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埋もれたHDCDでハイレゾ音源を入手

 ハイレゾ音源がにわかに脚光を浴びています。SACDの基盤技術として生まれたDSDも配信ですっかりメジャーな存在になりましたし,かつては雲の上の存在だった24bit/192kHzのPCMでさえも楽しめるようになってきました。再生環境もPCを使うか,一部のハイエンド機器しかなかった時代を経て,今はネットワークプレイヤーを使えば3万円ほどで楽しめます。

 良い時代になったものです。

 私もN-30というネットワークプレイヤーや,SACDでCDを越える情報量の音楽を楽しむ人間ではありますが,いかんせんハイレゾののソースを確保するのがなかなか面倒です。SACDはリッピングできませんし,DVD-Audioはすでに死んでいます。

 そうすると配信に頼るほかなくなりますが,なかなか高価ですし,一気に揃えるのは難しいです。

 まあ仕方がないなあと思っていたのですが,ある時「HDCD」という4文字を見て,突然記憶が蘇りました。

 そう,前世紀の遺物ゆえ,すっかり忘れてた,あのHDCDです。

 HDCDは日本国内ではマイナーな規格に終わりましたので知らない人が大多数かと思いますが,これ,アメリカで生まれた高音質フォーマットです。

 CDと完全な互換性を有しており,従来のプレイヤーで再生可能,しかしHDCDに対応したシステムで再生すれば,20bitに拡張されるんです。

 対応機器は1990年代後半から2000年代にかけて様々なメーカーからリリースされていて,アメリカやヨーロッパのメーカーだけではなく,日本のメーカーにも対応機種がいくつか発売されていました。

 「ほーすごいなそいつは」と感心する事なかれ。

 大体,16bitのCDに,余計に4bit追加して20bitの情報を詰め込むような錬金術や永久機関などどう考えても不可能です。だから,HDCDというのは冷静な目で見る必要があります。

 Wikipediaを見ても,どうも読みにくくてスッキリしません。そこで,私の知っている範囲で簡単にHDCDのことをまとめておこうと思います。正確な表現をすると難しくなるので,簡単な言葉で直感的にわかるような説明をしますので,厳密には正しくないことを書くかも知れません。ご了承下さい。


・そもそもHDCDってなんだ?

 HDCDは「High Definition Compatible Digital」略です。最後のCDがCompact Discでないことに注目して下さい。つまり,CDのハイレゾというわけではなく,デジタルの音楽そのものを,互換性を維持して高精細化するという,まあ夢のような嘘のような話です。

 実際にはDATにもMDにも適用可能なんだそうですが,そういう例を私は知りません。ですので,ここでは「CDと完全互換ハイレゾCD」という意味ぐらいに考えておいて下さい。面倒ですから。


・HDCDの特徴って?

 HDCDは,従来のCDと完全な互換性を維持しつつ,20bitに相当する情報を詰め込んだものです。HDCD対応のプレイヤーで再生すれば20bitで再生されますが,非対応のプレイヤーでもちゃんと16bitで再生されます。極端に劣化したり,再生出来なくなったりするようなことはありません。


・どうやって20bitを16bitに詰め込むの?そんなこと出来るの?

 例えば,ソニーのSuperBitmappingという技術があります。これはノイズシェーピングという手品を使って,低域のノイズを高域に移動させるものです。

 20bitでA/D変換された音を16bitに丸めてしまうと,本当なら録音されていた小さな音がノイズにうもれて再生出来なくなってしまいます。そこで,低域のノイズを減らし,20bitで記録出来ていた小さな音が埋もれないようにするわけです。

 ノイズを減らすとS/Nが上がり,ビット数を増やしたのと同じことになります。20bitでA/D変換した情報が無駄にならないわけですね。

 とはいえ,CDは16bitしかない箱ですから,20bit相当の情報をそのまま入れるわけにはいきません。そこで,ノイズシェーピングによって低域のノイズをノイズが耳に付きにくい高域に移動させ,全体の箱の大きさを変えずに,耳に付きやすい部分のS/Nを改善しようというのが,SuperBitMappingです。

 なんだか騙されたような気分になるのは無理もありません。私だって騙しているような気分ですが,まあ難しい数学の話はちょっと置いておいて,そういうことが出来るんだと思って,納得して下さい。

 HDCDは,これと同じような事をやっています。聴感上目立たない高域にノイズを持って行き,低域のノイズを減らすという点ではSuperBitMappinngと同じなのですが,それを実現する方法がノイズシェーピングではなく,ディザという方法になっています。

