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カメラのカルテ~D800


 このテーマは,本来なら「カメラのカルテ」に書かないといけないのですが,最近放置していることもあり,艦長日誌に書くことにしました。

 2012年7月1日 友人の予約分を譲ってもらいフジヤカメラで購入
 2017年9月 売却

 
 D800は,その後の高画素デジタル一眼レフカメラの方向を決めた,歴史的名機です。3600万画素はフルサイズ一眼レフでは当時頭一つ飛び抜けた最高の画素数,そして登場時の実売価格が27万円前後という価格帯,これらに相応しい信頼性と性能と,このクラスのカメラを「定義」したカメラです。

 画素数が絶対ではないと言われ始めていた中で「それでもやっぱり画素数は正義だよなあ」と唸らせ,同時に画素数だけではダメで,カメラとしての性能や信頼性がバランスすることの大事さを知らしめたのも,D800でした。

 思い起こせば,D800がまだ噂レベルだった頃,リークした画素数などのスペックに「いくらなんでもそりゃウソだ」と鼻で笑ったものが,しばらくして現実になり,30万円のカメラが品薄で半年間も予約で待たされるとは,誰も思わなかったんですね。

 登場時,型番からD700の後継と思いきや,その成り立ちはD700とはかけ離れており,これがやがて全く別のカテゴリを作るカメラであると認知されるまで,そんなに時間はかからなかったように思います。

 D800にはもう1つ大きな役割を果たしていて,高画素になるとローパスフィルタがいらないのではないか,という疑念を,完全に払拭したモデルでした。

 ニコンは当初,ローパスフィルタ搭載のD800が中心に据えて,ローパスフィルタのないD800Eを派生機種として準備するにとどめました。しかし実際に売れたのはD800Eでした。

 高画素になるとローパスフィルタの必要性が薄れることは理論的にはわかっていましたが,それをフォトグラファーが受け入れるかどうかは別の話ですし,精神論ではなくローパスフィルタのメリットとデメリットをきちんと理解して,撮影に反映できるかどうかがとても大切なわけで,ニコンはD800Eが主流になったことを受け,後継機のD810ではローパスフィルタなしに一本化しましたし,他のメーカーもローパスフィルタを搭載しないものを普通にしました。

 また,高画素機の魅力を高めるものとして,レンズ資産がどれだけ豊富に揃うかが大事だと再認識させられました。もしD800がGレンズやAF-Sレンズしかサポートしない,あるいはAi連動をサポートしない割り切りをしていたら,レンズの良いも悪いもすべて取りこむ高画素機の魅力が半減していたことでしょう。

 レンズのすべてを取りこむことが出来る高画素機だからこそ,レンズに対する高い互換性が重要であるとみんな気が付いたのです。

 同時に,高画素機の登場によってレンズのトレンドが変わって来たなあとも思います。とにかくキレキレの画質,MTFが全域で高く,画面の隅々まで収差が補正され,高いコントラストがますます好まれ,市場に投入されるようになったと思います。

 高画素機が高解像度なレンズを渇望し,高解像度なレンズがますます高画素のカメラを求めるという循環が,D800によって生まれたと私は感じました。

 そうした高解像度なレンズのせいもあるのでしょうが,高画素機になると目立つ手ぶれやシャッターの振動にも注目が集まるようになり,とにかくD800以前と以後では,デジタルカメラの評価軸が変わってしまったとさえ,思います。

 私はそれまでD2Hを使っており,高画素にはあまり興味がなかったわけですが,いい加減強がっていても仕方がないなあと思っていたことに加え,画素以外の性能についても近代化の必要を感じていました。

 しかしD2Hを使う私としては,今さらエントリーレベルのカメラを使う気にはなりませんでしたし,D2Hの不満点の1つであったAPS-Cサイズからフルサイズへの移行がないと,とても気に入っていたD2Hから乗り換える意味がないとも思っていました。

 さりとてD3は高すぎますし,D700はそのころすでに絶版。悩んでいたところに登場したのがD800です。連写機能を除いて私の望みをすべて越えたこのカメラは,私が生まれて初めて手にした20万円を越えるカメラだったのでした。

 D800が私にもたらしたものは,一般のそれとは違い,ようやく普通のカメラ趣味の常識を手に入れるものであり,かつ私にとっては革命的でもありました。もう強がる必要がなくなったのです。

 1つは,多くの人が良いと言うものを素直に良いと受け入れる,常識を持ったことです。オールドレンズを楽しむのもよし,クセ玉に手を出すのもよしなのですが,それは「今,万人がよいと認める」レンズを常用し,使いこなした上での話で,私もそれは分かっていたのですが,なかなか実感を伴うものではなく,結局言い訳や強がりばかりをしていました。

 ひどいのは,雑誌やWEBで評価されるレンズを,確かめも体験もせずに鵜呑みにしてあれこれと語ることです。大三元がなぜ必要なのか,神レンズと言われる最新のズームレンズがなぜ評価されるのか,それを私に「知る必要があることだ」と強く認識させたのが,D800の3600万画素だったのです。

