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実家で処分してきた青春の機器

 さてさて,先日の大阪行きでは,もう一仕事計画していました。実家での荷物整理です。

 次にいつ大阪に行けるかわからんこの状況で,実家で過ごす貴重な機会ですから,多少の無理をしてでも,大量の私の持ち物の扱いを判断してこないといけません。

 実家では,のべ5時間ほどの作業をしました。屋根裏にある段ボール箱をすべてあらため,本はすべて下におろして箱詰めです。ネズミにやられていたり,汚いものは残念ですが処分します。

 古いパソコンは,せっかく残っているものですから全部残そうかと思いましたが,MZ-80Cのようにメカ部品の劣化が深刻で,かつこれが壊れていると動作しなくなるようなものは,もう処分することにしました。PC-6001とM5Jr,そしてApple][は残します。

 楽器についても英断をしました。修理するのにカッターで指先を切り落とす一歩手前までいってしまった,あのD-70ですが,鍵盤部の状態が思わしくなく,音源として活用するのも面倒なので,思い切って処分です。20万円を越えるシンセサイザーで,私のバンド活動を根本から支えた相棒ですが,もう誰もこれを弾くことはないでしょう。

 D-70を捨てるなら,一気に判定基準が変わります。音源としても価値がなく,すでに利用価値がなくなっているD-20は,私の最初のシンセサイザーですが,これも感傷的な理由で保存するほどゆとりがあるわけではなく,処分です。懐かしいなあ。高校生の時に,バイトして作ったお金を持って心斎橋の楽器屋に行き,そこから箱を担いで電車とバスで帰ってきて,翌日は学校を休んで一日中遊んでいました。

 そして,中古で買ったJX-8Pも処分です。音源はしっかりしていますが,もともと鍵盤に難があり,音が出ないときがあります。そんなに綺麗なものではないし,思い切って捨てることにします。いや,音はいいんですよ,さすがに当時25万円近くしたアナログシンセですし,クロスモジュレーションがかかる珍しさも,内蔵されたコーラスのかかり具合も抜群で,これで作ったPADをジャーっと流せば,どんな楽曲もあら不思議,1980年のテイストに生まれ変わります。

 まさに古き良きローランドの音だと思う訳ですが,実のところOberheimのMatrix-1000とかぶる部分も多くて,アフタータッチのついた鍵盤付きであることが最大の魅力なのに,その鍵盤が駄目になっているということだと,もう意味がないと思ったのです。

 まあ,娘が高校生くらいになってですね,アナログシンセを弾き倒すようになって,彼女のコレクションの1つにJX-8Pが加わるようなことがあれば面白いとも思うのですが,まさかムギちゃんでもあるまいし,古い重たいアナログシンセをいくつも担いで「フィルタの切れ味が最高!」とか言いながら学校を歩くような女の子には,父親として育って欲しくなかったりします。

 ただし,SH-09は小さいので残します。音に魅力はないのですが,このくらいなら残しておいてもどうにかなりそうです。ラックマウントの音源は基本的には残します。といってもMatrix-1000とD4,そしてVintageKeysだけです。MIDIパッチベイのA-880は処分,BOSSのエフェクタSE-50は2台とも処分,同じくヤマハのR100も処分です。そうそう,BOSSのミキサーのBX-8はほとんど未使用ですが,箱ごと処分です。

 鉄道模型の空箱も,中古で売るときには必要と残してありましたが,DCC取り付け改造をしているのにまともな値段で売れるはずもなく,もう処分します。

 ジャンクの基板ももう捨てます。FM-8の基板とか,Apple][のクローンの基板とか,もうこんなもの残しておく必要はないでしょう。

 懐かしいガジェット類も捨ててきました。私の中では一瞬大きなブームがあったサイビコ(アメリカに出張にいった友人に頼んで買ってきてもらった)も,電池が液漏れしていたことを理由にして,捨てました。

