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さようなら交通科学(博物)館

 大阪の弁天町という駅のそばに,交通科学博物館なる施設があります。東京の神田に交通博物館があった頃,ぜひ大阪にもという声が起こり,当時の国鉄が52年前に作ったのが,前身である交通科学館でした。

 秋葉原と日本橋の関係もそうなのですが,子供の頃の私は,自分の見たいもの,欲しいものが東京に集中していた関係で,規模も小さく,二流のものしか手に入らない大阪には残念な気持ちが強く,大好きな大阪,でも東京にはかなわない,東京に行ってみたいなという憧れがありました。

 当時の情報の入手は雑誌,それも月刊誌くらいのもので,全国誌で大阪の情報が語られることは少なく,それがなおさら東京に対する嫉妬の念を強くしたように思います。これは同時に,大阪に住み,大阪が好きな人間の反骨精神の源泉になっていたんじゃないかと思います。

 神田の交通博物館は,日本で最初の機関車を始めとし,その展示内容や収蔵品の充実ぶりから,鉄道の博物館と言えば必ずここが紹介されたわけですが,対抗馬として生まれた大阪の交通科学館は,また違ったコンセプトを持って誕生しました。

 交通博物館が歴史的な資料を集めていたのに対し,交通科学館は比較的新しい実物を揃えて,鉄道全般を紹介する事を目指したそうです。ちょっと前まで現役とか,現在の車輌の仕組みとか,そういうものを展示の骨子にするわけですね。

 私がここを初めて訪れたのは,今から35年ほど前でしょうか。1980年頃ですが,この時展示されていた実物の車輌はキハ81だったりD51だったりします。

 キハ81が引退したのは1978年ですので,わずか数年前の現役車輌です。D51は1000両を超える大量生産機であり,静態保存機なら全国至る所にあった,珍しくも何ともないものです。

 0系の新幹線も普通に走っていましたし,101系の大阪環状線だって,別に珍しいものではありませんでした。

 これはつまり,博物館ではないんだなと,子供心に思ったものです。

 それでも,近鉄沿線で暮らした私にとって,国鉄車輌を見るのはとても楽しいことであり,何度も父にせがんで,連れて行ってもらいました。

 やがて収蔵品が増え,規模も大きくなり,ついには交通科学博物館と改称したことは知っていましたが,それでも大人が見学すると言うより,子供の遊び場というイメージが強くて,中学生になると全く行こうと思わなくなっていました。

 時は経ち,大阪を離れてから,この交通科学博物館が閉館することを耳にしました。なんでも梅小路蒸気機関車館に統合されるんだそうですが,大阪環状線のそばにあることに値打ちを感じていた私は,これはぜひ最後に見に行かねばならんなと,計画を練ったのです。

 キハ81は引退からすでに35年が経過し,日本で最初のディーゼル特急という貴重な資料となっています。D51も綺麗に保存されたものが減っている中で,2号機が残っているのは誇らしいです。

 EF52は国産初の大型電気機関車で,その後の電気機関車の雛形になったものですし,0系新幹線は実はトップナンバーです。DF50もDD54も西日本では思い出深い機関車ですが,実物の重厚さは近寄らないとわかりません。

 101系も,天王寺発着の列車のサボも,当時ならたんなるコレクションだったものが,今は貴重な第一級の史料です。これがどれくらい,梅小路に移管されるのかわかりません。

 自動車もバイクも飛行機も,鉄道ではない資料は,梅小路も手に余るでしょう。廃棄される可能性もあるんじゃないでしょうか。

 そんなわけで,大阪にあるうちに行っておこう,子供の頃を懐かしむこともしたいし,それ以上に貴重な資料を直に見てみたいと思ったわけですが,閉館はなんと4月6日です。5月の連休に間に合いません。

 そこで,東京に住む弟に声をかけ,どっかで一緒に行かないかと誘ってみました。3月後半の連休にいこうと計画していたのですが,調べてみると閉館直前は混雑し,最悪入場できないというではありませんか。

 せっかく東京からいくのに,それはむなしいと,会社を休んで出来るだけ早めに行く計画に切り替えます。

 そして2月8日に予定していましたが,前日になって弟がインフルエンザでダウン。中止になりました。翌週の15日に延期しましたが,今度は私が風邪を引きダウン。結果論ですが,どちらも大雪で,もし決行していたら大変なことになっていたでしょう。

 3月に入り,弟は仕事が急激に忙しくなってしまい脱落。結局私だけで先週末に見学することになりました。

 ここしばらく大阪に戻っていなかった上に,地下鉄ばかりを使っていた私は,大阪環状線に10年ぶりくらいにのりました。まして弁天町など,降りたのは30年ぶりでしょう。

 周囲の景色は随分変わっていましたが,交通科学博物館そのものは昔の面影を残しています。綺麗になったし,大きくもなりましたが,キハ81を見た瞬間にぐっとこみ上げるものがありました。

