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コダックの破産とフィルムの守り方

 名門コダックが,破産法を申請するというニュースが届きました。

 少し前から何かあるごとに破産の話が出ていたので,今さら驚くような話ではありませんが,つい先日組織の再編で伝統のフィルム部門を廃止し,民生部門と産業部門に分けたところでしたから,複雑な思いです。

 こういうニュースが出ると,こぞって出てくるのが経営面での失敗に関する記事です。それは同業の富士フイルムの成功と比較し,コダックの失敗を異口同音に(そして誇らしげに)語るものです。

 彼らは,おそらく写真愛好家ではないし,コダックのファンでもないでしょう。コダックが果たした役割やコダックの理念などを,むしろ邪魔なものと考えているのではないでしょうか。

 もっとも,経営という切り口で語るときに,趣味の問題や過去の歴史に感傷的になることこそ問題でしょう。ならば,そういう立場にない私のような自由なアマチュアが,コダックを語らねばなりますまい。

 コダックには,3つの顔があると思います。

 1つは,圧倒的な技術を持つ会社であることです。技術で新しい世界を切り開いてきたパイオニアという顔です。

 ロールフィルムという携帯性に優れた写真用フィルムの登場は,写真を一部の専門家から写真を趣味とするアマチュア,さらには写真を趣味にはしないが記録を残したいと考える大衆に開放するきっかけになりました。

 写真用フィルムとして最も普及した35mmのフィルムも,もともとは映画用の70mmフィルムを半分にして使い始めた人がいて,その後これを小型カメラに応用した人がいた事が誕生したのですが,明るいところでもフィルムが交換出来るようにパトローネ呼ばれる使い捨てのカートリッジにフィルムを詰め込んだ,現在の形に仕上げたのは他ならぬコダックです。

 それまで,暗室が必要で,またそれなりの技術も必要だったフィルム交換を,そこらへんのおばちゃんでも出来るようにしたことは,誰もが写真家になれる,というコダックの理念に沿うものでした。

 ISO400を実現した高感度フィルムTRI-Xは,それまで撮影不可能だった少ない光りの中でも世界中の出来事を記録し続けましたし,世界初のカラーフィルムKodaChromeによって,人類は初めて色を残すことが出来るようになりました。

 その後の超微粒子フィルムの開発とそれを生かしたフォーマットの小型化(110ポケットフィルムやAPS)はもちろん,現像システム,カメラ,レンズ,印画紙,PhotoCDといった電子写真など,写真に関する標準は,ほとんど全てコダックから生まれ,他社から生まれたものはコダックと違うという理由で,死ぬ運命にありました。

 フィルムの発展によって膨大な記録が画像で残され,そしてそれら画像によって獲得した新次元の説得力は,報道のあり方を根本的に変えました。やがてそれは大衆の意識と世論を変え,特にベトナム戦争後の民主主義のあり方を根底から変えてしまいました。

 もう1つは,消費者に対する,新しいマーケティングを行った,優れた商売人としての顔です。

 消費者は,カメラやフィルムを求めているのではなく,映像記録を簡単に行うことを求めている,という今なら当たり前の考え方を,100年も前に掲げたコダックが,当時いかに先駆的であったかです。

 コダックが発売した「ザ・コダック」という革命的なカメラに与えられた,「シャッターを切るだけ,あとはコダックがやります」というわかりやすいキャッチコピーは,まさにこれを体現しています。

 100枚撮りのフィルムを詰め込んだカメラを消費者は購入し,写真を撮った後コダックに送ると,現像されたフィルムと,新しいフィルムを詰めたカメラが手元に戻ってきます。

 フィルムの装填も現像も,専門知識や設備のない人には出来ません。また,広大なアメリカで,これらを行う拠点をくまなく整備するのは非現実です。こうして,それこそ子供や女性まで,写真を撮るなんて考えも及ばなかった人々の身近なところまで,日々の記録を残すという写真の楽しさが,やってきたのです。