 ディザというのは「震える」という言葉を語源に持つ処理なのですが,わかりやすいのは白か黒しか印刷出来ない場合に,点描によって中間のグレーを表現するという例えでしょう。この点描のことをディザといいます。ディザを使えば,離れてみたときに白と黒が混じってグレーに見えてくれます。

 しかし,近づけば白と黒がはっきり点々になって見えてきます。それに,細い線などは完全に潰れてしまうでしょうね。

 白と黒しか表現出来ないということは,つまり1bitです。1bitしかないのですから,中間のグレーは本来なら表現出来ません。しかしディザを行うとグレーが表現出来ます。1bitの器しかないのに,それ以上の情報を埋め込む事が出来ていますよね。

 その代わり,近づけば白と黒がブツブツと見えてきますし,細い線は潰れてしまい,表現することが出来なくなります。細い線,つまり白と黒の繰り返しの回数が多いものは表現出来なくなるわけですが,繰り返し回数が多いということを「周波数」と置き換えて考えると,低い周波数は1bit以上の情報量を持つ一方で,高い周波数は情報量を減らしているわけです。

 これが,ディザによる,低域から高域へのノイズの移動です。近づくというのは人間の目の周波数特性を高域に拡大する事で,その時に見える白と黒のブツブツは,つまりノイズと置き換えてよいでしょう。

 ノイズシェーピングは,高域に行けば行くほどノイズが増えるという特性を持っていますが,ディザの場合には最終的に高域にノイズを押しやることになっても,低域や中域のノイズの量を一定にすることが出来ます。

 HDCDでは,高い周波数の成分を元の信号に加算することでディザを行って,16kHzまでのノイズの量を一定に保つことで,聴感上不自然にならないようにしています。

 このように,HDCDでは,20bitでA/D変換した音を,ディザによって16bitの器に押し込んでいます。人間の耳には目立たない16kHz以上のノイズは増えていますが,その代わり16kHz以下のノイズは均等に減っていますので,効果が大きいというわけです。

 これで分かるように,HDCDはエンコードの時に仕込む物で,再生時には特別な仕組みが入りません。ですから,HDCDは普通のCDプレイヤーで再生しても高音質だということになりますね。


・んじゃ結局16bitなんじゃないの?

 その通りです。16bitの器に,捨てていた20bit相当の情報を詰め込んだだけですので,全体の情報量は16bitのままです。それに,20bit相当の情報を入れても,再生時のD/Aコンバータが16bitだったりしたら,ここでノイズがばーっと発生してしまいますので,無意味になります。

 つまり,デジタルフィルタによって20bitになった信号を,20bitのD/Aコンバータで変換して初めて,その恩恵を受けることが出来るわけです。ただし,この時も特別な処理が必要な訳ではありません。


・でも20bitになるという話もあるんじゃ?

 そうそう,そうなんです。HDCDにはオプション規格があり,本当に20bitのデジタルデータを作る事が出来るんです。16bitの器から20bitのデータが出てくるなんて,なんだか嘘のような話ですが,これは一種の圧縮によるものです。このオプションを,ピークエクステンションといいます。


・ピークエクステンションとは?

 HDCDのうまみは,このピークエクステンションにあると思います。

 例えば,CDの16bitの器に入りきらないような音量差を録音しないといけないとします。この時,一番大きな音に合わせて録音するので,小さい音はノイズに埋もれて録音されなくなります。

 けど,1時間の録音のうち,大きな音が出るのはほんの一瞬で,ほとんどの時間は16bitの器で十分取り込めるような場合,この大きな音の為に他を犠牲にするのはあまりに惜しいですよね。

 同じ事は,デジタル録音が生まれる前,テープレコーダで録音していた時代にもありました。しかし,デジタルではある最大値を超えると急激に歪むのに対し,アナログでは大きくなるに従って徐々に歪みが増えるような特性になっていました。

 だから,アナログの場合には,急激に大きな音が入ってきても,そんなに大きく歪みません。アナログ録音の時には,多少オーバーになっても,普段の音量を重視して,大きめの音で録音することができたのです。

 HDCDではこの仕組みを再現しようとしました。音が小さいときはそのまま比例関係でA/D変換しますが,音が大きくなると,比例関係をわざと崩し,A/D変換の時に音が10増えてもA/D変換は5しか増えないというような,一種のコンプレッサをはさんだのです。