 ワクワクしながら入場します。平日の朝だったのですが,それなりに見学者がいます。しかし,小さな子供がワイワイ走り回っているのは,当時と同じです。

 まず目に飛び込んでくるのは,リニアモーターカーML500です。前代未聞の時速500kmという数字と,あの未来的なフォルム,超伝導やらリニアモーターやらわけのわからん言葉の羅列に,少年の心は鷲づかみだったわけですが,中学生くらいになると,これは実用にならんなという,現実的な見方が支配的になっていきます。

 時速500kmといえば,だいたいジェット機と同じ速度です。だったら飛行機でええやんか,ということに気が付くと,わざわざ地上にこだわる理由がわからなくなるものです。

 大人になると,飛行機にはないメリットが見えてくるようになるのですが,様々な議論を経てそのリニアモーターカーによる新幹線が現実のものになろうとしていることは,私には奇跡的だと思えます。

 ML500は単なる黒歴史に終わるのか,それとも困難を切り開いた先駆者なのか,この違いは案外大きいです。

 さて,ML500のインパクトに気圧されながら,鉄道の歴史,鉄道の仕組みなど,子供の頃に見たものを含めて,面白い展示が並んでいます。101系の展示はちょっと縮小されていて,モーターの回転制御は見る事ができますが,当時はパンタグラフの上げ下げや,ドアの開閉が体験出来たのに,それはなくなっていました。

 かわりに私には馴染みのない221系のシミュレータが盛況です。0系も,古い自動改札機も懐かしく,もう楽しくて仕方がありません。

 そしてお目当てだったEF52です。デッキに上り,中を覗くと,外観ほどに古くさい感じがしません。その外観は実に重厚で,丁寧に作られているなと感心します。綺麗にメンテナンスされてもいて,こんな近くに,それもデッキに上がることが出来るなんて,なんとありがたいことでしょうか。

 外に出るとキハ81がいます。屋根付きになっていることもあり,綺麗な補修がなされていて感心しました。室内灯も点灯していて,中の様子が見えるのですが,いかにも国鉄時代の特急という感じがして,こればかりは懐かしさを感じずにはいられません。あいにく中へは入れませんが,デッキまでは入ることができます。それでも雰囲気は十分に味わえます。いろいろ思い出します。

 80系の電車は私には全然接点がなかったのですが,初期の80系がこれだけきれいに保存されているのは大変なことです。

 第二展示場には,DF50とDD54があります。DD54の運転室に入ってみましたが,これがまた普通の運転台なんです。特に難しいスイッチもメーターもなく,他に類似した機関車を見ない,独特の機構を持つDD54が,こんな普通の運転台で動いてしまうことを,ちょっと私は感激してみておりました。この機関車を初めて運転した機関士は,どんな印象を持ったのでしょうか。

 もちろん,見る事が出来なくなった車輌もあります。当時展示されていたマイテ49ですが,これは復元されて車籍が復活しましたので,展示されてはいません。

 そして交通科学博物館といえば,HOゲージを使った大レイアウトです。山あり海ありのレイアウトに,たくさんの車輌が走り回ります。照明も変化し,鉄道のある一日が目の前に広がりますが,ここも昔と同じで大人気で,人垣で全く見ることができません。

 鉄道だけではありません。自動車,飛行機,オートバイ,船など,交通に関係するものが展示されていますが,これは梅小路に移管されない可能性があると言われていて,もしかすると見納めになるかも知れません。

 展示物が貴重で,鉄道や交通を学ぶ場所でありながら,相変わらず子供にとって「楽しい場所」であり続けるのをみて,私は本当にうれしくなりました。保育園や幼稚園の子供たちが,ただただ大好きな電車を身近に体験する場所として,ぞろぞろと引率されてここに遊びに来るのを見ていると,こういう目線で博物館が運営されることの大事さを強く感じます。

 約2時間,たっぷり見学した私は,懐かしさと新しい発見に満腹になりました。ミュージアムショップは,もう商品が残っていませんでしたが,ここで下敷きや模型などをよく買ってもらったものです。

 帰りに,弁天町の駅まで橋梁を渡っていると,そこに機銘板がありました。

 交通科学館橋梁という銘と,昭和37年という年号。そう,これはこの交通科学博物館が誕生したときにかけられたものです。交通科学館は何度かリニューアルし,今は交通科学博物館と名前も変わっていますが,この橋梁はもしかすると,生まれてからずっと,ひたすらに見学者の行き来に使われていたのかもしれません。