 最初にかったPHSも,MOVAも残してありましたが捨てました。もう使い道がありませんからね。

 そうこうしていると,エポック社のデジコムブロックが出てきました。これは思い出深いですね。自宅に送りましょう。お,デジコムベーダーも出てきました。でもこれは捨てましょう。大した思い入れもありません。

 おお,バンダイのLSIベースボールが出てきました。いやー,これ,すごい面白いんですよ。娘がもう少し大きくなったら,一緒に遊ぼうと思ったので,これも実家に送り,デジコムブロックと共にレストアしましょう。

 卒業アルバムは自宅に送り,ノートや古い教科書,大学の時のレポートや資料は捨てることにしました。小学校から毎日続けていたまとめノートも出てきましたが,もう未練もないので捨てることにしたのですが,後で実家に電話すると,母が捨てずに残すことにしたそうです。

 そんな中で,結局最終判断を保留したものがありました。ゲーム機です。初代のPlaystatioはすでに捨てましたし,PS2も売りました。PS3は壊れましたし,NEOGEOも捨てましたが,SEGA SaturnとDreamcastは大量のソフトと共に,綺麗に残っていました。

 さすがだなあと思いながら見ていましたが,本だけですでに10箱くらいになっていたことを考えると,今すぐ必要ではないゲーム機をもう3箱増やして自宅に送るのは難しいという判断で,捨てるかどうかは次の機会に判断することにしました。

 もう捨てても良かったのですが,SEGA Saturnのゲームには値打ちのあるものもありますし,なにより随分やりこんだゲームもありますから,惜しい気持ちが強いです。Dreamcastも同様ですが,私にとっては最近まで稼働していたゲーム機という気分もあり,まだ捨てるようなものではないという意識も強くあります。

 こうして考えてみると,本やLP,CDなどは30年経っても40年経っても,楽しめますね。しかし,それらよりずっと高額だったゲームソフトは,もう楽しむ環境がないのです。本当に生きないお金を使ったんだなあと,寂しくなります。

 長く生きれば,その時楽しんだことに加えて,ずっと後になって楽しむ事を知るようになるものです。文化というのは,そうして長時間楽しむ事ができることで,自分の世代は2度楽しみ,同時に次の世代も楽しんで,受け継がれていくものだと思うのですが,ゲームにそうした土壌はないのです。まだまだ未発達な世界であると,言わざるを得ません。

 さて,そうして結局たくさんの段ボール箱を自宅に送り,さっさと昼ご飯を食べてあわてて実家を後にし,その日の夕方に東京に戻ったわけですが,疲れともともとの風邪のせいでぐったりで,もう何もする気もおきません。

 翌日にはそのたくさんの荷物が無事に届き,これをまた嫁さんにばれないように自宅の屋根裏にひーこらひーこら運び込み,まさに苦行のような週末でした。

 まだほとんど手を付けていない荷物ですが,結局実家に残った荷物はゲーム機関連とラックマウントのシンセサイザー数台,新品のカセットテープとSH-09,そしてフォークギターが1つ,そして若干のLPレコードくらいです。その気になれば簡単に片付くものばかりですし,機械的に自宅に送ってもらい保管することも出来るくらいのものです。

 それまで,私のものでいっぱいだった屋根裏が,がらんとしてしまったのを母親は,寂しくなったとつぶやきました。持ち物が多い,それもがらくたがほとんど言うのが,私のありようだっただけに,邪魔で仕方がなかったこれらのものも,いざなくなってみると,本当に息子が大阪を離れたと,母は感じたのかも知れません。

 そんなこんなで,実家には1980年代の初歩のラジオ,子供の科学,そして最盛期のI/Oと,私には宝物の雑誌類が大量に持ち込まれました。時々読み返すととても楽しいのですが,これを電子化するべきなのか,それともこのまま置いておくべきか,随分悩みます。

 プログラムリストが多いI/Oはスキャンして捨てても良いように思いますが,初歩のラジオと子供の科学は,残しておきたい気持ちも強く,どうしたものかと思っています。

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