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2011年06月28日の記事は以下のとおりです。

京という名の計算機

 日本のスーパーコンピュータが世界一になりました。

 ニュースでも採り上げられていましたし,今回に限って言えば「世界一になる必要があるのか,2位ではだめなのか,1位のために700億円必要なのか」と,畳みかけるような詰問が話題になったことでも広く知られる日本のスーパーコンピュータ「京」が,Linpackベンチマークで8.16PFLOPSを叩きだし,TOP500リストで第1位に輝きました。

 2位のスーパーコンピュータに対し,3倍近い性能差という圧倒的な1位です。

 特徴はニュースでも報道されているのでここでは詳しく触れませんが,特筆すべき点は,その実行効率の高さと処理能力あたりの消費電力の低さ,そしてここまでの経緯です。

 そもそも,日本のスーパーコンピュータはCRAYのベクトル型を手本にして開発され,1980年代に世界を席巻しました。富士通,NEC,日立と,今で言うHPCの世界はコンピュータメーカーの意地と誇りを具現化するものとして,その先頭を走り続けていました。

 スーパーコンピュータは核実験にも使われることから,安全保障上の関わりも深く,経済大国,技術大国となった日本がこの世界"も"牛耳るようになることを,特にアメリカが懸念して,日本製のスーパーコンピュータに高い関税をかけて,事実上の締め出しを行ったことはよく知られています。

 一方で本家本元のアメリカのメーカーは,買収や倒産などを繰り返して,どちらかというと自滅に近い感じで消えていったのですが,これはPCの世界で高性能化が進んだx86のCPUを多数使ったスカラー型のスーパーコンピュータが,価格と性能のバランスから主流となったことと無関係ではないでしょう。

 PCを多数繋げて大きな計算能力を得ることは,正しいアプローチだと思いますが,私個人はこれによってベクトル型のスーパーコンピュータが駆逐されるとは思っていなかったのです。それは,あまりにアーキテクチャが違い,結果として目指すものも得られるものと違うので,共存するだろうと思っていたからです。

 しかし,ベクトル型のスーパーコンピュータは,共存するにはあまりに巨大で,あまりに高額すぎました。

 そんな中,NECのSXをベースにした「地球シミュレータ」が世界1位と獲得し,長くその席を譲らなかったことは,とても誇らしいことでした。日本製という事にはあまり関心はなく,生粋のベクトル型であることが,感動的ですらありました。

 記録だけではなく,天気予報,エンジニアリング,研究などに使われ多くの成果をあげた地球シミュレータですが,PCの進歩と同時に進むスカラー型スーパーコンピュータの性能向上に次第に追いつかれ,追い越されていきます。

 当然,次世代機種の開発が目指されますが,ソフトの互換性の問題やユーザーのベクトル型を望む声から,当然のようにベクトル型で作られることになります。

 しかし,スカラー型にはスカラー型の利点もあります。そこでベクトル型とスカラー型の複合システムという形で,2007年に概念設計が完了します。この結果,スカラー部は富士通が,ベクトル部とスカラー部との接続部分をNECと,NECと契約を結んだ日立という,日本の三大メーカーの連合によって,開発されることになりました。

 2009年には富士通から,このスーパーコンピュータ用に開発したCPUが128GFLOPSという世界最速のCPUとして発表されます。

 ところが同じ2009年,NECが事実上の撤退を決定,同時に日立も撤退します。ベクトル部の担当が抜けた以上,大幅なアーキテクチャの変更は避けられず,結局このスーパーコンピュータはスカラー型として再スタート,開発は富士通のみで行われる事になりました。

 さらに政権が民主党に移り,事業仕分けという公開処刑の場に引きずり出されたこのプロジェクトは,存亡の危機に立たされます。

 この話は大きな反響を呼び,一部感情論を巻き込みながら,国家と科学技術という大きな枠での議論に発展して,プロジェクト中止の危機を脱します。

 そして2011年,「京」というとてもより名前をもらったスーパーコンピュータは8.16PFLOPSという性能と93%という実行効率で,世界のトップに立ったのです。

 私個人は,世界一は素晴らしいことだし,日本という国には,これだけの力があるのだなあとつくづく感心したのですが,一方でお金がかかりすぎているなあということと,世界一位になることがいつしか目的にすり替わっていたんじゃないのかなあと思います。

