「絶対」に許さなかったことで故障が頻発したこと,そして独自仕様のフロッピードライブの自社生産にこだわりここでも故障を連発したことで大失敗し,Appleに相当の損害を与えた。
 当時Appleを支えたApple][がなぜ売れていたのかを冷静に考えず,また裏付けのないまま直感に頼った方針決定が失敗の原因。

(2)Lisa
 XeroxのPARCで見たGUIに衝撃を受けてLisaを作ったところはさすが,であるが,そのLisaが向いていた方向が,またもやビジネスだった。ビジネスマンが当時マウスとビットマップディスプレイを必要としていたのかどうか,まずそこが疑わしい。
 日本円で100万円を越えるマシンを重役以上がデスクにおくことを狙ったそうだが,それで何台売れると考えたのか。
 またソフトは全てAppleが開発してバンドルするという方針も,ソフト会社を締め出すことに繋がっている。ハードウェアの信頼性も低く,しかも高価な別売りのハードディスクがなければ実質動作しなかった。
 ちなみにMacintoshXLに改修されなかったLisaは,砂漠に埋められたらしい。

(3)初代Macintosh
 Lisaを安くしようという流れは正しく,そのために開発された技術(QuickDrawやToolBox)も確かに素晴らしかった。しかし,相変わらず放熱ファンを許さなかった事による信頼性の低下や,拡張性を認めず,ユーザーが筐体を開くことすら許さなかったことは,Macintoshというマシンを「過信」していた事の現れである。
 この勘違いは,結果として膨大な在庫としてAppleを圧迫し,レイオフまで余儀なくされるほど深刻な事態を引き起こした。
 Jobsが許さなかった放熱ファンの採用と拡張性は,Jobsが追放されてからのマシンには搭載されるようになり,コンピュータとして評価されるようになった。

(4)NeXT Computer
 JobsがAppleを追われて作ったNeXTというマシンは,その先進性が今日伝説になるほどの素晴らしさを誇っていたが,ストレージがハードディスクの何倍も遅い光磁気ディスクであったり,処理能力が不足していたりと,ハードウェアの能力が不足していたのが現実であった。
 また非常に高価なマシンで,納入されたのは大幅なディスカウントがある大学など教育機関がほとんどであったため,利益を生み出すことはなかった。
 後にNeXTはハードウェア部門をキヤノンに売却,AT互換機で動作するNEXT STEPを商売にしようと試みるが失敗。

(5)PowerMacG4 Cube
 Apple復帰後のマシンだが,放熱ファンを搭載しないことでまたもや信頼性を落とした。タッチセンサ式の電源スイッチは誤動作を連発し,ウェルドラインが目立つようなデザインにこだわりすぎたためクレームも連発。短命に終わる。


 (4)と(5)はちょっと置いておいても,(1)から(3)はどれか1つだけでも,創業社長の大失敗としては破格の物があり,普通なら速攻会社を潰したか,緊急動議で社長解任てなことになったと思います。そうならなかったのは,Apple][が利益の源泉として機能し続けたことと,やはり「怖い人」であったJobsに対する遠慮があったのだと思うのです。なんといっても創業者です。やりたい放題で,気に入らない奴には容赦ない罵声を浴びせ,クビにする。

 そんな厳しさの中で,良識ある人は彼の元を去ったし,残った人は彼の機嫌を損ねないようにしていました。彼と対等に話が出来るメンバー,例えばMike MarkkulaやWozniakは,彼を何度もたしなめ,ブレーキを踏み,時に尻ぬぐいまでやるわけです。そして,彼らでさえ「手に負えない」とさじを投げたとき,貧乏くじを引いて彼に最後通告したのが,John Scullyだったというわけです。

 JobsはNext Computerを設立して,自分の作りたかったコンピュータを作ることにしますが,それが必ずしも他の人が欲しいと思うとは限らない事実を思い知ったはずです。しかし,当時の彼には,Appleに一泡吹かせてやりたいという,ある意味で不順な動機が強かったように思います。

 決してうまくいっていない会社の社長が,傍若無人とも言える横柄な態度であったことも問題で,私に言わせればNeXTが失敗したのは必然です。


 そして彼は,ふとした縁からPixarを買うことになります。Pixarは技術的には素晴らしく,これに私財をなげうったJobsの先見性には脱帽で,本当に一文無しになる寸前まで相手を信じてPixarを支え続けて,ギリギリの所で大成功を収めるというドラマチックな話は,Jobsという人の転換点を示しているように思います。

 PixarではAppleやNeXTの時とは違って,お金は出すけども口は出さず,彼らにやりたいようにやらせていました。これは映画,とりわけCGという,Jobsにとっても口出しできない分野だったこともあるでしょうし,そうした素人の口出しが失敗に繋がることを確信していたからだとも言われています。

 なかなか成果が出ないPixarでしたが,それでも,Jobsは信じてお金をつぎ込みます。彼らを信じて成功に導き,Jobsは現在ディズニーの取締役です。

 Jobsはここで,自分以外はバカだ,と言う考えを捨て,相手を信じ,お金を持っている人間が何を成すべきかを考えて,その役割を忠実に遂行することを体得したように思うのです。Jobsが人の上に立ち,成功に導く経営者として飛躍するのは,この時からだというのが,私の考えです。

 Appleに戻ってからのJobsは,専門家として口を出す経営者として数々の成功を収めてきました。iPodは音楽の持ち歩き方を変え,iTunesStoreは音楽の売り方と買い方,そして作られ方をも変えてしまいました。iPhoneは一部のマニアのオモチャだったPDAとスマートフォンを一般に広めて人々の知的能力を平均的に底上げしましたし,MacOSXは常にパソコンOSの先頭を走っています。

 全てがJobsの成果物ではないと思いますが,Jobsは自分が口を出すべきところと,出さざるべき所をちゃんと区別するようになったのではないかと思います。そして,成功によってのみ,自分のいう事を人が聞いてくれるようになるのだという真理も,実感しているのではと思います。

 Jobsという人が人間的に豊かになり,彼の話に涙を流す人が現れて,人間としても尊敬を集める存在になったとき,彼は病魔に襲われます。ニュースで見た,やせこけたJobsの姿は実に痛々しい物ではありましたが,その表情からはつかみかかるような厳しさや傲慢さ,その裏に潜む劣等感が消え,まるで聖人のような気高さのようなものを,持っているように感じました。

 Jobsという人の魅力に,改めて気付かされた,昨日のニュースでした。

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