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Computer Chronicles

 今さらなお話ですが,1981年から2002年までの21年間,アメリカでパーソナルコンピュータの話題を中心に扱った,Computer Chroniclesという番組が放送されていました。

 この21年間は,コンピュータにとって激動の時代でした。個人にコンピュータの能力が開放され,爆発的に処理能力が高まり,新しい技術や概念が誕生しては,それが瞬く間に当たり前になっていく,個人がその力を実生活に活用するようになり,やがて行き着く先はコンピュータのコモディティ化・・・そんな急激な時代の変遷をリアルタイムに見て来た私はつくづく恵まれていたなあと思うのですが,これをその時々の視点で記録し続けたテレビ番組というのは,大変貴重な資料だと思います。

 日本にもこうしたパーソナルコンピュータのテレビ番組がなかったわけではありませんが,いずれもホビーストを対象としていましたし,スポンサーの関係から特定メーカーの機種を扱う事しか出来ないという,誠にもって窮屈なものだったように思います。

 とはいえ,NHKの趣味講座でマイコン講座が行われたときの盛り上がりは現在も語りぐさになっているわけですし,当時のテレビの力というのはニッチでアングラなものにも光を当てるだけの,強力なものを持っていたということでしょう。

 ですが,そこはパーソナルコンピュータとテレビの本場,アメリカ。まずもってこのジャンルで21年も続いた長寿番組というのがすごいと思いますし,番組の内容もしっかりとした取材と当事者が直接語るという信憑性において,そこら辺のドキュメンタリー番組も真っ青な出来だと思います。

 初期はApple][などの黎明期のパソコンの話題,IBM-PCの登場を経てDOSとWindowsが主役になったかと思えば,インターネットの登場とWEBブラウザの話に移っていきます。まさにパーソナルコンピュータの歴史そのものです。

 そうした太い流れの中に,例えば電子音楽と電子楽器,ロボット,ゲームなどパーソナルコンピュータと繋がりの強い分野の話題が枝葉を伸ばし,実に多彩な情報を提供してくれます。

 いいなあ,こういう番組が日本にあったらよかったのになあ。

 ふとしたことから,この番組の存在と,現在Creative Commonsのライセンスで,Internet Archive.orgで公開されていることを知った先日,「Japanese PC's」という特集の動画を見てみることにしました。

 まず,のっけから驚きます。出演者になんとCP/Mの開発者であるGary Kildallがびしっとしたスーツ姿で,なにやらもっともらしいことをしゃっべているではありませんか。

 私にとってGary Kildallといえば,趣味の飛行機を飛ばしている間にCP/MをIBMに売り損ねた残念なオッサンで,かつ太った不健康そうなオッサン,というイメージが強くて,あまり尊敬とか憧れとか,そういうものはなかったのですが,1985年に放送されたこの番組の彼は,大阪弁でいうところの「しゅっと」していて,なんとも男前なんですね。

 番組の内容は,すでにIBM-PCとその互換機に席巻された米国に対し,複数のメーカーが独自仕様で覇権を争っている日本の状況をルポしています。これを内戦状態の続く発展途上国とみるか,個性豊かなマシンの中から好きなものを選ぶ事が出来た自由を謳歌した時代とみるかは,当時の立ち位置によって変わってくると思いますが,こうした独自のパーソナルコンピュータ文化を長く保った先進国は珍しく,またアメリカが注目するほど市場規模が大きかった事も,まさに東洋の神秘といえたのではないでしょうか。

 番組は,その特異性を解き明かすために,秋葉原を取材します。私は当時の秋葉原を全く知りませんが,雑誌の広告などで想いを馳せた聖地に対する勝手な想像と比較しては,妙な懐かしさと違和感を感じます。

 お,PC-8801mkIISRが誇らしげにデモをしています。懐かしいですね。PC-9801F2には新製品のシールがくっついています。そうそう,IBM-PCjr.をベースにしたという,日本IBMのJXがやたらと出てきました。しかし実機よりも森進一が出ているポスターばかりです。アメリカ人にとってIBM以外はわかりにくく,かつそのIBMが苦戦していることが面白く映るのでしょう。