 予算としては,すでに1000億円を超えています。既存の建物を使わず神戸にわざわざ専用の建物まで建設し,長い時間をかけて作られた「京」は,確かにお金さえかければ作れるような生やさしいものではないにせよ,お金にものを言わせた古い体質で作られたものであるという印象も拭えません。

 誰かが言ったように,スパコンの名を借りた公共事業というのは,事実かどうかは別にしても多くの人の持つ印象ではないでしょうか。

 それに,これだけの予算をつぎ込むのですから,それだけのリターンがなければなりません。そのリターンとして強調されたことが,世界一と夢と希望だとすれば,それは「ダメ」と言われてしまいます。

 そうではなく,これまでの計算機ではこれだけしか出来なかったことが,このコンピュータによってここまで出来るようになる,だから1000億円かける価値があるのだ,という説明がなければなりません。

 私などは,このことに気付いていなかったというだけではなく,世界一になること以外に,このコンピュータでなければならない理由などなかったのではないのか,と勘ぐってしまいます。

 高速なコンピュータを用意するという事は,いわば時間をお金で買うことと同じです。しかも時間とお金は比例せず,高速になるほどお金が余計にかかります。当然,その時々でもっともコストパフォーマンスの良い速度と金額というのが決まって来ることになり,技術の進歩というのは,極論すればその「旬の速度と金額」が底上げしていくことをいうのです。

 そりゃ,2秒かかるより,1秒で終わった方がいいに決まっています。だけど,2秒で100円,1秒なら200円かかると言われれば,まあ2秒でいいか,というのが「普通の感覚」でしょう。

 旅行に行くのに,安いけど時間のかかる列車と,高いけど時間のかからない航空機のどちらを選ぶかという話に例えると,「京」は航空マニアが自ら乗りたいと最速の飛行機をわざわざ作った,という感じです。

 私は,NECと日立が撤退したのは,こうした感覚のズレがあったことが根本にあったではないかと思っています。

 基礎研究にはすぐのリターンはない,宇宙開発も同じで,夢と希望も立派な目的だ,という意見には,反論はありません。私もそうだと思います。

 基礎研究も宇宙開発も,始めなければ全く先に進みません。他に変わるものもなければ,これを進める原動力は純粋な知的好奇心です。だからリターンがすぐになくても,夢と希望だけでも,許されます。

 一方,スーパーコンピュータはどうでしょうか。すでに一定の市場があり,その技術は民生品への転用が直接可能です。数年経てばもっとリーズナブルでもっと高い性能のコンピュータを作る事が経験的に可能と分かっており,しかも時間させ気にしなければ少々古いスーパーコンピュータでも同じ結果が得られるのです。

 この2つが同じもの?笑わせるな。

 夢?希望?君たちだけの夢だろう,希望だろう。

 科学技術の議論に経済合理性を引っ張り出すことに,嫌悪感を示す人も多いですが,スーパーコンピュータは「商品」ですので,経済合理性と共に議論されねばなりません。

 今年,BlueWaterというIBM製のスーパーコンピュータが,400億円ほどの費用で世界トップに躍り出ると言われています。1000億円と400億円,しかも性能は「京」の1.5倍と言われています。

 また,スーパーコンピュータは目的ではなく「道具」です。道具である以上,そこから何が生み出されるかも重要で,一緒に議論されなければなりません。

 こうした問題意識が私には依然横たわっていますが,それでも「京」というスーパーコンピュータは,高く評価されています。処理能力あたりの消費電力の低さ,富士通が作ったCPU単体の素性の良さ,ピーク性能ではなく実力の高さ,そしてこれらをささえるCPUの接続技術は,特に高く評価されています。

 「地球シミュレータ」にしても,「京」にしても,とってもよい名前です。名は体を表すといいます。「京」という日本生まれの才媛が,もっともっと高く評価されるように,彼女の父親と母親にはもっと頑張ってもらいたいと思います。

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