 こうすると,大きな音が実際よりも小さい音になってしまいますが,その代わり大部分の時間を占める小さな音がちゃんと記録出来るようになります。自然界の音は,16bitくらいではどうせ取り込めません。だから切り捨てるか,曲げて押し込むか,どちらかしか方法はありません。

 つまり,HDCDでは曲げて押し込む事を選んだのですが,ここではっと気が付くことがあります。もしもHDCDであることを判別できるなら,HDCDの時には,その曲げた部分を逆の規則によってまっすぐに伸ばして元通りにしてやればいいんじゃないでしょうか。

 これがピークエクステンションです。

 HDCD対応のデコーダーは,HDCDであることを判別し,かつピークエクステンションが有効であることが分かった場合に,ノンリニアPCM部分をテーブルから伸張し,20bitのデータに戻します。

 ノンリニアの部分を演算でリニアに戻すわけですから,当然情報の欠落はあります。ピュアな20bitではないのですが,それでも小さい音から大きい音まで,全部取り込む事の出来るメリットはとても大きいと思います。

 Wikipediaによると,ピークエクステンションはオプションであり,これが使われている例は少ないとありますが,実は私の手もとには結構な割合で使われているディスクがあります。HDCDの存在意義はここにあると私が思うゆえんです。

 ただし,注意があります。

 もともと16bitだったものを,ピークに合わせて20bitにしたのですから,全体の音量は下がってします。4bitも追加されますから,音量は24dBも下がるんですね。

 そこで,HDCDでは,20bitになった状態を基準におき,16bitの場合にはこれと同じ音量になるよう,16bitの時の出力を小さくすることを求めています。でも,なんだかバカバカしいなあと思うのは,出力を小さくすると,今度はアナログのステージでノイズに埋もれてしまうかも知れませんよね。アナログ部の設計がなかなか高度になってしまいます。


・他のオプションはないの?

 あります。ローレベルエクステンドがそれです。これはピークエクステンションの逆で,レベルが低い時間が続く場合に,その部分の音量をブーストして記録し,再生時に元に戻して再生するものです。

 しかし,このオプションが使われているディスクはかなり少ないと思います。実際に,私の手もとには1枚もありませんでした。

 技術的にも,レベルが低い時間がどのくらい続けばいいのか,急に大きな音が来たときはどうなのか,エンコード時のブーストと真逆の変化が,本当にデコード時に実現出来るのかなど,ちょっと疑問なところがあります。


・HDCDを判別する仕組みは?

 従来のCDとの互換性を維持するために,なかなか巧妙な方法を取っています。CDのフォーマットをいじる訳にはいきませんので,そこに書き込まれるデータに細工をして,判別しています。

 音が変わってしまわないように,比較的長い間隔をおいて,判別する信号を入れてあるというのが1つ目の工夫です。

 2つ目の工夫は,16bitのデータのうち,LSBの1bitだけ,ディザの信号を重ねるというものです。その信号の揺れ方がHDCDだと判別できるような規則に従っていて,まるで隠しコードを埋め込んだように見えます。

 このように,ディザのかけ方をある規則に従って行うことで,HDCDかどうか,あるいは各種オプションが使われているかを判断出来るようになっています。確かにこれだと,従来のCDとの互換性を維持することが出来ますし,音質の劣化も最小に出来ますね。


・どこにもHDCDと書いてないけど,実はHDCDだった?

 HDCDのエンコーダを通せばHDCDの判別信号が埋め込まれます。だから,スタジオに設置されているHDCDエンコーダの存在を意識しないで,いつのまにやらHDCDになっているものもあるんじゃないか,という意見があるようです。

 HDCDをうたうのに,特にライセンス料が発生したり面倒臭い手続きがあるわけではありません。だから,「知らないうちにHDCDになってた」という話は本当の話じゃないかと思います。

 こういう場合,問題となるのはHDCDにふさわしいデータになっているのかどうかです。

 極端な話,マスターが16bitだったらHDCDにする意味はありません。HDCDデコーダを通して20bitになっても,その中身は16bitです。

 また,マスターが20bitや24bitであっても,A/DコンバータがΔΣ型だったら,ちょっと面倒です。

 先に,HDCDはディザによって16kHzまでのノイズを均等に下げると言いましたが,これは均等に量子化ノイズを含むマルチビット型のA/Dコンバータが疲れている場合にのみ,意味があります。