 閉館すると,これも撤去される可能性が高いでしょう。私は,この橋梁にもなにか感慨深いものを感じて,帰宅の途につきました。


 52年と言えば,会館の時に10歳だった人は,すでに60歳を超えています。人の一生に相当するほど長きにわたって,本物に触れることの出来る,しかしながら気軽に訪れることの出来る遊び場所として,大阪の子供に貴重な場所を長きにわたって提供し続けた交通科学博物館に,改めて感謝したいと思います。

 そう,こういう場所が,大阪のど真ん中にあることが,とても重要なのです。

 さて,最後に私個人の話を少々。

 交通科学館には,資料室と呼ばれる部屋があります。当時は図書室といってたんじゃなかったかなとも思うのですが,いずれにしても博物館そのものとは別の部屋で,鉄道関係の雑誌はもちろん,国鉄の内部資料なども収蔵されて,閲覧可能になっていました。博物館には,こういう資料を管理し,閲覧可能にするという機能も備わっているものであり,当時の交通科学館は「博物館」とは名乗らなかったものの,きちんと博物館の機能を持っていました。

 交通科学館に何度か訪れた私は,展示品もそろそろ見飽きたところで,それまで踏み入れたことがない場所を見てみたいと思いました。見れば人気のない静かなところに,鉄製の扉がありましたが,特に立ち入り禁止と書かれているわけではありません。

 自分一人では入るのがためらわれたため,母親と一緒に入っていったのですが,そこは私が通い慣れた地元の市立図書館によく似た雰囲気でした。違っていたのは,そこにあるものは,すべてが鉄道と交通に関係するものだったことです。

 しかし,小学校4年生の私には少々難しい資料も多く,上がったテンションは急激にしぼんでいきました。

 そんな中,雑誌の書棚にあったのが,子供の科学です。

 垢抜けない,専門誌っぽい拍子は,タイトルにあるような子供のための科学雑誌という雰囲気があまりせず,非常に真面目で高度なイメージです。

 当時の私にとって,科学に触れる雑誌というのは,せいぜい学研の「x年の科学」くらいのもので,教科書の延長にあり,かつ娯楽性が強い,一言で言うとチャラチャラしたものでした。あれは科学雑誌というよりも,学年別学習雑誌なわけですから,至極当然なことではあるのですが,当時の私はすでにこれでは物足りなくなっていたわけです。

 鉄道とは関係ないけど,時間つぶしにいいかと手に取ってみてみると,その内容の深さや広さに、私は驚きました。科学雑誌というものがこういうものと思い知った感じがして,それこそ衝撃を受けたのです。

 特に印象に残っているのは,泉弘志先生の折り込みで,電子工作の記事でした。電子ブロックくらいしか知らなかった私は,そこで生まれて初めて電子部品がばら売りされて,自分でハンダ付けして動くようにすることがホビーとして成り立っていることを知ったのです。これぞ,自分がやりたいことだと確信しました。

 特に,そんな感激を母親に行った記憶はないのですが,しばらくたったある日,学校から帰ると,なぜか子供の科学がテーブルの上に置かれていました。忘れもしません。まさに生まれた瞬間のひよこの写真が表紙になっていました。

 当時母親は本屋に勤めており,子供の科学のような雑誌でもどんなものかを,ちゃんと知っていました。だから,私が子供の科学に興味を持ったことを察知したのでしょうね。その上で,入荷した子供の科学を見て,買い与えることにしたのでしょう。

 私はそれをとても面白く読みました。

 子供の科学は,小学生に科学に対する興味と関心を持たせる絶好の機会であり,教科書よりも高度で,しかも最新の記述にあふれ,生物,地学,物理学,数学,電気工学,化学,気象学と,あらゆる科学分野が網羅されていました。

 子供は,初めて目にする教科書以外の科学に触れ,多種多様なジャンルから「これは!」と思うものを選び,その道に進むのです。子供の科学は,いわば科学のカタログというわけです。

 私は,子供の科学によって幅広い科学に触れるチャンスを得ましたが,そこから結局電子工学を選び,その道に進むことになりました。現在に至っても,その選択にブレはありません。

 子供の科学を卒業した私は初歩のラジオ,トランジスタ技術とステップアップして,電子工作好きの子供から電子工学を専門にする設計者になりました。そのスタートは,交通科学館で見た,子供の科学でした。

 なにがその人の人生を決めるのか,なにがきっかけになるか,本当にわからないものです。ですが,私にとっての交通科学館は,その後の人生をいかに豊かにしたか,はかりしれないものがあります。その点で,私は他の誰よりも,交通科学館に感謝しなければなりません。

 そして願わくは,京都に移転しても,子供たちに,こうした機会を与え続けて欲しいと思います。

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