 個人差はあると思いますが,1000万画素くらいではレンズの差を「なんとなく違うな」くらいでしか認識出来ません。しかし3600万画素なら話は違います。どこが違うか分かるだけではなく,これはダメだ買い直そう,と思わせるだけの違いを,容易に突きつけてくるのです。

 低コントラストも精細感のなさも逆光耐性のなさも全部「レンズの個性」と肯定的に考える力しかなかった私が,3600万画素によってはじめてこれらの弱点を体感し,否定的意見も受け入れることが出来るようになったことは私にとっては革命であり,新しいものはいい,高いものはいい,と言うシンプルな理屈に,一定の理解が出来るようになりました。

 だから,古い単焦点レンズや廉価な高倍率ズームでは戦えないと痛感し,それでもなんとななるんじゃないかと手を出したタムロンの28-75mmF2.8が結局値段相応で,やはり純正の大三元でないとダメだと心底思った上で,AF-S24-70mmF2.8の良さに感激したことは,私のカメラと写真の向き合い方を完全に変えたものだと,今でも思います。

 最近レンズの趣味が変わったなあと思うのはこういうがあったからで,澄み切った冷たい冬の朝の空気を吸い込んだような清涼感をレンズに求めるようになったのは,D800のおかげだと思っています。

 撮影スタイルが大きく変わったのもD800でした。親指AFが当たり前になったのもD800ですし,AFポイントをグリグリ動かして被写体を追いかけるのもD800からです。最新のAFシステムを受け入れて,そのシステムがなぜ高く評価されているかを身をもって体験した事で,人間が出来る事と機械に任せた方が良いことを,シビアに切り分けるようになりました。

 撮影スタイルでいえば,退化した部分もあります。高画素機はトリミングの自由度が大きいですから,思い切ったトリミングで失敗写真を救えます。これが結局緊張感のなさをうみ,トリミング前提のダルな撮影をしてしまうこともしばしばです。

 同じ事は露出にも言えて,少々のオーバーやアンダーもD800ならRAW現像で救える場合が多く,露出補正もAEロックもしなくなりました。高画素機はノイズの処理にも有利で,ノイズ除去を行ってもあまり荒れません。色とコントラストがおかしくなる方が先のように思います。

 ホワイトバランスもオートに任せてしまうので,グレイカードもどこにしまったか,忘れてしまいました。

 そしてその印刷までの流れですが,Lightroomを使うこともD800で本格化しました。D800だけではなくすべてのカメラをLightroomのワークフローにのせて処理する訳ですが,D800は高画素だけではなく,調整することが少ない,手のかからないカメラだったとつくづく思ったことを思い出します。

 最新の機材は,手間を省いてくれる。
 最新の機材は,失敗を減らしてくれる。
 最新の機材は,今流行している画像を作ってくれる。

 D800を使って思い知ったことは,つまりこの3つでした。

 そしてこの3つこそ,カメラの王道であり,メインストリームです。私はこれを理解することなく,カメラを趣味にしていたことを恥じました。

 もう1つ,ごく個人的な事情を話せば,D800が我が家で活躍した2012年夏から2017年夏までの間は,娘が0歳から5歳までを過ごした時間でもあります。カメラの役目が記録であり,被写体が娘である以上,その成長をその時最高の画質でとらえることはこの上ない喜びであり,D800はその期待に十分応えてくれました。

 幸いにして,D800は一度も故障することもなく,一度も不具合を感じる事なく,また一度も点検に出されることもなく,D850を購入するための資金作りのために,売却されました。

 いよいよ売却するというその前の夜,掃除をしていたD800はとても綺麗になり,我ながら大事に使っていたんだなあとつくづく思いました。娘も,人生の大半を共に過ごし,自分を記録し続けたD800との別れを,とてもさみしそうにしていました。

 27万円で購入したD800は5年後に9万円で売却されました。5年間という時間,2万枚という撮影枚数,そして差額の18万円によって私が得たものは,計り知れないものがありました。

 それは,ひょっとすると私のカメラ趣味が普通のものになっただけに過ぎないかも知れません。しかし,私にはその道はとても長く,D800を買う前の私には想像すらしていなかった,まさに楽園だと言えました。

 D850がどれだけ優れていようと,私にとってはD800の踏襲であり,変化ではなく前に進めるものです。D800で撮影した時に感じたあの驚きとがっかりが懐かしく,慣れるまでのイライラも慣れた後の心地よさも,私の手が覚えています。

 最後に,D800の画質と性能は,今でも十分通用します。3600万画素もD4ゆずりのAF性能も電池の持ち具合も最新レンズへの対応力も,まだまだそこら辺のカメラには負けていないと断言出来ます。

 だからこそ売却したわけで,性能に対して遥に安くなった中古のD800が,初めて一眼レフを触る学生さんを支えてくれたらいいなあと,そんな風に思います。

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