 ΔΣ型はノイズシェーピングを使ったA/Dコンバータですから,すでに高域になるに従ってノイズが増えた状態のデータを吐き出します。そんなデータで均等になるようにディザをかけても,意味がありません。

 元のデータがどうやって作られたのかが結構大事で,HDCDではその規定もあります。


・CDと完全互換で20bitならすごいじゃないか。今後も期待したい。

 残念ながら,エンコーダを作っていた会社はすでになく,スタジオで稼働しているエンコーダが壊れてしまったら,もうおしまいです。

 デコーダについても,半導体はすでにディスコンになっていますから新規に採用して製造することは難しいでしょう。

 ソフトウェアデコードなら可能性はあって,PCでHDCDを楽しむ方法はあると思いますが,以前正式に対応し,解説まで丁寧に行っていたマイクロソフトも,最近はHDCD対応を積極的にうたわなくなりました。


・自分のCDがHDCDかどうか見分けるには?

 いろいろ手はあるのですが,私の場合foobar2000というソフトを使いました。HDCDのプラグインをインストールしたfoobar2000には,HDCDかどうかをスキャンする機能が備わります。

 HDCDの判別信号は,CDからのリッピングでも維持されます。さらに面白いのは,可逆圧縮であるflacで圧縮して,ちゃんと維持されることです。

 ですから,flacになっている音楽データをfoobar2000に登録,そしてHDCDスキャンをかけると,HDCDと判別されたファイルがリストアップされます。この時,ピークエクステンションなどのオプションの対応具合も分かるので,大変便利です。


・HDCDのデータを作ってみよう

 HDCDスキャナでHDCDのファイルが抽出できたので,これをハイレゾ音源に変換してみましょう。ツールはDOSコマンドになっているのですが,HDCD.exeを使います。

 HDCD.exeはなかなか使いにくく,ワイルドカードが使えなさそうなので,私の場合バッチファイルを使って一気に処理しました。変換に時間のかかる物もあり,そうかと思うと数十秒で終わるものもあったりで,どうもよくわかりません。

 まず,HDCD.exeに食わせるために,flacをwavに戻します。

 そして,wavファイルをこのコマンドで処理します。そのファイルがHDCDだと判断されれば,Detected HDCDと表示されます。そしてしばらくすると,24bitのwavファイルが出来上がります。

 ここで音を出しても良いですが,私の場合はこれをflacに変換してN-30でならしてみました。

 結果ですが,やはり音量は相当下がっているように思います。24bitのデータに,ほぼ16bitのデータを入れるのですから,8bit分,つまり48dBも小さくなるのですから,当たり前ですね。

 それで,20bitにした音はどうかというと,はっきりって私にはよく分かりませんでした。もともとそれなりに音の良いCDだったので,これが20bitになっても微々たる差だと思うのですが,じっくり聞き込めば違いがわかるようになるかも知れません。

 ここで注意しないといけないのは,ピークエクステンションの有無です。ピークエクステンションが有効であろうとなかろうと,HDCD.exeはDetected HDCDと表示し,24bitのデータを作ります。HDCDに対応していない普通の16bitのファイルでも,HDCD.exeはMSBに8bit分のゼロを追加して,24bitのファイルを作ります。もちろん,音量はそのまま小さくなります。

 ピークエクステンションが有効なHDCDを24bitに変換し,これをflacに圧縮すると,元のflacに比べて大きなファイルが生成されます。しかし,ピークエクステンションが有効ではないファイルを24bitに変換してflacに圧縮すると,HDCDであるにも関わらず元のファイルとほぼ同じ大きさになるのです。

 つまり,ピークエクステンションが有効でないと,元の16bitから意味のあるデータは増加しないということになります。こういう場合,音量が小さくなってしまうという弊害しか出てこない訳で,手間もかかるし作業自身の意味がありません。

 ピークエクステンションが有効な場合には,明らかに意味のあるデータが加わっていることがわかりますから,これは意味があります。結論から言うと,foobar2000のHDCDスキャナでピークエクステンションがかかっているものだけを選び出し,変換すべきだったということです。


 そんなわけで,見慣れたCDラックからお宝を発掘する楽しみと,費用をかけずにハイレゾ音源を増やせるメリットがHDCDにはあります。今後増える事はないでしょうが,当時のCD製作者が,出来るだけいい音で聞いてもらいたい,と言う気持ちを込めたHDCDを,ようやく味わうことが出来たことを素直に喜んでおきたいと思います。

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