 カメラやフィルムの性能をアピールするのではなく,その結果得られる消費者のメリットを訴求する,これがコダックの商売でした。

 そしてこれは同時に,コダックにとっても大変おいしい商売です。新しいフィルムの入ったカメラが手元に届いた以上,普通はこのフィルムでまた写真を撮るでしょう。するとまた現像とフィルムの装填が行われ,これがずっと繰り返されます。つまり,一度顧客になった人を,ずっとつなぎ止めておくことが出来るのです。

 カメラはただ同然の価格で販売しても,ちゃんとフィルムと現像で利益が出ます。この仕組みは,コダックというより,フィルムをビジネスにする会社の基本方針となります。

 なんと素晴らしいビジネスモデルでしょうか。


 最後の1つは,従業員を家族と考え,手厚く守る,優しい会社の先駆という顔です。コダックは1920年までに,当時としては画期的な退職年金,生命保険,障害補償などの福利厚生を実施,同時に従業員に対する利益配分を方針として掲げました。

 また,従業員が安心して働ける環境の構築に熱心で,安易に工場を移転させたり閉鎖しないで,地元ロチェスターの雇用の創出,終身雇用を守り,可能な限り解雇せず,地域,従業員,そして経営者との関係を良好に保ってきました。

 こうした今なら当たり前の企業のあり方を先取りしたコダックは,超優良企業として世界的に知られるようになります。

 コダックほど長く続いた強力な独占企業で,この3つを特徴として挙げることが出来る例は,希ではないかと思います。

 一方で,覇者の奢り,あるいは小回りの利かない企業体質が競争力を削いでいたことは事実で,よく言われるようにデジタル写真への移行の失敗,卓越したフィルム技術を生かした別事業への転換などが出来ず,フィルムの凋落と運命を共にすることになってしまったことは,否めません。

 フィルムメーカーの,写真文化に対する責任感の強さには感服するものがあり,コダックは利益を度外視してこれまでフィルムの生産を続けてきましたし,富士フイルムも他で儲けたお金をフィルムの維持にあてるなど,利益追求だけでは絶対に残せないフィルムの芸術性や文化的な側面,そしてその役割を本当に理解してくれているのだと,私などはうれしくなります。

 例えば,日本画や陶芸などで使われる特殊な道具や消耗品を,需要が少ないとか儲からないという理由でやめてしまったら,それらの芸術は途絶えてしまいます。フィルムが儲かる工業製品だった時代はともかく,儲からなくなったときにそのフィルムを続けるかどうかは,銀塩写真をその会社がどう捉えているか,とてもはっきり分かるテストと言えるでしょう。

 ただ,コダックは,それを存続させる事に,無頓着でした。自らの使命感の強さ故にフィルムを作り続けたのであったとしても,ただただ赤字で作り続けるだけで,存続するための手を講じないままであったなら,それは最終的にその責任を果たせません。

 私を含めた,写真と写真文化を愛する人間が望んだものは,コダックではなく富士フイルムのありかたであったはずです。コダックのやり方では,結局誰の期待にも応えることが出来ないのです。

 富士フイルムは,企業としての存続という当然の目標からさらに,なぜ自分達が存在し続けなくてはいけないのかというところにまで,考え抜いたのではないかと思います。

 そして,その答えとして,優れたフィルムを供給出来る力を持つ希有な存在として生き残る責任を自覚し,一企業の問題を写真文化の存続にまで昇華させ,フィルムに利益を依存しない体質を作ったのかも知れません。だとすれば,これぞ社会的使命果たそうとする,優れた企業のあり方ではないでしょうか。

 私が,コダックという名門が立ちゆかなくなった現実を見て思うのは,経営の失敗や企業体質の問題という,ステレオタイプな分析でではなく,写真文化の守り方を間違ったんだなあという失望感です。

 デジタルカメラによって劇的に写真は安く,手軽になりました。すぐに写真を見ることが出来たり,あっという間に遠方に届けることも出来ますし,高価で何日もかかった大判への引き延ばしも,家で簡単にできるようになりました。

 一方でコニカが写真から遠い存在になり,街の写真屋さんがどんどん消えて,いずれ現像も手軽に出せない時がやってくるでしょう。これらと同時に失うものがあることを,もう一度考える機会になるかもしれません。

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