 狭いパソコンショップにずらーっと列んだ当時の8ビットマシンには,X1CやSMC-777,FM-77,MZ-1500があったりします。当時のディスプレイは14インチが普通で,ブラウン管ですから奥行きがあるんですよ。なんか,熱をはらんだむっとする空気が鼻にまとわりつく感覚を思い出しました。とても懐かしいですね。

 当時の私も,学校が終わってから自転車で20分すっ飛ばして,こういうお店に閉店まで張り付いては,いろいろなマシンを触ったものです。

 番組中にしばしば名前の出てくるMSXは,実機の映像がほとんど出てこず,これでアメリカ人はMSXを分かった気分になるんだろうかと,ちょっと疑問を感じます。

 場面は変わり,I/O編集部です。日米のパーソナルコンピュータの文化の違いを話しています。NECのトップも登場しますが,流ちょうな,丁寧な英語を話されていることに正直驚きました。そして若き日の西和彦が,ぼそぼそと早口な英語でインタビューに答えます。

 そうかと思うと,当時は日本でも開催されていたCOMDEXの会場が登場し,ここでCD-ROMが紹介されます。540MBという容量をして「huge」と語るメーカーの担当者は,キツネ眼に大きなメガネという当時の典型的な日本人のルックスで,しかし自信に満ちた英語でCD-ROMの素晴らしさを語ります。

 スタジオに戻ると,今度は日本のパーソナルコンピュータの独自性をコメンテータが語ります。どうも「漢字」が問題といってるようです。これは当時も,そして現在も語られる日本のパーソナルコンピュータの独自性なのですが,アメリカ人にとっても同じ認識であったことに,ちょっとした驚きがあります。よく研究していますよね。

 特集が終わると,パーソナルコンピュータ関連のトピックスです。なになに,コンパックが互換機を発売,Lisaがとうとう終焉,AT&Tが32bitプロセッサを開発しXEROXが供給を受ける,・・・面白いですね。

 そして最後は当時世界を制覇したデータベースソフトのdBASEの紹介。

 いやー,30分ですが,お腹いっぱいです。面白かったです。

 当時,日本でも,I/OやASCIIなどの雑誌は,定期的に海外,とりわけアメリカのパーソナルコンピュータ事情を紹介してくれていました。I/Oはアメリカの提携誌から記事を訳して掲載していましたが,私もLisaの販売不振やJobsの退社などは,そうした記事で知りました。

 パーソナルコンピュータの大型イベント,例えばApple][が衝撃的なデビューを飾った伝説のWWCFにも記者を派遣していますし,COMDEXなどのイベントも取材しています。そういう意味では,当時の日本のパーソナルコンピュータユーザーは,先進国たるアメリカの情報にも飢えていたんです。その喉の渇きを,僅かな情報が潤していたのがまるで昨日のことのように思われます。

 この番組を見てふと感じたのは,そうした記事を読んだときに感じた臭いと同じだなということです。当時の日本とアメリカの間には,それでも互いによく知らないが故の畏怖があったように思います。SteveJobsが日本人を死んだ魚のように海岸に押し寄せると言ったことがありますが,それも当時の彼らの日本人観の1つでしょう。

 日本人も,結局今手もとにあるパーソナルコンピュータはアメリカ生まれの技術で作られていて,それをモノマネして,あるいはちょっとした改良で作っているというある種の劣等感に後ろめたい気持ちを大なり小なり持っていたはずで,勇敢な人は「日本は製造と応用が得意なんだ」と世界第二位の経済力を拠り所にしては,胸を張っていたんではないでしょうか。

 現在のように情報の伝達が瞬時に行われ,人も物も金も国境を自由に越える時代には,こうした話はむしろ懐かしいものに映るわけですが,その懐かしさもワクワクするような面白さを内包していたことは事実であって,今とは違うスリルに満ちていたなあと,思い出しました。
 
 すべての映像がアーカイブされているわけではありませんが,それでも実に560本もの映像を無料で見る事ができます。

 Apple][は,その優れた性能と1200ドルという低価格っぷりでベストセラーになりましたが,そのApple][が日本にやってくると,40万円でした。30年前のお話です。国産機は10万円中頃が売れ筋で,Apple][は憧れのマシンでした。


 今,1200ドルのMacBookAirは,日本で10万円ほどです。なんと日本という国は,30年で強くなったものだと,しみじみ思いました。

 正月休みには,面白そうなものをいくつか選んで,もう少し見てみようと思います。

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